Episode.22 "interlude 5_3_1"
五日後、レジスタンスの最終兵器「デクスモン」が起動する。
秋人が決戦の日取りを開示したことで一触即発の激突の危機は回避された。後に残ったのは久しぶりの戦闘を終えて大きなため息を吐く渡と脱落者である彼を訝しむトラベラー達。
明確な敵が去ったとはいえトラベラーのコミュニティはもう渡の知るホームではない。新しい頭が担任の先生というよく知る相手だとしても、トラベラーとしての白田秀一の顔は二年間で一度も見たことのないものだった。
「渡、今度こそ答えてもらうぞ。――なんで今さら戻ってきたんだ?」
「危険が去ったからって蜻蛉帰りしてきた一発目の質問がそれか? やることがあるって答えたはずだが」
「答えになってねえんだよ」
アウェイ一歩手前の状況にも関わらず渡は将吾の問いに淡々と返す。痺れを切らして問い直した結果が戦いの合間のやり取りのリプレイでは将吾が食いかかるのも仕方ない。彼は直前の戦いで追い込まれて現代に撤退していたが、レジスタンスが撤退したという報とともに秀一に呼び戻されたのだ。それでも秀一に矛先が行かなかったのは彼よりも一言言ってやりたい相手がいたからだった。
「手助けしてもらった身で食いかかるのもどうかと思うよ」
「あんたにどっちの味方か聞くのも馬鹿らしいか、逢坂さん? いや、最初からグルで知ってたのか」
「可能性はあると踏んでいただけだよ。そもそも渡くんの退場の仕方は他と違っていただろう」
拳が出そうになったところで鈴音の横槍が入ったが、それは苛立ちの矛先が変わっただけに過ぎない。ただ刺すような視線を受け流すのが得意な相手なのは変わらず、口にする言葉の信憑性は寧ろ下がったくらいだ。それでも自分も同じ場に居て目にした事実だけは信用できる。
「確かに渡が消えた後、Xがキレ散らかしてたから変だった。ただ殺し損ねた訳じゃないとは思ってた」
「なんだ。戻ってきた理屈はちゃんと検討がついているんだね」
「それは……」
鈴音の言う“理屈”を無意識に分かっていたから、将吾も「どうして」ではなく「なんで」と口にした。それを自覚するのはまるで渡の帰還を信じていたかのようで、将吾は今までの勢いが嘘だったかのように口ごもってしまった。
「――あの場から退場はしたが、契約は継続していた。そういうことだな」
「その通りです。だから俺はここに戻ってこられた」
代わりに結論を口にしたのは秀一。まとめ役という肩書以上に渡が退場するその瞬間をこの場の誰よりも近くで見ていた事実が“理屈”の補強材料として十分だった。
「それで、結局将吾の質問に答える気はないのか?」
理屈の話にそれたところで「なんで」の具体的な解答は出ていない。過去に命を助けられたドルモンへの代償行為として、同じドルモンだった契約相手のカインの生存のみを戦う理由にしていた男だ。契約は失効しなかったとしても契約相手のカインを失ったのは事実。理由を失ったはずの男が戻ってくるには新しい理由が必要だ。
「思い出したんです。俺にも変えたい……変えなきゃいけないことがあったって」
そう口にして渡は願いの価値を確かめるように右手を強く握る。それを演技だと疑るには弟切渡の性根を知っている人間が多すぎた。
「それが何かを聞いてるんだよ。生きて抜けれたのに、わざわざ戻ってきやがって……」
戻ってくるだけの理由があることは分かった。それを簡単に口にするつもりがないことも理解した。それでも納得できないことをまとまらないまま口にしたことを将吾はすぐに後悔することになる。
「戦う理由なんてそれで充分だと思ってたが……それも分からなくなったのか、お前は?」
「……あ?」
天然でずれている発言とは違う明確に悪意が籠った皮肉。渡が自分に向けて発した言葉がその類のものだと将吾もすぐには咀嚼できなかった。それも秋人やX――弟切拓真相手に向けていたまっすぐな敵意や怒りではない。こちらの胸の内を見透かしたうえで、嫌悪感を意抱く言い回しを考えて選んだ糾弾だ。
戻ってきて早々、わざわざ自分相手に喧嘩を売っているのか。その真意も込みでしつこく問い質してやらねばならない。
「――待て、謁見の時間だ。弟切がまだトラベラーだと言うのなら処遇もそこで決めるべきだろう」
一触即発の空気は秀一が二人の間に割り込んで断ち切る。トラベラーとしての彼に他者とは一線を画す権限がある以上、こんなところでまで教師の真似事かと食い下がる訳にもいかない。何よりその権限を与えた相手は、渡にとって将吾以上に空気が張り詰めてもおかしくない存在だ。
「そもそも大丈夫なんですか、こいつとアレを会わせて」
「俺とルートは別物だ。問題ない」
「だそうだ。問題ないんじゃないか」
「そんな安易な……」
ルート自ら権限を与えた以上、秀一の判断はルートの判断と大差ない。将吾の心情としてはほとんど不安しかないが、白状すると実際にぶつけてみてどうなるか気にならないと言えば嘘になる。
「……仕方ない。言い切るだけのことがあるか俺が最前列で見といてやる」
ルートはこの未来で死んだ弟切渡の思考の方向性の残滓。それが今現在の弟切渡と相対するとして、ルートが渡をどう扱うのか。渡がルートとどう向き合うのか。わざわざ戻ってきた理由を推し計る機会を邪魔するのも野暮というもの。
「ゲートを開くぞ」
その言葉を聞き終えるより早く視界が白一色に包まれ、目の前に巨大な球体が現れる。鎮座する柱から無数のケーブルが伸びる様は世界から養分を吸い上げる大樹に見えた。
「要請に応じてくれたこと、感謝する」
脳に響く声の主にして目の前の球体の正体こそがトラベラーの雇い主であるルート。そして、この世界の弟切渡を喰らい、その思考の方向性に縛られた残骸だ。
「その言葉には俺も含めているということでいいか?」
今この場にはその大元になった男が居る。ルートが渡を好ましく思っていないことは間違いない。文字通りデクスモンを生み出す鍵となるキーデータが渡の敗北で奪われた事実を踏まえれば妥当だが、文字通りの同族嫌悪を疑うなというのも無理な話。最初に接触してきたタイミングがタイミングだけにその疑念は簡単には振り払えない。
「……直接会うのは初めてだな。弟切渡」
「つれないな。自己嫌悪のつもりか」
その先入観のためか、ルートの言葉はボリュームが変わっていないはずなのにやたら重く響く。だがその重みを一番感じているであろう渡は淡々と皮肉を返してみせた。怯む様子もなければ僅かな心の揺れも感じない。ただ想定通りの問題に対して予定していた解答を口にしただけだと言わんばかりの態度だ。
「あいにくそういう機能は持ち合わせていない」
「嫌悪感を隠す機能くらいはつけたらどうだ」
懸念通り、一触即発どころか最初から互いに喧嘩腰。信憑性皆無なルートの言葉を渡の煽りが貫通し、そのままブーメランになって渡自身も突き刺さる。自覚があるのかすら分からない前のめり加減に見ている方がヒヤヒヤしてきた。
「問題ないんじゃなかったのかよ……」
「問題ですらないんだろう」
間近で見ると言ったはずの将吾も思わず頭を抱え、安易に渡の言葉を信じた秀一は強引に解釈を変える。それでも渡の言動を見届け、その言葉を信じるという芯は変わっていなかった。
「全部俺のせいにしてたって聞いたが」
「原因を突き詰めればそうなるのも自然だろう」
「一人に全部押し付けるのは楽だよな。……それ、ここに居る全員の判断を蔑ろにしてるという自覚はあるか」
「そちらこそ自分の罪を自覚していないのか?」
「これでも自覚してるつもりなんだがな。願いを持ったトラベラーとしてここにいるんだから」
言葉のラリーを繰り返すなかで渡とルートは互いの線引きを明確にしていく。自己嫌悪でも同族嫌悪でもない。認識の相違や思考基準の差異を明らかにしていくことで、渡はルートや他のトラベラー達に自分の立ち位置を再認識させる。
「確信した。そもそも嫌悪しようにも君を同一視するのは不可能だ」
「それは何より。その結論だけ同じなら十分だ」
「……それが望みか。――弟切渡、トラベラーの復帰を認める」
求めていた答えは弟切渡がルートとは違うという双方からの確証。それが全員の前で明確になってこそ、弟切渡は他の面々と同じトラベラーと同等の扱いを受ける資格を得ることができる。
「時間を取って悪かったな、先生」
「問題ない。――では、戦況の確認に移ろう」
ごく個人的な前座は終わり、ようやくトラベラー全体に関わる本題へと移る。現状の情報を整理し今後をどう戦うか。それをまとめるのに今ほど都合のいいタイミングはない。
「めでたく弟切が戦力として復帰した訳だが、あちらは究極体が一体増えたどころか、死体とはいえさらに二体増やしてきた」
「なりふり構わないにも程がありますよ……本当に許せない」
「真壁、私達が逃した……綿貫椎奈が隠し通したマスティモンの核まで使ったんだ。覚悟は認めるしかない」
大野寧子の契約相手――タマが進化したディノタイガモンの堅牢さと身体能力は十分理解させられた。だがそれ以上に印象に残るのは、リボーンズと呼ばれた増援の二体の方だろう。
リタ・ドラクロアと契約したマスティモン。そして、アルバート・ブラムと契約したアルティメットブラキモン。その名の通り再生したが故に、以前のグランドラクモン同様に生前より多少戦闘性能は落ちているようだが、存在そのものがただただおぞましい。それを口にしたとして、いずれ相まみえることになるという事実だけは変わらない以上、割り切らなければこちらの足元が掬われる。
「だからって……」
「今度はこちらが覚悟を問われる番だ」
「分かってます。余計にプレッシャーが掛けないでくださいよ」
悠介にとってはどちらもできるものなら直視したくない相手。自分の迷いで死なせた人もその復讐として手に掛けた相手も、その契約相手の似姿ともども忘れられるはずがない。目を覆うように頭を抱えた悠介の肩に無骨な手が乗せられる。
「動けなくなるくらいなら変に考えねえ方がいい。俺にやらせてくれたっていいいんだから」
「……冗談はやめてください。俺が招いた結果なんだから」
その正体が射場正道のものだと分かった瞬間に自然と両手は顔から離れる。アルティメットブラキモンーーマメゴンの契約相手だった巽恭介を守れなかった重荷は自分だけのものではない。それでも一人に背負わせる訳にはいかない。
「話を戻そう。――ルート、『デクスモン』という名称に心当たりはあるか?」
究極体の数が増えたことは確かに単純な脅威だ。だがそれ以上に重要で強力な武器がレジスタンスでは作られている。それは完成するより早く最優先で叩くことをルートから望まれるだけの代物だった。
「……検索完了。なるほど。弟切拓真が作ろうとしてる最終兵器としては妥当だ」
「どういう代物だ?」
「弟切渡……博士が考案していたモンスターの管理用のシステムの一つだ。その運用目的は生態系を脅かす個体の強制排除。モンスターの実体化や能力の再現を行うセルとはまったく異なる次元――特権領域で演算を行う代物だ。モンスターの組成構造そのものに直接関与する処理を実行し、本体はモンスターの権能の影響を受けない領域に居る」
「……つまり、無敵の存在ってわけか」
「そう考えてくれて構わない」
ルートの反応を見るに、黒木場秋人が戦いを中断するために口にしたその名はハッタリではなかったらしい。一方的にモンスターを排除するためのシステム。レジスタンスにとってこれ以上ない理想の武器が現実になれば、排除対象は人類種を脅かしたモンスターすべてが対象になるだろう。まさしく窮地に追い込まれた人類が一発逆転を起こすための最終兵器。キーデータを奪われたタイミングで、ルートが全体像すら見えないその脅威の実体化を恐れていただけのことはある。
「時間もねえな。最優先でアジトを突き止めて叩かねえと」
「おそらくそれはもう不可能だ」
「何故だ? 悠長に構えてていいのかよ」
「黒木場秋人が自ら明かしたのだ。隠す価値のない情報なのだろう。既に最終調整段階で、その間にわざわざ地下から穴を掘って出てくる理由もない」
事態は想像以上に切迫している。相手が想定通りのペースで事を進めているのなら無駄に隙を晒すこともない。詰将棋のように一日を積み重ねて万全の状態でこちらを詰めに掛かるだろう。
「デクスモンによってモンスターが全滅したら、報酬もパーか」
「当然だ。弟切拓真を排除した者に報酬を与える契約だが、奴は間違いなくデクスモンと契約を結んでいる状態にある。デクスモンを倒さねば君達の標的に届かない」
「それが無理だって話をしてたんだろう」
引き籠り続けた挙句に無敵の最終兵器で殲滅。理不尽で確実な手段を取られれば打つ手はない。トラベラーは元を辿ればただ報酬につられただけの一般人だ。圧倒的な力を誇示することが単純に絶望させる以上にモチベーションを落とすことになる。黒木場秋人がわざわざ明かしたのもそれが理由の一つだったのだろう。
「諦められては困る。障害の定義が出来た今なら、対抗策はこちらでも用意できるのだから」
「戦わせるための方便……って訳でもないようだな」
それでもルートにとってはその油断こそ突破口を開くに足る隙になる。あちらに最終兵器を作るだけの時間があるのなら、同じだけこちらにも猶予があったということ。キーデータが消失した段階から想定しうる最終兵器のパターンとその対抗策を模索していたのだ。
「要は特権領域にアクセスできればいい。そのためのインターフェースを私は失ったが、幸いこの場にそれを所持している個体が居る」
広く戦力を求めていたのはこの瞬間のためだったと言っても過言ではない。X-Passをばら撒いてトラベラーと契約するモンスターのサンプル数を多くしたのが功を奏した。作戦に組み込めない外れ値ほどではないが、この状況において有用な特徴を持つ特異な個体を確保できたのだから。
「――鶴見将吾。君の契約相手の月丹のインターフェースを用いれば、こちらで用意するウィルスプログラムでデクスモンを止めることができるはずだ」
「……俺?」
それは契約当初の姿から月丹の額にあった紅色の結晶。トラベラーにとっては装飾の一部としか捉えなかったそれは弟切渡の研究対象が持っていたのと同じ規格のインターフェース。キーデータにも同じインターフェースが含まれているはず。それを経由すればデクスモンに干渉できるというのがルートの目算だ。ただその目算を立てるための視座で見過ごしていることがあった。仮に気づいていたとしても意に介していなかっただろうが。
「どういうことだ、ルート。鶴見に押し付けるつもりか?」
「現実的な話だ。君のオメガモンーーフィンに与えた力は汎用的に強いもの。それだけではデクスモンには届かないだろう」
報酬のために力を求める参加者には平等に権利が与えられなければ上に対する信頼は揺らぐ。それはどれだけスケールが変わっても変わらない。これまでも平等であったという訳ではない。ただ、勝利条件に直結するものであれば話は違う。
未来予知がいくら強力無比な能力でも攻撃が一切通らないのであれば、勝利の未来は描けない。それはこの場に居る全員に言えること。
デクスモンを倒せる可能性を一人しか持ちえないのに、報酬につられただけの一般人はそれを持てない事実をどう受け止めればいいのか。
「私も一つだけいいかな。君は『弟切拓真を排除した者に報酬を与える契約』と言ったね」
「逢坂鈴音、君の認識に一言一句相違ない」
「それは『弟切拓真を“直接”排除した者に報酬を与える契約』という認識で正しいかな」
「……何を確認したい?」
「報酬は一人分しか用意していない? いや、もう一人分しか用意できないが正しいのかな?」
それは全員が半ば無意識にここまで曖昧にしてきたルール。トラベラー対レジスタンスの構図を維持するため口にすることを不文律にしてきた疑問。
敵意と困惑が混ざった視線が八方から鈴音に突き刺さる。彼女が投下した問いかけは文字通りの爆弾発言だった。その火力が最大になるのはこの瞬間を置いてあり得ない。
「何故そう思う?」
「あからさまな側近が居たからね。流石にあの顔は見逃せないよ」
「何故今聞いた?」
「地雷を一つ埋めるくらいなら、いっそここで爆発させた方がいいだろう」
少しでも誤魔化せば周囲からの認識が敵として変わる状況で、鈴音はごく冷静に彼女なりに仲間を思ったが故の行動だと語る。いつから狙っていたものなのか、良くも悪くもここまで積み重ねてきた実績がエキセントリックな言動を信じるに足る根拠になり得た。
「私がルートを裏切るとでも?」
「誰を裏切るかとか、あなたがそこまで考えているかまでは分かりませんよ。ただ、警戒対象だとは思っているのはお互い様でしょう?」
それはルートから指名されたリーダーとして、格の違う扱いになっていた秀一の認識を改める機会を齎すことにも繋がる。そもそも彼は巽恭介が脱落したタイミングで滑り込んだ形でまとめ役になった。務めるには十分な肩書きと力量を持ってはいたがそれだけ。前任者ほどの実績と信頼はどうあがいても得られない。
「そこまで興味がないと思っていたが?」
「ないからこそ、他の面々のモチベーションがぶれると困るんですよ。――あなたも気になっていたから声を荒げたのは?」
「そうだな。素直に認めた方が都合がよさそうだ。――どうなんだ、ルート。彼女の質問の答えは?」
立場が揺らいだ今だからこそ、白田秀一もあくまで一人のトラベラーとして平等にルートに報酬の真実を問うことができる。それは本人にとっても寧ろ気が楽な展開だ。
「確かに、逢坂鈴音が口にした通りだ。報酬は弟切拓真を直接排除した一名にのみ与えられる。一名分の力しか残っていないという認識も正しい」
粛々とルートは事実のみを告げる。報酬に嘘はなく、ただそれを手にする権利は標的をその手で排除した一人だけ。それがタイムマシンに合一したルートの機能としての限界。このタイミングでそれを口にすることが何を意味するのか分からないものはこの場に居ない。
「それって……鶴見しか勝ち筋がないってことになりませんか?」
弟切拓真を倒すには彼と契約しているデクスモンを倒す必要がある。デクスモンを倒すには特殊なインターフェースを介してウィルスプログラムを流し込む必要がある。そして、その権利を持つのは月丹と契約している鶴見将吾しかいない。
出来レースにも程がある。最悪なのはその出来レースが最初から仕組まれたものではなく、敵の情報とその対策を積み重ねた結果の後天的なもので誰にとっても想定外だったこと。まだ出来レースになるように裏で糸を引いていた黒幕が居た方が分かりやすいくらいだ。
「否定はできない。デクスモンを排除した段階で流石の弟切拓真も打つ手は無くなるだろう」
「お前、自分で何を言っているのか分かってんのか?」
まだ報酬の権利が一人分ということだけなら戦えた。戦闘での連携に影響が出ないと言えば嘘になるが、戦場に立つだけの理由は残っただろう。
出来レースに乗せられたまま無報酬で戦え。発端となる願いも放棄して自分のために戦え。人類の未来という大義を踏みにじってでも掲げた個人の願いを蔑ろにされては前提が崩れる。
「そうだな……少なくとも君は報酬だけが目当てで戦っている訳ではなさそうだが」
「んだと……それとこれとは話が違うだろうが!」
正道と同じように仲間をやられた復讐心を戦意にしている者もいる。他にも願いとは別の理由を持って戦える者もいるだろう。だが、ルートの目的のために戦う理由は報酬が得られる可能性がなければ成り立たない。
なあなあのまま燻っていた疑念が真に変わればざわつくのは自然なこと。彼らの視線はルートや鈴音を経由した後に一点に突き刺さる。
「さっきからふざけんなよ……」
全方位からの視線にめった刺しにされた出来レースの優勝候補は全身を震わせながら怒気を籠めた言葉を吐き出す。獣の唸り声のようなその怒りは雑多な声と無遠慮な視線を消し去るには十分だった。
「好き勝手言いやがって。俺を無視して勝手に進めんじゃねえよ」
降って湧いたトロフィーに唾を吐くように将吾はルートを睨みつける。何もかも気に食わなかった。自分と月丹を駒として見ている作戦も。他のトラベラーの願いを蔑ろにする言動も。信頼と契約を踏みにじる態度も。それでおとなしく従うだろうと思われている自分が何よりも気に食わなかった。
「鈴音さんよ、槍玉に挙げられそうな俺の立場も少しは考えてくれないか?」
「悪いとは思ってるよ。でも謝る気もないし、別にその必要もないだろう」
だが、それ以上に気に食わない相手が居る。そいつはルートとトラベラーの契約関係が薄氷の上にあり、崩壊が確定するのを誰よりも早く察知した。そのうえで自ら一度信頼関係を破壊してでも作り直す道筋を立てていた。
「……で、結局あんたは何のためにこんな真似をしたんだ」
「それは君が一番分かっていることだろう」
何より気に食わないのは、そのために自分が抱えている本音が使えると判断したこと。自分でもまだ決めあぐねていたはずの腹の底を力づくで裏返されたこと。
「――仕方ねえな。ルート、一つ提案がある」
一つ大きな息を吐いて、鶴見将吾はある契約を持ちかける。それが成立したことで、トラベラー達は次の決戦でデクスモンを真正面から打ち破ることを誓うに至った。
「だる……」
だだっ広い訓練場でリタが漏らした本音は、大量の成熟期デクス同士の不毛な小競り合いにかき消される。監視を任されたのは訓練とは名ばかりの選抜試験。外でモンスターを捕食して無事帰ってこれただけで精鋭ではあるが、敵は数の暴力が通用しないレベルまで仕上がっている。
生半可な精鋭ではこの先の戦いについていけないのであれば、さらに厳選したうえで零れた個体は捕食した電脳核ごとシェルターのエネルギーに還元した方がいい。次の戦いがどう終わるにしろ、すべてのリソースはより有用な形で使うべきだというのが今の方針だ。
「あっつ……」
リソースはカツカツで不安定なままなんとかやりくりしてきた。地下シェルター内の空調設備だって満足に配置されている訳でもない。優先的に電力が供給されている軍事ブロックといえど例外ではなく、訓練用のフロアは多少の損傷を前提としているため必要以上の投資も行われない。
ただ広くて頑丈な部屋で存在を賭けた食い合いをしていれば、それが仮初めの生命体だとしても熱量は計り知れない。これで発電ができれば少しは楽になるだろうなと思ってしまう。
「ひゃんっ」
不意に刺すような冷気が首筋に走る。世迷言を考えるほどに蕩けていた意識が一気に醒めて、気がつけば無防備な少女としての悲鳴を上げていた。
「寧子、何してくれてんの?」
きっ、と睨みつけた先には同い年の元トラベラーの姿。こちらに向けているカラフルな棒が例の凶器なのは如何にも涼しそうな冷気を放っていることから一目瞭然だ。先端から垂れそうな液体は中身が溶けだしたものか。もう片方の手で口に含んで中身を啜っているのも同じ形をしているということは一つの棒を二つに割ったうちの一つで、冷たい食べ物だということは間違いない。善意で分けてくれているのも間違いないはず。
「リタの分のアイス……で、こっちも聞くけど今の何?」
「……何が?」
「あー……なんでもない。一緒に食べよ」
それはそれとして恥をかかせようとしたのも事実。その事実をお互いなかったことにしてこそ素直に施しは受け入れられるというもの。
「食堂に居たチビどもの分は?」
「もう配ってきた」
「毎度ごめんね」
「夏に消化しきれなかったの持ってきただけだから気にしないで」
建前だけの確認を済ませたところでありがたく棒を受け取り、寧子の真似をして舐めてみる。瑞々しい甘さが喉を潤し、「冷たい」という感覚が鋭い刺激となって全身を襲う。首筋に走ったのと同種のものだが覚悟して受け入れると寧ろ心地よくなってきた。
「気に入ってくれたのはいいけどあんまり一気に食べないほうが……」
寧子の制止を無視して爽やかな快感を本能的に求めてチューブの中の氷菓を啜り貪る。この刺激の先に何かとんでもないものが待っているという確信があったから誰も止めることなどできなかった。
「いぎ……っつぅぅぅぅ!?」
「あーあ」
「あっ、ぐ……なに、もった……」
「冤罪だって。冷たいものを一気に食べたらそうなるの。ほら、おでこ冷やすよ。少しはマシになるでしょ」
待ちかねたゴールはこめかみに走る鈍痛。痛みに呻くリタに寧子は呆れながらも、保冷剤にタオルを巻いて彼女の額に当てる。その姿がまるでドジな妹の面倒を見る姉のように思えてしまったが、この場合のドジな妹が誰なのかに思い当たるより先にリタは脳のメモリから目の前の寧子の姿を徹底的に消去した。
「なんか……美味しかったのに疲れた」
「疲れたのはこっちの方だってば」
一分もすれば新感覚の痛みも引いて平常時の平熱の思考を取り戻す。きっと知らないうちに熱にやられていたのだろう。だから冷たいものに無警戒に飛び込んで醜態を晒してしまった。もう同じ轍は踏まない。極端な振れ幅どころか一周回って取り戻した冷静な思考でリタは誓った。
「鶴見将吾だっけ?」
冷静な思考だからこそ、今しかないと覚悟を決めてリタは切り出す。ここまでともに戦ってきた以上、寧子が一番執着している相手は流石に記憶している。その思いの重さが生半可ではないことも分かっているつもりだ。
「私が逃がしてやってもいいけど」
「……どういう意味?」
空気が冷える。背筋に走る寒さはアイスを首筋にあてられたときより鋭く、体に掛かる重圧はこめかみに走る痛みよりもずっしりと重い。戦場をともにした経験値と信頼を踏み出す理由に切り出したはずなのに目の前の寧子が今は知らない誰かのように思えた。
「ほら、変なところで注意を削がれても困るから」
「ふーん」
「だったら真っ先に安全に退場させた方がこっちにも利があるってこと」
気が付けば言葉は上滑りし、心にもない強がりばかりが口を突く。自分たちのために戦っている寧子のために一番彼女に利があることをしてあげたかった。それは無関係な戦いに巻き込んでいる自責の念を振り払いたいだけではないか。思考が絡まって答えが出ないから、本当に伝えたい言葉は何一つ浮かばない。
「リタには私がそう見えてるんだ」
失敗した。口にしたすべてが無価値な失言だ。だが、自分が何を口にしたところで、寧子の意思がもうどうあっても変わらなかっただろう。できたことがあったとすれば、それは彼女の意思をより頑なにすることだけ。
「大丈夫。私は私の意志でここに居る。そりゃ気にしてないって言ったら噓になるよ。ーーなら、なおさら私がケリをつけないと」
「……そっか。変なこと言ってごめん」
これ以上は何を言っても無駄だろう。白状するとリタは加入当初の寧子を心底舐めていた。トラベラーのコミュニティに潜入していたころの椎奈から聞いていたから、同い年であることが恥ずかしい平和ボケしている小心者だと思っていた。だが、非情なまでにたくましく成長した今の寧子は戦友として誇れる存在になった。それを寂しく感じている自分が居ることをリタは少しだけ嬉しく思ってしまった。
「別に私のことはいいの。……黒木場さん、あの時の件で怒られたんだって?」
強引に変えた話題は二日前の戦いの顛末について。それも元々は自分達が戦端を開いた小規模なものだった。ただ予想外の乱入者に屈指の実力者まで出張ってきて、こちらも対抗心を剥き出しにした結果、互いに地雷を踏み抜いて大規模な第二ラウンドに突入し掛けた。
黒木場秋人は決戦の日取りを丁寧に案内することでそれを収めた。だが理由はどうあれ与える必要のない情報を相手に漏らしたという事実は変わらない。元トラベラーのなかで最古参で一番信頼を置いている秋人であってもそれは情状酌量の理由にはならなかった。
「ポーズでしょ。未だにアンタ達のこと認めてない連中も居るんだし。そこはしっかりしとかないと」
「漏らしても問題なかったってこと?」
事実は事実として正当に処理するのが組織としての体面。ただ事の本質としてはさほど重要なミスではないというのがトップの認識だとリタはみている。事情に詳しい大人を観察してみたが特に焦った様子もなくデクスモンに関して何か方針を急転換するような動きも見られない。なんならこっそり覗き込んだ懲罰房から謹慎中の男の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「私も詳しくはしらないけど……分かったところでルートにはどうしようもないんだって」
それ以上に弟切拓真というリーダーに対する信仰心のあまり、秋人のミスはなんら問題ないことをリタの目の前でペラペラ喋っていた現代人はどうかと思ったが。
「正直言うと、黒木場さんが居ないと自治に走ろうとする人が居るから早く戻ってきてほしいんだけど……」
「……本当にね」
ちょうどそいつの顔が頭に浮かんだことはなんとなく口にしない方がいい気がした。後にリタはその判断が出来た自分に感謝することになる。
「そういえば今日は天城さん見ないね。最近は元気そうなのに珍しい」
「昨日通ったって言ってた提案に掛かりきりなんじゃない? リーダーが引くくらいやる気だったし」
「あの拓真さんが……相当無茶なこと言ったんだね」
「覚悟は認めたって……まああの人はこうと決めたら意思は固いしね」
頭に浮かんで消えるはずだった顔が話題の中心に収まった。幸いなのは今この場に本人が居ないこと。二人とも言葉を選んではいるが、黒木場秋人より印象がよくないことは隠しようがない。――それでも弟切拓真に対する忠誠心だけは本物だと認めている。だから仲間としてともに戦えているし、多少の無茶やぶっ飛んだ言動も受け入れることができている。
「――そう、認めてくださったのだ。これまでの私とは格が違うのだよ」
それでも今この場に現れた天城晴彦に対しては、本人に対する失言を遡ることすらできずにただ言葉を失うしかなかった。
焼きそばを啜る音が三重に響く。手狭なテーブルの上を忙しなく移動する腕にはまるで遠慮がない。特に砂糖をぶちまける変人の神経は料理人直々の軽蔑の眼差し程度では傷つかない程に太いもののようだった。
「ごちそうさま。また飯をたかったみたいになって悪い」
「別に。後でまとめて材料費を請求するから気にしないで」
彼女に比べれば親しい中でも礼を言える弟切渡のなんと人間が出来ていることか。謝るくらいなら今払えばいいのにとは思うが、前回分のツケも含めて後できっちり回収させてもらう。父親の胃袋も握っている身として、小川真魚は自分の料理にプライドと節約意識があるのだ。
「次はみりんを多めにしてくれると嬉しいね」
「あんたにだけは我が家の味の評価はされたくない」
実家が裕福でさぞいいものを食べてきたであろう女子大生と言えど、その実態が他人を巻き込む奇食と甘党と言う名の偏食だと分かっている女の意見など聞けるわけがない。そもそも逢坂鈴音が我が家に居るという状況が真魚の想定外で、気づけば流されるまま渡の分と合わせて食材を消費していた。
「というかなんであんたもウチに居んのよ。私は渡だけ呼んだつもりだったんだけど」
「部外者に今後のことを話すんだ。監視役は必要だろう」
「だとしても配役ミスでしょ」
渡も組織の再編後に急に戻ってきた以上、他の面々からすれば立場としては微妙なところ。そもそも真魚が繋がっていることも白衣の女と接点のある鈴音以外には口外していないはず。三人集まっていることすら知らない以上、当事者以外には信用も何もない。その前提で通っていない道理を詰めるほど真魚も意地の悪い女ではない。
「――なるほど。これが若さ故の過ちというやつだね」
くつくつと老成した笑い声は真魚の側のテーブルの端から。食玩の人形程度のサイズの人型は食事中は邪魔だからと追いやられながらも、終えるまで律儀に待っていたらしい。客側の方に置かなくてよかったと真魚は心から思った。特に鈴音の近くに置いていたら彼女の白衣がどうなっていたことやら。
「こちらこそ、老後に人間辞めてる姿を見せられてる身にもなってほしいよ」
「研究し甲斐があるだろう。まあ、今の君には必要な知識も資材もないけどね」
「そうだね。ぜひ色々と教えてもらいたいよ。まずはその姿をキューブ状に固定するところからとかどうかな。その方が保管が楽だろう」
逢坂鈴音にも自己嫌悪という概念はあるらしい。現在の逢坂鈴音が一方的に喧嘩を売っているようにも見えるが、正体が未来の自分だと分かった以上あまりいい様に使われっぱなしなのは癪に障るのだろう。最初に誘いに乗ったのは自分でも、自分相手なら対等でいたいと思うものらしい。それでも長々と続けられるのは時間の無駄なのでやめてほしい。
「そうか。傍から見ると俺もこんな感じだったのか」
「……無駄話が過ぎたね。そら、真魚君がお待ちかねだ」
「こちらも可能な限りフォローしよう」
「ちょっ……待って……あんた達、最高」
そんな杞憂は弟切渡の洒落にならない自虐で一蹴された。厳密には渡本人ではなくとも未来に対する自己嫌悪と戦ってきた年季が違う。逢坂鈴音が束になってもその言葉の重みにだけは勝てなかったらしい。スカッとする展開で気持ちよく本題に入れそうで真魚も思わず笑ってしまった。
「しっかしまさか鶴見が鍵を握る立場になるなんて……あいつも大物になったもんね」
ひとしきり笑った後で聞いた本題は笑えないものだった。五日後に起動するレジスタンスの切り札「デクスモン」。ルートはそれに対抗するためのウィルスプログラムを将吾の契約相手の月丹に適用してぶつけるつもり。弟切拓真を倒した報酬が一人分だと確定したことで一悶着あったが。それも将吾の一言で収まり、後は明日の決戦に備えるのみというところ。
「で、物知りの未来人さんはルートの対応はどう評価する?」
「デクスモン……記憶上のアレが実現段階にあるのなら、通常のモンスターでは歯が立たない。止められない以上は特化した対策を立てるしかなく、共通のインターフェースを介したウィルスプログラムというのも現実的に打てる妥当なものだろうね」
白衣の女から見てもルートの対抗策はベターなもの。事前の策に注力するフェーズを逸した以上、ぶっつけ本番でも対応策に注力するほかない。ルートにとって幸いなのは通常なら干渉できない存在にも届く駒が手元にあったことだろう。
「ルートには二点ほど見落としがある」
だからこそ、そこに希望を見出して甘い推論のまま策を組み上げてしまう。本来対処すべきところを見逃して誤った認識で対応を進めてしまう。
「まずは大前提として、そもそも明かしたところで対抗策が間に合わないという判断だったのではないかという話だね」
レジスタンスからすればデクスモンは紛れもない切り札。キーデータを奪った事実から、ルートが全容は掴めずとも対抗策の検討を進めることをレジスタンスが想定しないはずはない。情報は必要以上に漏らさなければ、ルートがウィルスプログラムに月丹を利用することを考えることもなかっただろう。
「証言したのは黒木場秋人だろう。粗野な外見に反して冷静でクレバーな男だ。何より元トラベラーの中では弟切拓真からの信頼も群を抜いて厚い」
他のレジスタンスの反応から秋人が嘘をついていない以上、秋人は自分の立場を理解したうえであの戦場を収めるために明かしても問題ないと判断した。そのためにトラベラーからすれば重要に見えても、実際は天秤を傾けるには足りない情報を提供したに過ぎないのではないか。
痛み分けの取引を持ち掛けた面をして言葉の罠を仕掛ける。黒木場秋人はそれくらい大胆なことはできる人間だ。もし本当にしでかしたのなら、ルートの対抗策の前提は覆ることになる。
「もう一つは見落としているというよりは気にしていないというべきか……」
だが、人間の大胆な策よりも人の身を外れた二つ目の事実の方に三人は顔を歪めることになる。全容を聞いたうえで何よりタチが悪いのは、新たに結んだ契約の筋だけは通っていること。
「なんでそんな真似を……」
「『彼に』という意味であれば、『君を選べなかったから』という回答になる」
呻くように呟いた渡に白衣の女は淡々と、だが何者かを糾弾するように答える。
「結局、ルートは弟切渡のトラベラーとしての復帰を表面上は認めていても差別している。自己嫌悪はせずとも嫌悪はしているから、その可能性を冷遇する」
そいつは表面上は機械的に平等に振る舞いながらも、存在していた選択肢を見ないふりをした。すべての駒を平等に見ている振りをして、一つだけはその存在を認められなかった。
その駒が戦いの中で消えたことを喜び、戻ってきたことに狼狽を隠せなかった。どの駒よりも知っているからこそ信頼できず、意地でも爪弾きにしようとした。それでもその駒は信頼できないという信頼に応えるためにまだ場に残っている。
「だからこそ、私は君の可能性に期待する。逢坂鈴音は弟切渡の望みに相乗りすると誓おう」
つまるところ、どうあがいてもこの戦いの中心には弟切渡が居る。それを認めさせれば、白衣の女――逢坂鈴音の復讐は完遂する。
「……ちょっと」
「ん?」
あまりに酷い物言いに真魚は鈴音を手招きする。発言者に聞かれるのが嫌なのもあるが、自分が鈴音を心配するような言葉を吐くのを渡に見られるのもなんだか癪だった。
「勝手に乗せられてるけど、いいの?」
「構わないよ。そういう話は前から聞いていたからね」
「あー、変に覚悟決まってるのね」
「多分、私は証明してほしいんだよ。人でなしでも少しはまともになれるって」
「……どういうこと?」
薄々そんな気はしていたが、心配した自分が馬鹿だった。何より渡にそこまで賭ける理由を鈴音が持っていることが、真魚にとっては無性に気持ち悪かった。
「――私は弟切渡という人間が好きだってこと」
「……本当に趣味が悪い」
極めつけにそんな言葉まで耳元で吐かれたらやってられない。部外者としては勝手にやってくれとしか言いようがないが、これ以上よくない影響を受けられる姿を見せられるのもたまったものではない。
「あほくさ。いい時間だし話がまとまったんならさっさと帰れ」
「なんだ。急にどうした」
「あーあーうっさい。帰れ帰れ」
自分でも急に萎えたとしか言いようがない振る舞いなのは分かっている。それでもなんとなくこのまま部外者という立場のまま話を聞くのは耐えられなかった。
「あ、後で飯代を払えって言ってたよな。ちょっと待って財布を出すから」
「そんなの次来た時でいいから。なんなら高い店を予約して奢ってくれてもいい」
渡にその辺りの機微が伝わるのを期待するのも無理な話。変な女の毒牙に掛かる前に教えてやりたいが、残念なことに今はまだその時ではない。
「なんだ、それ……分かったよ。また考えとく」
次に会うときはすべてが終わった後でいい。現在を生きるただの人間として対等に話ができればそれで十分だ。
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お久しぶりです。諸事情あって間隔を空けざるを得なかったにしてもサボりが露呈する空きっぷり。
それも今回はサブタイトル通りのinterludeと言う名の実質状況整理みたいなもの。現状でも見切り発車の状態ではありますが、ここから最終決戦に縺れ込む形でまとめていければなという気持ちはあります。
では、今回はこの辺で