僕は今、いわゆる「故障」をしている。
もう半年くらいになる。
ずっと痛めている。
酷い時は日常生活に支障をきたすレベル。
スタートはフォームの改善を行い始めた直後。
使う筋肉が明らかに違ったのを実感出来たし、それにより負荷のかかり方が当然変わってくるのも実感できた。
でもその部分の筋力には自信があったから、だからこそその負荷の変化の実感も得られた訳だけど、フォームの改善、それが持てるフィジカルを活かしパフォーマンスを上げることだと確信出来、僕にとっては良いこと尽くしだと思えた。
そして、そこから少ししてからの違和感。
そして痛み。
厳密には痛みとは限らず、パフォーマンス出来ない違和感。
それがしばらく続いている。
そのフォームの改善が誤りだった?
いやいや、そんなことは全くない。
多分それはきっかけにすぎず、今思えばその始まりはもっと前からスタートしていたように思える。
いずれにせよ、僕はこのフォームで取り組んでいきたいと強く思っている。
そのフォームで負荷が過剰にかかったのであれば、それは自身のフィジカルの問題。
それが出来るようにフィジカルの改善が必要なだけ。
だから今は多少辛くても、付き合っていくべきものだと思っている。
のだけれど、ここでも一喜一憂という「階段」は見事に存在するもので、横ばいに進んで、壁を這いあがって、また横ばいを進んで、這い上がって・・・を繰り返す。
痛い時があって、調子の良い時もあって、でもまた痛みがあったりもしてを繰り返すのだ。
まさに階段のようなライン取り。
途中、踊り場なんて横ばいの長い期間があって楽できても、また壁を這いあがるタイミングが来て、その必要が生じて・・・を繰り返すのだなぁ。
それこそ「C’est la vie」な訳だ(笑)
でも、それが一生続くとも思えないのがまた都合の良い思考で、その痛みから逃げる手段は人生をよりマクロな視点でみればいくらでもある。
だからそこに危機感がない訳ではないけれど、正直そんな大したものでもないと受け止めている。
今のこのフォームで卓球を続けていくとすれば、その「故障」とは正面から向かい合って付き合っていくことになるのに、それでも大したことないと思える?
思えるんですよ(笑)
だって、一緒に考えてくれるプロフェッショナルが周りにいてくれるから。
具体的な対処法やケアも指導してもらえるし、実践してももらえる。
最悪の場合、痛み止めの薬も効果的だと指導いただいているし実証済みなので、そうした逃げ道があるから心理的な余裕があるのだと思う。
具体的な100%の解決方法は医学をもってしても暗中模索なのかもしれないし、安易に薬に頼ることもしたくはないので、最悪時間の経過を待つのみということもあり得る。
でも、その時間の流れの中で自分に出来ることは様々あり、それも自分なりにではなくドクターを含めプロフェッショナルの指導や意見に従ってより高度に取り組むことも出来るのだから、ただ流れに身を任せるのではなくその流れの中で何をすべきか自分で選択し行動することが出来る訳だ。
そう考えると、ボーッとしていられないぞ、となる(笑)
冬がやって来て春が訪れて・・・を繰り返すのは、言い換えるとPDCAサイクルだと思う。
現代社会においては古い考え方のように言われることもあるそうだけど、これはこれで一つの確立したスタイルだと思うし、ある意味農業のようなもので人類史上確立したものじゃぁないかと思える。
例えば、ファッションのモードも現代では「〇〇年代風」というスタイルが循環しているようにも思うから、思考や感覚も同様のことが起こっていても不思議はない訳で、このサイクルという考え方ももはや「スタイル」と呼べる立ち位置にあるのでは?と思う。
余談だけど(笑)
冬の次に春が来て、また冬が来て・・・は、階段移動の縦と横だと思うし、それを上り詰めた先にこそホンモノの春が待っているのだと思う。
今僕は冬の中にあるのかもしれない。
でも、冬といっても雪深い日もあれば、雪が無くてもとにかく冷え込む日もあり、日差しがあれば無い日もあり、毎日はそれぞれ違っている。
厳しい日もあれば過ごしやすい日もある。
そういうものなのだ。
そして今の僕には寒い日をどう過ごすかの具体策・対処法もある。
そうやって毎日を過ごし、春を待てばいい。
冬には冬で、クリスマスや正月など楽しいこともたくさんあれば、美味しいものもたくさんある。
冬だからといって休んでる暇はないし、悲観する必要もない。
まずは全てを計画的に過ごさなければ。
寒さの厳しい地域の人たちが、長い間そこで生き抜いてきたのは行き当たりばったりではなく厳しい冬を乗り越える為に春夏秋をどう過ごすかと計画的に行ってきたからだと思う。
今出来ることを順序だてて計画的に、的確にやっていく。
僕にとってこの故障が原因で万が一出来ない事があったとしても、その状況下で出来る事もあるはず。
思考を巡らせ、冬を効率よく過ごしていく。
そうして迎える春はきっと心地よい季節になるはず。
明けない夜はない?
七転び八起?
でも七転八倒なんて言葉もあるなぁ(笑)
いやいや、春は来る。
今それこそ長い階段を上っているとしても、それが辛い道のりであったとしても、登りの階段を進んでいる以上、上に向かって進んでいることに違いは無い。
成長の途中にあるのだ。
フォームの改善だけではない。
感覚の向上。
技術の向上。
身体能力の向上。
そして思考の向上。
やるべきこと、出来る事はたくさんある。
だからこそ、課題をひとつクリアしてもまたすぐに次の課題が見つかる。
まさに階段。
また寒さに襲われるわけだ。
でもそれは成長の証。
通り越したイバラの道は武勇伝のような誇らしいものになるし、人の器の大きさは乗り越えた修羅場の数による、と尊敬する恩師から若い頃に教わった。
だから、今この不調と向き合い、いや、それを抱きしめて、進むべき方向をしっかりと見据えて歩を進めていこうと思う。
歩けない車椅子だけど(笑)
今はこの不調を乗り越えた先がもう楽しみで仕方ない。
その時をより早く迎えられるように、今は細心の注意を払い取り組んでいく。
後は、食べ過ぎで体重を増やすようなことが無いようにしたい。
春は山菜とか春野菜が美味いからなぁ。
冬来たりなば春遠からじ。
春本番を迎えたタイミングでこんな話をするのはナンセンスだと反省(笑)