マダムパスカルのジョイフルブログ -38ページ目
また数十年前の話でごめんなさい・・・。
なぜってこの高級食品素材最近口にしていないので。 それは・・アワビ。(なんちゃって、でなくて本物アワビ)
そのアワビバーガーを昔よく食べました。今考えると超贅沢!!!1センチぐらいの厚さのアワビを鉄板でジューと焼いて普通にハンバーガーみたいに売っていました。もちろん普通のハンバーガがメインのお店ですが、店主がよくアワビとか大きいえびを採ってきて出していました。値段は当時1ドルぐらいのはずだったと思います。やわらかいのにしっかりとした歯ごたえ・・忘れられないカリフォルニアの味です。
そのお店はハンティングトン ビーチ(Huntington Beach)というサーフィンのメッカにありました。独特の雰囲気のある海辺の町でしたが、今はどうなっているのでしょう・・・
何十年も前のことです。初めての海外はカリフォルニア州ロス・アンジェルスでした。
ちょうどJALのジャンボジェット機が飛び始めて間もない頃のことと記憶しています。
9時間以上のフライトの後LAに近づい時に飛行機から見えた太平洋の美しさは今でもしっかりと心に残っています。
きらきら輝く海上にはじめは点に見えたものが、船だったりヨットだったりとその姿が明らかになると共にLAの街が目下に広がってきた光景・・・
そして飛行機が地上に近づくにつれて「わー外人さんが働いてる!」という思いも新鮮なものでした。
そしてなんといっても忘れられないのがこの宇宙船のような不思議な建物・・・
その後不思議な縁で、この地に住み、何度も往復したLAと日本(ちなみに最初の頃は成田がなく羽田でした。)
きらきら輝く太平洋とこの不思議場建物を見るたびに「アーー戻ってきた」という感覚でした。
しばらくぶりに見たこのビルの写真に胸きゅんとなってしまいました。もう10年も米国には行っていません。関心が他に向かっていたのです。でもこの写真を見たら行きたくなってしまいました。~。
マダムが青春時代を過ごしたオレンジカウンティもまた訪ねてみたいと思います。 息子たちが大好きなオムライス、何度も作ったのでマダムの作るオムライスはレストラン並のふわふわオムライス・・(自慢げに)
子供たちが小さいころはオムライスの上にケチャップでお絵かきしたものでした。いつの頃からかこのお絵かきオムライスは息子との喧嘩のもと。中学生、高校生のお弁当にお絵かきオムライスを持たせて大喧嘩になりましたっけ・・・・今となったら懐かしいけれど。
思い出のオムライスと言えば祖母のオムライス。玉子のたくさん入ったチャーハンが半月の形になっていてケチャップがたっぷり。
美味しいけれど変なオムライスだったのです。子供ながらおばあちゃんは年寄りだから本当のオムライスを知らないんだ・・と馬鹿にしていたものでした。
今日ニュース番組をみて驚きました。
元祖オムライスは明治28年開店の銀座の煉瓦屋さんが最初で、そこのオムライスは祖母が作っていたご玉子たっぷりチャーハンのようなものでした。
そうだったのか・・・・
明治28年東京千代田区生まれの祖母が両親に連れられてこのオムライスを食べたのでしょう。祖母のオムライスこそ元祖オムライス。。。ごめんね馬鹿にして。煉瓦屋のオムライス(借り物写真)

