久しぶりの好天、お金のかからない外歩きへ。わが町も貫いて神奈川県を袈裟懸けするように、ほぼ直線の道路が53キロ続いてます。国道でも 県道でもない、車が通れない部分も多い、幅3〜5m の直線の道路。どこまでもどこまでも真っ直ぐに。これを私たち〈横須賀水道〉と呼んでます。


久しぶりの好天、お金のかからない外歩きへ。わが町も貫いて神奈川県を袈裟懸けするように、ほぼ直線の道路が53キロ続いてます。国道でも 県道でもない、車が通れない部分も多い、幅3〜5m の直線の道路。どこまでもどこまでも真っ直ぐに。これを私たち〈横須賀水道〉と呼んでます。


春おぼろ
落花の中に咲くタンポポ、漢字を充てると蒲公英ほこうえい。中国名の蒲公英はその根が利尿剤になる草の漢方薬の総称、という説があります。お馴染みの日本名 「たんぽぽ」は江戸時代に鼓を叩く音を形容した「タン・ポンポン」という擬音からきた「鼓草ツヅミグサ」からの由来であるという説が有力です。
一方英語名の「ダンディライオン」。ユーミンにもこの名の名曲があります。dandelionはdent-de-lionから⋯「ライオンのギザギザのデンタル歯」を意味します。
子や孫に我がのち託す桜空
無一物 桜終了日和かな
dandelionユーミンと私の歳月と
たんぽぽは今、セイヨウタンポポに押されてカントウタンポポは少なくなりました。最初の写真はカントウタンポポ。よく言われていますが、花の下のガクが閉じているカントウタンポポ、ガクが反り返っているセイヨウタンポポ。
愚かな、無慈悲な、見境のない、個人のしでかした悲劇的戦争。草花を見ていると、やめろやめろと言っているような。宮沢賢治と声をそろえているような。
春愁ひ一喜一憂ペルシヤ湾
文明を滅ぼすとや春錯乱す
花眼・華眼とは老眼のこと、中国でこのような漢字を当てた呼び方があります。花がよく見えるようになる眼、という意味です。
本当にそうだなぁ…、若い頃は気にも留めなかった花や野の小さな草や実を、ちゃんと見つけることができるようになりました。
確かにそう思います。桜や紅葉、野原の草草を、その季節になると眼が自然に追うようになります。手もとの字は見えずらくなってしまっても、それとは逆に、草花や風景の美しさ、懸命に生きる姿に気がつける穏やかな視線が現れてきます。
花眼、⋯改めていい言葉だと思います。眼力が衰えてきて、心の目の力が増してくる花眼。
花の下もとの半日の客⋯これは平家物語に見える言葉です。同じ巻では、会者定離、とも。
「花の下の半日の客、月前の一夜の友」という連句。栄華を誇った平家の権勢に陰りが見える頃、平家の公達の少将維盛〈清盛の孫〉は、亡き友の館を訪れ⋯この桜の下でをわずか半日語り合った友も、たった一晩ともに月を愛でたあの友も今は懐かしくてたまらない、と述懐します。


私たちは便利な世に生きていますが、そうであってもなお、半日でも1日でも良いので会っておきたい人がいます。大切で得難い時間もある、と思います。LINEやメールが飛び交う時代であって、むしろ、なおさらかもしれない、とも思うのです。
もう一度だけでも逢いたかった人、声をもう一度だけでも聞きたかった人のこと、…落花を見ながら、思います。残された時間を、思います。来年の桜が見られるだろうか、とふと考えます。
わが町に、雑穀や粉、食材専門店の富澤商店がやってきました。さっそく点検。すると恐ろしいものがある。杏仁豆腐の素〈渡辺ジュースの素ではない〉というパック。で作ってみた、うーんイケるイケる。70点はつけられる。この夏救いになるかも。富澤商店♡
新年度4月になりました。電車内は黒スーツの若者、少し緊張。
再雇用延長をと請われての春です。ボランティアで来てかれる人がいない、足りない年金と先延ばし年金のためフルで働く哀しい世情、ということなのだそうです。この年齢で身を請われるのはありがたいと思い受けることに⋯。職場では最年長、控えめ控えめに気配もできるだけ消し、若い世代の邪魔をしないように、四面女子のなか、そこそこに溶け込んでヤっていきますか。
明る目の俳句作ってみました!
校庭の蛇口光れり新入学
これほどの桜未還の兵あまた
⋯我が職場はもと海軍基地、その桜
それよりむしろ問題は、退院後も続く定期通院、最新結果はやはり黄色信号!甘くはない。⋯念のためにとあっさり言われ、かなり太い動脈注射を打たれました。
悪あがきはせず、日々一日一日をかけがえなく大切に、桜もちゃんと見ておきましょう。下を向かないで腰を伸ばして歩き、楽しみ優先、食べたいもの食べ、遠慮はしない、そういうことだ自分の有り様は⋯と考えます。
かの芭蕉翁、門弟に聞かれる度にすらりと、平生へいぜい則辞世、と答えていたとか。
一寸の動脈注射桜まじ
桜まじ⋯花散らしの強い南風
江國香織氏はついつい手にとって読む馴染みの作家さん。
今回は〈booze〉、日本からアメリカに移住した河童たちの物語を読みます。それを河童のキッチン.横浜キムラで読みはじめたのも、河童つながりの楽しい偶然!
江國氏のこの⋯ブーズたちという短編を読む限り、日本の河童たちは環境悪化した日本を離れて、北米やロシア、フィンランドに移住。しかし北米移住組以外は川が冷たすぎて全滅した、らしい。河童たちはニューヨーク郊外で、環境保護団体に見守られながら、静かにまちの暮らしに溶け込んで暮らし続けている、らしい。
そして彼らは環境汚染と乱開発の止まった日本へ帰らんと、山口に再上陸を考えている⋯。
もう一人は、デビュー作でいきなり〈このミス大賞〉をとって文壇に登場した新川帆立氏。米国生れの東大文一卒、女流プロ麻雀士で小説家の35歳。売れに売れていて図書館の本は待ちが続き、ようやくに借り出せたのがこれ。国会議事堂内のドロドロ人間模様が描かれていて文章もうまい!最後に2度大どんでん返しあり。
三月、前半は寒かったですね。年休消化の日々たったのですが。
花屋から流れてきたり春の水
窓硝子拭いても拭いても春朧
米津玄師一色カラオケ卒業子
もう誰も乗らぬサドルや春の塵
この時期の花屋の店先がキラキラしています。ミニブーケもたくさん挿してあり。高校卒業イベントで一緒にカラオケに、男子は米津玄師好きだねえ。そして彼らの自転車もそろそろお役御免に。
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皇居ランのあとのクールダウンを兼ね、春の里山を歩いてきました。春の素敵な花たちに出会えました。待っていてくれました。新年度に向けての心の準備のような時間に、なりました。
首都ど真中に緑豊かな島=皇居が浮かぶ国なんて、世界にまずありません。来日客の皆さん連れ立って皇居散歩してます、やはり絶対オススメの世界的観光スポット、それが皇居なのでしょう。
1月から股関節の故障があり、半歩きのゆっくりランで40人くらいに追い抜かれてラン終了。一周30分目標は今回は到底無理と思いましたが、水中ウォーキングとピラテスの股関節エクサが、奇跡の完走をもたらしました。
蕪村の遺句、夜半翁終焉記から
1784年の早春梅の頃に亡くなった与謝蕪村。その臨終の枕辺で残した句が3句伝えられています。そこからの2句。
うぐひすや何ごそつかす藪の霜
私の住む湘南の地でも、鶯はまだ初音とはいかない。けれど、もうゴソゴソしているのは分かる、あの藪の中あたりゴソゴソ⋯。ああ確かにそう、まだきれいに啼かないけれど、鶯の囀りが通勤路で聞こえて、立ち止まります。
白梅に明る夜ばかりとなりにけり
白梅がほころぶよ、その香にまさに暗い夜を明けていくような嬉しさ、やがて穏やかな春になるよ⋯、こんな辞世の句、なんて安らかなことでしょう。
蕪村の亡骸は京都比叡近き金福寺の芭蕉の墓のかたわらに。敬慕してやまなかった芭蕉、その芭蕉翁が慕う木曽義仲の墓所にならんで、蕪村も眠っています。
↑義仲寺の芭蕉の墓
蕪村は河原に自生する野茨が好きで、多くの茨の句を残してます。我家近くの河原の野茨の写真も墓所の写真に並べてみました。
私の大好きな蕪村の句⋯
愁ひつつ岡にのぼれば花いばら
蕪村は故郷に戻ることなく生涯を終えたようです。何か理由があったと考えられています。そこは芭蕉や一茶と違います。一方、この俳人三人のなかでは温かい家族に恵まれたのは蕪村だけでした。私の人生ととても重なります。
オリオン離るたった一人の少年期
目白来る上向き下向き今朝の二羽
春大根リュックに挿して山手線



破れしをそのまま見せて冬の蝶
ただ一人コロナ禍春の山にあり
不登校六年のまま卒業す
里山歩きはあのコロナの春、どこにも出かけられなくなった、不急不用の外出ができなくなったあの春の私の愉しみでした。この春の入学式なしの新入生も小学校を終える春。中学生は大学生や社会人になる春。翅が破れても冬蝶は春の陽へ。