脇役たちが主役を張る。我が言葉を携えて ー 「僕と魔法の言葉たち LIFE ANIMATED」 | ​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

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潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

タイトルのせいか、ドキュメンタリーとは思わずに観る方も多いようです

この作品。








確かにドキュメンタリー

だが、よくある実録ドキュメントというより

言葉をなくした彼が

言葉を得るまでの間の

彼の頭の中を、見せてもらったような感覚。




非言語に生きる人ほど、

感じるものがあるねぇ、これは。




☆☆☆☆★




(あらすじ)

サスカインド家の次男オーウェンは、2歳から言葉を失い、6歳まで誰ともコミュニケーションを取れなくなってしまっていた。失意に暮れながら過ごす父と母は、ある日、オーウェンが発する意味をなさないモゴモゴとした言葉が、彼が毎日擦り切れるほど観ていたディズニー・アニメーション『リトル・マーメイド』に登場するセリフであることに気づいた。


公式サイト

http://www.transformer.co.jp/m/bokutomahou/






オーウェンは、毎日のように繰り返し観たディズニーアニメで、

世界を、目の前の現実を、認識していた。




ずっと無言だった息子の口から

ディズニー・アニメのセリフが飛び出した時の

パパのうろたえようが、泣ける(T ^ T)




何もかも覚えてしまうほど観たから

主役のヒーロー、ヒロインより

脇役たちに意識がいくのか


“ヒーローの気分”には、なれなかったから、脇役なのか





ディズニー作品は、分かりやすい分だけ

「ヒーローって気分じゃない」という

彼の気持ちは、よく分かる気がするの。


だけど、彼の話しぶりを見ていると、両方な気がする。




主役と同じだけ、目に焼きついた

脇役たち


それは、現実世界で、相手が分かる言葉を話せないだけの自分が、

みんなが分かる言葉だけが飛び交うメインストリートを歩く時に感じる、違和感のような。






“ジヘイショウ”という言葉は、区別をするには便利だけど。

観てるこちら側からすると、限定されて、とても狭苦しく感じる




父と母、そして兄

それぞれに、想いがあり

してやれなかったことを悔やんでる


そんな想いを知ってか知らずか

(いや、きっと知っているのだろう。

周囲に分かる言葉で、それを伝えたりはできなくとも、彼だけの世界で)




オーウェンが一度失って、得た言葉は

彼なりの自由への道




だけどね、

彼が「脇役たちの守護者」となるのは

彼自身が、彼のままで

“主役を張る”からなのよ。


脇役だって、それぞれ主役。






脇役たち自身が持つ、“我が言葉”でもって

我が道をいく!

その過程を見ているだけだなぁ。と感じるの。




劇中に登場する短編、オーウェンが紡いだ物語「迷子の脇役たちの国」が、

見事なアニメーションになって劇中にも登場します





特別映像として公開されています

(そこはかとなく、高畑勲テイスト♪)


彼の世界をよく表している。





音楽も素敵です。
新しい時代の「ファンタジア」を見るようだわ^_^



…私にとって、ディズニーといったら

「バンビ」と

「ダンボ」と

「ファンタジア」なんだけど

これ観てたら「ノートルダムの鐘」と「ライオン・キング」が観たくなったわ^_^





↓原作本はこちら

監督さんがLP9なのね
声なき声を拾う。その美意識、かっこええ。
「一人の脇役も見捨てない」と言ったオーウェンと同じね^_^




それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




《かずの葉の庭》主宰

Φ|高橋 早苗プロフィール

https://profile.ameba.jp/ameba/parallel13





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音楽はこちら


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