最近、XなどのSNSなどによって、今まで発言力が弱かった人種がというか、そういう人種ほど流暢です。

政治批判や芸能人批判などは、インターネット登場時から、存在はしていましたが、発言する人種が少なかったので2chでしか存在は確認しずらかったのです。

 

本題です。

確かに、日本人が作る、自動車、バイク、などの精密機器は世界1位な精度です。モノづくり力は定評があります。

勤勉さも世界一でしょう。

他にも日本人が他の人種に比較しても圧倒しているものがあります。

ですが、それゆえなのか、そうなってしまったのか?わかりませんが、大きいデメリットを現在は持ち合わせています。

 

それは・・・本質に対する盲目性です。

例えば、政治家批判を見てみましょう。

斎藤知事の案件についてがわかりやすい例です。

斎藤知事を是非を問うにあたり、日本国民がSNS上で騒ぐ事と言えば、政策ではなく、パワハラだとか関係ない物ばかりです。

政治家の本質とは、政策の実現性、自治体もしくは国家の課題を解決できる能力です。

極端な話ですが、パワハラしてでもそれらが実現できて、自治体や国家が良くなるのであれば、良いのでは?

逆に、パワハラはないが、何もしないで税金を食いつぶす知事や政治家の方が、正しいのでしょうか?

 

芸能人の不倫などについても同じことが言えます。

彼らの不倫など、一個人には全く関係ない事です。何の影響もありません。

不倫していようが、俳優なら良い演技をしてくれればいいですし、お笑い芸人なら面白ければ良いわけです。

 

これらの事象は、日本社会の多くの場所にはびこっています。

他の例を挙げると、

・新卒採用のリクルートスーツ

 >リクルートスーツで採用するのでしょうか? 仕事が出来るかできないかで採用ですよね?

 

・学校の髪型や服装

 >綺麗な髪型で正しい制服の着方をして、殺人する高校生がいたらどうするのでしょうか?

 

挙げるときりがないのですが、これらを日本人の美徳として正当化する人がいますが、

美徳と、本質に対する盲目性は異なり、分別するべきでしょう。

美しいマナーの国、日本とするのはよいですが、それでいて盲目でいることは現実的でしょうか?

 

残念ながら、このような本質に対する盲目性がまだまだ多くの日本人が持ち合わせている以上、それにマスコミが視聴率やPVを稼げるネタを提供し、盛り上がり、本質的な政治家や優秀な人は、排除されてしまうので、何も問題を起こさないポンコツだけが今後も残っていくのです。