第十一話「読心術VS疫病神」① | 秘蜜の置き場

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ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 海に向かう巧達の前に立ちはだかるのは小柄な烏天狗のようなデジモンと八っつの頭を持つ大蛇のようなデジモン。D-トリガーの警報や身体の端々から漏れる悪霧。それ以上に向けられる敵意から戦いが避けられないことは明白だ。
「カラテンモンにオロチモン。……どちらも完全体か」
 感じるプレッシャーから予想できてはいたが、やはり完全体だった。特に完全体のアシュラモンにさんざん苦しめられた充たち四人とそのパートナー達は自然と真っ先に思考を戦闘方面に切り替えた。
「しかもー、情報によればカラテンモンはー、相手の心を読む『悟り』という力を持っているみたいだよー」
「その力で俺たちの動きを知ったということですか。……厄介ですね」
 こちらの動向や戦力もその力で知ったとなればなおさら厄介。こちらが成熟期のみだと知って、自分達だけで十分だと二人だけで来てくれたのは幸いというべきか。……などと考えているのも読まれているのだろう。
「なんにせよ、ここで何とかしておかないと厄介だろうね。……いくよ」
 逃げて隠れたところで、心が読まれるのならいずれはばれる。ならば、ここで浄化してしまった方がいい。
 充の声に応じて、巧達はD-トリガーを取り出し、画面をタップしながら素早く構える。その標的は、それぞれのパートナー。精神を落ち着かせてその引き金を引く。
「「進化弾」」
 放たれた光の弾丸は狙い通りにパートナーに直撃し、彼らにそれぞれ進化の力を与える。
「リオモン進化――ヴルムモン」
「ガルモン進化――リガルモン」
「ピクシモン進化――エルフモン」
「テリアモン進化――ガルゴモン」
「ロップモン進化――トゥルイエモン」
「ガビモン進化――ゲータモン」
 揃うは六人もの成熟期のデジモン達。巧達の隣に立って、闘争本能を昂らせる。
「巧とヴルムモン、葉月とエルフモンはカラテンモンを頼む。……僕とリガルモン、一也とガルゴモン、三葉とトゥルイエモンでオロチモンを相手取るよ」
「ちょ、俺らはどうすんねん?」
 充の指示に挙げられなかった真治が慌てて問いただす。戦力と見られていない、ということはないだろうが、これでは進化した意味がないではないか。
「ああ、君らは基本見ていていいよ。ちょうど僕らの力を示す機会だから。……でも、本当に危険なときは頼むよ」
「おお……分かった」
 自分たちの力に自信はあるが簡単に倒せないことは分かっている、というところか。今回ばかりは自分たちの進化が無駄であったほうがいいと思う真治とゲータモンであった。
「じゃあ……行くぞ!」
 ヴルムモンの背に跨った巧の言葉を合図に、全員飛び出した。

 


「御主らが相手か。まあ、誰でも構わんが」
 見下すような声は上空で対峙する烏天狗――カラテンモンから。それは己の力に十分な自信があったからだろう。
「言ってろ、鳥頭」
「御主こそなかなか言う奴ではないか」
「そうかよ」
 巧が挑発で返しても動じはしない。赤く染まった目が僅かに揺れることもない。
「まあどうでもいいや――」
「『すぐに浄化してやるからな』、か?」
「ちっ……」
 台詞を先取りしたのも「悟り」という力のものだろう。厄介な相手だと嫌でも再確認させる
「のんびり話している場合じゃないでしょーがー」
 真下から聞こえる声に巧が思わず顔を向ければ、カラテンモンに銃口を向けた葉月が。カラテンモンがそちら見るより早く、彼女はその引き金を引く。
「強化弾、リリモン――フラウカノン」
 一瞬銃口が花弁のような光に包まれ、それが花開くと同時に、高密度のエネルギー弾が撃ちだされる。完全体とて当たればただでは済まないだろう。――そう、当たれば、だが。
「……ふん」
 僅かに羽ばたき体を右にずらす。それだけでエネルギー弾に一瞥もくれることなく、カラテンモンはそれをあっさりと躱す。
「あっさりと避けるとはねー。……確かに勘に触る」
 心が読めるということは、葉月がどの軌道で自分を狙おうとしているかも分かるということ。ならば避けることも雑作もないことだ。
「けどねー……」
 見上げる葉月が不敵に笑う。たった一発で仕留められるとは思ってなどいない。彼女だけで戦っているのではないのだ。
 タンッ、と跳び上がるような音が響き、カラテンモンの背後に影が差す。
「ソーンスラッシュ」
 その影の主、エルフモンは素早く茨の意匠が施されたレイピアを抜き、その勢いのままに振り下ろす。
「ふっ……っ!?」
 だが、その耳に届くのは、対象を切り裂く音ではなく、ガキンッと硬いもの同士がぶつかる音。
「『まだ、終わりじゃないわよー』、とでも?」
 顔だけ後ろに向けるカラテンモンの右手には、エルフモンのレイピアを受けとめる細身の剣が。浮かべる笑みは余裕からか。
「まだだ、俺達もいる」
 だが、まだ終わりではない。余裕から向けたその側頭部に狙いをつけてヴルムモンは口を開く。
「クリムゾン――」
「バーストは撃たせん。――衝撃羽」
 カラテンモンは顔を向けることなく漆黒の翼を一度羽ばたかせる。
「うおわっ……がはっ」
 それだけで強烈な衝撃波が巻き起こって、ヴルムモンとその背に乗る巧を吹き飛ばす。さらに、同時に飛ばした漆黒の羽がヴルムモンの口に入り、強制的に技を停止させる。
「のわっ……おわああっ!」
 だが、ヴルムモン以上に巧の方の影響が凄まじかった。思わずヴルムモンから手を離してしまい、一人大きく飛ばされてしまったのだ。
「おわああ……がっ!」
 幸い(?)、たまたま進行方向にあった岩壁にぶつかったので、遠くに飛ばされる心配はなくなった。
 だが、まだ危険が去った訳ではない。
「……っでえええっ!?」
 なんと岩壁の真下には、鋭く尖った岩がたまたまあったのだ。位置を考えれば、このままでは確実に目に突き刺さる。
「えええ……むぐふっ!?」
 だが、そうはならなかった。巧の顔が感じたのは、決して柔らかくはないが、岩よりかは数倍ましな感触だったのだ。具体的に言うなら鱗に覆われた甲殻といったところだ。
「ったく……何してんだ、巧は」
「おお……悪ぃ。本当に助かった」
 呆れるような声は真下から。確認するまでもなく巧のパートナーであるヴルムモンだ。上にあった巧の感触がなくなった直後から彼は飛び出していたので、なんとかパートナーの失明を避けられたようだ。
「最初っからフルスロットルねー」
 そんな彼らの様子を一瞬だけ見ながら葉月は呟く。何がフルスロットルかと言うと、もちろん巧の不幸を呼び寄せる力だ。――そしてそう呟いたのは、彼らがいればカラテンモンの攻略は難しくない、という直感的に一瞬感じたからだろう。

 

 


 空中戦が繰り広げられる件の戦場から少し離れたところ。そこで充達は八岐大蛇――史実のそれとは違い、尻尾は一つだけだが――のようなデジモンと対峙していた。名をオロチモンというこのデジモンは完全体。油断などできない。
「うぃっく、いぃ……ゲフッ」
 ……たとえ八つすべての頭が真っ赤に染まって、口からアルコール臭がだだ漏れしていたとしてもだ。
「完全に酔っ払いだな」
「だね~。……でも、だからって様子見しているつもりはないよ~」
 一也に半分同意しつつ、ガルゴモンは両手のガトリング砲を構える。迂闊に出るのはまずいが、格上相手に受け身に回るのは尚まずい。
「ガトリングアーム」
 ガルゴモンの宣言を合図にその砲口が火を噴く。無数の細やかな弾丸が虫の大群のようにオロチモンを襲い、衝撃による爆煙が辺りを包んだ。
「この程度で終わったとは思いませんよ」
 爆煙が消えるより早く、追撃とばかりにトゥルイエモンが飛びだした。たかだか成熟期の技一発でくたばるなどと思いはしない。様子見のつもりはないとはつまり、休むことなく一気に畳みかけるということだ。
 一度の前方の跳躍から一気に加速し、標的との距離を詰める。
「忍迅け……っ!?」
 彼が技を繰り出すのを急に止めて左に跳んだのは、ほとんど直感による行動だった。だが、疫病神こと刃坊巧と多少時間をともに過ごしたからか、その精度は幾分か磨かれていたようだ。
 トゥルイエモンが両足を地につけるとほぼ同時に、彼の右頬に一筋の裂傷が入り、血液データが噴きだす。
 ちっ、と舌打ちし一瞬だけ斜め後ろに振り向けば、黒色の長い縄状のようなものが見えた。そして、その先についている鋭利な刃に自分の血が付着していたことも。
 僅かでも避けるのが遅ければ、右肩から先を切り落とされたかもしれない。幸運と思うべきなのだろうが、その気にはなれなかった。
「アメノムラクモ。……これが儂の最高の攻撃技じゃ。ヒクッ」
天叢雲アメノムラクモ。……三種の神器の一つの銘がつけられるだけはあるね」
 伊達に日本神話に出てくる八岐大蛇に似た容姿はしていないということか。天叢雲剣が現れたのが八岐大蛇の尾で、オロチモンのアメノムラクモが尾の刃での強烈な斬撃とはなんという因果か。
 時間があればその謎を知りたいと充は一瞬思ったが、生憎そんな時間はない。
「……大丈夫?」
「ええ。……やはり、簡単にはいきそうにはありませんね」
 三葉の心配そうな声に短く答え、トゥルイエモンは頬の血を拭った。追撃の意思は正しかったが、単調にまっすぐ行き過ぎたか。予想より相手の対応が早かった。酔っ払いということで無意識のうちに油断していたのかもしれない。逆転の発想が必要か。
 なんにせよ認識を改めなければならない。奴は完全体。それも酔っ払ったことで逆に強くなった可能性もある。
「酔拳の使い手、のようなものですかね」
 その例えは武芸者の性質を持つトゥルイエモンらしいものだ。少なくとも彼の中でより明確に相手が強者だと認識できた。
「残念ながら儂は違うぞ」
 それを否定する声は本人であるオロチモンから。そこまで大きな声で言ったつもりはないが聞こえていたらしい。
「儂は酒を呑んではおるが、酒に呑まれてはおらん。…………わはったは、ほこの……へぇっと……はあひょいは……」
 ……説得力は皆無だった。