とても信じたくないかもしれないけど
映画を観れば わかるはず
私たちが<リアルさを感じて楽しむ世界>
それが映画
そしていつも、何かしら
感じたいものがあって
それを選んでる
たとえば「ガンダム」のシャア
見るたび「この人、恨み節だよなぁ」と思うのですが
彼の子ども時代を描いた「THE ORIGIN」を観るとよくわかる
機動戦士ガンダム THE ORIGIN II [DVD]/三宅健太

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ムンゾ(サイド3)から逃れ、地球でマス家の養子となったキャスバル
ダイクンの子である彼には、地球も安住の地ではなく
妹のアルティシア共々、ザビ家から命を狙われる
一家は追っ手を逃れ 再び宇宙へ向かう
ムンゾにほど近いサイド5へ移住します
そして、ムンゾで別れたきり 幽閉されていた
母・アストライアの 死の報せを受ける
憎しみを募らせる彼が 移住先でも始終つきまとう監視の目に
怒りを爆発させるシーンがある
その男を追い出し 突き飛ばし、殴り
裸のクギがむき出しの木片を手に トドメを刺そうとする
『恐ろしいのです 彼は抜き身のナイフだ』と言った学校長の言葉の通りに
養父を始め 大人たちの誰も
キャスバルを止められない
その時、彼の暴走を押し止めるのは
妹アルティシアの 必死の叫びです
『その人が何をしたっていうの?こんなことして何になるの?
お母さんが喜ぶとでも思うの?
…そんなお兄さんなんか嫌いだ!』
我に返ったキャスバルが 力なくつぶやく
『ごめんよ。。 アルティシア
もう、しないよ』
この『ごめんよ』のひと言が 彼のすべてを現わしている
母を救えなかった無力さ
・・・これが罪悪感でなくて 何だろう?
このシーン、私はつい
『ごめんよ』のひと言に、その声に
じっと見入ってしまうシーンなのです
この後、キャスバルは妹からも離れ
シャア・アズナブルを名乗り
ガルマを通じてザビ家に近づく
・・・その恨み節は、地球へのコロニー落としまで続くのですね
つい見入ってしまう
泣ける、号泣しちゃうとか
悲しすぎて逆に見ていられないとか
そういう<反応>
つまり心が動くということ、それは
心に隠れた罪悪感ポイントを
教えてくれているのかもしれません
私たちが<リアルさを感じて楽しむ世界>
それが映画
同じように、現実の
リアルさを感じて楽しむ世界
そのリアルさに意味付けをして苦しむ世界
それが自分責めさんの観ている現実
つい見入ってしまう
号泣してしまう
怒りが湧く
苦しくて観ていられない
そういう<反応>をしてしまう時
気持ちが落ち着いてからでいいので
これ、私の中の何につながってる?
と問いかけてみるの
怖い
悲しい
頭にくる
そんな、決して愉快で楽しくはない気持ちから
芋づる式に見えてくるのが(感じられるのが)
罪悪感です(´∀`)
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