みーくんの命日 | ~りゅうくんとふたばさんと時々お世話係~

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甘えっ子な長男の【りゅうくん♂】と
人間が苦手でも猫とは仲良しな、【ちぃちゃん♀(2022年12月没)】と 
ちょっぴりぶちゃいくな、【ふたばさん♀】の日常と
お世話係のつぶやきを綴っています。

10月10日は私が初めて保護した猫、みーくんの命日。

28年前のおそらく10月10日、みーくんは車にはねられて亡くなった。

私に知識があったら、ちゃんと室内飼育できていれば、

みーくんは事故で無くなるとはなかった。

無責任でごめんね、みーくん。

 

 

28年前の梅雨の大雨の日。

夜中に子猫の鳴き声が聞こえた。

母猫らしき声も聞こえていたので、

その内鳴き声はおさまるだろうと思っていた。

しばらく経っても鳴き声がおさまらないので、外に出てみたが、

大雨で真っ暗なうえ、周りは田んぼばかり。

懐中電灯で照らしてみたが、みつけられなかったので、また家に入った。

その夜はなかなか寝付けなかった。

 

次の日の朝、雨はやんでいた。

まだ子猫の声がするので探してみると、

農業用排水路の石に引っかかるように子猫がいた。

その真上から、母猫が頑張れ頑張れと呼び掛けていた。

奇跡的に水は少なかったが、水路の深さは私の身長の2倍以上。

見回しても降りられそうなところもなく、どうもできない…

出勤時間が迫っていたこともあり、ごめんねと言いながら、出勤した。

消防を呼ぶなんて考えはなかった。

 

その日は土曜日で、仕事は半ドンだった。

大急ぎで帰ってみると、子猫はまだそこにいた。

声は小さくなっていたが生きていた。

当時住んでいたアパートの数軒先に、

立派な庭のお宅を見つけた。

ここならもしかして…と、はしごを貸して欲しいとお願いに行った。

家の人がいないから…と言う中学生くらいの女の子に事情を話すと、はしごを持って一緒に行ってくれた。

 

猫を助け出すと冷えきって、ぐったりしていた。

大急ぎで家に帰り、拭いて、段ボールに入れて、ドライヤーで温めた。

母猫もついてきて、心配そうにしていたので、

玄関のドアを開けて、母猫から見えるように温めた。

子猫が小さく鳴いたとき、母猫は安心したように、

ふらっといなくなった。

当時はそんなに猫好きと言うわけでもなく、無知だった。

病院に連れて行くなんて、考えも及ばなかった。

 

翌日には、子猫は温めた牛乳(これもダメ)を飲めるようになった。

缶詰のごはんも食べられるようになったため、出勤のため外に出すと、

母猫がアパートの前で待っていて、一緒にどこかへ行ってしまった。

 

それからは、帰宅後に、玄関を開けておくと、

子猫が部屋に入ってくるようになった。

が、アパート住まいで飼えないので、

仕事に行く時は外に出していた。

男の子か女の子かわからないけど、みーみー鳴くので、

「みー」と呼んでいたら、後に男の子だとわかり、

「みーくん」になった。


爪とぎが大好きだったみーくん。

唯一の写真。


それから4ヶ月ほど経った、10月10日は妹の結婚式だった。

帰りが遅くなるので、ごはんはアパートの部屋の前に置いて行った。

夜遅く帰ると、ごはんを食べたあとはあるが、みーくんが帰ってこない。

オスは行動範囲が広がって、何日も帰ってこない日があるっていうし、

みーくんもそんなお年頃になったのかと、寂しく思いながらも、

毎日ご飯を置いて待っていた。

毎日ご飯を食べた形跡はあるものの、

なかなか帰ってこない。

数日後、別の猫がご飯を食べているのを見かけた。

みーくんが食べてたんじゃなかった?嫌な予感がした…

 

みーくんが帰ってこなくなって1週間目の日、

友人が遊びに来るというので、大通りに迎えに出ると、

みーくんの首輪に似た、切れた首輪が落ちていた。

そしてその少し先に路肩に横たわっているみーくんを見つけた…

 

あの頃、猫を外で飼うことに何の疑問もなっかった。

私にちゃんと知識があれば。

たった半年しか生きられなかったみーくん。

ごめんね…

今も後悔しかない。