10月10日は私が初めて保護した猫、みーくんの命日。
28年前のおそらく10月10日、みーくんは車にはねられて亡くなった。
私に知識があったら、ちゃんと室内飼育できていれば、
みーくんは事故で無くなるとはなかった。
無責任でごめんね、みーくん。
28年前の梅雨の大雨の日。
夜中に子猫の鳴き声が聞こえた。
母猫らしき声も聞こえていたので、
その内鳴き声はおさまるだろうと思っていた。
しばらく経っても鳴き声がおさまらないので、外に出てみたが、
大雨で真っ暗なうえ、周りは田んぼばかり。
懐中電灯で照らしてみたが、みつけられなかったので、また家に入った。
その夜はなかなか寝付けなかった。
次の日の朝、雨はやんでいた。
まだ子猫の声がするので探してみると、
農業用排水路の石に引っかかるように子猫がいた。
その真上から、母猫が頑張れ頑張れと呼び掛けていた。
奇跡的に水は少なかったが、水路の深さは私の身長の2倍以上。
見回しても降りられそうなところもなく、どうもできない…
出勤時間が迫っていたこともあり、ごめんねと言いながら、出勤した。
消防を呼ぶなんて考えはなかった。
その日は土曜日で、仕事は半ドンだった。
大急ぎで帰ってみると、子猫はまだそこにいた。
声は小さくなっていたが生きていた。
当時住んでいたアパートの数軒先に、
立派な庭のお宅を見つけた。
ここならもしかして…と、はしごを貸して欲しいとお願いに行った。
家の人がいないから…と言う中学生くらいの女の子に事情を話すと、はしごを持って一緒に行ってくれた。
猫を助け出すと冷えきって、ぐったりしていた。
大急ぎで家に帰り、拭いて、段ボールに入れて、ドライヤーで温めた。
母猫もついてきて、心配そうにしていたので、
玄関のドアを開けて、母猫から見えるように温めた。
子猫が小さく鳴いたとき、母猫は安心したように、
ふらっといなくなった。
当時はそんなに猫好きと言うわけでもなく、無知だった。
病院に連れて行くなんて、考えも及ばなかった。
翌日には、子猫は温めた牛乳(これもダメ)を飲めるようになった。
缶詰のごはんも食べられるようになったため、出勤のため外に出すと、
母猫がアパートの前で待っていて、一緒にどこかへ行ってしまった。
それからは、帰宅後に、玄関を開けておくと、
子猫が部屋に入ってくるようになった。
が、アパート住まいで飼えないので、
仕事に行く時は外に出していた。
男の子か女の子かわからないけど、みーみー鳴くので、
「みー」と呼んでいたら、後に男の子だとわかり、
「みーくん」になった。
爪とぎが大好きだったみーくん。
唯一の写真。
それから4ヶ月ほど経った、10月10日は妹の結婚式だった。
帰りが遅くなるので、ごはんはアパートの部屋の前に置いて行った。
夜遅く帰ると、ごはんを食べたあとはあるが、みーくんが帰ってこない。
オスは行動範囲が広がって、何日も帰ってこない日があるっていうし、
みーくんもそんなお年頃になったのかと、寂しく思いながらも、
毎日ご飯を置いて待っていた。
毎日ご飯を食べた形跡はあるものの、
なかなか帰ってこない。
数日後、別の猫がご飯を食べているのを見かけた。
みーくんが食べてたんじゃなかった?嫌な予感がした…
みーくんが帰ってこなくなって1週間目の日、
友人が遊びに来るというので、大通りに迎えに出ると、
みーくんの首輪に似た、切れた首輪が落ちていた。
そしてその少し先に路肩に横たわっているみーくんを見つけた…
あの頃、猫を外で飼うことに何の疑問もなっかった。
私にちゃんと知識があれば。
たった半年しか生きられなかったみーくん。
ごめんね…
今も後悔しかない。
