伯母と私・・・三十六
仮設ベットを作り 伯母を横に、自分達の寝床を作るところに 同室を願って七十代の夫婦が来た。
夫が少し体が不自由である。
双葉町で酒屋を経営して居るが 夫は脳梗塞を患い、少し足を引きずり 同じ質問を 三度、四度と奥さんにするが 奥さんは語尾を上げる事無く同じように答える。
信頼して生きる 夫婦の姿を見た思いがする。
夫を頼り、夫を信頼し、夫に従い、夫と共に店を切り盛りして来た歴史の中で 生まれた信頼関係は 体が不自由に成っても続いて居るのだろう。
酒屋も大型店に商圏が奪われ 町の酒屋に未来が無いと 子供達を転職させ 東京に就職させ 自分達で細々と経営していると言う。
三月十一日の東日本大震災の有った日 夫は日帰りのデーサービスに行き、奥さんが店を守って居たと言う。
避難勧告を受け 車で夫を迎えに行ったが 施設は もぬけの殻で 夫はおろか 職員の姿も無く 連絡もなかった事で 途方にくれ 役場、公民館、と尋ね歩くが一向に夫の避難先の糸口も掴めず 友人、知人、親類と尋ね歩くが見つからなかったと言う。
若しかしたらと悪い予感が頭をもたげ、一分、一秒を争って 夫探しをしなければと病を持つ夫の身を案じての捜索で やっとの事で再開した夫は 見付けて貰いぬ 悔しさと、妻のいない寂しさと過ぎた時間の長さや 再開の喜びで 迎えに行った奥さんを所構わず噛んだと言う。
恐怖と不安の二泊三日はどれ程長い時間で有り、どれ程待ち遠しい時間で有った事ったで有ろう。
ふくしま原発事故避難民・・しが なおゆき・・二本松市仮設より