桜が色づいた。

正確には桜の葉が色づいた。

いつの頃からかこの時期の桜を見上げ、桜の二度咲き、と呟いている。

春に人間の目を楽しませ宴席を演出し、夏に虫たちの食欲を満たし、葉の多くは欠ける。

 

やがてその葉をすべて落として絨毯を作る。

花が散り若葉を茂らせた後に作った次の花芽に、それまで蓄えた力を託すべく樹は葉を落とすのだ、と勝手に思っている。

 

冬の寒さで花芽は休眠から目覚め、その後の気温上昇を感知して、やっとほころぶ。冬の寒さが花芽を目覚めさせる仕組みなのだそうだ。

だから。

実際に、桜は春の到来を喜んでいるのだと思う。そう信じている。

喜びの表現としての開花ゆえ爆発的に咲き、樹の喜びが人に伝播する。そう信じている。
縄文の先祖伝来のアニミズムが自分の中にもしっかりと在ることを嬉しく自覚しながら、落葉の絨毯の上を歩めば、かさかさと晩秋を告げる声がする。

 

その声に混じって、警句がー大小さまざまの液晶画面ばかり見ているとせっかく祖先からもらった感性が鈍るぞーという警句が、確かに微かに聴こえる。