What is the cage? 2-4 | 秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 4.




 人間の身体的特徴を用いた生体パスは機械義体の技術が確立されるまでは頻繁に使われていた。しかし、機械義体の中にはより人間の肉体に近くすることをコンセプトに作られたものもあり、その中で一個人の身体的特徴を正確に複製したものも産まれるようになったため、単体でのセキュリティとしての不完全さがさらに強調された。そこでアースガルズ社は身体的特徴という現実世界の側面だけでなく、社で支給した使い魔サーヴァントに割り振られたIDも用いるという電子的な側面もカバーした仕組みを取った。これで正規の幹部でなければ重要機密のある倉庫には立ち入ることはできないとされている。
 だが、それは裏を返せば正規の幹部を手足のように使うことができれば誰でも入ることが可能であるということに他ならない。そして、リオンは先ほど使い魔サーヴァントを掌握して支配下に置いたオオタ・カザンを使ってそれを実行しようとしていた。 
『認証完了。ロック解除します』
 下準備が済んでいれば、実行するのにそこまで苦労することもない。オオタ・カザンの予定スケジュールの中のフリーの時間に適当な用事をでっち上げて倉庫まで足を運ばせられれば良いだけの話。使い魔サーヴァントを掌握すれば、予定スケジュールの書き換えなど容易く、使い魔サーヴァントが掲示したというラベルが貼られた情報ならば上層社会トップの連中は疑いもなく信じる。たった一手間で目標の場所まで辿り着けるのだ。
『入った。使えそうなのはどれ』
『ちょっと待ってろ。こっちも根回しは済んでるからな』
 リオンが潜入している間、ケイジは一旦擬験シムステイムを切って、裏である作業をしていた。それは倉庫内にある物品リストの奪取。回収したリストには既に目星のついたものをマーキングしてある。
『とりあえずもう2歩分だけ前に進んでくれ。……オッケー。じゃ、順に送るぞ』
 ケイジの指示通りに動いた直後、リオンの視界にいくつか蛍火に似た光が灯る。それこそがケイジが目星をつけた目標。その名前と固有のIDも同時に送り付けられているので、カザンの使い魔サーヴァントを使えば対応するパスキーも取得できる。
『確認できた。回収する』
 先にカザンの使い魔サーヴァントからすべてのパスキーを抜き出し、IDと組み合わせてマップ化。カザンには彼自身の業務で必要になる――ように感じされられる――ものを適当に回収してもらって、今回の行動が正常であると会社にも彼自身にも認識させておく。
『……回収完了。これがヴァルハラ・サーバに関する概要が入ってる記憶媒体ROM。ちなみに、これの左の箱がゴウトク・エイジの生脳な』
 ステルス機能はオンにしたまま、カザンの脇を抜けて倉庫内を飛び回る。止まる度にIDに合ったパスキーを入力し、中が情報端末や記録媒体であればケーブルで自身の電脳と接続し、ケイジが中身のデータを抜き取る。
『あら、彼の脳は使われてないのね』
『精神はコータみたいにサーバに上げたりはしてないみたいだな。まあ、エイジと違ってあいつの生脳はちゃんと身体にあるようだが。もしかしたらその違いかもな。……電脳はあるようだな。本人起こして聞くか?』
『できればお願いしたいけど』
了解ラージャ
 ケーブルをエイジの電脳に繋ぎかえる。ケイジの声が聞こえなくなった。リオンを介してエイジの生脳へとアクセスし、彼と対話してるのだろう。何もおかしくない。だが、仲介者であるリオンはすぐに違和感を感じた。
『ケイジ、どう? 何か情報は得られた?』
 返答はない。意識せずとも警戒心は高まり、エイジの電脳とつながるケーブルに手が伸びる。何かあったか? もしくはこのエイジの生脳自体が罠だったのか。それは流石に考えすぎか。しかし、お誂え向きといえばお誂え向きではあった。
「あ、ヒラタ主任。お疲れさがば――」
 その思考はここまで自分達を案内してくれたカザンの絶命の声で強制的に中断させられる。意識が自然に切り替わり、恐ろしく冷静で機械的なリオンの目が、倉庫の外で脳漿をぶちまけて倒れるカザンと彼の頭を爆発させた射手の姿を捉える。
「いけませんね、必要業務でもないのに勝手に倉庫を開け、ネズミを招き入れるなんて真似をしては」
 左手の機械義体サイバーウェアの殺人機構ギミックを閉じ、白い手袋をはめて血だまりから電脳を回収するその男はスーツの良く似合う背丈の大きな男だった。ワックスでオールバックに撫でつけられた黒髪、切れ長の目にレンズに埃一つない黒縁の眼鏡。爽やかなインテリ系ビジネスマンのような風貌の彼は、さも営業用の資料でもまとめているかのように血の沼に手を突っ込んでいた。
(ヒラタ・ヒデオ……)
 アースガルズ社で数多のプロジェクトを遂行させた傑物にして、創始者の一族に名を連ねる若き次期CEO。一大プロジェクトの元、遺伝子調整児デザイナーチャイルドというかたちで産まれるべくして産まれた超巨大企業メガ・コーポの後継者。その振舞いは豪放な暴君というよりは淡々と罰を下すシステムのようだった。
「そこにいるのは分かっています」
 当然、倉庫を訪れて人一人殺したのはけして気まぐれではない。虚のような目は完全にリオンを見据えていた。
「コートの機能を有効活用してくれるのは構いません。ですが、そろそろ返してもらいましょうか。あなたの電脳と一緒に。――MR103」
「……こんな小細工、あなたには通用しないってわけね」
 ステルス機能はオンにしたまま、リオンは銀仮面の小型変声機を通して初めて言葉を口にする。彼に対しては無駄なことは承知していたが、みすみす他の連中に情報を渡す必要もない。何よりリオン個人としてもヒデオはあまり話したくない相手。できるだけ精神的に壁を作っておきたかった。――この男が自分を造り上げたのだと実感するのが、反吐が出そうなほどに嫌だったのだ。
「隠し通せないのを分かっていても姿は見せませんか。まったく、あなたらしい。……やはり、処分しておくべきでした」
「それはそれは残念ね。お陰で自由にやらせてもらってるわ」
 言葉とは裏腹にリオンは仮面の下で額に汗を滲ませていた。
 ヒラタ・ヒデオが直々に来るとは思わなかったが、あちらが何らかのかたちで襲撃しようとすることは分かっていた。それを避けるためにジュリ・アスタが与えたマップを無視して正しいルートを見抜いたはず。しかし、現にこうして特定されてしまっている。単純にオオタ・カザンの行動を不審に思うほどにカンが良かったのか。それとも別の何かで特定したのか。
 なんであれ今のリオンにそれを知る術はなく、仮にあったとしても今すべきことはそれではない。
『ケイジ? ……くそ、繋がらない』
 意識をヒデオに向けつつケイジに連絡を取ってみるも成果はなし。ゴウトク・エイジの生脳が罠だったのかは知らないが、ここで孤軍奮闘を強強いられるのは堪ったものではない。リオンは仮面の奥で汗に濡れる青に苦笑を浮かべた。
「安心してください。セト・ケイジは我が社所有の複合知性ハイブリッドに呼ばれただけです。ゴウトク・エイジの生脳は関係なく、それの意思と力によって」
「どういうこと?」
「詳細まで説明する義理はありませんよ。ただ、一言で言うなら、イリノ・コータと同じ目に会った、ということになりますね」
 リオンは自身の心がすっと冷めていくのを自覚した。こういうときはたいてい感情が昂るのを使い魔サーヴァントが強引に抑えつけた後だというのも。目の前の男のプロジェクトの一環で支給された使い魔サーヴァントに憤りを抑えられるとはなんたる皮肉かと、リオンは心中でごちた。
『ケキャッ。COOLに行こうぜ、テイマー
(その通りね)
 思考を再度切り替え、電脳にコマンドを叩き込む。気に掛かること、ヒデオに問いただしたいことはいくらでもある。だが、最優先すべきは現状の打破。

Regression /level:5

 敢えて退化させたのは、邪眼すら通るかも怪しいほどの対クラッキングに優れた相手だと分かっていたから。電子と物理の両面においての戦闘能力まで一級品という馬鹿げた化物相手に力押しは論外だ。
 そのために選んだ使い魔サーヴァントの形態は身軽さを追及したデザインの美しき亜人。民族舞踊の衣装のような紅い衣を纏い、その奥に数多の暗器を隠し持つ殺戮者。それが闘牛士マタドゥルの名を授かる姿。

ghost_flip /servant-permission:"run away for a victory."

 次いで叩き込むのは、その使い魔サーヴァントに自身の身体を預けるコマンド。リオンの意識が電脳空間サイバースペースに浮上し、嗜虐的な笑みを浮かべた自分を見下ろす。
 同時にコートの袖が手首から脇までの一本の線に従って裂け、ひらひらと腕の一面だけを覆うかたちへと変化。さらに、両手の機械義手サイバーアーム機構ギミックが働き、内蔵していた小型のレイピアが5本ずつ、自動的に彼女の五指の間に収まる。
 リオン自身が今まで積んできた肉弾戦の経験をすべて蓄積し昇華させたのが使い魔サーヴァントのこの形態の本質。機動性に関わる制限すべてを取っ払ってこの形態を選択したのも、すべてはたった一つの最優先事項のため。

use /skill:"Thousand Allow"

 リオンの身体が無造作に右手を振るう。その軌跡に沿ってヒデオに向かって放たれる40ものレイピア。手に持っていた4本に加え、機械義手サイバーアーム機構ギミックでリオンの手を介さず放たれた物や、コートの裏に仕組まれていたレイピアがその機構ギミックで放たれたため、その数は十倍に増えた。スキルの名前には遠く及ばないが、そこまでの数をここで浪費するわけにもいかない。
 あくまで牽制。同時にエイジの電脳との接続を解除し、武器を見せびらかしながら一気に駆ける。ヒデオは突然現れた多数の刃に眉一つ動かさず、静かに右手の機械義手サイバーアーム機構ギミックを起動。前腕が横に展開し楕円形へと変化。その部位を盾としてレイピアをすべて受け止め、虫を払うかのように軽く払いのける。

use skill:"Chouzetsurappasyuu"

 だが、その頃には既にリオンはヒデオに肉薄していた。この形態必殺のコマンドも既に入力済み。駆動部アクチュエータである機械義体サイバーウェアの右足には既に限界までエネルギーが溜まっている。これで首を蹴りぬけばドライバーで打ったゴルフボールのように常人の頭は吹っ飛ぶ。
「……ケヒャハッ!!」
 リオンの使い魔サーヴァントはその足を後方の床に叩きつけた。身体のほとんどを機械義体サイバーウェアに置き換えた彼女の身体はその反動で潰れることなく、倉庫の外へと押し出される。案の定こちらへの反撃体勢を取っていたヒデオは後ろに置き去り。反動の余波で本当の狙いにようやく気付いたヒデオはすぐに振り向くが、その頃には既にリオンの身体は逃亡へと移っている。
『いい子よ。あの人と戦うのだけは避けないと』
 人の波を誰にも接触せずに抜け、出口への最短ルートを走る。人の壁は次第に消え、道が拓けていくがそれを喜ぶことはできない。間違いなくヒデオが追跡のために指令を出して障害を減らしているだけに過ぎない。
 身体と剥離しているはずなのになんとなく寒気を感じるのが、リオンにとってのヒラタ・ヒデオという人物。それもそのはず、リオンはかってヒデオのプロジェクトで被験体として育てられ、運用されていたため、彼の恐ろしさは嫌というほど知っていた。
 「声」を間違って聞いてしまったためにヒデオに追われ、処分されかかったときのことは、補助記憶を使わなくてもすべきは、正確に思い出せる。そのときに起きた偶然の出会いも。
「ぐキヒっ!?」
『嘘でしょ』
 右肩が軽く焦げ、コートのステルス機能が強制的に解除される。リオンはそれがヒデオがカザンを仕留める際に使ったものだと理解し、予想以上の追跡の速さに舌打ちした。
「今度は逃がしませんよ。あのときのような邪魔は入らないようでしょうし」
 機械義体サイバーウェアのスペックか。一時的に霊魂転移ゴーストフリップで宿らせた使い魔サーヴァントのスペックか。どちらにせよ簡単には逃がしてはくれないということか。

use skill:"Bulldog"

 コマンドで自身の使い魔サーヴァントに宿った戦闘経験をすべて開放。舞いの準備体制に似た構えを取って自身の製作者を見据える。
 残念なことに、もう使い魔サーヴァントの血を求める意思に委ねた方がよさそうだ。リオンは心中で溜め息を一つついて、静かに覚悟を決めた。