昨年にロードショウとして公開されたアニメーション映画ベルサイユのばら、原作ファンにとっては待ち望んだ映像作品、と思います。焼く46年前にTVで放映されたTVシリーズベルサイユのばらについて筆者が考えていることはこのコーナーでも書いておりますが、1話から13話を担当した長浜忠夫氏、19話から40話を担当した出崎統氏、については原作を大切にした長浜氏は絶賛される一方で、原作を否定して作り変えた出崎氏は非難を浴びせられています。(自身のやり方を貫き、あの強力なパワーのある原作に引きずられずに自身の作品にしたその姿勢はアニメーション演出家としてはすごいとは思いますが)。絶賛アsれる長浜氏の13話分の映像、特にオスカルが悩んだ末に軍人として男として生きる道を選択した第一話は(原作を超えた)とまで高く評価しているファンの方もいますが、筆者はそうかなあ、と考えてしまいます。)
本放送当時、雑誌のインタビューに長浜氏は、(14歳の人間が男として生きることに悩まなかったはずがない)、と述べていた、と筆者は記憶しています。確かめたいのですが、約30年前にTVシリーズのことは忘れる、原作ファンとしては忌むべき存在だから嫌わなければいけない、とTVシリーズ関連物を一切処分し(ビデオさえも)てしまったので記憶にたよって書いています。
しかし、これは原作否定ともいえるのではないでしょうか
原作にみられるオスカルの晴れやかで誇りに満ちた明るい表情を映画で見て、TVシリーズになかったこの表情を私は観たかった、と確信しました。
父に反抗する子供、壮絶な親子バトル、アンドレとの殴り合いのけんかとその後は、まるで長浜氏が手掛けた(巨人の星)の2番煎じではないか、とさえ思います。
第2話は、オスカルがアントワネット誘拐の陰謀を阻止、オスカルジャンプ、と言われるほどの軽業と派手な立ち回りを演じていて14歳の近衛隊長(ありえない設定とは思いますが)の活躍を見せていますが、王位を狙う国王のいとこのオルレアン公のための話になっているとも思います。原作に登場するオルレアン公の父親を長浜氏はTVシリーズオリジナルキャラで登場させ、担当声優は市川治氏、で華のある悪役として話をかき回すキーパーソンにする意図があったと考えてしまいます。
第一話で自分の生き方を選ぶオスカルにしたのは独自の演出というより原作から離れている、その後のストーリー展開にも影響を与えないわけはないのではないかと考えます。
TVシリーズ36話で描かれた、オスカルとアントワネットの別れ、は原作にはないオリジナルストーリーですが、映画でも似たような場面がつくられていて興味深いことと思います。
映画では7月13日、市民側に寝返り、進撃の掛け声をかけたオスカルが(さらば、もろもろの古きくびきよ・・後略)と心に思う場面はあり、アントワネットとの別れを事前にわざわざ作ることはなくてもオスカルの意図は十分に伝わってくるとも思います。
時間の制約があり、脚本の段階で多くの場面が削られていった映画で、終盤でオリジナルストーリーをつける、ということは監督にとっては削れない場面だということで、TVシリーズに影響をうけたのか、たまたま似たような場面を作ったのかは分かりませんが、どちらにしても出崎氏について見直すべき点だ、と筆者は思います。