弘前城の続きです…
4.本丸
橋を渡った所に本丸への“券売所”が見えたので、開場時間の確認がてら行って見ます。
この時点で8時過ぎ。
橋を渡った所に本丸への“券売所”が見えたので、開場時間の確認がてら行って見ます。
この時点で8時過ぎ。
まだ開いて無いのは当然ですが、なんと人が入るゲートが開いてます。
すこし考えて、“後払い”する…として入って行きました。

内側から見る天守
破風がなくシンプルです
天守の前まで登って行くと職員がもう来てて、朝のミーティング中でした。
見渡すと観光客もちらほら居て、こうゆう大らかさはイイですね。
天守の扉はまだ閉まってるので、郭内を散策して見ます。
もちろん他に建物はありませんが、当時はここ一杯に御殿が建っていた様です。
天守の扉はまだ閉まってるので、郭内を散策して見ます。
もちろん他に建物はありませんが、当時はここ一杯に御殿が建っていた様です。
ここから見る岩木山がまた格別で、この時期でも八合目以上は深い冠雪に覆われています。
津軽の人達の心の拠りどころなんでしょうね。

お岩木山です!
初期の五層天守の天守台は何処かと見渡してみると、北西の角に櫓台があったので行って見ます。
近付いて行くと、なんと石垣でデッカイ青大将が日光浴をしています。
近付いて行くと、なんと石垣でデッカイ青大将が日光浴をしています。

とんだとばっちりの守り神
この城の守り神かな?とやり過ごし、壇上に上がると地元のおばちゃん達が朝の集会中で、機関銃トーク炸裂でした。
後で驚くといけないので、“神様が居る”事を伝えると、たちまち大絶叫のパニックで、蜘蛛の子を散らす様に解散して行きました。 遠くから見てると“通り魔”に見えたかも知れません。しかし、この世の中にオバチャンの集団以上に恐いモノって居るかなぁ?
後で驚くといけないので、“神様が居る”事を伝えると、たちまち大絶叫のパニックで、蜘蛛の子を散らす様に解散して行きました。 遠くから見てると“通り魔”に見えたかも知れません。しかし、この世の中にオバチャンの集団以上に恐いモノって居るかなぁ?
5.北郭
北郭は本丸に連結された重要な郭の様で、一段下がって橋で繋がります。 “武徳殿”なる休憩所が建ってますが、当時の用途はハッキリしません。
北郭は本丸に連結された重要な郭の様で、一段下がって橋で繋がります。 “武徳殿”なる休憩所が建ってますが、当時の用途はハッキリしません。
代用御殿か、神社なのか、藩校か…そんな所でしょうね。
ここの東の端から内堀越しに見る天守もまた秀麗で、良い写真が撮れました。
ここの東の端から内堀越しに見る天守もまた秀麗で、良い写真が撮れました。
本丸石垣の中央がひどく孕んでいますが、今秋から修理の様で、その間は天守も移動するそうです。元の姿に戻るのは10年後とか。
しかし、孕んでる部分が野面積みでなく、布積みの切り込み接ぎの新しい部分なのは皮肉なものですね。
ここから二ノ丸へ出る所にも“券売所”があって、もう営業してたので、急いで本丸へ向かいます。(券がないと天守に入れません)
ちゃんと正規に券を買って再入場、天守を目指します。
しかし、孕んでる部分が野面積みでなく、布積みの切り込み接ぎの新しい部分なのは皮肉なものですね。
ここから二ノ丸へ出る所にも“券売所”があって、もう営業してたので、急いで本丸へ向かいます。(券がないと天守に入れません)
ちゃんと正規に券を買って再入場、天守を目指します。

きれいなアングルですが、孕みひどいですね
6.天守
9時に5分前。 まだ扉は閉まってますが、窓は開いてます。
9時に5分前。 まだ扉は閉まってますが、窓は開いてます。
熟年の夫婦が交渉してる様なので、加勢に並ぶと、『どうぞ』と扉を開けてくれました。
…という事で本日二番目に入城。
この天守、もちろん木造のホンモノなのですが、土足のままなんですね。
外観とは違って、内部は意外と地味な造りです。
…という事で本日二番目に入城。
この天守、もちろん木造のホンモノなのですが、土足のままなんですね。
外観とは違って、内部は意外と地味な造りです。
江戸末期はもう台鉋が普及してるから、槍鉋の独特の風合いはありませんが、当然これも石垣同様に技術革新の跡ですね。
展示物は津軽氏単独の城なので、テーマもハッキリして、それなりのモノが展示してありました。
20分ほど見学して、出る頃にはもう人でいっぱい。外には行列が出来始めていました。
展示物は津軽氏単独の城なので、テーマもハッキリして、それなりのモノが展示してありました。
20分ほど見学して、出る頃にはもう人でいっぱい。外には行列が出来始めていました。

津軽為信の陣羽織 JALではありません
7.下城
早朝に来た道を辿って下城します。
弘前の観光の中心で、有料なので当然かも知れませんが、清掃整備は非常に行き届いていて、とても気持ちよく歩けます。
早朝に来た道を辿って下城します。
弘前の観光の中心で、有料なので当然かも知れませんが、清掃整備は非常に行き届いていて、とても気持ちよく歩けます。
復元建物は殆ど無く、現存を守る構えですが、それだけに余分な建物も無く、ガッカリする事がまず有りません。
司馬遼太郎さん同様、日本7名城のひとつと言えるかも知れません。
司馬遼太郎さん同様、日本7名城のひとつと言えるかも知れません。

大手門前には洋館がたくさん