宇宙をかき乱すべきか(下)ーダイソン自伝ー | ​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

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潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

戦後アメリカ市民となった彼が語る「国防」
核実験停止条約と軍縮

長期的安定のためには、平和国家は自衛のために
十分に武装し十分に組織されていることが重要である


単純な平和主義よりも、深いね。


戦中より長い間悩まされ続けた悪夢と、
身近に起きたテロ。

大衆の病的な好みー暴力に魅せられる気持ちは、われわれすべての人の心のどこかに深くひそんでいる。
心情の点では、われわれは1900年前に剣闘士が互いに相手を切り刻むのを眺めにローマの円形劇場へと集まった群集より大してマシではない。


・・・みんな、うなされたりするんだ・・・
体験した者だけが持つのだろう視点。
生き残った者が共通して持つという罪の意識。
“テロ”以降、悪夢が襲ってこなくなったっていうのと
未だに“犯人”は捕まっていないというのが象徴的で。


核実験停止条約ー彼に言わせれば「無残な気晴らし」ー締結の裏側は興味深い。
本当に、
 (戦争に)核を使ってもいいじゃないか
と口にする人間がいるんだ!という驚き。


H.G.ウェルズとJ.B.S.ホールデン
二人の生物学者が書いた未来と
陸軍野戦教範3-10を知り生物学兵器廃絶に奔走したマシュー・メセルソン

その後のDNA組み換え実験に対する強い大衆運動
ー大衆は、生物学者たちの背後に
ドクター・モローやダイダロスの不吉な姿を見ているー


・・・バイオテロも遺伝子操作も、フィクションの中で見慣れてしまっているけど、軍相手に生物学兵器をどう使うのか問うシーンはリアル。
下手な教科書よりよっぽど世界史学べるね。


キューブリックの「二〇〇一年宇宙の旅」にダイソンが出演したかもしれないという裏話。
本当に対照的な二つの映画
 「二〇〇一年宇宙の旅」と
 「ストレンジラブ博士」

ー私にとっては、銀河系は天にある星の一群にすぎないものではなく、一組の微分方程式で、まだわかっていない仕方で振る舞う解をもつものなのであるー


 宇宙に知的生命が存在する確率を
 理論値で計算するのは価値がない

という一方で

 知的生物が存在する証拠を探すことには
 科学的理由がある

という・・・自らを
 「未来にとり憑かれてる」
と称してはばからない彼の、新しい技術や開発に対する思いは、
新しい遊びやオモチャを手にする子供にも似て、果てしがない。

宇宙は、居住可能な小さな島々が広大な空間の海で隔てられた多島海である。
カナダとアラスカの太平洋岸にバンクーバーからグレーシャー湾にかけて広がる多島海は、ある意味では宇宙の縮図である。


長いこと音信のなかった息子がカヤック・ビルダーとなり、この“多島海”を渡っていたというのも巡り合わせか。

「未来は予測しがたい」ー常に未来を向いている一科学者の思考は、水面を滑るカヌーにも似て、静かに漂う。

宇宙をかき乱すべきか(下)(ちくま学芸文庫)宇宙をかき乱すべきか(下)(ちくま学芸文庫)
Freeman John Dyson 鎮目 恭夫

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(故郷、ウィンチェスターに触れて)
私の周囲の人々はいつも、郷土の歴史の美点とかを論じ合っていた。
なぜ、この人たちは過去にそんなに惚れ込んでいるのだろう。私は彼らがそんなに愛している六〇〇年前の古い沈滞した世界へ戻りたくなかった。私は、もし六〇〇年後の未来へ行けたなら、もっとすばらしいものを沢山見られると思った。
未来は、私にとってイギリスとアメリカの次の第三の故郷である。


(カリフォルニア大教授会館の管理人がテロにより亡くなり、彼を助けられなかったことについて、ロバート・リフトン著「生きている死者」からカミュの言葉を引用)
 革命の時代には、死ぬ人がいちばん幸運なのです。しゃべれなくなった人は、
 自己の最善のものを捧げることによってそうなったので、しゃべれる人は、
 犠牲の法則によって結局はつねに卑怯な打算家にされてしまうのです。
 しゃべることはつねに裏切りを暗に意味するのです。



(17歳、ウェールズでの山登りで怪我をし麓の病院へ入院した時のこと)
私の傷の縫合をした医師以外誰一人、私の面前では英語を話さなかった。ウェールズ語は美しく、私は彼らの声を音楽のように聴くのを楽しんだ。しかし、彼らが私に伝えようとしていたことは明白だった。私は異国人であり、汽車に乗ってイングランドへ帰るのが早ければ早いほどいいのだった。
イングリッシュという語とブリティッシュという語が同意語であるという考えに慣れてしまったイギリスの少年にとって、それは酔いをさまされるような経験だった。

後年になって私は、同じやり方が巧みに使われている実例をいくつもみた。
チューリッヒでスイス系ドイツ人が高地ドイツ人に対して、
ポントレシナ(スイス南西部)でロマンシュ語系スイス人がドイツ語系スイス人に対して、
エレバンでアルメニア人がロシア人に対して、
ニューメキシコのジェメツ部落でプエプロ・インディアンがアングロ・アメリカ人に対して、そうであった。
小さくて消え失せそうな少数民族になればなるほど、彼らの古来の言語はますます貴重になる。それは、征服者の高慢の鼻を折り、自分たちが一つの民族であることの証を維持するための、彼らに残された唯一の武器である。


(思考実験)
思考実験とは、理論的な観念を明らかにするために使われる想像上の実験である。それは物理学者によって発明された方法であり、その目的は、なんらかの提案された理論に内在する論理的な矛盾や不合理を、できるだけ明らかにする仮想上の状況をつくりあげることにある。
一つの思考実験が、従来一般に受け入れられている観念が論理的に自己矛盾することを示した場合には、それは「パラドックス」と呼ばれる。
物理学における思考実験の設計は、一種の芸術であり、アインシュタインはその最高の巨匠であった。