o1080084714817113706すっかり冷え冷えとした九月となっている神奈川。明日は旧暦で言えば重陽の節句。菊の日です。涼しくなってきたのですが、この夏以来の関東の長雨、時に突然の豪雨と落雷⋯依然心配。


 九月九日重陽の節句は、今のカレンダーに合わせると10月末に当たります。戦前までは「着せ綿」がよく図絵に描かれてました。九月八日夜に菊花に綿を乗せ夜露を吸わせ、翌九日の節句にそれで顔を拭いて、その香りから長寿と健康を願いました。もうほとんど見られなくなった風景です。

KISWWATA

 古来中国には菊水信仰もあり、菊が川に流れて、そのエキスを含んだ水を飲むと寿命が延びるとされてきました。遣唐使が伝えた菊花はのち皇室の紋章に。

 

  菊さけり蝶きて遊べ絵具皿 嵐雪 

 

 イチョウ イチョウ イチョウ イチョウ イチョウ

 

     朝の我が市の中央公園の芝生の水やりは4ヶ月目に。涼夏だったこともあり、RUGBY場くらいの深〜い芝になり、やりがいを感じています。一回につき二千円のシルバーバイトも臨時収入💰️。これで⋯この夏は歯も治せたしメガネも検眼して治せたし、無言館と蒲郡への心の旅もできたし。


 

   

       ⋯コレ食べられるかしらん

 

 玄関を出れば和菓子屋菊饅頭
 
 地下水脈滴る梨を剥きにけり
 
 保育士の大きポケット青団栗

 清志郎簡単なことさと秋の地球
 心の旅は長野から愛知県の海の町蒲郡へ。飯田線という恐ろしく長いローカル線をひたすらひたすら乗り継いで豊橋へ、改悪の〈青春18切符3日券〉を使った7時間の飯田線。青春18きっぷの主な改悪点は、①期間内いつでも使える→3日連続に限る、②誰とでも共有→本人のみ、⋯の2点。この改悪で販売数はかなり落ち込んだと聞いております。
     
 
 秘境駅、謎の駅連続の飯田線。沿線や駅舎には普通に猿の姿も。
 
 
 
 途中駅の長い停車時間、何かないかなと探してると、蔵のような建物。えっ⋯カフェ?重い引戸を開けるとそこには!!

 
  これがちゃんとした、純正かき氷の値段ぞ!!カンロの真っ白のかき氷。これで十分おいしい。手書きのメニューには消費税とか何とかはなしの「えん」の表記⋯心から癒されました。天然水、シンプル、450円。こんなにうまいかき氷に会えるなんて♡♡


 夕方ようやくたどり着いた蒲郡、和歌の祖の藤原俊成の像と海辺の文学館があります。三河守としてこの地に赴任した俊成。私はこの年になって彼が責任編集した千載和歌集をよく読みます。ただ、蒲郡の暑いこと暑いこと、やはり関東以外は残暑だったんですね。関東は久しく30度超がなかったので、久しぶりに夏を体感。
      
 
 私が和歌をよみ始めたのはこの3年くらい、その一首一首が1000年前のLINEだと思えるようになってから。31文字LINEが読み解けたときの感覚は、現代LINEそのもの。俊成、定家、西行、和泉式部、宮内卿、式子内親王、右京太夫にスタンプ返ししたいくらい。
 
 蒲郡竹島が夕暮れていきます。
 

  
  竹島は夜の静寂の中で、月の影に満たされます。幻想的な真夜中の満潮です。
  

 
 
  朝もまた美しい。俊成もこの景色をきっと目にしたのでと確信します。朝の無数の海鳥の羽ばたきの中、神の島竹島へ。俊成が国守の時に琵琶湖に浮かぶ竹生島を勧請してこの島に社を、それで竹島という名と伝えて。

 ↓島の先端から伊勢を拝す私の影
 △◇*※✕◎〜って叫んで、少しスッキリしました。薄給非常勤なれば守られることなき風当たり、壊れていく日本の家族と社会の悲鳴⋯。その中でできるだけ、かつ平静に、謙虚に頑張ってきた⋯、と叫ぶ小さなおとなの私。
 
 ここは海辺の文学館。中では女子たちがたくさん⋯ペンを取って3年後5年後の「自分への手紙」を書いて託していました。私はパス、そこまで生きている自信はもうないかな、一年一年かな⋯。一心に書いているお若い皆さん、どうか幸せに、どうか健康に。 
  
 
 無言館、飯田線の猿、かき氷、俊成像を観て、なんとなく心が報われて、帰りは各駅はもう限界なので新幹線こだまに。各駅停車のこだまに乗ったのは何年ぶり、この年齢にあった速さでした。
 
 還暦過ぎても、というか過ぎてからの、心の旅は◎。

 もう少し、無言館の絵のこと。

 そこから電車を乗り継いで、同じく長野の、八ケ岳近くの清春芸術村のルオーの小さな礼拝堂へ。

      

 
妹を描き写し征き還らざる
 
 鮮やかな着物で描かれているのは出陣画学徒の愛した妹。後年、彼女は亡き兄のことを、兄の無二の親友から告白を受けたことを館長に明かす。その親友もまた兄のあとを追うように戦没したと。
 モデルになった妹さんは後に別の方と結婚して、この大切な絵を守り続けます。共に暮らすこととなった夫にも絵の話をして⋯。後に無言館か館長の自宅訪問を受けて絵を寄贈します。連れ添うご夫婦の深い深い情感もそこに。

    

 ↑はつらつとした女性は、群れ咲く志摩の海辺の浜木綿そのもの。ソロモンの激戦地に向かった若き画家。語った説明では女性は十九歳。入隊前の画学生の青春の爽やかな息づかいが、あまりにもはかない。この、鮮やかな色彩。
 

群れ咲きぬ志摩の浜木綿十九歳 

 

↓鮮やかといえばこちらも。妹に浴衣を着せて描き写した遺作。美術学校卒業制作にと頼みこまれてのモデル、何日も同じポーズで、お気に入りの草履も駄目と言われて⋯とは彼女の兄の思い出。

       

 
 ⋯絶筆なる絵に妹の藍浴衣
 
 今回の無言館再訪ではこの窪島館長の書籍を買い求め、そこから絵にまつわるひとつひとつの物語を私なりに読み解いて載せました。著者の窪島館長自身も厳しい闘病の身。館長は無言館は美術館ではない、と。もっと上手い絵や芸術的な絵を並べるのなら美術館と言えるのだが、この館は単なる絵の展示館ではない、と⋯。
    現在の無言館共同館長は樹木希林さん内田裕也さんの娘さん。
 
  🎨 🎨 🎨
 
 信州の高原列車を乗り継いで、小淵沢へ、富士見へ。そこからバスで清春芸術村へ。そこに訪ねたい小さな礼拝堂と、不思議な貸しアトリエがあります。
  この林間の地、元小学校の地に清春村の美術館、フレンチレストラン、蜂の巣ラ・リューシュと呼ばれる貸アトリエがあります。

             

 
 静謐な清春村のルオー礼拝堂

  再々々来⋯、四回目のルオー
↑ラ・リューシュ、アトリエとして利用。設計はエッフェル。
      貸しアトリエ↓
           
 
 ここから飯田線で、最終目的の蒲郡へと向いました。

 先月は心理士さんに面談してもらって、⋯2週間くらいは何もしないでのんびりして、何も理解しようとしなくていいです、理解できないことも理解できない相手もそのままにして構いません⋯、と。

 

    ああ、世の中には理解できないことがあっていいんだナ⋯、心理士の見立てに我が意を強く。

 

 休む時間を得たので、体調回復を図りながら各駅列車で途中下車やキャンセルができる範囲の〈青春18きっぷ〉旅へ。それならと長野県上田の無言館へ。志半ばで斃れた出陣画学徒たちの遺作、絶作を静かに展示しているという、杜の中の静かな小さな無言館。

 

    朝露や打ちっぱなしの無言館

 

 風水害だに凄まじきまして戦

 ネバールの惨状、まして国家権力として戦に連れて行かれてかえらぬ無念とは⋯

 

 
 最初に展示されていたのは「裸婦」、⋯鹿児島出身の若き画家の絶作。無言館開館まもなくの夏のある日、この絵のモデルの女性が来館し感想文ノートに記す、⋯今日ようやく私を描いてくれた絵に会いに来ました⋯とあり。画家がフィリピンで戦死して54年目の終戦の日⋯のことだとか。
 
 半世紀待ち絵のモデル訪ね来し
 

 
↓トンガリ屋根の風景画を残した若き画家。応召の数日前にともに映画を見た姉に「戦争さえなければ好きな絵が描けるのに、もっと映画や芝居にも⋯」とつぶやいた、とは姉の耳の記憶。残した絵は京都の西洋館らしい⋯それは寂しく空虚な色彩に包まれた⋯。
   もう一枚、 日本画「花」を残して征った出陣画学徒。入隊後も家族に、⋯もっと画材を絵の具を送ってほしいと書きよこし、絵の具に飢え、そしてインパールに飢え、還らぬ人に。画才を高く評価された画学生とて、操上卒業と学徒出陣は免れず。
 
    
 
 戦争さえなければと星見上げ征く 
 
  絵を描けぬ飢えとインパールの飢えと

        

 
    剥落の絵の具妹蘇る
 
↑激しい絵の具の剥落があるのを、故山領まり氏の手になる、絵の具ひと欠片ひとかけらの修繕で復元された1枚。無言館に送られる絵画の損傷は激しく、この「編み物をする婦人」の修復に描かれた時間の何倍もの時間のが。
 
   そのことも私の胸に深く入る。
 
↓こちらの絵も館で大切に扱われている「母子像」という一枚。絵の女性は身もごっていて、描いて父は出征して還らず、母も産後すぐ亡くなる。母の中にいた子が、形見の絵を無言館に託す。
 もう一枚は損傷激しい少年飛行兵の肖像画。長崎の航空隊で少年達に絵を教えていた教員が、出撃する少年兵を1人ずつ百枚描いて残したもの。どんな思いで描き描かれたのか。剥落が激しい。
 
    
 
  母子像を遺せし父も母も知らぬ
 
  飛行兵の肖像剥落といふ風化
 
 何枚もの遺作絶作を観ながら、逆に今この時間にこの職場で、たまたま縁あって言葉を交わしていながら、深く傷つけ合う関係⋯逆にソレってなんだろうと思いました。80年を経た絵とは親しく、切なさ、生きる共感を持ちあえるというのに。憂き世、この世こそがはかない、そんなことも、ふと。
 
 旅は続く⋯

 宵の豪雨と雷⋯収まってやれやれというところで安眠。とそこへ不気味な緊急地震速報、午前2時にたたき起こされました。ドアを開け、水をためて、ラジオ。すぐ震度五弱がガーンときました。東京も震度五弱。いつでもどこでも揺れる、そんな時代です。


 先週、刑務所作業製品を観てきました。いずれも全国で人気の品。人気順に、泥・油汚れが驚くほど落ちると評判の横須賀刑務所ブルースティック400円👑、横浜刑務所細うどん🥈、函館刑務所の帆布〈マル獄シリーズ〉🥉。

 
 
 
 コロナ前は家具などが刑務所作業製品の主流でしたが、コロナや趣向の変化で3億円まで下降。新たな製品開発に取り組んで全国70刑務所で8億円まで回復。函館帆布で前掛け=丼ぶりを作ってくれたら、水撒き着用として私も欲しいかも、です。
 
   花火 花火 花火 花火 花火
 
 このところ、仕事上で大変怖い思いをする、直接脅されることがあり、命の危険も感じました。常勤の護られた身でもなく、かといってベテランだからということで、抱え込むことも常態化、特に夜見る悪夢、恐ろしい弾劾の夢。
⋯気持ちの立て直しのためカウンセリングを受けています。今もまだボディブローの様に体調と動悸を乱しています。診立ては、過剰適応ということだそうです。コンディションが落ち着くまでブログ更新お休みします。
 
 ちびっ子の職場訪問夏休み
 
 夏休み期間、連日、パパママの仕事場を見に来る子どもたち。私にもインタビュー!⋯夢は何ですか⋯楽しいことありますか⋯この歳で訊かれてもねえ(笑)。

  以前ここで、女性作家のものをよく読みますと書きました。今夏の読書からこの2冊。

 まず、北海道の暮らしと北の人生を徹底的に描ききるといえば、釧路出身の桜木紫乃さん。人情物とは対極の無常観漂う作品群。直木賞受賞の〈ホテルローヤル〉は話題をさらい映画にもなり、桜木紫乃の名を馳せました。


 ⋯  

 
 今回は最新の地味目の短編連作〈谷から来た女〉を読みました。
 一人のアイヌの女性の誕生から、挫折、他者との関わり合いが短編に仕立てられていて、構成は〈ホテルローヤル〉的で、1話完結連作の彼女らしい一冊。やっぱりそれぞれに読ませる。
 

 並行して、角田光代さんの〈明日、あたらしい歌をうたう〉も読みました。見た目と本の厚さとは真逆の、胸にしみる母ひとりの子一人の本気的本格的親子物語。現代社会が鮮やかにかつ切なく映しだされて、登場人物も濃い。読みながら映画を見ているかのごと。

 さらには全編縁取る清志郎の歌詞!かつての忌野清志郎ファンにはもうたまらない。神田の古本屋街を歩く若い2人のドキドキホラホラのピュアな場面もよかった。⋯角田さんは共依存大っ嫌い!彼女の小説には、必ずスーパー女友達ニコニコが向こうから走ってくる。今回は庭田さん!源氏物語完訳の角田さん、その構成力の自在さったら、⋯超:お薦め。


    

 
 で話題の〈夏帆〉は⋯、後期高齢者となった作家の読み物。特段害なく静かにコーヒー飲みながらの読みもの、でした。あまりに静かでモノトーン⋯、こちらはもう一度くらい読み返してみないと何ともまだ。旬の角田光代さんを読むと、物足りなし。

           
 
    クローバー クローバー クローバー クローバー クローバー

 

  コロナの頃の一人山歩きから始めた紅葉や﨔の鉢植。その時々のカエデやケヤキ、カジなどの実生たちが約5年をかけて、小ぶりの盆栽くらいに育ちました。このところはベランダから室内に移し、炎暑から守っています。

 何だか映画〈パーフェクトデイズ〉のモミジ好き読書好きの、役所さんのような爺です。

   

    ↑映画のHOMEPAGEから借用

 

 終戦、敗戦の日の正午です。

 

 原爆投下や玉砕、沖縄地上戦だけでなく、本土空襲もまた尊い無垢の多大な人命を損ないました。木造建築が特徴の日本本土を攻撃する、焼夷弾が開発されました。

 この写真は日光中禅師湖湖畔に建つ瀟洒な旧イタリア大使別邸。今では多くの観光客が訪れる日光観光スポットです。設計はアントニン.レイモンド。

 
 こちらは神奈川県藤沢市に建つ戦前に建てられた、白亜の旧ゴルフ場 クラブハウス。ベイブ・ルースも訪れてプレーした名門コースでした。戦中は予科練の基地となりましたが、ここに集った若者を乗せる飛行機はすでになく、彼らは南方へ、硫黄島に向かったと聞いています。
 この白亜も同じくレイモンドの設計で、今も有料施設として貸し出されて利用されています。

 
 アントニン.レイモンドは、昭和の日本に長い滞在歴のあるチェコ人建築家でした。戦中はアメリカ軍協力者となり、本土空襲のための焼夷弾開発に協力した人物でもあります。日本の木造和洋折衷家屋の弱点を軍に提供しました。
 レイモンドが焼夷弾開発に関わっていた事実はほとんど知られてはいません。が、このクラブハウスを 毎日通勤で見ている私、特に終戦の日の今日心痛みます。
 

   日本 アメリカ フランス イギリス ドイツ

 

 8月に観た映画では、ドイツの沖に浮かぶ広大な干潟の島アムルムの、その大自然の美しさと過酷さを捉えながら、ヒトラー自決からドイツ降伏までの、まさにその時の島の人々を描いた〈白パンと独裁者〉が素晴らしかった。

 久しぶりにドイツ語の映画で、懐かしくもあり(住んでいたので)、私の映画人生に間違いなく残るだろう1本となる作品でした。


 親ナチであった一家は、先祖の地のアムルム島に戻り住民を監視しながら暮らしていたが、ヒトラーが自決、そしてドイツの降伏。身重の母親の破水。ナニング少年の命がけの白パン作りのためのアザラシ狩、海鳥の卵狩、ウサギ狩が始まります。しかし一家の、暮らしと立場は暗転してゆく。
 

 ⋯ 


    
 

  最後に、原作小説家であり演出家でもあるハーク.ボームその人が老人として映し出されます。少年ナニングの今の姿です。

 

 かつての日独伊三国同盟にちなんだブログになりました。

 お盆休みも過ぎ、朝の公園水撒きの出かけの空は、何だか秋の⋯夏の雲と秋の雲が混じり合う〈行合の空〉です。涼しい風の中で公園に出かけていきます。
 このところの長雨もあって、養生して水をまいてきた芝生は、ここまで青くなってきました。六月一日からの朝の水撒きアルバイト、成果が見えてやりがいがあります。犬の散歩、ウォーキングの皆さんとは顔馴染みに。
 水をまいてると赤トンボが湧いてきます。こんな写真が撮れ⋯
 
 水まきを終えると牛丼屋で朝定食、出勤の日もあります。今日のお釣りも、こちらにちょこっと募金。おっ、今朝は募金ケースに千円札が入っている!
 
          
 
 
 
 晩夏の俳句⋯
 
 残る声カセットテープや盆の暮
 
 せいろ蕎麦来るまでしばし夏座敷

        
 
 夕立に傘持て来たる兄貴の忌
 
 朝採れの胡瓜の棘や露の玉

 

 渚ゆく二人と一匹夏の果て


   日本 アメリカ フランス イギリス ドイツ

 

 8月に観た映画では、ドイツの沖に浮かぶ広大な干潟の島アムルムの、その大自然の美しさと過酷さを捉えながら、ヒトラー自決からドイツ降伏までの、まさにその時の島の人々を描いた〈白パンと独裁者〉が素晴らしかった。

 久しぶりにドイツ語の映画で、懐かしくもあり(住んでいたので)、私の映画人生に間違いなく残るだろう1本となる作品でした。


 親ナチであった一家は、先祖の地のアムルム島に戻り住民を監視しながら暮らしていたが、ヒトラーが自決、そしてドイツの降伏。身重の母親の破水。ナニング少年の命がけの白パン作りのためのアザラシ狩、海鳥の卵狩、ウサギ狩が始まります。しかし一家の、暮らしと立場は暗転してゆく。
 

 ⋯ 


    
 

  最後に、原作小説家であり演出家でもあるハーク.ボームその人が老人として映し出されます。少年ナニングの今の姿です。


 今夏神奈川の蝉は鳴き始めが遅く、八月ようやく合唱。この頃になって落ちている蝉がいます。私の猫は蝉取りが得意で、よく、鳴いている蝉を見せに来ました。


07d498ebさて霍乱という言葉について。私達は〈鬼の霍乱〉という言葉しか知らないけれど、霍乱はもともと夏の季語です。食中毒などで吐いたり下す症状のこと。それが鬼でも起こるとして〈鬼の霍乱〉です。霍は鳥が激しく舞い立つこと、激しく乱れて。
 

 さらに言えば、急な日射病、つまり熱中症も古くは霍乱と言っていたと⋯これからは熱中症のことを霍乱と使ってもよいかとも…。

 

 杉田久女の句⋯

 

 霍乱に町医ひた待つ草家かな


 霍乱やまぶた凹みて寝入る母

      

 あわせて〈氷雨〉も実は夏の季語。夏に降る氷混じりの豪雨、雹ひょうや霰あられのことをいいます。 〈白雨〉は白い激しい雨のこと、夕立として使うこともあります。昨晩から今朝にかけては大雨と雷の、白雨になりました。

 

 🌻 🌻 🌻

 


  

 ロスタイムまだわからない凌霄花

     ぶり返す猛暑の日中、同じマンションの高齢女性がキャリーカー一杯の荷物で、エントランスで鍵をさがしているところ。私が開けますよとロックを解除してエレベーターを呼んで彼女を待ってから、◆階のボタンを押して…◇階で降りようとすると、待ってねと言ってから、彼女はキャリアカーから大きな大きな桃を取り出し、ありがとうコレ食べてくださいと手渡してくれました。これでーす♡

 

 それはたまたま、ついさっき地元小さな八百屋さんの店先に、枝付きの枝豆が並んでいたので、引きかえして求めてマンションに戻って来たところでした。

 

    その帰りエリベータの中で桃を2個いただき、何だかついてます。

 

 枝豆、早速バラにしてゆで上げて塩して食べると、やはりこれはうまい。お酒もすすんでしまいます。やっぱり枝付き!

  

 

 お礼にと桃二個いただくエレベータ

  引き返し根付き枝豆晩夏かな

 

 今小ぶりの丼をさがしていて、これも楽しみ。少し値が高くてもいいのがあれば⋯、自分がいつ死んでも自分が残したもの、戸棚の食器を娘たちや孫たちが、あっこれこれって言って使ってくれるといい⋯そんなことも思うんです。私自身、酒器や灰皿、小皿など残されたものを大事に使ってます。

 

 花火 花火 花火

 私には全く友達はいません、というか持たずに生きてきました。お盆も夏休みも誰からの連絡も誘いもありませんし、用事以外のLINEやメールもまずありません。けれどこうしてちょっとちょっと、無縁の人と見ず知らずの人、無関係の人と触れ合うことで生きてこれたことも事実。友達いなくても桃はいただける、それもいいかなあ、と。大切な家族にも孫にも恵まれて⋯。