文章を学ぶ学校の8月の課題の一つは「入れ歯」だった。課したのは、時代考証のプロの先生である。
これでは、時代小説を書くことはできないなぁ、と思いながらも、念のために調べたら、日本の入れ歯の技術はすごく古く、家康も入れ歯を使っていたとか、色々と知ることができた。
香具師のくくりの中に、入れ歯師という師があったこともわかった。
それにしても、その家康以後、代々の兵法指南を勤めた柳生家の一人宗冬も入れ歯を愛用しており、それが現存している、と知った時は驚いた。
「入れ歯」を主題に、時代小説を書いてみた。
あわてて仕入れた知識の急ごしらえ、正に「付け焼刃」、否、今回の場合に限っては、「付け焼歯」な小説ができた。
どれほどの安物か見てやろうという奇特な方も、単なる冷やかしの方も、どうぞ、気が向きましたら、以下に、目をお進め下さい。
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「箸噛み同心」
太刀筋が通るには通るのだが、定まらぬ訳が知りたい―。左右に真っ二つになった藁巻(わらまき)の青竹を前に、大谷貞友は首をかしげた。これでは、据物(すえもの)の技を献上することは、もう叶うまい。吐息を落として足先を見つめた。
ここ数年、加齢による腕っぷしの衰えを補ってきた己の技の蓄積が、所詮はこの程度だったと思いつつ、しずかに刀を収めた彼は、
「江戸に行ってみるか」
と呟いた。
貞友が、高槻藩主、永井直種の跡を継いだ直達の御様(おためし)以降、代々の御様を勤めることとなったのは、彼が新陰流の門弟であった縁による。市井に埋もれるこの剣豪を見出したのは、永井家家臣の、同門の剣士であった。
家臣が西町奉行所に所用で出向いた時、偶さか、与力が千日前での斬首を同心に命じるところであった。その時、言下に忌み役を引き受けた剛毅の者が、かつての剣友、貞友であった。奉行に無理を頼み、刑に立ち会った彼は、貞友の打刀(うちがたな)が稲妻の閃きで罪人の首を飛ばすのを見た。一礼の後、天幕を出た彼の衣には、無論、一滴の血も返っていない。
直ちに貞友は高槻に呼び寄せられ、その日の内に永井家の様者(ためしもの)となった。人を斬った経験を持つ者を、この時代、もう当地でも家臣の中に見出すことはできなかった。
新陰流は、無理無駄の全くない、極めて合理的な身体の動きを信条としている。貞友が江戸行きを決意したのは、この極意を、斬首に活かさねばならないと考えたからであった。今までも、これからも、己の太刀筋の確かさが、千日前での罪人の安楽な死を担保する。
―如何でしょう―。江戸に着くや柳生家を訪れ、藩主の紹介状を差し出した貞友は、師範、柳生俊方の前で巻藁を断じて見せ、尋ねた。
「如何にも大谷殿。乱れの原因は明白かと」
「明白、ですか」
「さよう。原因は貴殿の歯です」
無言で放心する貞友に、俊方は続けた。
「祖父の宗冬が、伝えております。晩年、入れ歯師の小野玄入なる者から教わったのだそうです。歯が抜けるなどして噛み合せを悪くすると、以後太刀筋に魂が入らぬそうです」
「そんな馬鹿な。誠に失礼ながら、妄言では」
…ござらぬか、と言い終わる前に、俊方は、
「祖父は黄楊(つげ)の台でこしらえた入れ歯を、大切にあの世へ持って行かれました」
と笑った。なおもいぶかる貞友に、俊方は試してみてはどうかと、箸を奥歯で横咥えにして見せ、立てた人差し指を振り降ろした。
ならばと、素直に箸を強く噛み、貞友は地に立てただけの巻藁へ、無心の一刀を浴びせた。柔らかな感触をその手に残した一瞬の後、巻藁は音も無く上半分を斜めに滑り落とした。「みごと」という師の静かな声が続いた。
―せめて箸噛みの旦那にやってもらいたい―。これより先、いつの頃からか千日前では、罪人はきっとそう願い出たと言う。
(了)
拙いものにお付き合いくださり誠にありがとうございます。<(_”_)>
例によって、用語解説と言いましょうか、補足の説明などを少々。あるいは、釈迦に説法のようなものかもしれません。
巻藁、藁巻
文字通り、実際の斬る練習のためのもので、脛骨に見立てた青竹を、肉に見立てた藁で巻いたものです。
据物
据物を試し斬りする行為を指すようです。据えるのは死体(罪人)でした。試し斬りは、死体で行うものだったようです。
御様(おためし)
将軍や大名に代わって、試し斬りをする行為を言い、様者(ためしもの)は、まさにその代行者のことだそうです。
浪人や同心が多かったようです。
千日前
大阪市中央区千日前は、明治の初めまで刑場、墓地でした。墓地が天王寺に移って以後、「灰処分代」名目のお金まで添えて民間に払い下げたそうです。灰はもちろん、火葬の産物です。
同地で、所謂「ミナミの大火」や「千日デパート火災」が起こったのは、火刑にあった者のたたりだとか、千日前で拾った客がいつの間にかいなくなっていた、という怪談がまことしやかに語り継がれております。
新陰流
剣術の流派の一つです。柔術、兵法をも包含しているように書いているものもあります。
刀や太刀筋の陰に入ることで、先ず打たせる、受ける、のが特徴のようです。このあたり、正に、付け焼刃です。
同心、与力
斬首の他、磔刑や火刑の立ち合い、ときには執行などを担ったそうで、忌み役を引き受ける故に、禄高以上の裕福な暮らしをしていたそうです。で、上司が与力。
あちゃぁ~、長くなってしまいました。失礼いたしました。