久しぶりの好天、お金のかからない外歩きへ。わが町も貫いて神奈川県を袈裟懸けするように、ほぼ直線の道路が53キロ続いてます。国道でも 県道でもない、車が通れない部分も多い、幅3〜5m の直線の道路。どこまでもどこまでも真っ直ぐに。これを私たち〈横須賀水道〉と呼んでます。

 

     

 

 ↓これがそのルート&道路の地下

 

 細い一直線の見通しのいい道路なので、通学路や犬の散歩の道や子供たちの遊び場になっている、そんな横須賀水道です。よく見ると何か道沿いに立っています。
 
 拡大してみると、こんな文字が刻まれてます。横須賀水道は日本海軍が管理していた軍用水道。神奈川県の丹沢で湧き出した真水をこの水道を通して海軍の軍港横須賀に運び、南洋や世界にこぎ出す海軍の軍艦に積んだんです。腐らない傷まない、非常に良質の上水道であったということです。
 
 
埋められちゃってる碑も!右上↑
 
 この水道の道、子どもの頃の、高校生の頃の思い出がたくさん詰まっています。忘れられた戦争遺跡ってあるんですね。
 
 山桜草書さらさら散るばかり
 
 新入生バックも袋も祖母手縫ひ
 
 制服の袖丈長し入学式

春おぼろ11f392af落花の中に咲くタンポポ、漢字を充てると蒲公英ほこうえい。中国名の蒲公英はその根が利尿剤になる草の漢方薬の総称、という説があります。お馴染みの日本名 「たんぽぽ」は江戸時代に鼓を叩く音を形容した「タン・ポンポン」という擬音からきた「鼓草ツヅミグサ」からの由来であるという説が有力です。

 

 一方英語名の「ダンディライオン」。ユーミンにもこの名の名曲があります。dandelionはdent-de-lionから⋯「ライオンのギザギザのデンタル歯」を意味します。

 

 子や孫に我がのち託す桜空 
 

 無一物 桜終了日和かな
 

 dandelionユーミンと私の歳月と 

 

 たんぽぽは今、セイヨウタンポポに押されてカントウタンポポは少なくなりました。最初の写真はカントウタンポポ。よく言われていますが、花の下のガクが閉じているカントウタンポポ、ガクが反り返っているセイヨウタンポポ。

 

   

  カントウタンポポ   セイヨウタンポポ
 
    たんぽぽといえば、なんと都営青山墓地。意外にもここにはかなりのシロバナタンポポが咲いています。しかも墓地なので空いていて静か。すぐそこに六本木とは思えない緑。

         

 

 愚かな、無慈悲な、見境のない、個人のしでかした悲劇的戦争。草花を見ていると、やめろやめろと言っているような。宮沢賢治と声をそろえているような。

 

 春愁ひ一喜一憂ペルシヤ湾

 

 文明を滅ぼすとや春錯乱す

 

 花眼・華眼とは老眼のこと、中国でこのような漢字を当てた呼び方があります。花がよく見えるようになる眼、という意味です。

 

 本当にそうだなぁ…、若い頃は気にも留めなかった花や野の小さな草や実を、ちゃんと見つけることができるようになりました。 6bf03b90確かにそう思います。桜や紅葉、野原の草草を、その季節になると眼が自然に追うようになります。手もとの字は見えずらくなってしまっても、それとは逆に、草花や風景の美しさ、懸命に生きる姿に気がつける穏やかな視線が現れてきます。  

 

 花眼、⋯改めていい言葉だと思います。眼力が衰えてきて、心の目の力が増してくる花眼。

 

 
  ↑私鉄駅の桜 
 
 この春、東京駅そばの三菱壱号館美術館にて、明治から昭和にかけての新浮世絵の展覧会が開かれてます。大好きな川瀬巴水が出ているというので出かけてみました。照明を落とした中で、アメリカ帰りの巴水の藍色のコレクションを鑑賞することができました。
    巴水が戦前の東京を描いた浮世絵。摺師の名も記されてます。こうした版画に目が吸い寄せられるのも、花眼かも⋯。

 

  

 

 花の下もとの半日の客⋯これは平家物語に見える言葉です。同じ巻では、会者定離、とも。

 

 

「花の下の半日の客、月前の一夜の友」という連句。栄華を誇った平家の権勢に陰りが見える頃、平家の公達の少将維盛〈清盛の孫〉は、亡き友の館を訪れ⋯この桜の下でをわずか半日語り合った友も、たった一晩ともに月を愛でたあの友も今は懐かしくてたまらない、と述懐します。

 この平維盛は若き平家の棟梁となる身でしたが、源平争乱から離脱して一人出家し、那智の海で入水して果てる、悲劇的な運命をたどリます。画像はアニメ平家物語から
 

 

 私たちは便利な世に生きていますが、そうであってもなお、半日でも1日でも良いので会っておきたい人がいます。大切で得難い時間もある、と思います。LINEやメールが飛び交う時代であって、むしろ、なおさらかもしれない、とも思うのです。

 もう一度だけでも逢いたかった人、声をもう一度だけでも聞きたかった人のこと、…落花を見ながら、思います。残された時間を、思います。来年の桜が見られるだろうか、とふと考えます。

       

    桜が散ってしまう⋯
           
 
 抱き上げて桜に埋めむ末娘
 
 再検査諦めきれぬさくらかな

    

 
 鈴なりの蕾急ぐな急ぐなよ
 
 青む岸映して川面たゆとふと
 
 
 夜桜や坂東の風押し通る
 

 わが町に、雑穀や粉、食材専門店の富澤商店がやってきました。さっそく点検。すると恐ろしいものがある。杏仁豆腐の素〈渡辺ジュースの素ではない〉というパック。で作ってみた、うーんイケるイケる。70点はつけられる。この夏救いになるかも。富澤商店♡


           

      実に、カンタン!!

 新年度4月になりました。電車内は黒スーツの若者、少し緊張。

 

 再雇用延長をと請われての春です。ボランティアで来てかれる人がいない、足りない年金と先延ばし年金のためフルで働く哀しい世情、ということなのだそうです。この年齢で身を請われるのはありがたいと思い受けることに⋯。職場では最年長、控えめ控えめに気配もできるだけ消し、若い世代の邪魔をしないように、四面女子のなか、そこそこに溶け込んでヤっていきますか。

 

 明る目の俳句作ってみました!

 

 

 校庭の蛇口光れり新入学

 

 これほどの桜未還の兵あまた

 ⋯我が職場はもと海軍基地、その桜

 

  明るく爽やかに行こう!

 

 それよりむしろ問題は、退院後も続く定期通院、最新結果はやはり黄色信号!甘くはない。⋯念のためにとあっさり言われ、かなり太い動脈注射を打たれました。

 悪あがきはせず、日々一日一日をかけがえなく大切に、桜もちゃんと見ておきましょう。下を向かないで腰を伸ばして歩き、楽しみ優先、食べたいもの食べ、遠慮はしない、そういうことだ自分の有り様は⋯と考えます。

 

 ↑苔に散る染井吉野の鈴桜

  ↑水面に春時雨、三分咲き


 かの芭蕉翁、門弟に聞かれる度にすらりと、平生へいぜい則辞世、と答えていたとか。

 

 一寸の動脈注射桜まじ

    桜まじ⋯花散らしの強い南風


 診察順見当つけて春の野へ

 

 江國香織氏はついつい手にとって読む馴染みの作家さん。

    今回は〈booze〉、日本からアメリカに移住した河童たちの物語を読みます。それを河童のキッチン.横浜キムラで読みはじめたのも、河童つながりの楽しい偶然!

 

           
 

     江國氏のこの⋯ブーズたちという短編を読む限り、日本の河童たちは環境悪化した日本を離れて、北米やロシア、フィンランドに移住。しかし北米移住組以外は川が冷たすぎて全滅した、らしい。河童たちはニューヨーク郊外で、環境保護団体に見守られながら、静かにまちの暮らしに溶け込んで暮らし続けている、らしい。

    そして彼らは環境汚染と乱開発の止まった日本へ帰らんと、山口に再上陸を考えている⋯。

             

 

 もう一人は、デビュー作でいきなり〈このミス大賞〉をとって文壇に登場した新川帆立氏。米国生れの東大文一卒、女流プロ麻雀士で小説家の35歳。売れに売れていて図書館の本は待ちが続き、ようやくに借り出せたのがこれ。国会議事堂内のドロドロ人間模様が描かれていて文章もうまい!最後に2度大どんでん返しあり。

 

    

 
 ⋯なのですが、なによりも、議員さん達が日々食べている、国会議事堂内の吉野家さんの〈牛重〉に興味!書かれているので調べてみると出てきました!
    本当にあるんだ!これ食べて、センセは気合い入れて国会答弁へ、〈牛重〉!
 さらに調べると、いくつかの市井の吉野家さんでも〈牛重〉の特別販売があるのだ、とか。
     
   チューリップ黄 チューリップ赤 チューリップ紫 チューリップピンク チューリップオレンジ
 
 三歳のほっぺ桜餅のにほひ
 
 ストリートライブ春の車椅子
 
 桜舞ふスマホに詰めて送るから
 
 昨日は3歳の孫娘の誕生日、ほっぺがツルツルすべすべ、いいにほひ!句またがり。
⋯駅前広場の若い男の子のデュオを聴いている車椅子の御婦人、
⋯桜が開き散る、それをスマホで撮っている女の子たち、そんな当たり前の景の句。
 
  ↑モミジ、クサフジ、春の芽吹きです

 三月、前半は寒かったですね。年休消化の日々たったのですが。


 

 花屋から流れてきたり春の水

 

 窓硝子拭いても拭いても春朧

 

 米津玄師一色カラオケ卒業子

 

 もう誰も乗らぬサドルや春の塵


 この時期の花屋の店先がキラキラしています。ミニブーケもたくさん挿してあり。高校卒業イベントで一緒にカラオケに、男子は米津玄師好きだねえ。そして彼らの自転車もそろそろお役御免に。

 

  桜 ランドセル 桜 卒業証書 桜 お年玉 桜


 皇居ランのあとのクールダウンを兼ね、春の里山を歩いてきました。春の素敵な花たちに出会えました。待っていてくれました。新年度に向けての心の準備のような時間に、なりました。

        

     

  咲き始めたニリンソウ

  最後のキクザキイチゲ
  こんなに春蘭が!見事!

 
 

 
 今年もカタクリに出会う!

  ⋯キブシは春のカーテン

       

  ⋯雉に会ったのは何年ぶり⋯

 空爆の次は桜のニュースかな

 ここに来て憲法九条春しぐれ


 首都ど真中に緑豊かな島=皇居が浮かぶ国なんて、世界にまずありません。来日客の皆さん連れ立って皇居散歩してます、やはり絶対オススメの世界的観光スポット、それが皇居なのでしょう。


 1月から股関節の故障があり、半歩きのゆっくりランで40人くらいに追い抜かれてラン終了。一周30分目標は今回は到底無理と思いましたが、水中ウォーキングとピラテスの股関節エクサが、奇跡の完走をもたらしました。

 

 
 引き際もそろそろ花の皇居ラン
 
 
     半蔵門付近はチラホラ桜ラン
       
 
 千鳥ヶ淵桜秒読み皇居ラン
 
 大手町芽吹き柳の濠走る
 
 皇居ランそれぞれのラン水温む
 
 🏃🏃🏃🌸🌸🏃🏃🏃

 今回の奇跡の完走であらためて悟りました。これで最後にしよう、有終の美としようと!ここまで頑張った自分を解放してあげたい⋯、皇居ランの年齢層から大きく離れた自分を受け入れよう⋯、と。5人も職場ラン仲間を増やせたことをバトンタッチと考えよう、とも。

 諦めることも潔く認めることも、私のこの年齢では大切なこと。ブログでは受け入れるべき現実を正直に書き、諦めの気持ちも正直に書きます。四国遍路も終え皇居ランも卒業して、自分の年齢と体力にきちんと向き合います。

 蕪村の遺句、夜半翁終焉記から

 

 1784年の早春梅の頃に亡くなった与謝蕪村。その臨終の枕辺で残した句が3句伝えられています。そこからの2句。

 

 うぐひすや何ごそつかす藪の霜

 

 私の住む湘南の地でも、鶯はまだ初音とはいかない。けれど、もうゴソゴソしているのは分かる、あの藪の中あたりゴソゴソ⋯。ああ確かにそう、まだきれいに啼かないけれど、鶯の囀りが通勤路で聞こえて、立ち止まります。

 

 白梅に明る夜ばかりとなりにけり

 

 白梅がほころぶよ、その香にまさに暗い夜を明けていくような嬉しさ、やがて穏やかな春になるよ⋯、こんな辞世の句、なんて安らかなことでしょう。

 

         

 

 蕪村の亡骸は京都比叡近き金福寺の芭蕉の墓のかたわらに。敬慕してやまなかった芭蕉、その芭蕉翁が慕う木曽義仲の墓所にならんで、蕪村も眠っています。

 ↑義仲寺の芭蕉の墓


 蕪村は河原に自生する野茨が好きで、多くの茨の句を残してます。我家近くの河原の野茨の写真も墓所の写真に並べてみました。

 

 私の大好きな蕪村の句⋯

 

 愁ひつつ岡にのぼれば花いばら

 

 蕪村は故郷に戻ることなく生涯を終えたようです。何か理由があったと考えられています。そこは芭蕉や一茶と違います。一方、この俳人三人のなかでは温かい家族に恵まれたのは蕪村だけでした。私の人生ととても重なります。

 

 

 オリオン離るたった一人の少年期

 

 目白来る上向き下向き今朝の二羽

 

 春大根リュックに挿して山手線

 

 

 久しぶりに隣市の里山へ。熊目撃情報もあって1年ぶりの軽登山。今回の目的は春蘭!なかなか見つからず。皆掘り取られたか。
 
リスの鳴き声、よく姿を見るリスで、すぐ足下まで来て遊んてくれます。神奈川は今この外来リスが増えていて、鎌倉では普通に路地にたくさんのリスが暮らしてます。大きさは尻尾まで入れて40㌢位はあるかな、かなり大きいリス!子猫くらいってサイズ。
   このリスはクリハラリスの仲間でタイワンリスと呼ばれています。ペットが野生化して鎌倉や三浦半島に広がり、現在10万頭になっていると言われてます。天敵のいない日本なので子リスの成長率が高いと考えられています。樹の実だけでなく、虫も鳥も食べてしまう雑食性というのも彼らの強み。温暖化もまた彼らの味方をしているのです。
  
    とても可愛いのですが、駆除対象となっていて捕獲器が仕掛けられています、えさやりも禁止となっています。なんとか丹沢に住む日本のリスや野生の鳥獣と共存できるといいのですが。
 
  
 
 たった一輪のスミレ。まだまだ冬菫と言ったほうがよさそう。見上げればまだまだ冬富士。木々の春芽もまだ少なく⋯。このままをスケッチをしてみました。冬蝶と言った方がよさそうな、翅の傷んだテング蝶も。
 
 
 最後の最後に見つけた春蘭の蕾
 

 

 破れしをそのまま見せて冬の蝶

 

 ただ一人コロナ禍春の山にあり

 

 不登校六年のまま卒業す

 

 里山歩きはあのコロナの春、どこにも出かけられなくなった、不急不用の外出ができなくなったあの春の私の愉しみでした。この春の入学式なしの新入生も小学校を終える春。中学生は大学生や社会人になる春。翅が破れても冬蝶は春の陽へ。