ホッブズは、国家をヨブ記に登場する海の怪物、リヴァイアサンに例えた。
人間は原初より自然権を保持する。しかし、自然状態の人間は、人間だけが持つ予見性から、それぞれが自然権を行使するがゆえ、他者の自然権を侵害する結果を招き、万人の万人に対する闘争状態に陥る。それを忌避するために人間は自然権を、強力な主権を有する国家に契約によって譲渡しなければならない。その移譲を受けた国家を、複数で構成されながら単一の人格を持つ人工的人間に例え、それをリヴァイアサンと呼んだ。
国家、法、通貨、神、愛。いずれも形を持たないが、それらはその社会で、多くの人間が信用している間は、強固に作用する。時に、国家のため、神のため、愛のために殺され、時に自ら進んで死に、時に抗う。
ホッブズは清教徒革命へと進む時代のイングランドのウィルトシャーで、聖職者の子として生まれた。
南北朝時代の因幡国辺りでかまぼこ屋の倅として生まれていれば、白和邇あたりに例えたかもしれない。
ナメック星に生まれ、ナメクジの下劣な慣習に中指を立てる。下劣な慣習は寄って集って高貴な中指を食い散らかすだろう。ナメクジに中指があるかどうかは知らない。
ミニッツ星に生まれ、ミニッツメイド®の凡庸な条理に中指を立てる。ミニッツメイド®の中指なんて考えたくもない。
我々東洋の島国の人間が西欧的啓蒙思想に中指を立てるのは、彼らの神と人間、それ以外に対する視座と認識に違和感を持つからだ。
エビが痛みを感じることがわかり、ある国では「人道的理由」でエビを生きたまま茹でることを禁じる規則を制定した。そうだね、可哀そうだもんね。
人間の心が痛むからそうするのだ。
我々ならどうだろう?ごめんね、ごめんね、ごめんね(笑)、と鍋にぶち込む?
哺乳類あたりになってくると話は変わる。
もちろんエビはヒトデを食べるときにそんなことはしない。
河原に転がる奪衣婆は緊縛されている。女は、紐解いておくれ、紐解いておくれよ。とせがむ。
懸衣翁の暇潰し。
職業柄、帯には事欠かない。首長族の首輪のように緻密に縛り上げられた尖底土器のような乳房がはだけた衣から飛び出している。
吸っとくれ、吸っておくれよ、そう言う女の顔は紅潮している。
宜なるかな。