こんにちは! ルルテルのやすよです。
ブログを読んでくださってありがとうございます。
すごい才能がある人に 憧れます。
この前、しまひろこさんのコンサートに行ったときにも
すごいなあって感動したし
レイキのお仲間に マッサージがすごく上手な方がいて
「特別な手」って思えるので すごいなぁって
私は昔から「器用貧乏」って言われるので
あれもこれも ちょっとくらいできることは
年とともに増えるけど
これといって 「これだ!」というものが
あるようなないような…
(これは別に 謙遜して言ってるわけじゃなくてね)
才能がある人って 人から羨ましがられたりすることも
多いと思うけど、
才能があるって 大変なことなのかもしれないなぁって 最近思うのです。
かなり前ですが、アナ雪が大ヒットしたころ
朝の情報番組「スッキリ」に
神田沙也加ちゃんがゲストで出てて…
それはそれは 素晴らしい歌声と表現力でね、
朝からクギヅケになってしまったのですが
その時に テリー伊藤さんが
「今まで 親の七光りとか言われて 苦しいときもいっぱいあったと思うけど、ずっと頑張ってきて 今回ほんとに素晴らしい歌を聞かせてくれて 感動した!」みたいなことを言って…
神田沙也加ちゃんは、
「七光りじゃないなんて 一生言われることないと思ってた!
うれしい!!」というようなことを言ってね
涙ぐむ場面があって。
何年もたつけど、なんか ずーっと覚えてるんですよね
なんだかすごく素敵だったから。
それとか ちょっと前「サワコの朝」っていう
阿川佐和子さんのトーク番組を見てて
ゲストに前川清さんが出てたんだけど。
前川清さんが、藤圭子さんと1年ほどの短い結婚生活を終えた後に
藤圭子さんは NYに渡って。
数年後に 1回だけ連絡があったそうです。
藤圭子さんが 「私の子どもは天才なの!」って
興奮気味に話すから、前川さんはちょっとびっくりして…
(宇多田ヒカルさんが まだすごーく小さい時ですから)
でも、数年後に 宇多田ヒカルさんがデビューして
その歌声を聴いたときに 身震いしたそうです。
なんだかいろんなことを考えちゃった。
藤圭子さん、圧倒的な才能を持ったわが子を
(自分譲りの才能とはいえ)
どんな気持ちで育てたんだろうな
宇多田ヒカルさんの 「花束を君に」って歌。
本当にすごい曲で…
うっかり聞いたら 号泣しちゃう
亡くなったお母さんのこと思って作った曲らしくて
「世界中が雨の日も 君の笑顔は僕の太陽だったよ
今は伝わらなくても 真実には変わりないさ
抱きしめてよ たった一度 さよならの前に」
…もう 涙腺崩壊しますね。
才能があるからこそ 究極のつらい体験も
こんなに美しく昇華させることが できてるんだろうけど…
普通なら、ただただ泣いて 泣き言を言って
時が薄めてくれるのを待つんだろうけど…
才能は 本人を 寝かせておいてくれないし
才能があるからこそ 苦しみ続けてる人って
いっぱいいるんだろうなぁ
成功する人ばかりじゃないけど
持って生まれた才能は その人を離してはくれないし
本人の意思とは関係なしに その人を引っ張り続けたり
あきらめさせてくれなかったり…
世界中を感動させるような すごい才能じゃなくても
それぞれに なにか 「ギフト」って言えるような
才能みたいなものがあった場合
それは その人を どうしようもなく突き動かしたり
導いたり するでしょ
才能に導かれて
それを生かして仕事しようとか
人と接していこうとか
創作して 作品を世に出してみようとか思った時に
どうやら とっても 怖くなる時があるらしい。
だって せっかくの才能だもん。
「世の中に否定されたって 私はこれが好き!」
って…言えればいいけど
やっぱり 否定されたくはない。
受け入れられて 人気が出て
世に出したものが 評価されたり 売れたり
そうなるに越したことはない。
と、思うと
「そうならなかった時のショック」が
無意識に想像できてしまうから
きっと とってもとっても 怖くなるんだろうな。
私が 今 どうしてこんなに
長々と書いているかというと…
私の大切なお友達が
才能で勝負するのを怖がって
ずっと 他のことばっかり よりみちして
遠回りをしているから。
やってみないと わかんないことだらけだよ
でも、才能があるから、それをやりたいって
思ってしまったんだろうし
才能は あなたが どんなに遠回りしたって
あなたのことを その道に連れ戻すと思うよ
やれるだけのことを やり尽くすまで
離してはもらえない。
それが ギフトをもらった人の
運命みたいなもんじゃないかな
なので 勇気を出して
ひとまず 全力で勝負してみたら?って言いたい
人に「がんばれ」とか あんまり言わない私だけど
ちょっと無理してでも
踏ん張ってもらいたいと思ってるよ。
がんばってね