忘却曲線 -25ページ目

故郷の同窓生に会う。



9月9日。満月。
名古屋出張中の友人と夜ごはん。
今年は幾度目か、よく会えるので嬉しい。

近況と、つい最近おこった出来事について話す。
大雨で大変なことになった故郷、広島の様子も教えてくれた。

「被災地から少ししか離れていないのにものすごい普通の日常なんよ。」

「ボランティアも受付でなんだかいろいろあって思うように動けんのんよ。」

こんな話だった。


友人は一級建築士で講習を受けて「応急危険度判定士」の資格もあるそうだ。
地味かもしれないけど、二次災害を防ぐ意味でもとても大切なことだと思う。
所属会社の社長に話して、この資格を使ったボランティアを行うことになったみたい。
会社の中に二人、有資格者がいるとのこと。

私もできることからはじめよ。


少しずつ少しずつ、人々の気持ちに陽がさしますように。
街が整うのよりもっともっともっと時間がかかると思うけど。



なんだそりゃ。




単なる週明けだったんだけど、顧客先で作業をしてると今までと違うなーと思うことがちらほら。
詳細はここには残せないが、無理矢理2つにまとめてそのときに感じたこと


・仕組みやシステムが変わったのならば、まずは周知しましょう
・気分(機嫌)一つで発言するのは大人げないからやめにしましょう


自戒を含め、当たり前のことだけど2点だけ挙げておこう。


2014年9月1日の出来事。






故郷の風景に思う。



育ててくれた街があんな形で変わってしまうなんて。


故郷を離れて20年。
最初の10年はできるだけ郷愁しないように心がけた。
この10年は郷愁しないことに慣れてしまった。
昨日1日でその20年の想いが溢れた気がした。


怖い気持ちと悲しい気持ちと不安な気持ちと。
いろんな気持ちが画面から伝わってきた。


毎度思う。何もできない自分が歯がゆい。
願うだけ。