第四十八話「暴食の魔弾」③ | 秘蜜の置き場

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ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

「助けを呼んで正解だったぜ。――流石俺の相棒ベヒーモス
 ベルゼブモンはハンドルに上体を預けたまま、自分を迎えに来たバイクの前部をぺしぺしと叩く。声の代わりにバイクの駆動音が一際大きく唸り、半ば乱暴な動きで速度を上げる。
「俺だって反省してるぜ。手間掛けさせた悪かったと思ってる。だから、ここから反撃と行こうって訳だよ。なっ」
 荒々しい走行を宥めるようにベルゼブモンは一人弁解しているが、その割りに彼は振り落とされる気配が微塵も感じられない。実際バイクが標的に真正面から突進しようが、リロードしてみせる余裕すら見せていた。
「そっちも次から次に……」
 対照的に表情から余裕が消えたのは、バイクの突進を転がって辛うじて避けたエンオウモン。それはベヒーモスというベルゼブモンの隠し玉が予想以上に素早く、そのわりにいやに小回りが利いていると一分程度の走行で理解したから。視線は絶え間なく動かしていたが、その姿を完全に捉えることは叶わない。
「逃がすかっ」
 それでも直線の加速なら自分も負けてはいない。大剣の剣先を後方に向け、機構を噴かす。せわしなく視線を動かす。疾走する黒い巨体を視界に捉えた一瞬、エンジンを全開にする。
 黒いバイクの進路を予測し猛進する。その距離は目に見えて縮まり、それを自覚する度にさらに加速させていく。十秒もすれば追いつき、進行方向へと回り込んだ。
「はン」
 ベルゼブモンが笑う。その身体は大剣に吹き飛ばされることは無く、深く踏み込んだエンオウモンを見下ろしている。致命打に成りうる一撃はしかしベルゼブモンと彼が跨がるバイクの真下を通り抜けていた。瞬間的に前輪を持ち上げての回避。突発的にするのは困難なそれを、ベルゼブモンはバイクとの呼吸を合わせることで成し遂げてみせた。
「くっ」
 自らが振った大剣に引っ張られながらも、エンオウモンは右足を強く踏み込んで後ろに跳ぶ。その判断は正しく、彼が体勢を安定させるタイミングで、浮き上がっていた前輪が彼が立っていた土を叩き潰す。
 衝撃で撒き上がる土煙。エンオウモンがしゃがんで大剣の側面を前方に向けたのは、それから頭を守るためではない。そこに紛れての弾丸が放たれていることに気づいたから。
 カカン、カンと短い音が連続で響く。弾丸自体を防ぐことは造作もない。蝙蝠の群れを放たれたとしても、槍や鞭を振るわれても耐えることはできるだろう。だが、バイクによる突進を耐えることはできない。
「ぐがふっ!」
 砂煙から飛び出す黒い巨体。エンオウモンはその突進を受けて盛大に弾き飛ばされる。転がること三度。全身を地面に打ちつけたが、大剣を支えに立ち上がる。
 ダメージは大きい。だが、それよりもベルゼブモンを逃したという失態の方が大きい。バイクは自由奔放に走りながら、一方的にこちらを捉えている。
 疾走するバイクをなんとか視認する。その瞬間に飛んでくる弾丸。対処のために意識を取られた一瞬の内に見失い、捜索する間に放たれた次弾の対処に追われる。
 仮になんとかバイクを捉え、反撃に転じようともあと一歩届かない。距離が詰まった直後にバイクは巧みに切り返して大剣を器用に躱し、二発の弾丸を置き土産に逃げ延びる。バイクのギアが一段上がったのか、以前より直進の速度差が巻き返されつつあるため、追いかけてその動きを止めるのは目に見えて厳しい状況だった。
「止まれ! 強襲弾、ディグモン――ビッグクラック改」
 巧とてこの状況で何も手を打たなかった訳ではない。バイクの動きをおおよそ把握した上で、それを妨害する一手を撃っていた。
「ン……おオォッ?」
 着弾点を起点にひび割れる大地。エンオウモンの背後から枝分かれするように入ったその亀裂は、バイクの足場を侵食し、その黒いボディを奈落へと落とそうと図る。下からの不意打ちには、バイクの上で余裕の表情を見せていたベルゼブモンも顔を歪ませる。
「この……程度、でッ」
 各所に散らばった深い溝。その黒い洞から逃れるように何度も跳ねる車体。巧みなハンドル捌き。正確な速度制御。それらベルゼブモンという種族が持つ「ベヒーモスを駆る」技量によって、仕組まれた罠の全てを悉く対処していく。暴れ馬を駆って軽快に大地を跳びまわるその姿は熟練の曲芸師か、一流のスタントマンのようだった。
 だが、直線の速度は明らかに低下している。速度差によって追撃できなかった一手は今ならば可能になる。
「隙あり」
 宙舞うバイク目がけて飛翔する赤い武者竜。着地直後のバイクを大剣が薙ぎ払うイメージが明確なほどに、タイミングは理想的。エンオウモンはただそのイメージに合わせて身体を動かすだけ。
「どこがッ」
 車上から黒い霧が襲い掛かる。何度も見た目くらまし。だが、その程度で剣捌きは鈍らない。追走トレースすべき剣の動きは仮に目を閉じていようとも理解できている。
「――む」
 だからこそすぐに違和感に気づいた。イメージと手に伝わる感覚との齟齬。これでは対象を斬るには至らない。視界の下端には、黒い霧に紛れて想定より早く落下するバイクの一部が見えた。そして、上端には自分の真上を通り抜けようと飛び上がるベルゼブモンの頭が見えた。バイクを蹴って足場にしたのか。大剣を躱しつつ、着地した際には背後から狙い撃つつもりか。
「逃がすか!」
 そこまで読み切ったところで、大剣の軌道はこのまま変えられない。ならば、軌道はそのままに攻撃範囲を縦に広げる。手首を返して九十度回転。斬るのでは叩くように。増えた空気抵抗分だけ手首のスナップを活かして速く振るう。
「……ぐクッ」
 予定通りバイクに着地するベルゼブモン。だが、その表情は優れない。ペダルに乗せる右足からは赤い液体が染み出して行路を線として残している。
 エンオウモンの追撃に対しての咄嗟の対処はベルゼブモン自身よくやったと思っている。だが、それに対してのエンオウモンの咄嗟の対処からは逃れられなかった。蹴ったために一番下方にあった右足が、大剣の広い鎬に叩かれた。質量の暴力だ。足一本でこのダメージを受けるのなら、仮に全身で受けていた場合どうなっていたか。
「くそ、こんな小手先の滅茶苦茶な手で……」
「その小手先の滅茶苦茶な手で足を引き摺っているのはどこのどいつだよ?」
「アァッ!?」
 豪快に大剣を振りかざし、エンオウモンが煽る。その笑みが今のベルゼブモンは妙に癪に触った。まるで、お前自身の力はこの程度だと笑われているようなその態度が気にくわない。
 お前に何が分かる。元々力を持っていたお前に俺の何が分かる。不意にそんな感情が沸き上がり、それを視線に籠めてエンオウモンにぶつける。
「所詮お前はその程度の奴だってことだ」
「ンだとこの……糞がッ!」
 自分を見下すような態度。そこに至るエンオウモンの思惑は、今まではあくまでベルゼブモン自身が抱いた印象によるものだった。だが、エンオウモン自身が言葉にした瞬間、ベルゼブモンの中で何かがキレた。
 強引にハンドルを切り、アクセルを回す。一気に加速し、着地したエンオウモン目がけてまっすぐに走る。その顔は数分前まで余裕の笑みを浮かべていたとは思えないほどに怒りに歪んでいる。眉間に皺が寄り、額には青筋。口の中を切ったのか、唇からは血が滲んでいる。
「潰す……」
 脇目もふらずに直進。進路に散在する溝は軽く飛び越し、邪魔する小石は踏み砕く。視界に映るのは自らを侮蔑した敵だけ。脳裏に浮かぶのはそれを相棒ベヒーモスが轢き殺すイメージだけ。
「潰れろォオオッ!!」
 悲鳴に似た雄叫びを上げ、上体を前方に傾ける。少しでも相手に与えるダメージを上げるため、少しでも間近で敵がくたばるのを眺めるため。
 距離はゼロ。前輪が奴と激突した衝撃が上半身に伝わる。ここまでは完全にイメージ通り。後はこのまま押し潰すまで。
「……なンッ?」
 だが、それから先は叶うことはない。ベヒーモスはそれから一センチも進むことはない。一度は背中から突き飛ばした暴れ馬を、身の丈程の大剣を盾にしただけでエンオウモンは耐えきっている。その事実がベルゼブモンは直視できなかった。
「技能弾、ビクトリーグレイモン」
「ビクトリーチャージ改」
 タネは至ってシンプルなもの。巧の弾丸を受け、エンオウモンが自身が前世で使っていた技をこのタイミングで使っただけ。だが、それを体現しているのはエンオウモン自身の技量と膂力。そして、筋繊維が悲鳴を上げるのを押し殺して抗うただの根性だ。
「だらあああぁっ!!」
 そのまま力任せに大剣を振り抜く。若干手首を捻ることで刃先は前輪の下に潜り込み、車体全体をかち上げる。
「ダ……おグッ!?」
 豪快なフルスイング。バイクは派手に空中を回転し、ベルゼブモンは振り落とされる。二つの距離は八十メートル。無闇な突進が招いた結果、ここまでベルゼブモンを有利に働かせていた相棒ベヒーモスが手元から離れてしまった。
 完全な丸腰。そこには明確な隙が存在し、エンオウモンは既にそこを突くための攻撃体勢に入っている。振り抜いた大剣をそのまま左腰に着けて刃先を後方に向ける。腰を落として視線をベヒーモスではなくベルゼブモンに向ける。
「紅蓮百華」
 自身を矢として翔ける。標的は尻餅を着いたベルゼブモン。勢いそのままに大剣を振り抜く。
「……あブなッ」
 結果を先に記すなら空振り。大剣を振る直前、ベルゼブモンの身体は後方に引き摺られ、攻撃圏内を逃れたのだ。彼の現在地は遠くに吹き飛ばされたはずのバイクのすぐ近く。彼の左手には赤い鞭が表出し、その一端はバイクのホイールに巻きつけられていた。
「ちっ……」
 ヴァンデモンのブラッディストリームの応用か。ここまで来ると、ベルゼブモンが小手先だけで捕食ロードしたデジモンの技を使っているのではないと認めざるを得ない。
 大剣の速度を活かすために小回りが効かないのがこの大技の欠点。そのため一撃目を外せば標的からかなり離れてしまう。ベルゼブモン自身も移動してしまったため、その距離は先程の二倍だ。
「今度こそ……」
 このままもう一度斬りこむかなど迷う必要もない。強引にブレーキを踏み、エンジンを再始動。インターバルも無しに疾走する。さっきよりも速く鋭く、赤い閃光となって標的を断つ。
「――あづずああっ!?」
 不意にエンオウモンの視界が黒に塗りつぶされる。直後に全身に感じる焼けつくような感覚。大剣を持つ手が痺れ、前進することが出来なくなる。
「がッ……ごほ」
 単純なエネルギーの暴力。その勢いに圧倒されエンオウモンは大剣とともに盛大に吹っ飛ぶ。今度は彼が無様に地面を転がる番だった。
「お前……何だそれは?」
 身体を起こして視線をかつての進行方向に向けることで自分が何をされたのか分かった。
 いつのまにかベルゼブモンの右手には長大な銃らしきものが形成されていた。いや、右手そのものが銃となっていると言った方が正しかった。黒いベースに銀のギミックが埋め込まれている銃身。先端は上下二つに分離してその間から熱気による煙が伸びている。先の黒い光はそこから放たれたらしい。
「そうだな。……相棒の意思を汲んだ最終兵器って奴だ」
 ベルゼブモンの傍には彼が相棒と呼んでいたバイクは無い。おそらくデジモン相手と同じようにバイクを捕食ロードし、それを糧として右手に銃を形成したのだろう。