『丹波の国の赤井と申す男子(おのこ)、七歳にて人を斬り、赤井悪右衛門と名を呼ばれ、五畿内において己が人数五百、千ばかりにて、敵五千、六千をも数度戦うて、かの悪右衛門一度も勝たずといふことなし…』
これは、甲斐武田家の軍学書:甲陽軍鑑の品第六巻に記されている赤井直正評です。
全国の名高き武士として13名の武士について記されていますが、三好長慶や松永久秀らと共に直正もピックアップされてる訳で、小規模ながらも“ひとかどの武将”として信玄に高く評価されていた事が判ります。
おそらく元亀3年の西上作戦にあたっては、上洛後の畿内の治安維持を見据えて活用すべき武将の一人として、リストアップされていたのでしょうね。
本丸南側の土塁は約5mの石垣で覆われていますが…
北側には石垣はありません つまり、防備の強化ではなく権威の象徴として積まれた“見せる石垣である”可能性が高いですね
誰が? となると、算木積みも曖昧な古い積み方ですから、斎藤利三…かな
その武田信玄も元亀4年に寿命が尽き、浅井・朝倉も滅んで信長包囲網が瓦解した天正3年10月、いよいよ丹波征伐が始まります。
これにに先立ち信長から丹波国人衆へは降伏勧告が為されており、国人衆は合議の上で赤井氏を除くすべての豪族が信長に従う旨を示しました。
織田軍の総大将は明智光秀で、東丹波の波多野秀治が先導役を務めたので織田軍はまっすぐにズンズンズンと奥深くの黒井城へ向かい、完全に包囲してしまいます。
孤立無援の赤井直正は、それでも果敢に戦い、激しい攻防戦は二ヶ月余り続きました。
ある日、城から討って出て攻勢を掛けた直正の軍に、光秀は『ついに丹波の赤鬼の命運も尽きたか!』と攻囲殲滅を図ります。
本丸の西側には西曲輪が帯状に巻き
さらに西虎口の小郭があります
さらに西ノ丸の郭群が下の尾根にあるのですが、この時期は無理そう…
ところが、その明智軍に突如背後から攻め掛かる軍勢が現れ、なんとそれは友軍であるはずの波多野秀治の兵でした。
さらに動揺した明智軍に国人衆の兵が次々に襲い掛かり、崩れに崩れた明智軍は這う這うの体で京まで逃げ帰るしかなかったのだそうです。
『赤井の呼び込み戦法』と呼ばれたこの戦いは、直正、秀治をはじめとする丹波国人衆の周到な作戦勝ちであり、それまで“常勝”だった明智光秀にとって最初で最大の敗戦になりました。
一敗地にまみれた光秀は、二年後の天正5年10月に再び丹波攻略に侵攻します。
今度は羽柴秀吉軍も与力に加わり、亀山城や金山城などの侵攻拠点となる城を築きながらの万全な態勢です。
黒井城と八上城を包囲した明智軍は他の国人拠点を遊軍が個別に潰して行きます。
そんな一大事な時、なんと赤井直正が黒井城内で病死してしまうのです。
これは抵抗する国人衆にとっては大事件で、支柱を失い、残る波多野秀治の八上城も大軍に囲まれる事態に、明智軍に降る者が続出しました。
結局、それから1年のうちに八上城、そして黒井城と開城降伏を余儀なくされ、ここに光秀の丹波平定は完了しました。
いかに堅固な山城も強固な国人ネットワークも、それを指導するカリスマが居ないと有効には機能しない…という事ですね。
山を降りた登城口にある案内看板その①
看板その②
黒井小学校脇にある興禅寺は代々の城主居館跡と言われます *観光協会HPより借用
この後の黒井城と春日の荘は光秀の重臣の斎藤利三に与えられます。
利三は山麓に屋敷を構え、黒井城も整備した(山頂の石垣は利三の作?)様ですが、黒井屋敷で一女をもうけ、福と名付けられたその娘が後に“春日局”と呼ばれる稀代の女性となります。
天正12年(1582)の山崎の戦いで滅亡した明智氏に代わり、黒井城は羽柴秀吉の所有となって、家臣の堀尾吉晴に与えられます。
しかし、天正14年に起きた小牧・長久手の戦いの際に、赤井直正の弟の時直が奪取して立て籠もる事件があり、それを契機に廃城となりました。
『伊賀に残った直正の子孫』
落城の時に9歳だった直正の嫡子:直義は、城を逃れて京に隠棲したそうです。
そして35年が過ぎた慶長15年(1610)、家康の旗本になっていた従弟の山口(赤井)直之の口利きで、藤堂高虎に仕官しています。
伊賀上野城下にある赤井家屋敷(長屋門)
母屋はベンガラを多用した洒落た意匠です 現在は市の持ち物で貸座敷などに活用されています
赤井家の宝物などは有りませんが、書物(複製)が幾つか展示されています
その中の知行目録 知行地は小毛村(現:名張市薦生)と伊予国に500石ずつ。 慶長13年2月の日付ですから、大坂の役の直前ですね
藤堂家の待遇は伊賀上野城代付き1,000石取りの鉄砲足軽大将で明治維新まで続き、屋敷は伊賀市忍町に現在も残っていて、市に寄贈されて一般公開されています。
なお元プロボクサーでタレントの赤井英和さんは赤井直正のご子孫だそうです。
『太平記』では楠木正季を演じた赤井さん、『麒麟が…』では必ず登場する赤井直正を演じる目はあるか?
完