京都でも金曜行動が始まるようです‼

【拡散希望】官邸前とつながる金曜行動@関電京都支店前/6月29日(金)17~19時/再稼働に抗議の声を上げる金曜行動。6月22日には官邸前で4.5万人、大阪関電本社前で1500人超。ついに、京都でも29日、スタンディング行動が始まります。毎週金曜は関電京都支店前(京都駅前)にGO!!

福島第一原発事故によって原発に対する目線が「無関心」から「将来的な全廃」に変わった人が多いと思います。

これは、当然といえば当然の流れです。しかし、柏崎刈羽原発事故の辺りから「将来的に全廃」の立場であった私は、そんな方々にこう言いたいのです。

「早く署名でもデモでもいいから思いを行動として示して欲しい!」

私は、正直、311の前から大事故(シビアアクシデント)の可能性を予見し、恐怖を感じつつも、楽観論に立ち、表立った行動を避けていました。
しかし、フクシマを見て、事故が起きる前に自分が何もしてこなかったことに対し、激しく後悔し、ようやく行動に移しました。

思いを行動に変えるのは難しいことです。特に、諸外国と比べて、デモの参加者数が少ないことなどを考えると、日本人の国民性も影響しているかもしれません。

しかし、皆さん!
私のように、後から自分を責めても意味がありません。 今動かないと、いつ動くのですか?

原発や断層に先を越されてはいけません。大飯原発は動きそうになっていますが、原発周辺の断層は今すぐに動いてもおかしくないのです。

どうか、自分の考えに自信を持って、行動して下さい!

ベタですが、「一人一人の力は小さくても皆が集まれば大きな力となる」のです!!


ということで、最後に、集会のお知らせです!

6月17日(日)福井で大飯原発再稼働に反対する集会が取り組まれます。
東京や大阪・京都などから大型バスが準備され、全国から福井へ!多くの人たちが参加します。

集会名: いのちが大事
    今なぜ再稼働?
     ふくいでつながろう
日 時: 6月17日(日)
12:00~14:30
パート1:12:00~13:00
 ミュージック・パフォーマンス
パート2:13:00~14:30
 参加グループからのメッセージなど
パレード:14:30~
会場:福井市中央公園(県庁となり)
主催:「ふくいでつながろう」実行委員会
なぜ、日本人は無用に本音と建前を使い分けるのだろうか?

勿論、様々な理由から、建前を必要と
せざるを得ない事象は存在する。残念ながら国の行う政治的課題などは往々にして、本質とはかけ離れた建前をもとに取り組まざるを得なかったりする。

これらは当然ながら少しずつは改善させるべきだが、限界値として一定のラインが存在するため、それを超えてまで本音で取り組むことはできないだろう。そもそも、人間という、それぞれ自分勝手な感情をもつ生命体の社会に、そこまで規律のある自由は期待できない。

逆に言えば、この社会を成り立たせ、他人と共存していくためには、ある種の縛りや、規定が必要不可欠といえる。

事実、大多数の日本人が社会の枠組みの中で、自分に何らかの首輪が巻かれていることを意識して生活しているだろう。親や恋人、そして、教師や法律などにより、繋がれた鎖、また、彼らに気に入られようとして自分で巻いた首輪など、それは様々であろう。

しかし、問題は、その「程度」である。はたして、その鎖の本数や強さは適切だろうか?

私は野放図に鎖を無視する輩がいる一方で、過剰な縛りが横行しているように思えてならない。そしてそれこそが危険因子だと思う。

例えば、自分にはめられた首輪の意味が分からぬまま、その規定に従っているような者である。親しい友人、同僚の前でも、鎖を意識して、本音を言えない。抗議したくても、できない。怒りたくても怒れない。或いは、自分を取り巻く身近なことにしか、興味がなく、それ以外は何も考えない、というか知りたくない、未来などどうなってもいい、などという思考回路だ。

自分で考えるより楽だからとか、取り外すのは面倒だから、と思って、なんとなく放置しながらも、結局心には鬱憤だけが溜まっていく。

結局のところ、皆が、丸く収めよう、表面上うまく行かせよう、と思いながら頼っている、一見、共有しているかのように見えるその無難な鎖は、その実、皆に建前という名の苦しみを与えているに過ぎないのではないか?

しかも、つらいのは、今、なんとかなっているからと言って、それが続くとは限らないことだ。その鎖はいつか、錆び付いてしまう。それは歴史が示している。

完全に錆び付き、皆で暴発する前に、不要な鎖を外し、個々人が少しずつ自分の独自性を見出し、他人の独自性を認める必要がある。

ただ、それだけのことだ。それだけで、随分と生活しやすくなるだろう。



最後に…
幸福度調査において日本は低迷を続ける。それには、皆の隠したい本音が滲み出ている気がしてならない。