第十八話「ヤミのウミ」② | 秘蜜の置き場

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ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 巧は目の前の現実が理解できなかった。ダイルモンを飲み込んだあのおぞましい膿のような場所は一体何なのか。いつの間に出現したのか。
「何が起きているか教えて差し上げましょうか」
「くっ……何しやがったんだ」
 混乱する彼の頭に答えを与えるのは標的であるハイアンドロモンだった。屈辱的な気分だが、何も知らないよりはマシだ。どうしても聞かずにはいられない。
「私は何もしていませんよ。強いて言えば、少し動いて床を外したくらいですね」
「お前っ……!」
「まあまあ落ち着いてください」
 完全に馬鹿にされている。パートナーがまともに動けない人間など恐れるに値しないというのか。無意識のうちに奥歯を強く噛んでしまう。
「ところで、貴方がたは数で劣る海での戦いになぜ挑んだのです?」
「は? それは……」
 唐突な質問に戸惑いつつも、巧は数時間前の記憶を掘り起こす。
 海に行くと決めたのはミドルタウンを出発するとききだ。だが、真治と合流してすぐに、カラテンモンとオロチモンの襲撃を受け、撃退した彼らから相手の戦力を聞いて一度は行くべきか迷った。しかし、その迷いを断ちきらせたのも、カラテンモンたちがもたらしたもう一つの情報だった。
「悪核をばらまこうとしてる奴を止めにきた、という目的が有ったのでは?」
「なっ……」
 ハイアンドロモンが今口にしたことこそがその情報だ。だが、彼が知っているということは少し話が変わってくる。
 そのばらまこうとしている奴がハイアンドロモンだとしたら。わざとカラテンモンたちに聞こえるようにマリンデビモンに連絡していたとしたら。
「俺たちはまんまと餌に釣られたって訳か」
「そうなりますかね」
 つまり、最初から嵌められていたということ。早い段階から自分たちは彼の手のひらの上にいたのだ。
「ですが、餌として撒いた情報は出任せでも何でもない事実です。それだけのことが私たちには可能だった」
「結局何が言いたいんだ?」
 餌として撒いた情報を現実のものにできる要因が、ダイルモンが飛び込んだあの大きな膿のようなものだとなんとなく予想できた。だからこそ、すぐに結論を求める。これ以上のんびり聞いている時間はないような気がしたのだ。
「彼が飛び込んだのはダークエリアに溜まりに溜まった怨念の海。死してなお生前の怨みを捨て去れぬ憐れな魂の集合体。悪核はその中でも強い怨念が核となって周囲の意思を取り込んで独立したもので、悪霧はその核がデジモンを端末として支配するための一種のウィルス。ーーさて、悪核程度で苦しんだ彼らがそれの大元となるものの中へ飛び込んで、数多の怨念に晒されたらどうなりますかね」
「そういうことかよ……」
 最初からそれだけが狙いだった。わざと情報を撒いて、自分たちを誘い込んだのも。ゲームと称して分断したのも。
 三組に分けたのはその目的を隠すため。そして、互いに感化させあって完全体へと進化させるためだったのだろう。そうすれば、彼やメタリフェクワガーモンの不可解な言葉にも合点がいく。――最初から巧たちのことなどどうでもよかったのだ。
「さて、そろそろ良い頃合いでしょう。――真治さん」
「ちょっ……おい」
 巧は驚かざるを得なかった。ハイアンドロモンが呼ぶとほぼ同時に、真治がゆっくりと無言で歩き始めたのだ。これまでの会話に一度も参加しなかったこと自体おかしいとは思っていたが、これで彼にも何か起こったことが確実になった。
「お前……真治に何をした!」
「いえ。私は何もしていません。……ただ、ダイルモンがあの中に飛び込んで怨念の悪意に晒されている以上、パートナーである彼も影響を受けずにはいられませんよ。パートナーというのは貴方がたが考えている以上に深くつながっているのです。――それも、すでに悪核が埋め込まれている彼らはね」
 怒鳴るように問う巧に、ハイアンドロモンは淡々と、かつ幼子に教えるかのような口調で事実を告げる。だが、そんな言い方だからこそその事実は深く巧の心に染みわたり、内側から容赦なく抉った。
 自分たちの心の変化がパートナーの進化を促すのはなんとなくわかっていた。だが、その逆パターンとしてデジモン側の変化が人間のパートナーにも変化を促すこともあったということ。それが今回の結果だ。
「くそっ……真治、待てよ!」
 それでも呼び止めずにはいられなかった。彼に起きた変化について完全に分かったわけではないが、それでも彼自身の心が残っているのだと信じたかったのだ。
 たとえその歩行速度が変わらないとしても。たとえ首から上がまったく動かなくとも。
 しがみついてでも足を止めてやる。多少手荒な事をしてもこちらを向いてもらう。
 だが、そうすることは無理だった。そうしようとした一秒後にその気持ちが砕け散ったからだ。
「誰か知らんけど目障りや。そこで寝とけ」
 その原因はやっとこちらを振り向いて見下ろしてきた真治。だが、いつもの暖かさがまったく感じられない無機質な声が巧のわずかな希望を打ち砕き、重く冷たい視線が本能的な恐怖を与えてしまったのだ。匠にはもう、振り返って去っていく真治の姿を何もできずに見送ることしかできなかった。
「さて……ちゃっちゃとやってまうか」
「むぐっ」
 真治はハイアンドロモンの前まで歩き、左手で彼の顔を鷲掴みにする。人間の腕力とは思えないほどの力で掴まれ、ハイアンドロモンの頭に指が食い込んだ。
「俺らを除けば悪霧に支配されとんのはお前だけ。ありがたくもらうで」
「最初から……そのつもりです……」
 その会話の直後、ハイアンドロモンの頭から悪霧が黒いもやとして抜け出て、真治の左手へと吸い込まれる。マその間真治は、海辺で悪核を食った時ほどではないが恍惚とした笑みを浮かべていた。
 ハイアンドロモンの両手がだらりと下がる。悪霧を抜かれたために一時的に機能が停止したのだろう。真治が無造作に手を放し、ハイアンドロモンは床に衝突して動かなくなる。
「そろそろやな」
 そう呟いたのは地響きが聞こえたから。そして、その地響きが何を意味するのか分かっていたから。
「待たせてもうたか」
 直後、彼の予想通りハイアンドロモンが床を外してできた穴から抑揚のない声とともにダイルモンが再び姿を現す。だが、その白銀の装甲は黒色に染まり、瞳にも光はなかった。
「別にそない待ってへんから気にせんでええ。……ほな、いこか」
 真治は軽く跳躍しダイルモンの肩に飛び乗る。もうここに用はない。この基地を維持する役割を果たしていたあの膿のようなものはすべてダイルモンの中に入ったのだから、じきに崩壊するのは予想できた。
 おもむろに右手を上げD-トリガーの銃口を天井に向ける。持ち主の変化のせいか、D-トリガー自体もいつの間にか、真っ黒の怪物のようなデザインに変わっていた。銃口から獰猛なケダモノの呼吸のような音が聞こえるのは気のせいか。
 無言で引き金を引く。その瞬間、銃口から黒い柱が飛び出して天井を貫いて消失。外までの一本道を開ける。
 今度はダイルモンが軽く跳躍。すると、黒に染まった鎧の隙間から同じように黒いガスが噴き出し、彼らを空中へと一気に押し上げる。そして、彼らはそのままどこかへと飛び去って行った。




 ずっと我慢していた。自分が異常なものを抱えていることを知りながら、それを内側で堪え続けていた。だが、もうその必要はない。あの瞬間にすべてが一気に解放されて理解した。我慢せずに外にぶつけることがこんなに気持ちのいいことだと。
 自分と同じようにしがらみから解放されたパートナーを見る。彼も仏頂面の奥で心から快感に溺れているはずだ。ああ、もう我慢できない。
 ――さあ、地獄を作るぞ。





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というわけで、後味悪い感じで更新。まあ、にじふぁんときでもこんな展開でしたが。あとは真治たちが飛び去ったあとの巧たちの方の話を書いて、第一章は終わり。閑話として、星流さんとことのコラボの導入書いて第二章へ……って流れですかね。……なんとか間に合わすぞ。