第二話「未知との遭遇」① | 秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 どこか懐かしい風が頬を撫でる。草と土の臭いが鼻を突く。
 視界に広がるのは身の丈の倍以上ある木々の群れ。その風景は一秒前まで居たはずの自分の部屋とは一切一致しない。記憶で最も近い場所は小学校の遠足で登った山か。だが、植生は見たことのないものばかりだ。
「どこだよ、これ」
「どうやら森のようだけど……詳しい場所までは推測できないね」
「なんでこんなところに」
「多分あのアイコンだろうねー。仕組みは理解を超えてるけど」
 気がつけばどこかの森に居た。原因はおそらくPCに表示された扉のようなアイコン。まさかあれが本当にどこか別の場所への扉だった、なんてことは悪い冗談だと思いたかった。だが、目の前に広がる現実が、そう考えても何らおかしくないと告げている。
「……圏外です」
「そもそも地球なのかも怪しいですよ、これ」
 一也がこぼした非現実的な言葉。それを否定することができないのが皮肉な現実。全員が反応に窮して、居心地の悪い沈黙がこの場を支配する。
「なあ、とりあえず動いてみないか」
 その沈黙を破ったのは巧の提案だった。無策と言えば無策な提案。寧ろ自殺行為と言っても過言ではない。土地勘のない森で不用意に動くことなど、遭難に繋がる可能性が圧倒的に高いだろう。
「そうだね。ここに居てもどうしようもなさそうだ」
「仕方ないけど、実際そうだよねー」
 だが、そもそも遭難という点では現状と何ら変わらない。このまま来るかも分からない助けを待つことも自殺行為と言える。それは全員が頭では理解していた。ただ、それを行動に移すための口火を切ることが出来たのは、巧だけだった。
「その前に持ち物だけ確認しておこうか」
 指針さえ決まれば他の面々も心のざわつきが収まり、冷静に他にすべきことを口に出せる。何一つ分からない未知の場所を進む恐怖も既に収まっていた。




 五人の持ち物のうち、二年生及び三年生の三人の持ち物にたいした物は無かった。スマホと少しのお金が入った財布。あとは、充がメモ帳とシャープペンシルを持っているだけ。
 ただ、一年生二人の鞄には中が四次元空間にでも通じているかと思える程に有用な道具があった。ナイフにライター、釣り竿に折り畳み式のテント。果ては小型のノートパソコンなど、大小問わず様々な道具が二つの鞄に割り振られていた。
「どんなときでも先輩にお手数を掛けないように常備しています」
「……備えあれば」
 それが持ち主二人の言葉。三人は先輩として頼もしく思う反面、ある意味どこか危なっかしいとも思ってしまった。
 閑話休題。一年生二人の思わぬ活躍により見知らぬ土地でのサバイバルにも希望が見えたところで、森の中の行軍を開始した。草を踏み、幹を押しのけ、木の葉を潜り抜ける。体感時間で五分程歩いたところで、少し開けた場所に出た。
 そこは木々が囲むように配置された小さなサークル。その中に道中で見慣れない配色と形を持ったものが五つ散らばっていた。それらは形状から、耳の長いぬいぐるみと渦巻きの模様が描かれたタマゴの二種類に分けられる
 ぬいぐるみの方は二つ。片方は白い体色に緑の模様、もう片方は茶色い体色に桃色の模様。額から小さく伸びた角の数も違う。白い方は一本、茶色い方は三本だ。
「……息してる」
「本当だ。生きてるぞ」
 訂正が必要だ。あれはぬいぐるみではなく、ぬいぐるみのような姿をした生物。それにいち早く気づいた三葉と一也は脇目もふらずに走り出し、鞄を開けて看病を始める。金城兄妹の信奉者であるこの双子が彼ら以外のためにすぐに行動に走るのは珍しい話だ。それも地球に存在する生物とは明らかに違う生物に対してとなればなおさら。
 だが、他の三人の頭はそこに思考が働かなかった。いや、そもそもぬいぐるみのような生物にも意識が向いていない。彼らの目は謎の生物の近くに転がる三つのタマゴにそれぞれ注がれていた。そして、彼らの足も強力な磁石に引きつけられる鉄のようにタマゴの方へと進んでいた。
 双子が素人なりに謎の生物の看護を始める頃、三つのタマゴそれぞれの目と鼻の先に三人は立っていた。巧は赤い渦巻きのタマゴ、充は青い渦巻きのタマゴ、葉月は緑の渦巻きのタマゴ。既に三人の目にはそれぞれ目の前のタマゴしか映っていない。
 そのタマゴが何のタマゴかは知らない。なぜ惹かれるのかも分からない。強いて述べるなら、それが自分にとって大事なことだと根拠もなく思うことか。
 三人が三色のタマゴに触れる。その瞬間、模様と同じ色の光がそれぞれ飛び出して視界を覆いつくした。
「――いっでえええ!!」
「あだあああっ!」
 三色の光が収まるのとほぼ同時に二つの情けない苦悶の声が響いた。一つは巧のもの。もう一つはこの場の誰の記憶に無いものだった。
「くそ、何にぶつかっ……何だお前?」
「痛いなあ。お前こそ誰だ」
 声以前に姿も記憶に一致するものは無かった。紅い鱗に覆われた二足歩行の蜥蜴とかげが適切な表現か。他に目立つ特徴は、後方に伸びる三本の角らしきものと両肩から突き出た突起。あとはその突起から両手に掛けてそれぞれ伸びている黒いラインくらいか。先のぬいぐるみ二つとは違ったベクトルだが、少なくとも地球上にこのような姿を話せる生物は居ない。そもそも何の練習も無しに人語を介する生物など人間以外には知るはずもない。
「ふわぁ。オイラを起こしたのはお前か」
「うん。まあ……多分そうなるだろうね」
「いきなりうるさいわね。頭がガンガン鳴るから止めて」
「私の頭はもうおかしくなってるのかもねー」
 急に現れたのは、紅い蜥蜴とかげだけではない。充と葉月の前にもそれぞれ記憶に無い生物が目の前に立っていた。
 充の前に居たのは、二本足で立つ水色の毛並みの犬だった。腰には一丁前にベルトを巻いて、左右のホルスターに一丁ずつ拳銃らしきものが入っていた。少なくとも拳銃を扱える犬など聞いたことが無い。
 葉月の前に居る生物は、緑のワンピ―スを来た赤い髪の少女だった。そのため、他の二人と比べてまだ見た目の違和感は少ないように思えるが、背中から生えている大きな蝶が持つ羽が、彼女も人外の存在であることを示していた。
「お、俺は巧。刃坊巧だ」
「そうか。俺の名前はリオモンだ」
「僕は充。金城充だ」
「オイラはガルモンって言うんだ。よろしく」
「アタシはピクシモン。で、貴女は?」
「私の名前は葉月よー」
 その人外の存在に対して呑気に自己紹介をし合っているのも妙な話だ。だが、姿形は違っても言葉が通じるということが非常にありがたいのも事実。右も左も分からない以上、情報はあればあるだけ力になる。それにこの三人の謎の生命体相手には妙に話しやすいと感じていたりもする。変な話ではあるが、正直なところ一切警戒心を抱くこともなかった程だ。
「んあ、れ~?」
「ん、うぁ……ん。いたた」
 謎の生物の名前は分かったところで何を話すか。そう思った矢先、気の抜けるような声が全員の意識を引きつける。それはぬいぐるみに似た生物の白い方が発した声。後を追うように目を覚ます茶色の方と合わせて、巧達三人は後輩が介抱していた生物を正しく認識した。
「大丈夫か? えっと……」
「僕? テリアモン。多分大丈夫だよ~」
「……あなたは?」
「え? は、はい。ロップモンです。助けて頂いたようでありがとうございます」
 事情はよく分からないが、二人はどうやらただ気を失っていただけのようだ。怪我がなくて何より。一也と三葉も顔には出していないが、内心は心の底から喜んでいるのだろうなと、充は個性の強い二人に対して珍しくそんな確信を抱いた。
「さて、みんな目覚めたばかりで悪いと思うけど、とりあえず君達にいろいろ聞いていいかな」
 倒れていた二人は無事目を覚ました。引きつけられるように触れたタマゴはいつのまにか消えて、その代わりとでもいうように三者三様の生物が現れた。ただでさえ謎なこの場所に新たな謎が増えてしまったが、それを一つ一つ暴くためにもここは情報が欲しい。状況を理解するために進んだ結果なのだ。なりふりなど構ってはいられない。




 リオモン、ガルモン、ピクシモンに関してはほとんど収穫無しと言ってよかった。無知も無知。自ら「タマゴから産まれたばかりだから何も知らない」と言い出す始末。タマゴから産まれた割にはしっかりとした思考と発言が出来ているのがまた妙な話だ。
 一方でテリアモン、ロップモンからはそれなりに有用な情報を得ることが出来た。
 曰く、ここはデジタルワールド。デジタルモンスター――デジモンと呼称される生命体が生きる世界。つまり、リオモンやテリアモンらもデジモンという生命体の一種なのだ。
「デジタルモンスターが住まうデジタルワールド、か」
 有り体に言えば、地球とは異なる別の世界へ飛ばされたというところか。突拍子もない話ではあるが、その証人が突拍子もない生命であるデジモンなのだから否定しようもない。それにここが地球ではないことくらいは薄々感づいていた。
「さて、これからどうしたものかな」
 別の世界に飛ばされたのなら、ここまで立ち止まらずに進んだのは正解だった。この先もそれは同じだろう。このまま森の中で万に一つの可能性も無い助けを待つのは得策とは言えない。
「……ねえ、どこに行けばいい?」
「ぅえ!? そ、そうですね。まずこの近辺がどこかを整理しましょう」
 ロップモンによると、ここはプロセス大陸にあるグローブフォレストという森らしい。とは言っても一度迷えば二度と出られなくなるような樹海ではなく、そこまで危険な生物も居ないとのこと。それを聞いた上で周囲を改めて見れば、植生は記憶とは大きく違うものの確かにそこまでおっかないものではないと思えてくる。田舎の裏山というのが記憶の中で一番近いだろう。
「この森には大きな川が一つあります。それを下った先にあるミドルタウンを目指すのが最良ではないでしょうか」
 ロップモンの提案は確かに最良の提案だった。確かに規模は小さくとも町であれば何らかの情報が得られるかもしれない。それに一也達の荷物で数日はサバイバル出来るとはいえ、やはり少しの間でもどこかで腰を落ち着けたい。
「そういえばテリアモンとロップモンはこの三人について知ってるのか? 二人の近くにあったタマゴから孵ったらしいけど」
 明確な目的地が決まったことで落ち着いたのか。不意に巧の口からそんな疑問が飛び出した。意識を失って倒れていたデジモンとそもそも意識すらないタマゴ。それが一か所に転がっていたことがただの偶然には思えなかった。
「さ~? 残念だけど記憶が無くなっているんだよね~。気絶する前に何をしていたのかも思い出せないんだ~」
 だが、現状では真実は闇の中。情報面での頼みの綱であるテリアモンとロップモンも、彼ら自身の記憶は完全ではないらしい。気には掛かるがあくまでそれだけ。優先事項の途中にでも分かれば十分。
「ぼちぼち行きましょうか」
「……案内頼める?」
「い~よ~」
「私達もここに居る理由も無いですし」
 テリアモンとロップモンには重ね重ね世話になるが、変に進んで迷うのも困るのでそこは善意に甘える。見知らぬ世界を旅するのは、その土地の者が居るだけでやはり安心感が違う。
「なあ、お前らも一緒に来るか」
「え……いいのか?」
 巧が振り返り、リオモン達残りの三人のデジモンに声を掛ける。完全に蚊帳の外だと思っていたのか、全員が不意を突かれたように反応に窮する。比較的早く立ち直ったリオモンが問い返したものの、その声は微妙に震えている。
「そうだね。これも何かの縁かもしれない」
「縁か」
「放っておく理由もないしねー」
「ありがと」
 巧達の誰も拒む素振りを見せない。それがリオモンの問いに対する答え。産まれたばかりで謎だらけの生物であろうと別に気にはしない。寧ろ謎だらけの世界を旅することになるのだ。こっちもそれくらいの謎を抱えていればつり合いが取れるというもの。
「で、返事は?」
「ああ、一緒に連れてってくれ」
 訳の分からないまま始まることになる異世界での冒険。だが、彼らが居れば何とかなる。不思議とそんなことを思いながら、巧はリオモンの手を取る。
「っ!? 危ねえ!!」
 そのまま巧はリオモンの手を引いて抱きかかえて前方に転がる。直後、彼らの背後にあった三本の大木がまとめて斬り落とされた。
「なんだ?」
 何が起きたのか。巧は地響きに怯みながらも音が聞こえた方向を振り向く。
自分の胴の倍近くある大木が三本倒れていた。居合の達人が斬った巻畳のようにきれいな断面だ。もしこれが大木ではなく、自分だったと思うと心の底からぞっとする。
 いったい誰がこんな真似をしたのか。震える足を抑えながらも、倒木の奥から現れる実行犯の正体をしかと捉える。
蟷螂カマキリ、か?」
 一番イメージに近いのは口に出した昆虫。だが、緑色の外殻を持つその巨大なモンスターには、昆虫には不釣り合いな獲物を噛み砕くための口があった。だが、やはりそれ以上に目を引くのは両手に備わった鋼鉄の鎌。一目見るだけで分かるその鋭さなら、確かに大木三本を斬ることも可能だろう。
「スナイモン、成熟期です」
「……成熟期?」
「簡単に言うと、僕達より一段階強いってことだよ~」
 一段階強い。それが味方であればどれだけ心強い言葉か。だが、未遂とはいえ自分の身体を真っ二つにされかけた今、それは焦りと恐怖しか生まない。唸るような声を未だ発しながら、鎌を擦り合わせて近づいてくるその姿は奴自身が敵を名乗っているようなもの。
「斬る。斬り殺す。そこのお前も、奥のお前も、お前もお前も悉く」
 敵意を声で示しながら、スナイモンが動く。殺意を鎌に籠めて振りかぶる。
 まだ分からないことだらけのこの世界でも明らかなことがある。それは今の自分達が立ち向かってもむざむざ殺されるという現実。今取るべき選択肢は一つだけだ。
「に、逃げなきゃ。勝てっこないよー」
 葉月の声を合図に巧達はそれを行動に移す。踵を返し、自分達が通ってきた道をその時とは逆方向に走る。たかが中学生に何ができる。今取るべき最善の一手は逃げること。
「ん? ……おい」
 逃亡を始めた面々の最後尾は巧だった。それを彼自身が訝しみ、前方を見据える視線に意識を向ける。そこで違和感の正体はすぐに分かった。逃げているのは巧達人間だけだったのだ。
「お前ら何してる!」
 慌てて振り返れば、リオモン達五人はこちらに背を向け、スナイモンと相対していた。全員の身体には既に軽い傷を負っているのが見える。
 彼らもスナイモンと同じデジモンならば、何らかの戦闘手段を持っているのだろう。だが、あくまで戦闘手段があるだけ。その戦闘手段でスナイモンを迎え撃つことができるとは思えない。彼ら自身が言っていたのだ。――目の前の敵は自分達より一段階強い存在であると。
「見れば分かるだろ。お前らが逃げる時間を稼いでいるんだ」
 だから、時間稼ぎをしているのだと、リオモンは答えた。その最中も鎌がテリアモンを弾き飛ばしている。単純な数でどうこうなる実力差ではない。それが分かった上での時間稼ぎなのだ。
「馬鹿言うな。さっさと逃げろよ」
「ああ。けど、お前らが逃げたのを確認してからだ」
「なんで……」
 そこまで自分達を守ろうとする理由が分からない。出会って一時間も経っていない間柄。出会いの印象が良かっただけでそこまで身体を張ってくれる程の価値があるというのか。
「俺が知るか。――ただ、お前らを守りたいって思ったんだ」
 その疑問もリオモンのシンプルな答えで追及できなくなる。なぜなら、それは巧がリオモンに対して思ったことでもあるから。だから、足を止めて思わず声を掛けてしまったのだ。
「巧、今は逃げよう! そうでないと、彼らも逃げられない」
「く、そ。……絶対逃げ延びろよ。絶対だからな」
 遠くから響く充の声に巧はやっと折れる。どれだけ言葉を尽くしても今の自分達は足手まとい。それを分かっているから充達は自分達がこの場から逃げることを優先した。これ以上、自分の我儘でリオモン達が逃亡の際に抱える傷を増やすわけにはいかない。
 巧は充の後を全速力で追った。何度も振り向こうと思ったが、一度もそれを実行することはしなかった。




「行ったな。だったら、こっちも全力で足を止めないとな」
 巧達の背中はもう完全に見えない。それを半ば名残惜しく思いながら、リオモンは視線を敵に向ける。
 意地を張ってみたものの、足止めに殉じた以上はスナイモンに明確な隙を作らせなければ自分達が逃げることは叶わない。地力の差は大きい。だが、数はこちらが五倍。その総力を一点に注ぐことができれば届くかもしれない。
「ええ。いくわよ」
 リオモンの言葉の真意を一番に把握したのはピクシモン。彼女が両手を顔の高さまで持ち上げると、空を向いた二つの手のひらにそれぞれ光が瞬き、天使の頭上が似合うであろう輪のかたちに収束する。だが、その本質は天使の輪などファンタジーなものではない。もっと実用的な武器――謂わば念力で動くチャクラムなのだ。
「ガリトラップ」
 声とともにピクシモンは両手を投げ下ろす。放たれた光のチャクラムはスナイモンに向けて走る。狙いはその身体の右側面。甲殻に当たれば焦げ付く程度の傷はつくはず。
「邪魔だ」
 だが、現実はそれすらも叶わない。スナイモンは右手の鎌を振り下ろし、二つのチャクラムを正確に叩き落とした。その鎌には黒ずんだ焦げ跡など一切存在しなかった。
 だが、この程度でいちいち落ち込んでいられない。ケースは微妙に違えど、戦いが始まってから何度か体験したことなのだ。
「テリアモンいきますよ」
「ほぼ同時にだね~」
 それにピクシモンの行動は完全に無駄だったわけではない。この攻撃を通して、他の仲間にリオモンの真意を伝えることには成功したのだ。
「ブレイジングアイス」
「ブレイジングファイア」
 ロップモンとテリアモンが同時に叫ぶ。その直後に二人の口からそれぞれ放たれるのは冷気の弾と熱気の弾。狙いは先ほどのチャクラムと同じ、スナイモンの右側面。正確にはチャクラムの予想着弾点より少し下方。
 スナイモンも先ほどと同じように鎌の側面で払いのけようとする。冷気弾は予想通りに鎌で弾くことに成功。だが、その直後スナイモンは自身の失策に気づく。
「チ……」
 二つの弾の着弾点は正確に予測できていた。だが、片方が冷気の弾であることを失念していた。そして、二つの弾の着弾タイミングが微妙にずれていたことに気がつかなかった。
 鎌の動きは冷気の弾を受けた直後から著しく鈍った。当然だ。冷気の弾なのだから、着弾点周辺の空気は凍って重しとなる。正確な動きで捌いていたからこそ、武器の僅かな重量変化が命取りとなる。
 結果、直後の熱気の弾は鎌に阻まれることなく、当初の狙い通りに着弾。スナイモンの右足は黒煙を上げてその歩みを止める。
「今だ。ツインガルショット」
 足が止まった。その瞬間は見逃さない。ガルモンは既に狙いを定めていた二丁拳銃の引き金を引く。放たれた二つの弾丸は目的地を捉えて走り、数ミリの誤差もなく正確に突き刺さる。
「ゴガッ……クソッ」
 再度スナイモンの足が止まる。初めて上げた呻き声と初めて見せた悪態は自分達の力が僅かでも届いた証。一時はゼロに思えた勝機が確かにそこにあった。
「もらった」
 勝機を掴むべくリオモンは一気に間合いを詰める。振り上げた右腕の黒いラインが鈍い赤光を放つ。その光に呼応するように突き出す爪が高熱を帯びていく。
 狙いは一点。明確な傷を負わせた右足。そこに一撃与えられれば十分だ。
「バーニングネイル」
 全力を持って振り抜く。紅蓮の光と熱を持った爪で一気に切り裂く。
「――舐めるな、三下ぁ!!」
「がぶふっ!?」
 切り裂かれたのはリオモンの方だった。振り抜いたのはスナイモンの鎌だった。吹っ飛ばされながら、自分の体色よりも少し黒い血が飛び出すのを他人事のように見ていた。
 迂闊だった。動きが止まったのはスナイモンの足だけ。彼の五感も鎌を振るう腕も動かない訳ではなかった。勝機を焦り、飛び出した結果がこの様だ。
「くそ、が……くそ」
 幸いにも傷は浅い。腹から流れる血は止まらないが、背骨ごと両断されるよりかは何倍もましだ。だが、傷が逃亡を阻害しているのも事実。なんとか立ち上がりはしたものの、既にスナイモンはこちらを標的に定め、鎌を振るう準備を整えている。
 弾き飛ばされたため鎌のリーチからは離れている。だが、それを飛び越えてでも両断できる技を奴は持っている。それをここまでの戦闘で何度か見た。
「まずは一つ。――シャドウシックル」
 スナイモンが勢いをつけて鎌を振るう。大気を断つ一撃。自分に振るわれる凶器の正体を理解したリオモンは思わず目を閉じる。自分の身体が両断される姿など、短い一生の最期に見たくは無かったからだ。
 そうやって多少抗ってみても悔いが無いわけではない。目覚めてから一度も誰かの頼みを叶えることが出来なかった。自分が逃げ延びて生きる、という最低限の頼みすらも叶えられなかった。そのことがただ心残りだった。
「……え?」
 結論から言うと、身体が切断されるような痛みは一瞬も感じられなかった。それだけの上手だったのか。一瞬浮かんだ戯言を恐る恐る直視した現実が否定する。
 リオモンは生きていた。相変わらず出血は止まらないが、身体が両断されていることはなかった。
「――逃げ延びろ、って言っただろ」
 それは聞こえる筈のない声。逃がしたはずの人間の声。自分に逃げ延びろ、と言った者の声。
「助けに来たぞ、リオモン」
 だが、彼らはそこに居た。五人の人間は戻ってきた。その手に目の前の敵に対抗できる武器を携えて。




 
※2017/1/28 加筆修正