唯一の変化は、巧とエンオウモンが消えたこと。まるで最初からそこに居なかったように痕跡すら残らず、ただ背景としての漆黒があるだけだった。
「お前っ……」
轟音の反動か、時が止まったかのような静寂がこの場を満たす。その間真治がいちはやく動き出せたのは急激に沸騰した感情のため。自分達が戻ってくれた一番の要因を消されたことが原因として十分過ぎた。ドゥクスモンの背に乗り、彼の意識を魔獣へと向ける。二人の思考は完全にシンクロしていた。
「二人に何をしたんや! 答えろっ!」
槍を構えてドゥクスモンが石火の如く走る。魔獣が言葉で答えることができないのは分かっているが、どうしても問い掛けの言葉が出てしまう。自分たちがこの場に戻れた最大の恩人を守れなかったなんて認めたくはなかった。
「ちょっと待っ……仕方ない、か」
その姿を咎める気も充にはもう起きない。四人は撤退を余儀なくされ、一組は生存すらも不明。戦力はもう半分以下。ここまで来てしまえば、おそらく隙を見て撤退するのが、生き残るには確実な選択だろう。だが、今回は生き残るために戦いに来ているのではない。決着をつけるために戦っているのだ。多少の退路は犠牲にしても、勝ちに行く。
そんな考えをこじつけてはいるが、実のところは充もこのまま引き下がりたくなかったというのが、真治を強く止められなかった最大の要因だった。
「スプラッシュディザスター」
ドゥクスモンが感情を乗せた槍を何度も突き刺し、その虚ろな腹部を削り抉る。タイムデストロイヤーを使った反動か、魔獣の動きも以前より少ない。あまり攻撃を逸らさそうともせず、逸らされても次の突きには充分修正が効く。
だが、魔獣もずっと何もしないわけがない。右腕を振り上げ、二人を空間ごと削り取ろうとする。
「強襲弾、メタルガルルモン――コキュートスブレス改」
その腕の根元に向けてドゥクスモンの背から真治が冷気を放って動きを止める。腕はドゥクスモンまで届かず、彼の頭上の空を抉っただけ。ドゥクスモンはその間もいつ身が出るか分からない表皮を突き削る。少なくとも魔獣の右腕に張りついた氷が砕けるまでは与えられるだけのダメージは与える。
「ちっ……強化弾」
それ以前に魔獣の左腕が明確な脅威として視界の端に見えた。こんなことすら考慮すらできない自分に苛立ちながらも真治は反撃の準備に移る。弾丸のオーバーライドは間に合わない。だが、無補正の弾でなんとか迎撃できるかは分からない。
だが、それを試すより早く一筋の光弾が魔獣の左腕に直撃し、爆風を持って大きく後退させる。
「考えなしに突っ込む馬鹿がいるか」
無論、それはガンレイズリガルモンの援護射撃。心中で感謝しつつ、ドゥクスモンはバックステップで腕の可動範囲外に退避。突進くらいでしか素早く動けない今の形態でも、これだけの隙があればそのくらいはできる。
尤も、近接攻撃の範囲を逃れたところで、別の攻撃が待っているのが現実で、実際魔獣の赤い頭が口を開いてその奥に熱量を抱えていた。
「くっそが」
五歩目の足を止めた後、ドゥクスモンは即座に盾を展開し、防御と反撃の体勢を整える。とはいえ、来るであろう熱線は手加減していたのをぎりぎり受け止められたほどのもの。単純な気合だけではどうにもならない。ワイズモンの手帳を使っての回避手段はここでやってもただの運試しだ。――正面切って受け止め、今度こそ反逆の槍とする。
「僕も手伝うよ~」
「無理はすなよ」
ラピッドモンがドゥクスモンの後ろで支えに入ってもきつい。既に黄金の輝きは消え、ホバーの出力も通常時より低下している。ここまで無理を押して頑張ってきた彼をここまで酷使するわけにもいかない。
「無理でもしないと勝ち目無いでしょ~。……ね、一也」
「ああ」
だが、もうなりふり構ってはいられないのも事実。ラピッドモンのアイコンタクトに応えた一也は静かに銃を構え、そのときを待つ。
「じ、ねねねええええっ!!」
「突風弾」
魔獣の赤い口が一際赤い光を放った瞬間、一也は引き金を引いた。
魔獣の口から放たれる熱線。D-トリガーの銃口から放たれる二度目の金色の弾丸。
熱線がドゥクスモンの盾に突進し、彼ごと押し潰しはじめた瞬間、その背後で金色の光が再度煌めく。
ドゥクスモンが後退する速度が目に見えて落ちていく。構えた盾が大口を開けてそのエネルギーを余すことなく捕食する。それを支えているのは彼の後ろで身体を金色に明滅させているラピッドモンだった。
明滅はまるで彼自身の状態そのもの。並の究極体以上の推進力を誇るその力はそもそも「置き土産」の力を持ってラピッドモンに力を付与
「はあああああ~っ!!」
一度目の使用もセーブしているわけではなかったから、掛かる負担も相当。金色が定着せず明滅しているのは、それだけ不安定だという証。それでもラピッドモンには引くことができなかった。
反撃の槍の助けとなる。それが囮としても戦力としてももう使えないと自覚していた故の、最後のあがきだった。
「ああああっ!! ……うぇ」
力を使い果たし、金色の光が完全に消える。半分意識が飛んだ状態で後退し、一也の元へと戻る。ぎりぎり完全体の姿を維持できている程度の力しかもう残っていない。
「お疲れ」
「え、へへ~」
笑って戻れたのは役割は果たせたという安堵から。ドゥクスモンの前に迫っていた熱線は消え、代わりに空間を軋ませるような唸りがドゥクスモンの盾から漏れている。受け止めた際に盾に掛かった負担も大きく、余波だけで損壊している部分もある。だが、溜まった一撃を放つには問題ない。
「ディスチャージグレイヴ」
盾の口からエネルギーの槍が飛び出す。先程食らい吸収した熱線のすべてを余すことなく凝縮した一撃。魔獣の手加減無しの一撃を元にしたそれを魔獣の二撃目が上回ることはない。
「あぎがあああ!!」
槍はまっすぐに魔獣の腹部を貫く。いや、正確にはその前に魔獣が突き出した左手の甲を貫いた。穿った穴から広がる槍の熱量が魔獣の手を焼き払う。断面はぼろぼろに焼け焦げ、自身の熱で産まれたその傷を魔獣は塞ぐことができなかった。
「よっしゃ。今や、行ったれ」
反動による盾の損壊にラピッドモンの補助の不可から同じ真似はできないが、少なくとも初めて明確なダメージが与えられた。畳み掛けるなら今しかない。
「ラピッドファイア」
ほぼガス欠で機動力の無くなったラピッドモンでも固定砲台程度の役割はできる。心許ない火力でも無いよりましだ。ただまだ保持している分のミサイルを放って、与えられるだけのダメージは与える。狙うのは勿論大穴の空いた左手。
「ハウリングブラスト」
その後を追うようにガンレイズリガルモンから乱射される、実弾、非実弾を問わない弾丸の雨。持ちうるありったけの比はラピッドモンの比ではなく、さながら暴風雨のように魔獣の手負いの箇所を襲う。
派手な悲鳴も、再生させる隙も与えない。頭のようにくっつけられないように破片をすべて塵芥に変える。自身の熱線で開けた一穴をそのまま墓穴にしてくれる。
「まだまだ!」
実弾が無くなったところでガンレイズリガルモンは充から離れて先行。残った両手のビームライフルを断続的に撃ちながら、空間を動き回る。
「技能弾、キャノンビーモン」
一瞬だけ止まるその背中に刺さる充の弾丸。そこに込められた情報を基に、ポンチョの上からミサイルコンテナが構成される。
「スカイロケット∞改」
ミサイル一斉掃射。煙で射手の視界を塗りつぶしながら、魔獣にその視界を塗りつぶすほどのミサイルの群れが襲いかかる。
「技能弾、ボルグモン」
ガンレイズリガルモンは反動で後退しながら、背中に次の弾丸が当たるのを知覚。込められた情報によって構成されるレーザー筒を右腕に抱え、その照準を定める。
「フィールドデストロイヤー改」
一筋の雷が魔獣に落ちる。ミサイルを巻き込みながら、周囲に轟音を響かせ、煙をうねらせる。
ラピッドモンとドゥクスモンが強引にこじ開けた一穴。そこを突いての連撃をガンレイズリガルモンはまだ終わらせない。充の次弾を待つ間にも、自身の今持つ唯一の武器を構えて引き金を引く。
そうやって注意を逸らさずにいたから、煙の奥の魔獣の動向にもいち早く気が付くことが出来た。
「ドゥクスモン、真治、すぐに離れろ!」
最も奴に近い仲間に叫ぶ。雷で晴れつつある雲の切れ間。その奥で奴は彼らに狙いを定めていた。魔獣の前面で渦巻きはじめる瘴気。その光景が記憶にないわけがない。巧とエンオウモンが消失する寸前にも魔獣の前面には同じ渦があった。――つまり、奴は真治とドゥクスモンに対しても同じことをしようとしているということ。
「なん……や」
「身体が……重っ」
ガンレイズリガルモンは確かにいち早く気がついて二人に忠告はした。だが、それが聞こえた時には既に遅かった。巧達の時と同じく、既に歪みに巻き込まれて動きを封じられつつあった。前例に倣えば、渦から放たれた衝撃が二人をこの空間から消失させるだろう。
「逃げ、ようにも、動け、へん」
悔しいことに、こうなっては当の二人に抗う術はない。わずかに動く腕で銃口を向けても照準は定まらず、弾丸の選定すら覚束ない。できる抵抗と言えば、ドゥクスモンが盾を構えるか、吸い込まれる瞬間を狙って槍を突き出すかくらいか。どちらにしろ、二人が無事で済む可能性は皆無。巧達のときもそうであったが、捕捉された以上は逃れる術はないらしい。
なら、どうする。他の手段を探す時間をのんびり待ってくれるほど魔獣は優しくない。思考を加速させても答えにたどり着くより時間が経ってしまう。動かない身体と切り離され体内時計が狂いそうだ。
「たいむですとろいやー」
そんな現実逃避が真治の意識に最後に残ったもの。轟音が耳を劈いた。
「真治! ドゥクスモン!」
充の叫び声が虚しく消える。その方向には呼びかけた二人は居らず、みすぼらしい紙片が舞うだけ。
「また、なのか」
やはり撤退するのが正解だったのか。我の強い仲間を信じる。その考えが甘かったのか。後悔してる状況ではないと分かっていても、嫌でも思ってしまう。
「――う、おおおわあああっ!!」
その苦悶の声を破ったのは、充の背後から降ってきた情けない声。それは先ほど消失したはずの男のものだった。
「っでで……なんや?」
「ほんまに何が起きたんや?」
振り返れば、そこには真治とドゥクスモンの姿がそこにあった。目立った傷もなく、ただ充と同じようなきょとんとした表情を浮かべて虚ろな足場に立っていた。
「それはこっちの台詞だよ。いったいどうやって……あ」
ため息をつく充だったが、真治達がもともと居た場所を再度見直してそのヒントを目にした。巧達が消えたときにも散っていた紙片。それが巧達の時とは違い、光の粒のようなものがまとわりついていた。
「一也君、ありがとう」
「いや、なんとか間に合っただけです」
「ほとんど運任せだったけどね~」
それはワイズモンが支給した手帳の力を使った証。あのタイミングで使えたのは充を除けば一也だけ。
結果から言うと、身動きの取れない真治達の代わりに一也が手帳の力で門を開き、真治とドゥクスモンを取り込んだのだ。
門はこの空間へと繋がっている。この空間内で使えば、この空間内のどこかから放り出される。どこかから。
魔獣の技の拘束力から逃れられなければ詰み。飛ばされた先が悪かったら詰み。そんな賭けだったが、今回は幸いうまくいった。――それを巧達のときに出来ていれば、と考えるのはあまりに酷だろう。
何はともあれ窮地はしのいだ。それに以前あの技を使った後、魔獣はほとんど動きを見せなかった。再度仕掛けるには絶好の機会だ。
「まだだ、充! すぐに逃げろ!」
「え?」
パートナーの声で充は慌てて魔獣の方へ振り返る。その黒い口の奥にちらちら見える光。散々見た光景だ。あれは熱線を放つ予兆ではなかったか。
動きは鈍ってなどなかった。先ほどの技を連発できなくとも、熱線を放つことくらいは可能だった。
一度目に動かなかったのは、単純に目障りな相手が消えて少し気が晴れたか、一時的に敵を見失っただけだったのではないか。
「はあ、だあああっ!!」
熱線が放たれる。標的は充とその後ろにいる真治とドゥクスモン。今さら回避も対応もできない。後ろの二人も充以上に反応できない。
ガンレイズリガルモンも、一也もラピッドモンの手も届かない。自分達に為す術がないと理解し、充は思わず目を閉じる。最期に見えた視界は紅一色だった。
「っ……」
瞼に眉毛がちりちり焦げそうな熱を感じる。不思議と痛みはない。それすら感じることのないほどに自分の身体が焼けたのだろうか。情報を求めて瞼を開こうとする。
何の問題もなく開いた充の目が最初に捉えたのは、目の前に聳える全長三メートルほどの真紅の盾だった。
「盾!?」
「剣
思わず出た声に応えたのは、その盾――いや剣を構えていた武者竜。それは姿は多少違えど、間違いなく少し前に消失したはずの仲間だった。
「ビクトリーチャージ改」
「ぐぬがああっ!?」
武者竜が豪快に剣を振るう。盾となって受け止めていた熱線が強引に弾き返され、射手であった魔獣の黒い頭を射抜いた。
「エンオウモン、無事だったのか」
「ああ」
「俺もいるぞ」
充は最初死の間際に夢でも見ているのかと思った。だが、足元からひょっこり顔を出した巧とともに武者竜は確かにここに存在していた。まるで、最初から変わらずいたかのように、いつも通りの姿で立っていた。
「いったいどうやって。というか今までどこに居たんだ?」
「悪い。その説明は後だ。先に奴を叩く」
いや、完全にいつも通りという訳ではない。魔獣を見据える巧の表情はどこか悲しげで雰囲気も少し刺々しいものに変わっていた。
「時空の彼方から戻ってきたぞ、ミレニアモン」
「この剣はお前を裁く剣だ」
そうなってしまった経緯は、本人達と空白の時間に彼らに接触した者しか知らない。