1年前のあの瞬間まで、産まれてから一度も自分の意思で決めたことは何一つ無かった。ただ状況に流され、誰かの意思に従い、組織の一部として盲従していた。いつしか生きるためには仕方ないと言い訳していたことも忘れ、ただ柔らかい脳があるだけの機械へとなり果てていた。
自分が思考する人間だと思い出したのは、盲目的に従っていた組織に殺されかけた瞬間。それが恐怖という感情によるものだと気づいた時、不思議とそのことに安堵している自分が居た。まだ自分は人間なのだと理解できたことが何より嬉しかった。
――主
偶然から自分の命を助け、打算からその問いを投げ掛けた相手がただの使い魔
本来の目的はアースガルズ社の壊滅ではなく、奴らが所持する複合知性
「ネズミにしては騒がしいと思えば――やはりあなた達でしたか」
鳥籠の鍵とでも言うべきそれを所持しているのは当然、飼い主である計画の統括者――ヒラタ・ヒデオだ。
――あの人なら必ず手元に置く
アーミテジがアクセスキーの存在を話し、リオンが1番可能性の高い場所として彼の電脳を示した時は流石に彼女の頭を疑った。そんな重要なものを金庫にも隠して隔離しないのか。いくら心配だからといって、社内の極秘資料をいつも持ち歩くだろうか。
――あの人は自分以外信じていないから
自分しか信じていない。だからこそ、前回の潜入においてもわざわざ自ら侵入者に接触するほどの現場主義なのだ。だからこそ、計画の核と繋がるアクセスキーを常に手元に置いているのだ。企業において、社会において、その独りよがりは致命的な欠陥で歪みだ。だが、その歪みすらも強引に押さえつけられる男なのだと、リオンは語る。
彼の電脳に宿る使い魔
「よう、俺とは初対面だな。自己紹介は要るか?」
「ネズミの言葉を聞く義理があるとでも」
「言ってくれる。まあ、こっちもするつもりは無かったがな」
交わす言葉はそれだけ。おそらくケイジ達の狙いをヒデオは看破しているだろう。ならば、言葉での駆け引きは無用。堂々と正面から取りに行く。
evolve /level:6
use /skill:"Eye of the Gorgon"
1番最初に仕掛けたのはリオン。2つの赤い義眼が明滅するとともに使い魔
『クヒャハハハッ!』
ヒデオの使い魔
ghost_flip /servant-permission:"run away for a victory."
再び壁が建て直される前に、次の手をケイジが打つ。身体の自由を使い魔
『ハハハハァッ、ともに地獄を作ろうぞ』
『おう、よろしく頼む』
傍らにリオンの使い魔
「こっちもいくか」
「力づくで押さえる」
「承知」
それは現実で物質の身体を動かしている面々も同じ。アーミテジとリオン、ケイジの身体を動かす使い魔
散開するナイフがヒデオの左手で無造作に払われる。直後に背後から突き出される短刀も足を半歩ずらすだけで躱し、肘を落としてケイジの右腕から短刀を叩き落す。真上から振り下ろされる鋭い手刀も同じ。まるで着地点を予期していたかのように半歩下がって躱し、落下してきた全機械義体
情報通りの武闘派。大企業の幹部をやるよりも格闘家か傭兵をやっている方が性に合っているのではないだろうか。最高クラスの遺伝子調整児
「この怪物が……」
「あなたに言われたくありませんね」
アーミテジが右手の銃騎槍
「む」
「へぇ」
銃口の動きが止まる。後は引き金を引くだけというその瞬間、ヒデオは大きく後退して砲身を振り上げる。直後、彼の目前を縦に通過するケイジの短刀。最低限の移動による回避。それが齎すのはノータイムの反撃。不意打ちを避けられたことに驚く間もなく、ケイジの眉間に光線
「――死ね」
ヒデオの背後に影が落ちる。ヒデオがその正体を理解した直後、リオンが彼の首にナイフの切っ先を向ける。アクセスキーを引き出すための脅しも電脳への影響に対する躊躇いも一切無く、ただ最短距離で腕を振るう。
「――は」
ナイフの刃先から血が滴り落ちる。5m程後退してそれを確認したリオンの表情は明るくない。それはこの血がヒデオの返り血ではなくリオン自身の血だと理解していたから。左手で右目の周りに触れれば、その場所を覆っている筈の銀が無くなっていた。そこでリオンはあの一瞬の全容を理解する。
ナイフを突き立てるより早くに、ヒデオは右肘をリオンの仮面にぶち当てて彼女を弾き飛ばしていた。仮面の一部が破損しているのは、そこがヒデオの右肘が直撃した場所だったため。ナイフに着いた血は仮面の破片で傷ついた血が右手を伝って流れたため。
血で塗れた右目を拭うこともなく、リオンは奥の瞳に激情を湛える。その視線の先で戦いの流れはまだ途切れてはいなかった。
「まだまがっ……くっそが」
ケイジの身体が大きく吹っ飛ぶ。ヒデオがリオンを右肘で殴り飛ばした直後に彼の右肩を狙って短刀を振るったものの、ヒデオは最小の体捌きで回避。その直後にヒデオはケイジの身体に右手の光線
「その程度で」
「まだだ」
間髪入れずに今度はアーミテジが距離を詰め、右手の銃騎槍
「ふっ」
ヒデオの無防備な背中に向けて空中を翔ける10本のナイフ。それは無論リオンが投擲したもの。使い魔
「小賢しい」
槍と盾が接触すること15回目。ヒデオはアーミテジが槍を引くより先に1歩詰めて盾で槍を押さえ、右手の光線
これでヒデオの両手は完全にフリーに。背後から迫るナイフも既に看破済み。左腕を掲げながら体を翻し、飛来する10のナイフを悉く捌いてみせた。
「む……どこに?」
ヒデオが初めて動揺を見せる。ナイフの方向を向いたにも関わらず、視界の中にリオンの姿は無い。そこでやっとヒデオは気づく。先ほどのナイフが囮
「取った」
ヒデオがリオンの姿を捉えたのは、彼の顔から30cm程の右に30度ずれた空中。盾の逆方向に回り込んだ彼女は右足を鞭のように振るい、その踵をヒデオの側頭部へと叩きつける。
硬質な素材が拉
「……危ないですね」
それはヒデオの思考が走る頭ではなく、光線
「お返しです」
リオンが床に足を着いたその瞬間、彼女の顔面にヒデオの左拳が叩きこまれる。銃弾と槍を幾度も受け止めたその硬さは攻撃においても十分な働きを見せた。リオンの小柄な身体は床に強く打ちつけながら何度も無様に転がる。銀仮面も拳の盾となった一瞬で完全に粉砕。床に突っ伏しているのは顔を真っ赤に塗らしたみすぼらしい女だけ。
「ひ……し……」
「無様ですね」
今のリオンはまるでB級ホラーの住人だ。ふらつく足取りでなんとか身体を起こそうとする姿も、動くたびに滴り落ちる大量の血液も、言葉の体を成さない声も、すべてがヒデオの侮蔑に収束される。虚ろな目で立ち上がる姿にヒデオは賞賛よりも嘲笑の方が似合うと本気で感じていた。
「ころ……なぜ、だ……れを」
仕舞にはあらぬ方向を向いて譫言を口にする始末。脳震盪でも起こして錯乱しているのか。しかし、この症状は一過性の物では無い様子。そもそもリオンがそれなりに丈夫な身体をしていることは彼女に手を加えたヒデオ自身がよく知っている。少なくとも、このような無防備で不安定な姿は見せないはず。
ならば、彼女の身に何が起こっているのか。――以前の彼女と何が違うのか。
「何を……何が起きている」
ヒデオの思考がそこに到達した直後、彼はようやく自身の使い魔
「何をしでかしたんだ、あのチビは」
ケイジは現在電脳空間
相対するヒデオの使い魔
そこまでは良い。ケイジの立場からすれば問題ではあるものの、まだ予想の範疇だ。――だが、魔獣が6つに増えて、軍馬
事の発端は魔獣が火の矢で腹部を両断されたときのこと。通常よりも出力を上げて放たれた矢は魔獣の上半身を弾き飛ばした。あまりに呆気ない展開と絶望感でケイジは笑うことしかできなかったが、それ以上に笑うしかなかったのはその後の経過。電脳空間
――絶対に負けない切り札がある
上層社会
「大丈夫なのか、これ」
だが、リオンにも相応のリスクがあるはず。ただの再生ならともかく、分裂した上での再生なのだ。それはおそらく彼女の脳領域
「馬鹿野郎が」
既に魔獣の数は2桁を超えた。1体でも大層な化け物をそれだけ子飼いしていれば飼い主の負担も相当なもの。しかし、当の本人は笑って自分を犠牲にしているのだろう。魔獣によって1番苦しんでいる相手は軍馬
use /skill:"Crystal Revolution"
10を超えた結晶化
『やりやがったな、あいつ』
ケイジのその言葉は賞賛か落胆か。どちらにせよ軍馬
電脳空間
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