「その前に置き土産。――技能弾、キャノンビーモン」
一度だけ体を反転させ、D-トリガーの引き金を引く。それからまた背を向けて歩。放たれた弾丸のゆく末など見向きもしない。彼ならこっちの意図を汲んでくれると信じているから。
「充、ありがたく使わせてもらうぞ」
その弾丸を受けたアサルトリガルモンは充の思いを受けて、再び上方に狙いを向ける。懲りもせずにまた投下されるメカノリモン。だが、もう無意味ですぐに終わることを思い知らせてやろう。
グレネードランチャーの銃口を下敷きになったメカノリモンに軽く刺して体を固定。先ほどの弾丸で一時的に背中に武装されたミサイルコンテナを標的に向ける。
「スカイロケット∞」
一斉に発射されるミサイルはメカノリモンを例外なく狙い、一気に爆殺していく。中にはそれだけに留まらず、恐るべき推進力を持ったミサイルは壁や天井の投下口にまで到達したものもあった。壁に埋め込まれた赤外線カメラは破壊され、投下寸前だったメカノリモンも粉微塵に吹き飛ぶ。一人の狼男の前にこの空間は完全に掌握されつつあった。
「くソッ、なぜダ。なゼこンナ簡単ニ……」
相手が虫を殺したことのないような輩だと考えて、自爆装置を持たせての特攻を何度も仕掛けた。だが、相手が一転して攻勢に出た途端、それが逆に道具としての寿命を早くするだけになった。かと言って持たせなくとも圧倒的火力でどちらにしても蹂躙される。
土壇場の進化によって生まれたあの傭兵のデータなど、あるはずもなかった。
もうナノモンに対応策が浮かぶことはない。
「何なン…………ッ! 何なンだ、あレはッ!?」
それでもナノモンは眼下の現象に目を見開かざるを得なかった。
真下から何かが尋常ではない速度で向かってきたのだ。赤外線カメラが破壊されたとは言え、爆煙を豪快に裂いて上昇してくる姿は明らかに異様で目を引く。
そして、それが何か分かったとき、ナノモンは目を限界まで見開いた。
煤だらけで至るところに負傷が目立つ鈍い銀色のボディ。右側は途中でちぎれた、無駄に長い両腕。そして、今まで自分が扱っていたときにはあまり意味のなかった頭部のコックピット。
「メカノリモン!?」
見間違えるはずもなかった。自分が量産して、ゴミのように命を散らさせた兵達。そのうちの一つが迫ってきていたのだ。
訳が分からず固まるうちに、メカノリモンは強化ガラス越しに自分と向かい合う。
「やっと会えたね、ナノモン」
コックピットが開き、爽やかだがどこか薄ら寒い声が響く。
中にいたのは、傭兵を除くさきほど戦っていた二人と一人。言葉とは裏腹に、そのいずれの顔にも笑みはない。
「あ、ア……」
「強化弾、メタルマメモン――エネルギーボム」
身じろぎ一つ出来ないナノモンに構わず充は銃口から光の球を放つ。それが強化ガラスに直撃した瞬間に炸裂。あっけなく粉砕し、ナノモンのいる室内への道を開ける。
「では邪魔するよ」
再びコックピットを閉じ、メカノリモンごと突入。部屋の奥でまたメカノリモンから出て、ナノモンへと向き直る。
「そイツは修理したノか!?」
「ああ、三葉の家はそういう分野も参入してきてね。彼女もそっち方面の知識と技術は持っていたんだ。だからアサルトリガルモン達が応戦しているあいだに、使えそうなのを見つけて直してもらってたんだ」
「……ちょっとかじれば先輩だってすぐにできますよ」
動揺を隠しきれないナノモンの問いに充は平然と応える。その情報は、後ろで本人が謙遜か何かでもじもじしているのが気にならないくらいに衝撃的で信じ難かった。
意思のないメカノリモンには悪霧を使う必要もなく、プログラムだけ刻んでおけば十分だった。だが、それがまたしても裏目に出たというのか。
「でハなゼだ。なゼ、メカノリモンを躊躇いもナく殺シた。わタしのやり方が気に食わナいと不殺を選ンだのでハないノカ?」
そして一番訳がわからなかったこと。充は気に食わないと言いながら、自分と同じように簡単に爆殺させた。これでは言っていることとやっていることが違うではないか。
「僕がいつ不殺を選んだって?」
「ハ?」
だが、充は首を傾げ、逆に疑問符を浮かべてきた。まるでナノモンが勝手に勘違いしたと言うふうに。
「僕は友軍の命すらも簡単に消す君のやり方が気に食わないと言っただけ。――罪を背負う覚悟があるなら場合によっては仕方ない。これは戦いなんだから」
淡々と言いながらもその言葉には妙に重みがあった。死への恐怖を一度知ったからこそ、出た言葉。
戦いの中に身を置けば、誰かを殺めることはいずれどこかである。それでもせめて命を軽く捨てるような殺し方だけは避けたかった。罪を背負う覚悟のない者に誰かを殺す資格などない。
「そンな筋の通っていナいコと……理論ガ、理屈ガ……」
「まあ、人間の感情は一筋縄ではいかないってことさ」
目に見えて混乱するナノモンに充は静かにD-トリガーの銃口を向ける。見るも哀れな彼には静かにしてもらおう。……本音を言うとこのまま撃ち殺してもいいかと思う気持ちもあったが。
「くソっ、やリたけレばヤればいイ。……最後ニ纏めテ散っテくレる」
「ん、それは聞き捨てならないね。……どういうことかな?」
ナノモンが不吉なことを口走ったのを充は聞き逃さなかった。隙ができるのを待つための時間稼ぎかと思ったが、そういう雰囲気ではなさそうだ。
「言葉通リだ。お前たチを迎え撃ツたメに選バレた私たチ三人ニも、浄化した瞬間に作動スる自爆装置ガ仕掛けられてイルといウコと。……こコら辺のシステムと直結シたわタしガ爆発すレばどうナルかな?」
「なるほどね……」
充達の知らないところで自爆した巧達の相手のように、ナノモンにも同じ爆弾が仕掛けられていた。真下のコンソールと一体になっているナノモンが爆発すれば連鎖的にこの空間を制御するものがいなくなる。
「だったらそうならないようにすればいい」
だが、充は怯むことなく銃口を突きつける。彼には少し手間が増えるだけ程度にしか思っていなかった。
「強化弾、ヤシャモン――クグツの術」
直後、銃口が妖しく光りナノモン視界を覆い尽くす。その光が見たものを意のままに操る魔の光だとは気づく暇もなかった。
「その爆弾、自力で解除できるかい?」
「解除ハ無理デすが、浄化シテも爆発しナイよウにはデキます。こノ装置ハ悪霧が発スル信号をモトに制御サれているので、浄化後もソの信号のミ送れば問題なイカと」
「じゃ、そうしてくれ」
「了解シまシた」
虚ろな目で充の問いに事務的に答え、ナノモンは自身の内部のプログラムに干渉。悪霧が出す信号をコピーし、継続的に装置へと送るように設定。
ナノモン自らの手で、自爆装置は解除された。
「終了しまシ……ハッ!?」
今さら正気に戻ったところでもう遅い。精神的なダメージに加え、D-トリガーによって操られたこともあって、悪霧との繋がりも希薄になった。つまり、もう準備は整ったということ。
「浄化弾」
そして充は静かにD-トリガーの引き金を引く。できるだけ平静に、できるだけ穏やかに。精神を落ち着かせるだけの時間があったのが本当に幸いだった。
「誰もが、自分の視野の限界を世界の限界と考える。――十九世紀の哲学者、アルトゥール・ショーペンハウアーの言葉だ」
少しの眠りに入ったナノモンに語るように、そして自分自身に語るように充は呟く。
あれほどの苦境でも、諦めて自分の限界を決めずに、決意のままに意志を貫いた。だから、自分達が見ていた世界の限界を突き破り、新たな段階へとパートナーを導けたのだ。
「……先輩っ、これ見てください!!」
「何事だ……えっ……」
三葉の柄にもない慌てた声が耳を貫く。何事かと、コンソールの前に立つ彼女の元へ行った充は言葉を無くした。
二人の視線は、施設内部の構造を示した見取り図に注がれている。
「出口がない、だって!?」
そう、この部屋とたどり着くまでに通ったルートは一つの閉鎖された空間になっていたのだ。
つまり、あのモニタの奴へとたどり着くまでの道のりは用意されていなかったということ。
――あくまで一組だけです。貴方がたが団結して、まとめて攻めこもうとしてもそれは変わりません。絶対に。
今さらながらにこの意味を理解した。奴は鼻からゲームをするつもりなどなかった。奴の中で、その一組は決まっていたのだ。
(そして、それは間違いなく――真治とガビモンのいる組だ)
あの海上での戦いを見ていたとしたら、あの彼らの豹変を見ていたとしたら、目的は分からずとも真っ先に狙うのは彼らだ。
「力づくでも出るよ。僕らには時間がない」
立ち上がる彼の眼差しに迷いはない。そんな悠長なことができるほど余裕はなかった。
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一ヶ月以上かかってやっとこさ更新。暇人であるはずの身分なのに遅れたのは、別サイトでの更新と今回がやたら長かったからということでお許しください。
前話のリンドヴルムモンと同じように、今回のアサルトリガルモンも以前と多少設定を変更しました。一発の火力より、弾幕的な強さということで。
グレネードランチャーにはアンダーバレル方式というアサルトライフルに装着して使用するタイプがあるのを、銃火器を調べているうちに見つけたので、採用させていただいたかたちです。
では、今回はこれで。