自分の子どものことを誇らしいと思うことはとても自然で素朴な感情だと思います

遠い昔、父から「自慢の子だ」と言われた時、私も嬉しかった思い出があります(そして長ずるにつれ、どこに出しても恥ずかしい人間になってしまったことは心底申し訳ないのでした滝汗


でも、そういう感情や言葉が子どもにとってプレッシャーになったり、子どもがいない人を見下すことに繋がってしまうことがあるとしたら、それは残念なことです


今のところ、子持ちの方からあからさまに「子どもいなくて可哀想ぉ〜」的なマウンティングを食らったことはないのですが(私が鈍くて気づいてなかっただけかも滝汗)、
ちらほらそれっぽい言葉を貰うことはあります。

例えば、「子どもがいないと死ぬ時孤独だよ」(預言者か?!)とか、「子どもがいないと味わえない経験が沢山あるんだよ」(逆もまた真なりでは??)、「子どもがいないからいつまでも考え方が甘い」(それは子どもの有無より性格の問題では???)などなど、色々突っ込みどころ満載の言葉です。

どれも私の母が、子のいない姉(私にとっては伯母)について述べた言葉なんですけど、聞かされてる子なしの私も胸が痛くなるわけでゲロー


自分の子どもがいなくとも、伯母は私たち姪っ子を可愛がってくれましたし、無邪気な振る舞いも、いわゆる永遠の少女的な元来の性格からくるもので、多分お子さんがいたとしてもあんな感じだった気がする


母はとても料理上手で、友達も多く、優しく逞しく、沢山の美徳を持ってきますグッド!ウインク

が、専業主婦で、父が浮気した時も離婚という手段を選べず、嫁姑小姑問題に悩まされ、また色んなコンプレックスがあり……自己肯定感が低いのか、ちょっとしたことで機嫌を損ねたりします滝汗


母は今現在、昔よりさらに父と折り合いが悪くなっていて、かなりのストレスを感じているようなのですが、そのウサを晴らすように、子どもがいない親族や、地元に戻ってきたシングルマザーを腐して溜飲を下げている時があります真顔


ちょっと、そりゃ人としてどーなの?!!


と、思うのですが、たまに実家に帰ってくるだけの娘に正論ぶたれても、母からすれば聞く耳を持つどころか、腹が立つだけでしょう

私も精神的に参ってる時とか、自信をなくしてる時に、自分より努力してなさそうに見える人(実はとても努力しているかもしれませんが、そう見えない人も含む)を標的にして苛立ちをぶつけたくなりますムキー

でもさ、それやっちゃうと、一時的に気が晴れてもなんの解決にもならないんですよねぇ笑い泣き

自分の恥ずかしいところ、満たされない気持ちを誤魔化すために、自分が持っていて他の人が持っていない属性(子持ちだとか、既婚だとか、配偶者の職業だとか、学歴とか、出身地とか)で他者をバカにすることって、やりがちですが、誰も幸せにしないゲッソリ


私の年には子ども3人を産み終えていた母は、もう一生の半分以上を「母」として過ごしています。
そうなると、「母」であることが、アイデンティティの中心となっていても不思議ではありません。

「孫はまだ?」発言が多いのも、「女」や「妻」としてやっていく自信がないだけに、早く「おばあちゃん」になりたいからなのかも。新しい自分になれるチャンスだものね。

「母」にしろ「おばあちゃん」にしろ「妻」にしろ、相手あってのステータスですので、自尊心というか、自分のことを認める気持ちの拠り所にするのはとても心許ないことなんですよね



……なんだか、『私を束ねないで』(新川和江)と『自分の感受性くらい』(茨木のり子)を足して二で割ったみたいな論調になってきました滝汗こんなはずでは……


今後も不妊ライフを送っていくうえで、子持ち様からマウンティングされる機会もあろうかと思いますが、そんなことをしてくる相手もなかなか幸せではないようだ、と思って(決めつけて)、あんまりカリカリせずにやり過ごしていけたらいいなぁと思いますニヤニヤ(結局性格の悪いぱそこなのでした)