去年の今頃から始めた大和街道歩き。
同行者の脚の不調で中断していましたが、今なお復調には至らず(興味の薄さが主因か?)、結局は単独行で再開しました。
大和街道は奈良へと至る街道の総称ですが、歩いているのは東海道を関宿で分岐した「伊賀越え奈良道」です。
今回は伊賀国島ケ原から山城国笠置までの16.3kmを歩きます。
山あり谷ありの変化に富んだルートです
JR関西線島ヶ原駅の市営駐車場にクルマを駐めてスタート
島ヶ原宿は東海道の脇街道として往還する人々で賑わった様で、そこそこ雰囲気を遺しています
お読みください(^^;
宿に唯一の本陣跡(非公開)
この辺りは江戸時代は藤堂家の領地でした。
伊勢の安濃津に本拠を置き、西は山城国加茂まで、東西70kmにも及ぶ細長い領地だった藤堂家ですから、物資の流通や役用での藩士の往来に主要な道だった訳ですね。
本陣も最初はそんな藩士の宿泊・休憩施設として設けられた様ですが、大和郡山の柳沢家をはじめ、大和国の小藩などが参勤交代の際に利用しだして、本陣の体を成して行った様ですね。
そりゃ東海道を通って大藩の行列にかち合ったりすると、何かと肩身が狭く気分悪いですからね…。
宿の西外れにある旅の守り神の三社石
南を遠望すると、 野山も里も 見わたすかぎり…
芽吹きの春ですねぇ(^^)
山菅の集落に入って来ました。 伊賀らしい土豪の雰囲気の家並ですね
こちらは関所を守る観世音菩薩と不動明王… 関所?
はい、関所です。
この山菅は伊賀国の西端で、隣は山城国になります。
藤堂高虎はこの領地の境界近くに関所を置き、通行人を厳しく監視したそうです。
いやいや、山城国に入っても藤堂領では?…と思われたスルドイ貴方、そうなんですよ。
最初は伊勢、伊賀と旧領の伊予に少しのみだった藤堂領なので、その頃の遺構な訳ですね。
その後、紀州に御三家徳川家が立藩する時に、藤堂家は伊勢田丸5万石を割譲させられ、代替地としてこの先の山城、大和の地を貰っています。
平坦な穀倉地帯と山間の僻地との交換、…一見幕府の辛辣な外様イジメにも見える話ですが、実はこれには藤堂高虎の深謀遠慮があったのです。
その理由は…実際の現地を見ながら、次回のココロだ!(^^;
藤堂藩関所跡 関所が機能したのは3~4年間だけらしい
600mほど進んだ三重県最後の民家の庭先に国境碑 山城国側は柳生藩領だったのですが、外様大藩をものともせず、境界争いをした為、幕府から設置を命ぜられた模様
柳生領の春の坂道 とたんに狭くなった(^^;
すぐに今山の集落に出ます
高石垣に土塀の立派な屋敷(廃屋?)がありました
京都府(相楽郡南山城村)に入って気になるのは、大和街道に関する案内看板が一切無くなってしまいます。
京都には守るべき遺跡・遺構が腐るほど有るから、奈良に向かう道なんぞに関わってられないのかも知れないけど、京都、三重、奈良の入会地だから、ヨルダン川西岸地区みたいに難しい問題もあるのかな?(大袈裟)
替わりに、東海自然歩道の案内が充実しています。
これは必ずしも大和街道と一致しないのですが、スマホ情報を頼りに慎重に進んで行きます。
土塁上はJR月ヶ瀬口駅 有名な観光地の月ケ瀬梅林は奈良県山添村なので、これまた難しい関係(^^;
この分かれ道も普通に直進しそうですが、右に登るのが大和街道。 旅行者ファーストでもお願いしますよ。
京都らしさといえば、数寄屋風意匠の民家が増えたのと、庭の植栽が品よく華やかな気がします
ヤマブキ? いや、レンギョウですね。 看板ひとつさえ無きぞ哀しき…
ちょうど見頃でした
坂を登ってきた台地上の七尾鳥、鶴首地区はお茶の産地の様で、原生林と茶畑が広がる中に茶農家と加工場が点在する、ホッと癒される景観です。
放棄地や廃業痕もなく、ひと昔前の茶畑地帯の景観ですね
美味しい宇治茶が採れる有名な茶畑らしいです(看板撮るの忘れた(^^;)
クルマも殆ど来ない広い道で、気遣いなくのんびり春を探せます
野猿の群れの休憩場所か?
気持ち京都らしい絵柄(^^) 古民家のタラノメも芽吹いてるだろうなぁ
気になったのでネットで調べたところ、昭和33年にダムの代替移転地として開墾・入植した茶園だそうです。
それにしてもこの時代、茶農家が採算を取りながら営農を続けるのは至難の業だと思うので、立派な事です。
台地上からの道は一気に下り、南山城村の中心地である大河原宿へと降りて行きます。
急坂を降ります ヤマツツジが咲き始めていました
大河原宿は島ヶ原の次の宿場ですね
府道を突っ切った奥の裏道が大和街道です
街道沿いの家並みには雰囲気を遺す建物もあります
この辺りに本陣と高札場が有った筈ですが、それを伝える痕跡を見付ける事は出来ませんでした
大河原宿は旅人だけでなく、近江の信楽とも隣接している為、信楽焼の積み出し(川船)でも賑わったそうなのですが、残念ながら村の観光ポータルサイトにも一切の記述が無く、大和街道と宿場の記憶は歴史から消し去られようとしています。
とても残念な事ですね。
珍しい石段を発見! 体重制限あるかも(^^;
県道に出る交差点付近に見事な桜がありました。
次は大河原大橋で木津川を渡り、流れに添って木津川左岸を歩いて行きます
≪後編≫へと続く
































