ギターをやっと整理した。残したのは、6本である。エレクトリックが2本。スティール弦が2本、ナイロン弦が2本。手放したのは、エレクトリックが3本、ナイロン弦が6本、スティール弦が1本である。
これら6本のギターにまつわる回想などを、順に書いてみようと思う。
処分対象から真っ先にはずしたのは、小学校5年生以来の友、YAMAHA FG-300J。当時2万5千円で亡父に、誕生日のお祝いに買ってもらった。
買った年の翌年、このギターのピックガード(ギターの穴(サウンドホール)の側の黒いもの)を、僕は剥がして張り替えた。
当時、ギター後進国だった日本のメーカーは、この手のスティール弦を張るアコースティックギターの産みの親アメリカのブランドギターを、こぞって真似た。
アメリカの各ブランドは、一見してそれとわかるように、みな独自のピックガードの形を作り、張った。
マーチンはマーチンの、ギブソンはギブソンの、そしてギルドはギルドの形があった。今もある。
僕はギルドのピックガードのコピーを買い、張った。日本製であっても、憧れのアメリカを真似たものの方が格好いいと思った。言い訳ではないが、あの頃、色んな分野にそういう国産を下に見る空気があったと思う。
そういう時代に、日本のメーカーでYAMAHAだけが、ずっと、独自のピックガードを使っていた。今は誇り高いメーカーだと思うが、当時は格好悪いと思っていた。
そういう矜持をわからなかった。無論、当時の僕が矜持という言葉を知る由もなかったが。
数年前、このギターをYAMAHAに修理に出した。3万円を要した。購入額を上回る修理代が可笑しかった。
古い大量生産の合板ギターである。メーカーからするとどうでもいいギター。しかもオリジナルのピックガードはボディーを傷つけながら剥がされてギルドタイプが着けられている。
そんなギターを、今や世界でも指折りの水準のギターを作る一流メーカーが、きちんと修理してくれるのだろうかと半信半疑だった。
しばらくすると、仲介した楽器屋から電話があり、修理が終わったとのことだった。
店員は、YAMAHAから謝罪があったと言い、到着日を告げた。到着日、僕は引き取りに店を訪れた。
ケースから出すと、僕の安物ギターは、再塗装したのではないかと思うくらいきれいに磨いて仕上げられてあった。
仲介した楽器屋の目利きも見て驚き、弾いて驚いた(弦も真っ新なものに張り替えられていた)。
謝罪文が添えられていた。
フレットを打ち替える際に、ネックのバインディング(白い縁)を割ってしまったので、取り替えたという。
「大切な、バインディングを割ってしまいました」と書かれ、無償であることと、大変申し訳ないと、丁寧に誠実にしたためられていた。
その新たに着けられたバインディングはエイジング処理されて、ほどよく黄ばんでいたので、言われなければ僕は気付いていなかったと思う。
仕事を選ばない、妥協しない、自分に厳しい職人気質に頭が下がった。
ここに至り、僕はピックガードを変えたことを後悔し、謝罪文に向かって詫びた。
後日、ある眠れぬ夜に、オークションサイトを眺めていたら、弟分を見つけた。YAMAHA FG150Fである。(サウンドホールにチューナーを引っ掛けています)

ドレッドノートスタイルの大きな兄貴300Jに比して、小ぶりの150Fは、形も他のメーカーにないオリジナルである。バインディングは施されていないシンプルなギターは、質実剛健なたたずまいで、ピックガードは、もちろんオリジナルのままだった。幸運にも落札でき、自宅に招き入れた。(落札時のブログはこちら)
抜群に弾きやすいこのギターも、今回、処分せずに残した。これからずっと居てもらうつもりで、近々修理と調整に出そうと思う。
残すと決めて、並べて置いてみて、なんだか、やっと少年時代の過ちを償ったような気持がした。後は、スヌーピーのシールをどこにどうするか、だけである。
これら6本のギターにまつわる回想などを、順に書いてみようと思う。
処分対象から真っ先にはずしたのは、小学校5年生以来の友、YAMAHA FG-300J。当時2万5千円で亡父に、誕生日のお祝いに買ってもらった。

買った年の翌年、このギターのピックガード(ギターの穴(サウンドホール)の側の黒いもの)を、僕は剥がして張り替えた。
当時、ギター後進国だった日本のメーカーは、この手のスティール弦を張るアコースティックギターの産みの親アメリカのブランドギターを、こぞって真似た。
アメリカの各ブランドは、一見してそれとわかるように、みな独自のピックガードの形を作り、張った。
マーチンはマーチンの、ギブソンはギブソンの、そしてギルドはギルドの形があった。今もある。
僕はギルドのピックガードのコピーを買い、張った。日本製であっても、憧れのアメリカを真似たものの方が格好いいと思った。言い訳ではないが、あの頃、色んな分野にそういう国産を下に見る空気があったと思う。
そういう時代に、日本のメーカーでYAMAHAだけが、ずっと、独自のピックガードを使っていた。今は誇り高いメーカーだと思うが、当時は格好悪いと思っていた。
そういう矜持をわからなかった。無論、当時の僕が矜持という言葉を知る由もなかったが。
数年前、このギターをYAMAHAに修理に出した。3万円を要した。購入額を上回る修理代が可笑しかった。
古い大量生産の合板ギターである。メーカーからするとどうでもいいギター。しかもオリジナルのピックガードはボディーを傷つけながら剥がされてギルドタイプが着けられている。
そんなギターを、今や世界でも指折りの水準のギターを作る一流メーカーが、きちんと修理してくれるのだろうかと半信半疑だった。
しばらくすると、仲介した楽器屋から電話があり、修理が終わったとのことだった。
店員は、YAMAHAから謝罪があったと言い、到着日を告げた。到着日、僕は引き取りに店を訪れた。
ケースから出すと、僕の安物ギターは、再塗装したのではないかと思うくらいきれいに磨いて仕上げられてあった。
仲介した楽器屋の目利きも見て驚き、弾いて驚いた(弦も真っ新なものに張り替えられていた)。
謝罪文が添えられていた。
フレットを打ち替える際に、ネックのバインディング(白い縁)を割ってしまったので、取り替えたという。
「大切な、バインディングを割ってしまいました」と書かれ、無償であることと、大変申し訳ないと、丁寧に誠実にしたためられていた。
その新たに着けられたバインディングはエイジング処理されて、ほどよく黄ばんでいたので、言われなければ僕は気付いていなかったと思う。
仕事を選ばない、妥協しない、自分に厳しい職人気質に頭が下がった。
ここに至り、僕はピックガードを変えたことを後悔し、謝罪文に向かって詫びた。
後日、ある眠れぬ夜に、オークションサイトを眺めていたら、弟分を見つけた。YAMAHA FG150Fである。(サウンドホールにチューナーを引っ掛けています)

ドレッドノートスタイルの大きな兄貴300Jに比して、小ぶりの150Fは、形も他のメーカーにないオリジナルである。バインディングは施されていないシンプルなギターは、質実剛健なたたずまいで、ピックガードは、もちろんオリジナルのままだった。幸運にも落札でき、自宅に招き入れた。(落札時のブログはこちら)
抜群に弾きやすいこのギターも、今回、処分せずに残した。これからずっと居てもらうつもりで、近々修理と調整に出そうと思う。
残すと決めて、並べて置いてみて、なんだか、やっと少年時代の過ちを償ったような気持がした。後は、スヌーピーのシールをどこにどうするか、だけである。