東西冷戦下のベルリン。天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ) は、この分断された街で

人々の心に寄り添い、その苦悩や悲しみに耳を傾けていた。ある日、サーカス小屋

で空中ブランコ乗りのマリオン  (ソルヴェーグ・ドマルタン) に出会い、いつしか 

彼女に恋 心を抱くようになる。その後、彼は天使としての永遠性を捨て去り、人間

として生きることを決意する。

                                  あらすじ

 

🔵監  督    ヴィム・ヴェンダース  
🔵製  作  国 西ドイツ・フランス合作 
🔵配  給 東北新社  
🔵劇場公開 1988年4月23日
🔵1987年カンヌ国際映画祭監督賞受賞

 


 

 なぜ、子供には天使が見えるのか? 映画「ベルリン・天使の詩」では、ベルリンの図書館や頭上

の飛行機の中で、子供たちが天使と気軽に挨拶を交わす場面が出てきます。

 天使との触れ合いだけでなく、子供たちが登場するシーンも何度かあります。監督のヴィム・ヴェ

ンダースは、彼らを通して何を伝えようとしたのでしょうか?

 この映画のテーマを調べている時に、アーティストの足立幸子氏の著書「あるがままに生きる」と

の出合いがありました。偶然にも映画の感想が綴られていたのです。

 

 

 

 彼女は人間になった天使ダミエルが初めて知る「感覚や感情」を例にしながら、私たちが何のため

に肉体を持って地球に来たのかを語っています。

 肉体があってこそ生まれる「感覚や感情」を「味わう」ために、人間はこの世に生をけたと足立

氏は説明しているのです。


 では、どうすれば人生を深く「味わう」ことができるのでしょうか? その答えを求めて様々な情

報にアクセスしました。そして、ネットや書籍、AIなどを活用して、以下の6つに整理してみました。

 

①意識的な「マインドフルネス」
 を取り入れる


②感謝の気持ちを育む


③新しい学びや経験に挑戦する


④身体と心を大切にする


⑤人との繋がりを大切にする


⑥子供心を大切にする


    子供は大人に比べて、固定観念に
縛られず、純粋な心で物事をありの
ままに受けとめる感性を持っていま
す。バイアス(偏見)がないのです。

 

 

 深く人生を「味わう」ためにはどうすべきでしょうか? その知的好奇心を追求した結果、⑥の

「子供心」を導き出しました。


 記事の冒頭で問いかけた「なぜ、子供には天使が見えるのか?」という謎。そして「人生を深く

味わうにはどうすればいいのか?」という根源的な問い。これら二つのテーマは、最終的に「子供

心」というキーワードで繋がりました。

 固定観念に縛られず、あらゆる可能性を驚きと好奇心で受け入れる。そんな「子供心」こそがこ

の世の真理に気づき、そして人生をより深く味わうことを可能にするのでしょう。

 ヴィム・ヴェンダース監督はこの映画で何を伝えたかったのか? そのメッージを特定すること

はできませんが、この「子供心」がその真意を読み解く大きなヒントになるのかもしれません。

 いつか皆さんも「ベルリン・天使の詩」を観る機会があったなら、ぜひ一度、バイアス (偏見) に

満ちた大人としての視点から離れ「子供心」に戻ってこの作品を体験してみてください。きっと、

新たな世界を垣間かいま見るはずです。

 


 

〈関係資料・動画・配信〉

 

       

 

 

 

 

 

 
 
〔P.S.〕パソコンが5月に壊れました。その後に中古を購入したのですが、再度トラブルが発生したため、今日まで記事の投稿が出来ませんでした。本当にお待たせしました(えっ、待っていない😧) これからも宜しくお願い致します🙇🏻
 
  

        

「何かを得ることは、何かを失うこと」
 古い日記を読んでいた時に、ふとこの言葉が目に留まりました。この関係を示す「一得一失いっとくいっしつ 」という四字熟語もあります。

 

〔一得一失〕
ある物事が、一方で利益があると同時に他方では損失を伴っていること。また、よい点もあれば同時に悪い点もあること。

 

                      引用:四字熟語を知る辞典  (コトバンク )

 

 具体的な例として挙げられるのは「結婚」です。多くの人にとって幸せな出来事である一方、別の角度から見ると、そこにはマイナスと とらえられる側面もあるのです。

 新しい人生の伴侶を得るということは、言い換えれば、他の可能性のある出会いに自ら終止符を打つ選択でもあるのです。もちろん、本人がその選択に満足していれば問題はありません。

「時間」の使い方にも、この考えは当てはまります。新たなスキルを習得するために貴重な時間を費やすことは、同時に、他の活動に あてられたはずの時間を失うことにも繋がるのです。

 長い間、この言葉は私が独自に考えたものだと思っていました。ところが、ある雑誌のインタビュー記事で、作家の五木寛之氏が「何かを得ることは、何かを失うこと」と語っていたのです。

 思索の途上でふと閃いた言葉を、大御所の小説家も使っていたことに、先を越されたような、複雑な思いが湧き上がってきたのです。

 その後、更に思索を深め、別の言葉を付け加えました。たぶん、今度こそ私のオリジナルだと自負しているのですが。

「何かを失うことは、何かを得ること」ただ単に逆の視点を付け加えただけなのですが、驚いたことに「一失一得いっしついっとく 」という四字熟語もあったのです。

 

 

 具体的な状況として紹介したいのは「失業」と「病気」です。
 まず「失業」ですが、本人や家族にとっても、経済的な困窮だけでなく、生活設計の見直しや将来への不安といった重圧が立ちはだかります。

 

 しかし、視点を変えれば、今まで見過ごしてきた自身のキャリアや、本当にやりたいこと、家族との絆などを深く内省する好機になるのです。
 
 次に「病気」ですが、それは健康という当たり前の日常がいかに脆く、かけがえのないものであったかを痛感させる出来事です。
 
 ただ、静養を余儀なくされる時間の中で、これまでの生活習慣や価値観、人間関係を見つめ直し、本当に大切なものを見極める機会でもあるのです。

「何かを得ることは、何かを失うこと。何かを失うことは、何かを得ること」これらの二つの関係を視覚的に表すと、「太極図 たいきょくず」に行き着くのです。陰陽の調和を示す、東洋思想を象徴するデザインです。

          

 

 白い勾玉は「陽」を表し、黒い勾玉は「陰」を表しています。「得る=陽」と「失う=陰」は決して切り離されたものではなく、人生という大きな流れの中で常に繰り返される、表裏一体の関係だと言えるのです。

 

 私たちの人生は、喜びと悲しみの繰り返しです。喜びも悲しみも、まるでコインの裏表のように捉えれば、少しは生きやすくなるのかもしれません。もし生き方に迷う時が来たら、ここで紹介した二つの言葉を思い出してみて下さい。

 

 

 

〔P.S.〕量子力学の確立に貢献した理論物理学者のニールス・ボーアは、自らの紋章に「太極図」を使っています。そのくらい東洋思想に傾倒していたのです。量子の二重性や「量子もつれ」という現象が太極図に似ていると思うのは、果たして私だけでしょうか?

 

 

 

〔太極図と量子力学の関連動画〕

 

       

 

 

〔作家・五木寛之氏が語る『人生のレシピ』〕

 

 

 

〔生き方のレシピ関連記事〕

 

 

 

 

 

           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

 

幕末の京都。ある夜、会津藩士の高坂
新左衛門は、長州藩士・山形彦九郎を

討つために待ち伏せをしていた。藩の

密命だった。山形との立ち回りの際、

突然の雷に打たれる。目が覚めると、

そこは現代の時代劇撮影所だった。近

くをさまよっていた時に、江戸幕府が 

140 年前に滅んでいたことを知る。そ

の後、撮影所のスタッフや近隣の人々

に助けられながら、斬られ役として生

きることを決意する。

                                   あらすじ

 

  🔵製作会社 未来映画社
  🔵配  給 未来映画社、ギャガ
  🔵劇場公開 2024年8月17日
  🔵第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀編集賞受賞作

 


 

 映画が終わり、エンドロールが流れた。冒頭に「In Memory of Seizo Fukumoto」という英文が表示される。

「5万回斬られた男」と呼ばれた俳優・福本清三氏へのオマージュなのだ。この作品は斬られ役に焦点を当てたドラマなのだが、安田淳一監督が映画に込めた思いを考えてみたい。

 

オマージュ〕(フランス語)
(ある人に捧げる)尊敬。敬意。また、献辞。賛辞。

                              引用元 (コトバンク)

 

 映画の中で斬られ役の「死に様」が何度か描かれる。特に斬られ役俳優・安藤 (安藤彰則) の演技が強く印象に残っている。

 劇中劇で武者小路監督(吹上タツヒロ)から「怨念みたいなもん出してくれよ」と指示される。主役の風見恭一郎(冨家ノリマサ)に斬られた安藤は、鬼気迫る、凄まじい形相でカメラに近づきながら死んでゆく。大写しになった顔からは、無念の思いがひしひしと伝わってくるのだ。

 もちろん主人公の高坂新左衛門(山口馬木也)の「死に様」も描かれるのだが、「生き様」については多くを語っていないのだ。

 斬られ役はスポットライトを浴びる主役に比べたら「影」の存在かもしれない。その点について、福本清三氏はどう思っていたのだろうか? 

「役者を立てる殺陣たて をできる人は役者だよ。だから福本は十分、役者なんだよ」と、東映時代劇のスター俳優・萬屋よろずや錦之介氏から話しかけられたエピソードを、あるエッセイの中で語っている。

 

 斬られ役の存在は「影」ではなく、本当は「光」の存在である主役を際立たせる、重要な役割なのだ。

 福本清三氏はそのことを自覚していたのではないか。彼の「生き様」がそれを証明している。「斬られ役は引き立て役」なのだ。

 私達の人生もまた、スポットライトを浴びる人もいれば、陰で支える人もいる。しかし、どちらも人生という舞台には欠かせない存在なのだ。その自覚の有無によって「生き様」も変わってくるだろう。

 この記事の冒頭でエンドロールの献辞を紹介した。実は裏話がある。安田監督のオマージュを、福本清三氏から固辞されると思い、気づかれないように英文にしたと語っているのだ。監督の映画に込めた思いも、どこかに隠されているのかもしれない。

 


 

〔福本清三氏の関連サイト〕

 

 

 

〔公式サイト〕

 

 

〔関連動画〕

 

       

 

       

 

       

 

       

 

       

 

 

〔配信サービス〕