セラピスト
宇根岡えい子です![]()
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私は今、同居の母の介護を父と一緒にしている
といっても、今の段階では、主が父で、
父には頭があがらない
私が家に戻った当初の母は、
ほぼ一日を眠りで終えていた
数年前にパーキンソン病と診断され、
その診断のショックと、
病気や薬の副作用の影響もあり、
一時期、鬱っぽかった
診断を受けてから
本当に病人になり、
年齢の割に若さを保っていたのに
年齢相応の見た目になっていったように思う
かつての、いい意味でも、悪い意味でも
家族への影響力は、もはやなく
どんどん子供のようになり、
時に、かわいいと思うことがある
あれとって、これとって、
なんで、早くきてくれないの~
と、世話が必要だった、かつての自分が、
どんな子だったかを目の当たりにしているように感じることがあった
思えば、「もう、えいこは大丈夫よね。私はこれから遊ばせてもらうよ」
と宣言してから、しばらくしてのことだった
もしかしたら、母にとって、私を幸せにすることが
一番の目標だったのかもしれない
40過ぎた娘に結婚相談所の入会金をたくすほどの母だ
母にとっての、私の幸せは、
結婚して、子供を産み家族をつくることの
一択だったと思う
ある意味、私が裏切った形となり、
母はあきらめたのだ。
私が幸せならそれでいいと、、、、
一時期は心配性で過干渉の母に腹をたて、
私がやりたいことをイチイチ止め、
ダメだというから、言うことをきこうとし、
指示を待つと、意志がないと自立を促してきて、
混乱したこともあった
ただ母は、母親になったと同時に、
自分のやりたいこと、
どうなっていきたいかというよりも
世間や親から受け継がれた考え方に重きをおき、
ささやかな楽しみの他は、
当たり前のように、時間もお金も家族のために使ってきた
今のような多様性という考え方が1㎜もなかった時代、
母も万能の人ではなく、一人の女性として、
幼い頃のトラウマや心の傷を抱えながらの育児は
今、大人の視点からみても、私のような子では
大変だったと容易に想像でき、
私がしなかったことをした母を超えられない
壁のように感じることがある
私と母は、共依存の関係であり、
お互いのもっている性質を色濃く映し出す関係だ
母の、疲れ果て「もう何にもしたくない」という想いが
現実化し、母が寝ている状態となり、
私もがんばりすぎて燃え尽きて、「もう何にもしたくない」という
状態があったが
結局、どちらも、無意識下では、やらされてるという
被害者意識からきていたのだと思う。
母が、本当の意味で、子離れからリタイヤ宣言をして
そのあと、人生の目標を見失ったときから
子供にかえっていくことを選んだ母
60歳を迎えてそれ以降も、ますますイキイキと、
エネルギーで満たされる人は
さらに目標をかかげなおし、進化成長をやめなかった魂だ
母を見て思う、
母が身を持って教えてくれていることは
一日、一日を大切にやり抜き完結していくこと、
そして私の人生を死ぬまで刷新し、
自分で創造して、創造した世界を楽しんでいくこと
小さな日常の幸せを感じていくことだ
けっして母のために甲斐甲斐しく
世話をすることではないと思っている
最近は、私の心の変化とともに、
母は笑顔を見せるようになり、
自分のペースではあるが
家事をしたり、公園に歩きに行くなど
生きる意欲をとりもどしている
人は死ぬ瞬間まで、生きている意味があると
私は思う。
まだ母も生きて、幸せを感じる瞬間を味わい
喜べることも、まだたくさん待っていると信じている
つづく![]()
いつも応援しています
EIKO![]()
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