“昔の名前で出ています”
そんな歌があった。古い歌だ。聴いたことはない。誰の歌かも、どんな歌詞なのかも知らない。
どこで聞いたか、言葉だけ耳に残っている。そういうものってある。御成敗式目とかカノニカル・アンサンブルとか。内容は、うふふ、知る由もなく。
もちろん今でも同時代の人々だけでなく、世代を超えて誰かの心を震わせ続けていたとしても全くおかしくはない。私が知らないだけで大都会の場末のスナックの扉を開けばBALENCIAGAのスウェットを着たイケてるヒップな若人がタイトなパンツで涙を流し大合唱しているのかもしれない。
昔の名前と言えば、サプリメントや化粧品で知られる“DHC”の名が元は大学の研究室を相手に洋書の翻訳をしていた「大学翻訳センター」の略に由来する、という事はよく知られている。
一方で、主に女性向けの通販で知られるベルメゾンの前身である“千趣会”の名が「こけし千体趣味蒐集の会」に由来する事はあまり知られていない。知られていない。
戦争が終わって暫く経ち、女性の社会進出に拍車がかかる。一針お願いします、の千人針から可処分所得へと世界はガラリと変わったのだ。
そんな働く女性達の勤め先に直接こけしを持参して販売したのが千趣会の起こりだそうだ。
社史に曰く、土産物屋にあるような平凡なものじゃない、斬新で、新鮮なデザインのこけし。そのこけしを何千、何万体と届け、働く女性たちに潤いと笑顔を届けた、と。そのこけしの仕入先が“こけし千体趣味蒐集の会”であった。
何故当時の若い女性たちがこけしを求めていたのかはわからない。或いはこれも私が知らないだけで、当時に限らず今でも先斗の置屋の扉を開けばフリルの半襟の・・・以下略。
仕入先だと言う「こけし千体趣味蒐集の会」が何の組織かも。
若い女性の間で、男から見れば妙なものが流行る、というのは今昔変わらないのだ、と山東京伝の弟だか従弟だか、なんかそんなようなこと書いていた、気がする。幻想にさえ根拠を求めるのだ、男は。それすら幻想かも知れないのに。
令和になる少し前の頃、池の有る公園のベンチに座って藤棚に訪花したクマバチを目で追っていると、ランドセルを背負った学校帰りだろう少年達が堤防からわらわらと駆け降りてきた。彼らは公園の芝生で背負っていたランドセルをボール代わりにラグビーの真似事を始めた。まもなくW杯開催という時期だったか。彼らがひとしきり遊んだ後、わらわらと集まって芝生に腰を下ろす時、一人の少年が「よっこいしょういち」と言った。「よっこいしょういち」なんつったらあなた、私がランドセルを背負っていた頃で既に真空を凍てつかせた物騒なイチモツだぜ?果たして「よっこいしょういち」はどのような経緯と道筋を経てあの少年に伝わり、生き延びたのか。絶対零度は時間進まないんだっけ?
或いは彼の「しょういち」は誰かから受け継いだものではなく、社会の教科書か何かで横井氏のエピソードに触れた際に彼が生み出した彼のオリジンなのか。
彼ら少年たちが公園に来る直前まで、池を挟んでeBayでモスクワから届いたスロバキア製の飛びっこの電波到達距離を確認していた私たちは深淵な謎の前にひれ伏し、自分たちの馬鹿さ加減を恥じた。
私はしょういち少年の未来が輝けるものになる事を祈り、握っていた手汗でべちょべちょに湿ったリモコンのボタンを三度押した。