フランスの上流階級の作法・価値観 | フランス紀行

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フランスの名だたる企業の幹部と話をすると、彼らが口癖のように言うのは、「世の中には変える必要のないものが沢山ある。変えることだけが全てじゃない。変えなくてもよいものは、そのまま大切にしておくのがベスト」。

 

この考え方は、フランス社会を今も昔も支配する階級制度と表裏一体をなすものといっても過言ではない。

 

え、フランスは共和国でしょう?革命でアンシャン・レジームの時代が倒れていらい階級なんてないんじゃないのと思っている人も多いだろう。おっしゃるとおりだ。オフィシャルの制度として共和制を敷いており、リベルテ・イガリテ・フラタ二テを国礎とする国家だ。

 

フランスの階級制度について話す前に、まずは共和国サイドの事情について話そう。

 

共和国というとわかりにくいので、社会主義的側面とでもいおうか・・・。

 

共和国という名の社会主義国フランスでは、基本的に医療や教育費はほぼ無償(私立などは所得に応じて学費が決まる。それでも米国などに比べればすずめの涙ほどの費用)、仕事もほぼ全て教育機関で取得した「ディプロム:卒業証書・認定書」によって決定されるので、頑張ればそれなりの成功は手にできる。

 

ひとつ目覚しい例を出そう。

 

オーランド政権で大統領のポルト・パロール(スポークス・パーソン)を担当し、その後女性問題を担当する大臣として閣僚入りし、第二次バルス内閣を通じて教育・文化相を歴任したナジャ・ヴァローーベルカセムだ。

 

知性溢れるその容貌は、政界で異例の30代という若さも手伝って、世界の注目を集めた。2012年の大統領選挙で社会党のパッとしない面子の中で、候補者のオーランドの次にダントツの注目を浴びていたのは彼女だと思う。30代前半とは思えない冷静沈着さ、鋭い切り替えし、知性と理論に裏打ちされた話しぶり、かざりっけのない人柄など、私を含め多くの一般ピープルが圧倒され、彼女のファンになった。

 

モロッコで8人兄弟の長女として生まれ、5歳の時に工事現場の労働者としていち早くフランスで働いていた父親の後追ってフランスに移民してきた。移民一世によくあるように、彼女の母親はフランス語が話せない。そんな母を支えつつ、兄弟の面倒を見ながら、学問にも励み、北部の大学(名前を忘れました・・)を卒業した後に、フランスきっての名門校でありグランゼコールのひとつシアンスポ(パリ政治学院)に入学。そこから政界への道が開かれた。ちなみに夫はシアンスポの同級生で、同じく社会党員。政治家カップルなのだ。二人の間には双子がいる。

 

まさしく、フランス版のアメリカン・ドリームを体現する人物なのだ。自分の努力で人生を切り開いてきただけあり、奢ったところがなく、地が足についていることが見て取れる逸材なのだ。

 

ナジャの例に見られるように、社会主義的な側面が幅を利かせていることから、機会の平等はある程度担保される。

 

ただし、ただしだ、限界があるのがフランスのフランスたるゆえんである。けっして日本のように実力で全て勝負がつくということは絶対にない。

 

最も大切なのは、出自であり、コネなのである。出世を含め、社会的な成功はほぼ全て、誰を知っているか、誰に世話になることができるかで決まる。

 

フランス企業でよく見る、「なぜこの人が駐在しているの?どうして出世するの?」という手の人材はほぼ全て、父親やおじさんが政界との関わりがあったり、名だたる企業の筆頭株主やボードメンバーだったりする。その取り巻きにおいてフランスの名だたる企業の人事は全て決定されるからだ。

 

もうひとつ興味深い例を紹介しよう。

 

2012年にフランスの某大手製薬企業が同じく某大手タイヤ会社と時期を同じにして大規模なリストラに踏み切った。従業員のストライキなどが相次いでメディアでも散々取り上げられ、ついに大統領が介入(!!)することで最終的にリストラは中止になった・・・上場企業としては、あるまじき事態である・・。

 

しかし、株価には大した影響も出ず、しかも組織としては全てが丸く収まった・・・

 

株価に大した変動が出ないのは、当たり前だ。その半分以上を政府が持っているから・・・これはインサイダー情報でもなんでもなく、コーポレート・フランスの常識なのだ。

 

しかし・・・・、その2年後に当時のCEOは解任された・・・。

 

英語がネイティブのカナダ人だったが、CEOになってからフランス語を勉強しマスターしたといわれている。グローバル数兆円企業のトップに君臨する超多忙のCEOが外国語をマスターするのだから恐れ入る。カナダ出身だから全くの門外漢ではなかったのだろうが、インタビューなどもフランス語でこなすほどのレベルに到達するのは大変なことだったと思う。

 

しかし、これはマストなのだ。外国人がフランス企業で出世できるかどうかは、一重にフランス語ができるかできないかで決まるといっても過言ではない。大企業になればなるほど、この傾向は顕著になる。ある程度までは出世できるが、途中で必ず「見えない天井」にぶつかる。それは、実力があればどこまでも出世できるアメリカ系の企業とは大きく異なる。

 

彼の下で組織的な改革がいくつも断行され、業績は伸びに伸びた。素晴らしいパフォーマンスとして、米国などの株式市場では大いなる評価を得た。

 

しかし、フランスを支配する政界・経済界・社交界からの受けはあまりよくなかったようだ・・・。そうでなければ、業績も隆々のなかでいきなり解雇などになるはずがない。

 

理由はもちろん、「経営陣との意見の不一致」とされた。これで全て何が理由だったかわかる。冒頭で述べた、「変えなくてもよいことまで変えようとしたから」なのだ。

 

もうひとつ面白い例をあげよう。

 

フランスなどで良家の特に女子は日本やアメリカのように髪の毛を振り乱して勉学に励み、高度なディプロムを取得し、キャリアで成功しようなどとはこれっぽちも思っていない。そんなことは必要ないからだ。

 

彼女たちの人生は両親をはじめその階級の人々がしっかりケアしてくれるので、しかるべき時がくればそれ相応の嫁ぎ先は決まり、人生は死ぬまで安泰なのだ。

 

時々、マダム・ベタンクールのように、80歳の高齢で40弱のボーイ・フレンドに現を抜かし、娘に訴えられるというハプニングもあろうが、そんなことはご愛嬌のうち。。。

 

勉学に励むよりも、スイスなどの年間ざっと1千万円(授業料であり、ルーム&ボードや社交費用は含まれません)はくだらないフィニッシング・スクール(故ダイアナ妃も行ってました)にでも行き、そこで同じ階級の子女との交流を深め、地中海クルージング(自前のヨットで)やモンテカルロでの仮想パーティー、オートクチュールのファッションショーなどを通じて、今後死ぬまでお付き合いするであろう有閑クラブに属する人々・家族との国際的なネットワークを暖めたほうがよほど生産的なわけだ。

 

アカデミックな成功やディプロムの取得は、働かねば食べていけない庶民が目指すものであり、有閑階級の目標は別のところにある。

 

彼らの目標は、アメリカや日本でよしとされるミドルクラス的なメンタリティに支配された上昇、向上、拡大といったところにはない。彼らが目指すのは、フランス上流階級を中心とするコネとネットワーク維持もしくは進化・拡大であり、それに寄与しない行為は全て無駄と考えられるわけだ。

 

フランス上流階級の作法や価値観を実践できないものは悪であり、排除されるべきなのだ。これは変えてはならないものであり、変えようとするものは全て排除の対象となる。

 

次回は大統領の例を出して更なる分析を進めてみたい。