アメリカも日本も民主主義を掲げてそれを正義だと主張はするが、もうそろそろ民主主義の形もアップデートされるべきであろう。
特に日本においては、現在の間接民主制ではもはや立ち行かないのではないだろうか?
戦後からバブル崩壊までは、間接民主制の運営でよかったのだろう。しかしながら、その後は時代の変化(市民の価値観、世界情勢、技術とグローバル化・ボーダレス化)に、即するあたり、間接民主制では立ち行っていないようにしか見えない。
多くの人が認識するところ、今の日本の政治や政策に民意の欠片もなく、単に自民党と既得特権のための政治と政策しかない。
それは民主主義とは言えず、歴史の中で言えば、貴族主義だ。
しかしながら、残念なことに日本人は、緩やかなアップデートや変化にしか対応できないように教育されてしまっている。
急激なアップデートや、スクラップ&ビルドには、抵抗を見せる。
もちろん、緩やかなアップデートでも構わないのだが、対応できない被害者が少なくて済むというメリットがある一方、時代変化の速度には遅すぎるため、あとあとキツくなる可能性が高いし、結果は何十年先延ばしになり、手遅れになりかねない。
急激なアップデートやスクラップ&ビルドは、対応できない被害者が大量に出る一方、数年で回収できる可能性がある。
「対応できない被害者」とは、失業する者であり、技術弱者であり、情報弱者であり、未技術な者である。
ダーウィンが言う「生き残るものは、進化したものではなく、変化できるもの」に対して、日本人や日本社会の緩やかなアップデートは、当てはまるだろうか?
過去の歴史をみれば、社会と言う生き物が、緩やかなアップデートで生き残ったものはない。諸外国に統合されている。