スピリチュアル、霊能者、ヒーラーと言われる類は、総じて、詐欺か妄想家か洞察力が鋭いだけかあるいは、それらのミックスです。

ただ、それ「悪い」のではなく、「別のある側面」から考えて非常に良くないので、その「別のある側面」からについて、いかにこれらが良くないのかを語ります。

 

~バックグラウンド~

私自身は霊能能力と言われるものは全くありません。

母親は何やら霊能らしき能力と言われる物を持っていたようで、日本でも皆が良く知っている超有名な霊能者の方や、特にそのお弟子さんと交流がありました。私自身は、その超有名な方は会った事ありませんが、一番弟子と言われる方とは交流がありました。

母親は、どういう能力だったかというと、背後霊だかが言ってる事がわかるとか・・・子どもながらにして信じていませんでしたがw

 

あえて、名前を出さないのは、その方たちがまだスピリチュアルビジネスをしているので、それの信者もいるし邪魔する必要はないので、明記は避けます。今もWeb上でセミナーみたいなのやってるのをみかけますねw

私自身も、その交流のあったお弟子さんが霊能者ということで、守護霊や背後霊などについて霊視してもらったり、また別の霊視ができるという方にも、霊視というものをしてもらったり、霊感があると言う方々と議論したり、交流したり、時間にすると10年はそんな時間を過ごした経験があります。

 

他に私は、心理学、精神分析なども習得していますのと、哲学や他の宗教もかじっています。

というバックグラウンドを踏まえて、批判しますね。

 

~スピリチュアルの悪い点の目次~

1.宗教と科学の境目が混濁している

2.結局、前世や親、霊のせいにして自身の愚かさを省みない、被害者ぶる

3.実は選民思想と向上思想で排他主義だが認めない

を1つずつ説明してゆきます

 

~1.宗教と科学の境目が混濁している~

宗教は必要です。我々のアイデンティティ形成のソースとして活用できますし、必要ですし、秩序とモラルの原型を与えてくれます。その一方で、その内容によって排他的、あるいは極端な解釈(原理主義)によって戦いがうまれ、政治にも悪用されます。

 

”余談になりますが、無宗教は存在しません。人は何らかの無形思想あるいは根拠のない情報を信じています。

日本人はよく、無宗教と言いますが、真っ赤なウソです。

日本人は、マスコミ教でマスコミが言う事が性善説として成り立っています。それは教祖が言う事は性善説だというのと全く同じです。原則的には、学校が正し、政府が正しい、法律・ルールは正し守るものとして日本人は信じています”

 

宗教の反対側は、科学と言えます。科学は、信じたことを証明あるいは証明されたことを、ソースとして利用します。

簡単に言えば、信じて証明しなくてよいのは、宗教。証明しなければならない、あるいは証明された事のみを利用するのが科学です。

 

スピリチュアルにおける、事象は何も科学的に証明されていません。

背後霊、守護霊はいつになったら証明されるのでしょうか?

仮に存在したとして、どういう人事配置なのでしょうか?

地球の人口が増えているのに、背後霊と守護霊も増えるのでしょうか?

死後の世界があるなら、誰も戻ってこないのはなぜでしょうか?地球では既に何兆人が死んでいますが、ゼロです。

 

他にもいろいろツッコミどころは満載ですが、証明もされない、しないのですから、信じているわけですから、それは宗教なのです。

なのでスピリチュアル教、背後霊教、守護霊教、なんでもよいですが、そうそればよいではないでしょうか?

ところが、彼らは違います。

それらを事実として認識しているのです。

そのため、人に押し付けてきたり、他の科学的な解釈ができる事象についても捻じ曲げて解釈しています。

さらにたちが悪いことに、教祖がいないという点。組織形態自体が都合が良いのです。

宗教の組織形態をヤクザとするなら、スピリチュアルの組織形態は半グレです。

 

~2.結局、前世や親、霊のせいにして自身の愚かさを省みない、被害者ぶる~

人間は誰しも悩みやトラウマを抱えています。

スピリチュアル系の人の問題点として、それらの悩み、ツライ、トラウマをだいたいにおいて、親、前世、霊などに責任転嫁することです。そして、「自分は悪くない、被害者だったんだ」という結論に至ります。

そのため、改善がないのですというか、するわけがありません。

確かに、トラウマに関しては多くが両親あるいは育った環境などの外部要因です。

それはあくまでも、原因を知っだけに過ぎません。そのあと、どうやってそれを克服あるいは付き合うか?

そういった自分自身への処世術を模索する事で、我々は新たな気づきと改善などに進みます。

ところが、それらを存在すら科学的に認められない霊や前世に責任転嫁し、さらには自分自身は被害者ズラです。

そのための、情報プラットフォームがスピリチュアルと言えます。

そのプラットフォームの中で、現実への理解、つまり「自分自身が改善されなければならない」は、親、前世、霊との都合のよい理論と情報バイアスで上手に責任転嫁されてしまうのです。

 

~3.実は選民思想と向上思想で排他主義だが認めない~

彼らは選民思想です。

自信は選ばれた人間だと明言はしないものの、話を聞いているとそういう理屈に基づいた多くの発言をします。

例えば、「生まれながらにして霊感がある人」は、「使命を背負った」とか「霊たちに選ばれた」とか言います。

そして、向上思想に入ります。

その域に一般の人も達することが出来る、それには、色々な心の闇を開放したり、解決したりすればよいという論理を話します。「霊が見える、霊を感じる」は、「五感が優れてきた、心が浄化された」結果だと。

オーラの色が紫だとよい、赤はよくないなどもあります。なので、オーラにおけるヒエラルキーが存在しており、

「赤の人はまだまだだ」みたいな階層があります。守護霊、背後霊でもあります。古ければ古いほどよいみたいなw

 

このように選民思想と向上思想は、自分たちの中で完結していてくれれば、我々に関係なければよいのですが、

そうではないのが厄介な点です。

家族や、友達、夫婦にもその思想や視点を押し付けてきます。

あたかもそれが「世界の新しい価値観」であるかのようにです。

これが宗教として位置づけされていれば、お互いに異教徒として認めて共存できます。海外では、別の宗教の人同士が結婚などよくある事ですし。

ところが、宗教ではなく「世界の新しい価値観」なので、そうなりません。

そのため、夫婦においてよくあるのが、どちらかがスピリチュアルで、どちらかがそうではない場合、高確率で離婚します。

その離婚の原因は、向上思想です。実際、我が家は母がスピリチュアル、父はノーマルだったので、離婚しましたが、

その所以は、父が向上しない、気づきが無い、前に進もうとしないなどなど、向上思想の押し付けが主な原因です。

父は、何も気にしない無干渉な良い人です。人は人、自分は自分で、マイペース。向上したければするし、したくなければしない。そんな今的に言う最も多様性のある人と言えます。

 

他にもスピリチュアル系の方で全てではないですが、知合いは高確率で離婚しています。離婚が悪いとは思いませんが、理由が理由です。スピリチュアル系の向上思想と選民思想。

 

先に書いた知合いだった霊能者の方も離婚していますし、周りの方もほとんどそうでした。

離婚していないご夫婦は両方スピリチュアル系でしたw

 

~もちろん、霊が存在していそうな現象もある~

いろいろな霊能者と言われる方たちとも交流してきた点において、確かに実在するかもというパターンも見た事があります。

ですが、人生論的に霊の存在なり、霊能なりは不要だと考えています。仮に実在しても、彼ら霊の存在を考慮する必要はないと私は考えています。

なぜか?

逆に聞きたいのですが、現世に生きるあなたは、霊なり死者の影響で人生が左右されるくだらない人生なのでしょうか?

あるかどうかわからない存在に左右されて生きていく・・・

私からすれば、「明日、隕石が私に衝突したらどうしよう」と心配している人生と同じです。

我々にはもっと身近に影響力があるあらゆる存在がいるわけで、死者や隕石など優先度低の低でよくないでしょうか?

 

もし、「人それぞれだから、死者を気にした生き方をするのだ」というのであれば、それはそれで良いのですが、それこそまさに宗教なのです。

現実的に存在するかしないかわからないものを影響力大や優先度大にすることは宗教的行為と言えます。

それはそれで、宗教として認めればよいのではないかと思うのですが、スピリチュアルは「世界の新しい価値基準」とするのが問題といます。