はからずも、全国的に真夏日となった月曜日、無謀にも“大和街道歩き”の最後の区間を歩いて来ました💦

 笠置から奈良までの道は、大和街道という表現は消えて、“別称?”の笠置街道→柳生街道→奈良街道を経由してゴールの東大寺に至る18.5kmの道程です。

 

 

笠置駅至近の『笠置いこいの館』(温泉施設:当日休館日)にクルマを駐めて出発します。

 

笠置の市街は狭いので、すぐに郊外に…

 

白砂川の谷間を遡って行くのですが、京都府ともすぐにお別れで奈良県奈良市に入ります。もう着いたの?爆  笑

 

 

 京都府内でもそうでしたが、奈良県も大和街道を観光遺産として保全して行く気はない様で、道路看板は勿論のこと、ネット上に詳しい参考資料も見あたりません。

 今回歩いた笠置街道も古代からの旧道という訳ではなく、奈良から笠置に抜ける複合する国道、県道、府道の愛称として近代にそう呼ばれているのだそうですから、古代の大和街道とどの程度一致するのかも定かではありません。

 ともかく、Google Mapの表示を頼りにしたやっつけ仕事になりますが、最後まで歩いてみます。

 

 

谷間には棚田の農地が有りますが、ほぼ放棄地です

 

山もだんだん深くなってきました…

 

50年超ものの立派な杉林ですが、枝打ちも間伐も無く荒れています 植林した先人の 苦労を思うと、勿体ない事です。

 

ちょっと拓けて下狭川の集落 道も広くなり、一転して現役の耕作地が広がっています

 

摩崖仏が護岸ブロックに上手く組み込まれていますグッド!

 

これはちょっと… 無理してますねあせる 黒字化は困難でははてなマーク

 

大勢の村人が野良仕事中でした 24時間闘えますねウインク

 

 

 歩き始めは荒廃していた沿道の農地も、奈良県に入った下狭川から先は地域の主産業として良く整備された“明るい農村”風景に変わって行きました。

気温も30度を超えて暑さが厳しい中でしたが、気分良く歩けた癒しの風景です。

農業政策、奈良市と笠置町の税収差…かな?

 

 

西狭川になると谷間はさらに広がって、ちょっとした穀倉地帯ですおにぎり

 

旧大庄屋さんっぽいお屋敷も

 

ちょっとした峠越え ここまで笠置街道(県道47)は広く、クルマも少なくて快適な街道歩きです走る人

 

須川集落の田園風景 地元のご老人達が田んぼを見張っていましたニコニコ

 

久々の信号交差点(須川)を右折して、峠越えします

 

峠道は広い高規格。 これは旧道の拡幅だけではなさそう

 

見下ろす須川集落は、“活きてる農村”の風景でした

 

路傍にピンクに咲くのはハルジオンかな? 自宅近くではヒメジオンしか見ないので…

 

 

 実は地図上で事前にルートを確認した時から疑問に思っていましたが、平城京から東の伊賀、伊勢に官道を通す際、最も合理的と思えるのは奈良街道をそのまま北上して木津に出て、木津川畔を東に向かって笠置に至るルートです。

距離は笠置街道とほぼ同じですが、アップダウンの難易度は桁違いです。

 おそらく旅人の大半はそちらのルートを辿ったのではないかな?

 

 

峠の切通しは未着工なのか、ちょっと狭い でも旧街道はこれくらいの方が雰囲気ありますね

 

北村集落のバス停 夕方までバスは来ないから、ベンチを借りてランチタイムおにぎり

 

何庄地区にある『腰痛地蔵尊』 腰を痛めた人が縋り、治癒した人は槌を納める様です。

槌とは? ♪お父は土間で 藁うち仕事… に使う木製ハンマーですが、農家の人しか解らんな爆  笑

 

この先も道は舗装され広いが、この辺りに採石場や廃棄場がある様で、該当車両が多く、歩く場所にやたら神経を使いますびっくり

 

こ、これは…!

 

しばらくの間特に見るべきモノも無く、ひたすらトラックに気を遣うアップダウンが延々と続きます… この区間は疲れたガーン

 

中ノ川集落に着いて久々の地蔵尊 室町期の作らしい

 

 

 笠置街道の1km余り西側(京都府内)に、中川寺、浄瑠璃寺、岩船寺の古刹が並ぶ信仰のルートがあります。

いいずれも東大寺、興福寺の高僧が隠棲地とした寺ですから、この道を経て笠置寺に至る人の流れは一定数有ったのではと思われます。

 ここまで歩いてきた笠置街道の多くは集落内を外したクルマ用のバイパス道でしたから、その部分が大和街道と一致していないのは確かですね。

 

 

地蔵を過ぎると左からR369(柳生街道)が合流しますが、大和街道は右の地道へと入ります

 

この日唯一の脚にやさしい地道区間 やっぱこれだね!

 

事前情報では“廃道”でしたが、クルマの轍があり適度に使われている様です

 

縦間から見えてきた奈良盆地 ゴールは近いぞ!爆  笑

 

街道わきに突然現れる首無し地蔵 ギョッとしますがなガーン

 

その上に立つ牛塚

 

謂れは 上記の通り

 

1.3kmの地道区間はもう少し続きます

 

 

 奈良市街を目前にして、やっと大和街道らしい道と遺構に出会えましたニコニコ

首無し地蔵からは岩船寺方面に抜ける道も視認でき、Google Mapでも多くの遺構が確認できるので、このルートが本来の大和街道では?…の意を強くしました。

後日、加茂駅を拠点にして検証して見るのもアリですね。

 

 

やっと出口で、ここから奈良県奈良市です えっ? 今まで何処に居ったんやろ?

 

通り過ぎて振り返ると… 知らない間に越境してたみたいですねあせる

 

出口にある奈良市浄水場 向こうの山は若草山です たぶん

 

奈良坂の奈良街道との辻にある地蔵尊 お顔がちょっと変かも(失礼)

 

奈良街道の高札場 ここを左折して(歩きですよ)南へと向かいます

 

古典芸能の神『奈良豆比古神社』

 

奈良街道は平城京東端の大路であり、南都と北都(京)を結ぶ超主要道路だった道です

 

般若寺の楼門は鎌倉期の再建で、国宝です 漆喰壁塗り直さねば…

 

 

 奈良市街に入ると、さすがに遺跡、遺構、文化財の宝庫です。

この日は目的が街道歩きなので目的地へ急ぎますが、身軽な独居老人だったなら、数ヶ月滞在して遺跡巡り三昧の暮らしも悪くないなぁ爆  笑

 

 

東大寺転害門 ほぼ創建時のまま天平建築の八脚門で、もちろん国宝です

 

中御門(焼門)跡の礎石 奥向きに六脚だから、他と違う形式の門だった様ですね

 

大仏殿が見えて来ましたニコニコ

 

GOAL!!  肉眼では、さらに圧倒的にデカく見える大仏殿

 

大仏っつぁんもデカイ!

 

 東大寺に入り、大仏さんの前でゴールしました。

東大寺界隈も久々なのでじっくり見たい想いもありましたが、疲れも溜まっていたので、ミュージアムの仏像だけ観て、あとはベンチで少し鹿と遊んで、JR奈良駅から帰宅しました。

 

 月曜日だからか、インバウンドはさほどでもなく、修学旅行の中学生の方が多かった。 へずまりゅう氏が提起している“鹿への虐待”を目にする事は皆無でした。

もっとも、対象国の人もほぼ皆無でしたがウインク

 

大和街道を歩く 完了

 

 

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 今回の投稿から新しいPCで編集しています。

Windows11で上がったハードルを越えるのが限界での更新ですが、NEC→東芝への変更で、アプリの使い勝手なども微妙に慣れないので、違和感ありますがご容赦ください。