セラピスト
宇根岡えい子です![]()
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中学生になる。
それは、新しい環境になって、
新しい自分に変われるチャンスだった。
中学時代は、バスケ部で活動した。
だけど、本当は球技は苦手で、得意なのは、陸上競技だと知っていた。
でも、「私はこうしたい」という意思よりも親友と一緒を選んだ。
女子バスケは、部活動の中でも、一番厳しいクラブとして知られていた。
朝練、放課後、土日はもちろん、夏休みや冬休みも関係なく練習があった。
私は「ジュニアバレーの時の屈辱を晴らす」と心に誓っていた。
自分は、もっとしっかりしてるのに。もっと面白いのに。
大人しく、じくじくした感じの自分を払拭したかった。
クラブでは、毎日、4㎞か2.4㎞ルートを走り、
今では禁止されているらしい「うさぎとび」など
ウォーミングアップからハードで、
練習中は、自由に水分をとることもできなかった。
おまけに、1つ上の先輩がこわくて、
挨拶しなかったら「あの子は生意気」だとか、
一年生全員を呼び出して、お叱りがある。
今思えば、どうでもよくて、矛盾もある話だったような気がするけれど
当時は、真剣に受け止めていた。
2つ上の先輩は憧れであり、中1の時に見ていた彼女らは
かっこよくて、大人に見え、声をかけてもらうだけで
まるでアイドルに会えたような気持ちになったものだ。
私は先輩からウケがよく、バスケは、たいしてうまくなかったはずなのに、
ほぼ休みなく練習に出ていたこともあって副キャプテンになった。
ちなみにキャプテンは一緒に入った親友だった。
個性的なメンバーに、反感を買われず勤めることができたのは、
人一倍がんばっていたこともあるし、
内面はともかく、面白キャラだったからではないかと振り返る。
中学時代は、運動と勉強のメリハリができ、
中学3年生の夏休みに、苦手な数学が、
優秀な家庭教師のおかげで面白くなった。
中学2年生まで、中の上だった成績も
メキメキと伸びて、当時、地元で優秀な進学校を
受験できることになり、合格した。
中学時代も、親のことや友人との比較など、
葛藤がなかったわけではない。
むしろ、葛藤だらけだった。
だけど、努力すれば報われたことで自信をつけ、
これからも努力すれば、何かを手に入れられると
信じていました。
そして、ほっとするのも束の間、
大きな後悔と、ごまかしてきたことが
心に押し寄せてきたのです。
つづく![]()
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EIKO![]()
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