第二十八話「豪傑の竜戦士」① | 秘蜜の置き場

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 その姿にはなんとなく見覚えがあった。
 太陽のような橙のアクセントの入った銀の鎧。所々に鋭利な意匠が入ったそれはまるで持ち主の内面を表しているかのよう。豪放な雰囲気の中に容赦ない剣のような一面を持った彼の竜人は形容するならば紛れもない百戦錬磨の戦士というところ。唯一の得物である身の丈を超す大剣を背負う姿には否が応でも圧倒される。
 だが、それはいつのものとも分からぬ既視感によるフィルタがかかったイメージ。いや、ほとんど現実はそこまで大差ないものの、彼本来が持っていた筈の豪快さは潜まり、無機質で機械的な佇まいをしていた。
「ビクトリーグレイモン」
 勝利を約束された豪傑の竜戦士。自然と溢れたその名が開戦の合図だった。
 大地が裂ける。比喩ではなく文字通りの意味で。
 竜戦士が一瞬の間に間合いを詰めて、一挙動で振り下ろした大剣はその衝撃だけで辺りに強いつむじ風を起こす。寸前で飛び退いた巧も軽く吹き飛ばされ砂を飲み込んだ。
 それでも即座に立ち上がるのは場数による理性と死を恐れる本能の相乗効果の賜物。けして手放さなかった愛銃を数刻の内に構え、相棒に向けてその引き金を引く。
「超進化弾」
「リオモン進化――ヴルムモン。超進化――リンドヴルムモン」
 追撃とばかりに再び振り下ろされる凶刃に紅い巨星が真横から突進。全質量で強引に圧しきり、大剣を相棒から遠ざける。だが、彼が抱いたのは一瞬の安堵だけでなく、予想していた抗力を一切受けなかった違和感。
「……がっ!?」
 それは彼の背中を殴打する重質量の暴力となって襲いかかった。意識が飛びそうになるのを気合いでこらえ、追撃が来るより速くに振り向いて両肩の砲口に火を噴かせる。無意識に身体をずらしたために完全に生身の部分を僅かに外れたようだ。骨にヒビが入ったかもしれないが、折れるよりはマシだと断じる。無論、身体を両断されるよりも。
「手加減……て感じじゃないわな。完全に殺しに来てた」
 ただ、単純に剣の向きを変えるのを省略して、遠心力を利用した反撃に回しただけ。単純な筋力だけでない、力の入れどころを理解した者の一撃。完全に身体の一部として大剣を使いこなすその様に当然のように戦慄を抱いた。
 真っ先に巧を狙いにきた判断。妨害すらも意に介さず逆にカウンターを取る対応力。目の前の相手は確実に、自分達よりも血にまみれた戦場を駆け、自分達以上の輝かしい戦歴を持っていると断言できた。
 巧はさっきの間に上手く逃げてこっちの背後に回ってくれたようだ。奇策程度でどうこう出来るような相手ではない以上、自分がこのバカみたいな相手をなんとか捌かなくてはいけない。そこまで持つとは思っていないが、やらなければ巧が無駄な肉壁となるだけ。
 巧と一瞬だけ視線を合わせる。それだけで互いの考えがほとんど同じだということは理解できた。――僅かに見いだせたあまりにも細い活路も含めて。
「っしゃらああっ!!」
「…………!」
 重量を活かした一撃が三度地面にひびを入れる。インパクトのときのみ見せる最高速度は大剣の見た目からくるイメージを悉く裏切っていく。
 不規則に襲い来る暴風を躱しながら削るように反撃を仕掛ける。僅かな隙間。インパクトの直後に一瞬止まる腕を斬りつけ、逆の軌道で返ってくる剣を後方に飛びながら、目の数センチ前を通過させる。
 何十と重ねてきた剣戟のすべてが綱渡り。当然すべて成功しているはずもなく、装甲は一度ごとに掠った部分が砕け、機械翼も片方は先端から半分ほど削ぎ落とされた。振るわれるたびに舞う砂塵が視界を侵し、次の一撃への反応を遅らせる。だが、そこで大人しくしていれば容赦なく追撃の剣が迫り、愚か者の身に罰を与える。
「ごふっ……ぢぃああっ!!」
 怯む間を最小限に留めて双刃を振るう。
 別段すべての斬撃を捉えられない訳でもない。速度が乗る寸前、比較的見えている間に軌道を予測できれば、補正を入れる寸前に回避に移ることで紙一重で躱すことができる。
 だが、そんな神経をすり減らすやり取りを毎度毎度出来るほど近接に特化している訳でもなく、相手もそれを承知で度々こちらのタイミングをずらそうと剣速に波を持たせる。
 竜戦士の背後に見えた小さな影。その意図を察して、竜戦士の一撃を躱した直後に肩の砲から火球を撃ちだし、一気に距離を取る。
「強化弾、メタルシードラモン――アルティメットストリーム」
 呟くような声とともに放たれるエネルギーの束。竜戦士を背後から狙うそれは、リンドヴルムモンにはアイコンタクトを取っていたが、標的である竜戦士にとっては不意打ちに近い。当たれば戦況は変わり得る。最悪気を逸らすだけでも、十分なリターンが得られる。
「……っ」
 だが、リンドヴルムモンは直観した。それが不発に終わることを。ポーカーフェイスを貫いていた竜戦士が一瞬見せた不敵な笑みこそがその理由。
 竜戦士の身体が僅かに揺れる。その右数センチを光の束が通り抜けて地面に深く轍を残す。ぎりぎりのところで回避したという点では似通っていても、それが自分が彼相手にしてきたこととは明らかに違うということくらいはリンドヴルムモンにも理解できた。
 自分はぎりぎりでしか回避できなかっただけ。相手はそこまで大きく動く必要もないと判断したから軽く身体をずらしただけ。隠れる場所がないとはいえ、巧の位置をずっと頭のうちに置いていてこちらに攻撃を仕掛けていたということ。そこには明らかに自分にはない余裕というものがあった。
「ぎっ、舐めやがって……」
 自分で言うのも何だが、格上相手によくやっていると思っていた。単純な力だけでない経験の差を埋めるために必死に食らいついてきたのだと。だが、これでそんな甘えは自分に対する怒りの前に焼き払われた。
 目の前の相手は今まで相対した相手とは何か根本的に違う、試験官とは名ばかりの認めぬ者を排除する姿勢。それがけして誰かに操られているなどというちんけな事情とは違う、もっと深い根を張ったもの。
 だが、それを理解したからこそ、直観的に思ってしまった。
 ――こいつにだけは負けられない。
 圧倒的な実力差を前にしての、この子供の意地のような思い。巧に付き合って馬鹿みたいに駆け抜けたリンドヴルムモンが一個人として強く抱いた決意。
 二つの刃が走る。守りを捨てての一転攻勢。反撃を許さないその連撃に対抗する最もベターな手法は大剣を盾にすること。竜戦士もその対応を選択し、こちらの攻撃を一歩も退かずに受け止める。
 こうして引きつけていれば巧が次弾を撃ってくるはず。そら、意識を僅かに巧に向ければ、彼がこちらに銃口を向けて構えているのが見える――
「ビクトリーチャージ」
「え……」
 リンドヴルムモンの身体は派手に吹き飛んでいた。背中から地面に着地し、その衝撃で背部の装甲が粉々に砕け散る。いや、その直前にすでに装甲は半分ガラクタと化していた。
「がふっ……ごふっ……」
 血を吐きながら何がどうなったのかと混乱する頭を落ち着かせる。分からない訳でもない。空中を舞う寸前、確かに見た。こちらのラッシュを受け止める大剣が純粋な光を放っていたことを。その光る大剣が僅かにこちらに動く素振りを見せたことを。そして、自分を吹き飛ばした衝撃が無数のかまいたちのようなものだということを。
全反撃フルカウンターってか。近接攻撃にも効果あるとかふざけんな」
 大剣を豪快に振り抜いた竜戦士に届くはずのない悪態をつく。傷だらけの身体でなお立ち上がろうとするのは未だ心が折れていないから。まだ負けられない、と血にまみれた身体を奮わせる。
「強化弾、ジャンボガメモン――メガトンハイドロレーザー」
「……っ」
 巧の愛銃の銃口から圧縮された高圧水流が噴出される。狙いは勿論先ほどまでリンドヴルムモンが釘付けにしていた竜戦士。水流は槍となってその右肩を貫かんとする。――それなのに竜戦士はまたあの笑みを浮かべていた。
 彼の判断自体は間違っていない。もともとそれも込みでリンドヴルムモンは一転して猛攻を仕掛けていたのだから。
 だが、竜戦士は彼の位置を把握しながら戦っていた。猛攻を仕掛ける自分を弾き飛ばす反撃カウンターの手段も持っていた。
「やめろおおおおっ!!」
 知らず叫んでいた。直観的に見えた結果はもう変わるはずもないというのに。
 竜戦士が一瞬で身体の向きを反転させる。その勢いで振るわれる大剣の速度は今までで最速。だが、向けるのは刃ではなく背。盾のようにして水の槍にぶつけたそれは迫りくる脅威を例外なく受け止める。
「ビクトリーチャージ」
 反撃の剣が振るわれる。水の槍の衝撃が空気の槍へと変換し、真正面から撃ちだされる。跳ね返す際に付与された勢いも相まってぶつかる水流を悉く散らしながら槍は走る。元の水の槍を撃ちだした少年が気づくときにはすでに遅く、彼の右胸には拳ほどの穴が開いていた。
「あ……が……」
 少年の身体が崩れる。悲鳴もすぐに消え、その頃には意識も消えている。時間を超える回復手段があったとしても、それはすぐに効果を発揮し何食わぬ顔で立ち上がれる類のものではない。
 真治の攻撃を受けたときも、時間巻き戻し(タイムリワインド)には時間がかったし、そもそもあまりのダメージで精神と肉体とのコネクションが完全に断たれてしまえばきれいな死体が出来上がるだけ。
 万能に思える回復手段を持っていてもやりようによっては殺すことはできるのではないか。
 ただ言えるのは竜戦士が巧を殺そうとしていること。その手段を知っているのかは分からないが、その行動姿勢には間違いなく迷いなどない。
 ――それだけはどうしても許せなかった。
「お前が巧に剣を向けるなああっ!!」
 痛みなどとうに消えていた。自らを弾丸として全身全霊を込めてぶつかった。珍しく不意を突かれたのか、竜戦士は反撃もせずに大剣で受け止める。数刻して反撃の予兆を確認。反射的に全推力を使って自身の身体を持ち上げ上方へ退避。片足を犠牲にしながらも、大剣の攻撃範囲から逃れ。逆にこちらの射程範囲に入れる。足の代わりに尻尾でも突き刺せば立つ真似くらいはできる。
「だりゃあああっ」
 構え直そうとする右腕に両手の刃で可能な限り斬りつける。大剣が再び振るわれる予兆を見た瞬間に上空へ退避。最初の頃より速度が落ちているため、初めて無傷での回避に成功。それに喜ぶ暇を惜しんで、両肩の大砲で追撃。
 爆風を大剣が切り裂くより早く地上に降り立ち、パートナーを速攻で回収。傷は消え、時間巻き戻しタイムリワインドが正常に発動しているのを確認。
「んっ、ん……悪い。やられた」
「気にすんな」
 精神との繋がりも良好。遠目のところで下ろして二人で竜戦士と相対する。
「俺はあいつには負けたくない。いや、負けられない」
 リンドヴルムモンが力強く宣言する。直観的なものではなく、視界に捉える相手の正体を理解したからこその譲れない決意。
「いや、違うだろ」
 それに対する巧の言葉も竜戦士の正体を理解したからこその言葉。何も奴に特別な感情を抱いているのはお前だけではないと言っているような口ぶり。
 ――俺たちはあいつに負けられない
 言葉にせずとも、伝わる彼の言葉にリンドヴルムモンは静かに頷いた。