秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

Episode.23 "開戦"




 それが人間に認知できる姿を得るのに数秒も掛からなかった。
 全高十二メートルもの紫の巨体。装甲と呼べる箇所の色や文様、赤い翼や獰猛な爪はかつてカインを打ち破った究極体デクスと酷似しているが、スケールも本質もモンスターの枠組みからは逸脱している。それ故のセルの表現限界だろうか、腕や足――いや肉体と呼べるものすべてが実体があるとは言い難い光の線で構成されていた。

「システムオールグリーン。操作感度良好。――デクスモン、顕現完了」

 デクスモン。レジスタンスがこれまで主だった戦力として使ってきたシステムそのものの名を冠した最終兵器。それはカインから奪ったキーデータを利用し、それを取り込んだ究極体デクスを素体としてX――弟切拓真が作り上げたアンチモンスターシステム。怨敵を打ち破った強力な戦力を素体に使ったとしても十分なお釣りが出る程度の性能は担保している。

「対象範囲を全世界に指定。――『Proccess 0 to F』開始」

 生命なき単純な機構が胎動を始める。真っ赤な空が青ざめる兆しを見せたことに拓真は口を歪め、デクスモンから最低三十メートル距離を取った仲間達に最後の指令を飛ばす。――これより世界を人間の手に戻す。邪魔する者は何人たりとも近づけるな。




 ルートからの緊急招集は黒木場秋人が指定した通りの日に行われた。トラベラー達としても秋人の言葉を心から信用していた訳ではない。むしろこの五日間は心の奥底では常に意識が張り詰めた状態だったので、逆に拍子抜けした気分で全員がその招集に応じた。だが倒すべき標的を正確に認識したことですぐに緊張感を取り戻すことになる。

「あれは……なんだ?」

 真壁悠介が漏らしたその言葉こそ、デクスモンという脅威を前に全員が浮かべた率直な感想だった。アレは根本的にモンスターとは異なる存在。文字通り別次元に位置する生命かどうかすら怪しいナニカだ。遠目に巨体を視認するだけでそう思わされるだけの存在感と影響力がアレには確かにあった。
 何より味方であるはずのレジスタンスが距離を取っているのが異様だ。ただその理由だけはすぐに理解させられることになる。

「ルート? ……陽動班は近づきすぎるな?」

 手元に届いた通知を確認するとホログラムで二分ほど前にこの地に起きた事象が再演される。それはデクスモンというシステムが顕現した数秒の間に起こったことだった。

「崩れて、消えた? ……あの数が一瞬で?」

 崩壊と消失。そうとしか言い表せない現象がそこにはあった。
 数秒前までそこには互いに互いを喰らい合う二十体のモンスター達の闘争があった。首の長い青と銀の聖獣。肌の一部を岩で覆った大猿のような獣。甘い香りをまき散らす緑の恐竜。砂の身体を持って砂に潜む竜を象る鉱物。そのすべてが一瞬にして身体を構成する定義を失い、実体を伴わない情報はデクスモンというシステムの中に欠片程度のリソースとして取り込まれた。

「これは味方も近寄りたくない訳だ」

 こちらの直感は正しかった。優れた性能や特殊能力を持つモンスターがどれだけ束になったところで、アレに真正面から挑んで勝てるという保証も可能性も容易には浮かばない。秋人が五日前の正面衝突を避けるために名称を開示するだけの根拠としては十分過ぎる。
 それでも名称を開示したことが悪手である事実は変わらない。ルートはトラベラー達が願いを得るための手段を捻じ曲げてまで対抗策を準備した。その前提であちらがこちらの手札を読みきっているかという懸念はあったが、今のところは隠しきれていると見ていいだろう。
 デクスモンにアクセスできるインターフェースを鶴見将吾の契約相手――月丹が保持していたことに気づいていれば、弟切渡と同等の警戒対象として優先的に排除に移ったはずだ。ましてやレジスタンスの中でも新参よりの小娘――大野寧子の我儘を許し続けるとは思えない。
 それでも悪い方向への想像は拭えない。果たして月丹の刃がアレに通るのか。仮に通ったとして切っ先に仕込んだ毒は届くのか。今さら悩んだところで既に退路は断たれているのに。

「全員配置に着いたな」

 X-Passから白田秀一の声が響く。こちらも無策で突っ込むつもりは毛頭ない。最終兵器にぶつけるための特効武器を用意したのなら、せめてそれを確実に届けなければ答えを出す前提にすら立てないのだから。

「射場班だ! 五名揃った。問題ない!」
「了解。今さら盗聴もないだろうが、無駄に体力を使う必要もない」
「すまん。少し熱が抑えられなくてな」

 射場正道の声は相変わらずよく通る。真横で聞くと聴覚が若干痺れるくらいの音圧だ。おかげで悠介の身体から不要な震えも消えて、背中を叩かれたように沸々と身体が熱を帯びていく。――今から同じ気持ちを持った人と復讐に迎えるのだと。

「こっちも問題ない。露払いは任せてもらおう」

 秀一の班には弟切渡もいる。最重要警戒対象がセットでいる以上、レジスタンスとしても可能なら真っ先に叩き潰しておきたいグループだろう。あえてセットにしていることをレジスタンスは本命と取るか囮と取るか。どちらにしても無視をすることができない以上は、秀一の言葉通り露払いとして活躍する機会は最も多いはずだ。

「最後、鶴見班はどうだ?」
「問題ないですよ。仕込みももう終わってます」

 そして最後の班こそが本命の将吾が居る班。逢坂鈴音のアハトなどを援護として他の二班の陽動を抜けてデクスモンにその刃を突き立てる役割を担う。

「了解。……鶴見、我儘を通すなら必ず勝て」
「……俺は最初からそのつもりです。でなきゃあんな提案はしない」

 ただその道中でどうしても避けられない戦いがあることは覚悟している。たとえ敵が真意に気づいて乱戦になろうとも、誰よりも真っ先に月丹にその牙を突き立てようとするケダモノを知っている。それを超える前提で将吾はこの戦いに臨んでいるのだから。

「準備は整ったようだな。正真正銘、恨みっこなしの最後の戦いだ」

 正面の白田班、右方の鶴見班、左方の射場班の三面による同時侵攻。そのうちデクスモンに通る刃は右方の一振りだけ。陽動に全力を賭した面々はデクスモンを停止させた後で、弟切拓真を早い者勝ちで殺す。人でなしどもの徒競走は号砲までが死ぬほど遠い。




「おいおい、誘ってんのかよ。面子も少なくなったってのにさらに細切れにするか、普通」

 デクスモンの顕現から時を待たずして現れたトラベラー達の配置を見て、黒木場秋人が抱いた率直な感想がそれだった。
 二十にも満たない戦力を三つに分散しての三方向からの挟撃。それも戦力の配分にはムラがあるどころか、悪趣味なまでに面子を意図的に偏らせている。
 左方に陣取る集団をまとめる正道と悠介は目の前で巽恭介をアルに撃ち殺され、その悠介もリタが慕っていた綿貫椎奈の殺害に一枚噛んでいる。異なる時代を生きる人間同士でやり合うのに因縁は十分だ。
 右方の陣営にはリタ以上に執着を持っている相手が居る。許可が出るならば大野寧子は真っ先に将吾を狙うだろう。おそらくその奥に居る鈴音のことなど鬱陶しい羽虫程度にしか認識していない。
 そして単純な脅威と警戒度が最も高いのが正面の陣営。ルート直下の騎士としてその寵愛を受けている秀一と、復活の経緯も不明で行動指針すら掴めていない渡。個人的な因縁だけでなく理性的な推測と賭博師としての直感が告げている。あの男だけは真っ先に排除しなければならないと。
 リボーンズを含むこちらの契約者の数は相手と大差ない。だがそんなものはデクスを総動員すれば圧倒的なものに変わる。しかしそれを一振りで凌駕する傑物が紛れている以上、その何割を時間稼ぎのためだけに使い潰すかは正直読めない。
 嘘偽りなく顕現予定の日程を明かしたとはいえそれなりに準備をしてきたようだ。全員が転移を完了して陣形を整えるのにも時間が掛からなかったのは流石というべきか。

「リーダーは邪魔する者は何人たりとも近づけるなってお達しだ。寛大なことに優先度は各自お任せってことで。――そこのお子ちゃま二人も遠慮はいらねえぜ」
「煽っても無駄なこと分かってる癖に。椎奈の仇は私が討つ」
「私が将吾さんのところに行くことも想定済みですよね」

 正直あえて誘いに乗るのも悪くはない。特に若いリタと寧子は不満を抱えられるよりは発散させた方がいいだろう。寧子に関してはそのモチベーションこそが信頼の根底にあると言っても過言ではないのだから。
 
「では大野寧子には私も同行しよう」
「あ、ありがとうございます……」
「不満かね」
「そんなことは……まだ信用されてないんだとは思いましたけど」
「信用はしてるとも。ただ私にも気に食わない相手が居るだけさ」
「なるほど」

 だからこそ監視役じみた同伴が割り当てられることに彼女も異論はない。天城晴彦が名乗り出るのも彼の気質としては自然なこと。彼自身の言葉通り将吾の陣営には彼が嫌いそうな人種が居ることも確認している。それでも寧子が一瞬怯んだのはごくごく単純な話。――晴彦の現在の姿にまだ慣れていないからだった。

「その……ちゃんと自我残ってるんですね」
「当然。土壇場で綿貫がやってみせたことだ。Xの手を借りればできない理由がない。――今の私は我が聖女と一つになって、私自身の手で裁く力を得たのだよ」

 晴彦の身体は彼の思考と声を発する機能を残して完全に別のものになっていた。全身を覆う銀と青の装甲のすべてが鋭利な刃で構成されており、両手はその腕ごと二振りの長大な剣になっている。背中に生えた五対の刃は翼となって見掛け倒しではない飛行性能を有する。
 スラッシュエンジェモン――その名の通りの身体を手にするために、晴彦は自身の契約相手と自らを捧げた。アプローチは違えど綿貫椎奈と同じことを同じだけの覚悟を持って実践してみせたのだ。

「そうですか。いいと思いますよ。全然そのまま好きに進んでも」
「ありがとう。私も君の望みが叶うことを願っておくよ」
「それはどうも」

 互いにどこまで本心か明かす気もないやり取りで共同戦線の合意は完了。後を追うように手を挙げた面々含めて、自分達がトラベラーの本命の一手を潰す役割を担うことになったことを彼女らは知らない。

「アルはどうするよ。リタと一緒に椎奈の敵討ちにでも行くか?」
「そういう訳にもいかないだろ。こいつを与えられた以上は正面のアレ相手に踏ん張るよ」

 冗談交じりの問いに返ってくるのは、気の合う同胞からの生真面目な返答。想定通りのやり取りに、秋人はわざとらしく顔を背けて溜息を吐いた。
 アルはアルティメットブラキモンの再生個体リボーンズを与えられた意味をちゃんと理解している。誰よりも情に厚い一方で誰よりも戦力の計算はドライだからこそ、弟切拓真は彼を最も信頼していた。その身を使い潰す覚悟も既に決まっているだろう。

「それに個人的な感情はリタが代わりに背負ってくれてる。……正しくはないだろうけどお陰で助かってるよ」
「気にすんな。そういうのにうるさい堅物の担当は別だしな」
「――呼んだかね」
「自覚あんのかよ。標的に集中しとけ」

 アルにも椎奈を失った恨みがない訳がない。寧ろリタ以上に深い関係とそれ相応の怒りを抱えていたはずだ。それすら抑えることを選ぶことができたのは、椎奈を失った事実を知った日にリタが感情を爆発させてくれたからだろう。
 仮にも大人である以上はそれなりの視野と相応の縛りが無意識にでも生まれる。それを理解していないリタの愚直さが眩しく、そんなことは関係なく我を通している晴彦には呆れを通り越して尊敬すら覚えた。

「さて、俺もデクスモンをバラした責任くらいは取るか」
「それこそ建前だろ」
「バレたか。――流石に俺も因縁にケリをつけないと」

 そして秋人も一人のレジスタンスとして、何より個人的な事情を抱える人間として標的を見据える。都合のいいことに因縁を持っている相手はレジスタンス全体としても無視のできない相手。ある意味で言えば秀一よりも真っ先に排除すべき存在。弟切拓真が感情を荒ぶらせる必要はない。その役割も代わりに背負ってやればいい。

「……分担は決まったな。――野郎ども、Xを本当の救世主にしてやろうぜ」

 そして両軍は激突する。三つの戦場で各々の因縁と信念を清算する戦いが始まった。




「マメゴン擬きはどうした? それとも僕らが舐められてるってことか?」
「分かってんじゃん。アタシらみたいなお子ちゃまばっかじゃないってこと」

 心底期待外れだと言うように悠介は吐き捨てる。それが当然の評価だと受け止めたうえで、リタはその評価がこの場全体を指すのに適切なものだと自嘲する。きっと戦況を左右するような主戦場にはならないことはこの段階で互いに分かっていた。

「今更だけど随分かわいい名前付けてたのね、あのおじさん。意外と可愛いとこあるじゃん」
「お前が連れてるやつと比べたら全然。『さん』まで含めて名前にする奴がいるか、普通?」
「へぇ、アンタ意外と女の趣味いいじゃん」
「いいカモだって言いたいのか?」
「そんな露骨な悪女に見える? 優しい男だって思ってあげてるのに」

 最前線に立っているのが仲間をやられた因縁とか個人的な黒い感情に任せている人間だ。戦いに挑むための相応の礼儀だってこんなレベル。ノーガードで互いの恨みのネタをほじくり返して高め合うくらいで十分だ。

「例えば……私よりアルをやりたいはずなのに、私みたいな小物で満足してくれるところとか」
「どうかな。シドが君に何させられたか忘れた訳でもないだろ」
「覚えててくれたんだ。なんだ、ちゃんと両想いじゃん」

 巽恭介を直接撃ち殺して彼の契約相手のコピーに乗る相手なんて真っ先に殺したい相手のはず。その逸る気持ちを踏みにじってこその椎奈の復讐が相応しいと思っていたが、結局は互いに思い合っている方がリタとしても性に合っている。

「射場って言ったっけ? そこのガラの悪いおっさんも私で満足してくれる?」
「アルとやらの顔面に一発叩き込めなさそうなのは残念だが……ま、嬢ちゃんが相手してくれるんなら文句はねえや」
「このロリコンめ。酷いことはしないでくださーい」
「背中を向けたら速攻で撃ち抜きそうな顔して言うじゃねえよ」

 もう一人の巽恭介絡みで因縁がある男もこの戦場に釘付けにできそうならリタとしては問題ない。アルが理性的に一番危険な相手と相対することを決めたのだから、個人的な感情は彼の分まで背負うのが筋というもの。黒い感情はこの戦場だけで昇華されればそれでいい。

「安心して。存分にやり合う準備はできてるから」

 開戦前の無駄話は終わり。リタにとって幸いなことは粒ぞろいな仲間が揃っていることと、雑多な走狗を使い潰すのに今回は制限がないこと。RE03――マスティモンの頭上に展開される十ものゲートからは完全体以下のデクスが顔を覗かせ号令が下されるのを今か今かと待っている。

「そいつはありがてえこった」

 正道の傍らで黒衣の竜人の指から魔弾という名の号砲を弾く。それをマスティモンがノーモーションで放った光の矢が迎え撃つ。炸裂する衝撃と閃光に怯むことなく双方が進撃を始めた。




「結局こんなところまで来ちゃったんですね」
「お互い様だろ、寧子ちゃん」

 一触即発の戦場で寧子と将吾は同時に呆れたような溜息を吐く。最初は同じ目的を掲げて互いに助け合って戦っていた筈なのに、戦いの真実を知ってからは敵味方に分かれて互いを戦いから弾き出すために何度も敵意をぶつけ合って、結局どちらも追い出せずに最終局面まで二人揃って残ってしまった。
 互いに譲れないものがある。護り通したいものがある。それを通すために最低限超えなければならない壁として互いが存在する。だがその最低限を簡単に超えられるドライさがあったなら、きっとこのマッチアップになることに確信など持てはしなかっただろう。

「安心してください。好きな人の命くらいは守ってあげますよ」
「俺には勿体ないくらいの優しさだ。――だからこそ、男としてそれだけは受け取れない」
「でしょうね。そんなあなただからこそ、きっと私は好きになった」

 将吾が自分の命の保証で退いてくれる男ならここまで引きずることはなかった。そこまでして叶えたい願いがあると思うと吐きそうになるのを堪えて、寧子は今でも変わらない本音を伝える。好きだからこそ負かして生かす。それだけがレジスタンスという立場になっても変わらない自分だけの願いなのだから。

「殺す気でやれとは言わないんですね。天城さん」
「構わんさ。それが君のモチベーションなのだろう」

 裁定者気取りで見下ろす蒼銀の天使からも嫌味混じりの許可は貰えた。許可を尋ねる行為に満足したのか、彼はもうこちらに興味を無くしたように彼自身の標的を見据えている。

「――驚いたよ。前例は話に聞いていたが、完全にあなたが身体の主権を握っているようだね、天城晴彦」

 逢坂鈴音の一言で晴彦――スラッシュエンジェモンの仮面に覆われたはずの顔が歪んだように見えた。気に食わない相手というのは間違いなく彼女のことだろう。天城晴彦の性格からしても相容れないのも当然だろうがそれ以外の理由もあるように見える。心当たりがあるとすれば、月丹がヒシャリュウモンに進化した日、自分と将吾が退場した後の直接対決の顛末だろう。理由は何であれ寧子としてはこちらに干渉することなく、嫌いな相手を勝手に潰してくれるなら何一つ文句はない。

「貴様の鼻を明かせたならXの手を借りた甲斐もあったというもの」
「そうだね。聖女とまで呼んでいた契約相手の身体と交わって奪う背徳的な性癖だとは思っていなかったよ」
「二人揃って身を捧げたと言ってほしいな。私なりの覚悟でもあるのだから」
「それはすごい。見ての通り軽薄な私には勿体ないんじゃないかな」
「謙遜しなくてもいい。まずは貴様の底を暴かせてもらうのだから」
「参ったね。そう言われると乙女の秘密は守らなくてはならなくなる」

 意外なのは鈴音の方も無関心という訳でもないこと。一方的に向けられる敵意と覚悟を受け止めた上で、相応の戦意をぶつける気概はあったらしい。それが天使から逃れることは不可能だという理性的な判断だけでないことだけは寧子にも分かった。

「――ね、アハト」

 鈴音の背後でアハトの主砲が予備動作なく瞬く。光弾は雷光のようにスラッシュエンジェモンへと奔り――居合い抜きのような右手の一振りで払われる。一秒にも満たないやり取り。それだけで戦端を切るには十分だった。




「アルと言ったな。正直言うと君がこちらに来るとは思わなかったよ」
「生憎ビビッてられるような状況でもなくてな。個人的な感情を言い訳にする余裕もないんだよこっちは」

 RE02――アルティメットブラキモンの背から見下ろすアルは敵の大将相手に率直な本音を漏らす。ルートのお気に入りにして未来予知能力が与えられた騎士には自分達の寿命はいつまでだと視えているのか。個人的な感情を押し殺して相対したとしても分不相応だという自覚はある。それでもこちらの大将に指一本触れさせる気は毛頭ない。

「今さらだが任せていいんだよな、アル」
「責任取るって自分で言ったんだろ。ちゃっちゃと因縁にケリをつけてこい」

 何より気の合う戦友の邪魔もさせはしない。一言二言の最終確認でそれぞれの敵にのみ焦点を当てて戦意を引き絞る。

「ビビってるなりに小癪にやらせてもらう」

 アルの宣言とともに彼らと敵対者の間に灰煙の壁が生じる。それはアルティメットブラキモンの背中の排気塔から絶え間なく漏れていた煙。尻尾を持ち上げて扇のように仰いだ結果として前面になだれ込んだそれは砲撃を警戒した面々にとっては確かに目晦ましとして作用する。それがたとえ数秒程度でも秋人には十分だった。

「――よう、殺しに来たぜ、弟切渡」

 灰煙を裂く黒い風。契約相手を乗せた巨大甲虫――クロムは標的に大顎を絡ませて大幅に後退させる。

「秋人を素直に通してくれるとは。予知できなかった訳でもないだろう」

 役割を果たしに行った戦友を見送ったうえで、その挙動をあえて見逃した標的に真意を問う。

「さあ、何のことか。――ただ目の前の敵が減った現状には不満はないがね」

 そこでようやくアルは目の前の男について何かを読み違えていることに気づいた。ただ特異な能力と純粋な戦闘力でもない。ルートのお気に入りという肩書でもない。白田秀一の本当の危うさは彼自身の根底にあるのだと。




「おう、意外と足が速いじゃねーか」
「ブランクはあってもこれでも元剣道部だからな」
「そういう問題か?」

 呼吸を荒げてUターンしてきた渡を見下ろして秋人はくつくつと笑う。追いつくまでに仕留めきれなかった事実は、渡がその間に走りながら的確なサポートをしていたという証だ。
 そもそも秋人は初撃で両断しようとしていた。それを金色の剣士――グレイドモンのアベルはご自慢の二刀で受け流し、重量を活かした突進も可能な限り衝撃を抑えた上で自らの身体を運ばせる形になった。適当なタイミングで降下して着地して以降も、左手の剣のみ鞘に納めて前の戦いで見せた独特な構えで五度の攻撃をしのいでいる。

「お前もいきなり向かってくるなんて……よほど俺のことが好きなんだな」
「そうかもな。お前のことを考えて眠れないときもあったよ」
「気色の悪いことを言うな。お前みたいなチンピラと関係があるなんて知られたら内申に響く」

 渡がアベルと合流するまでは手を出さずただ腐れ縁のようなやり取りを繰り返す。今になってさっさと殺しておけばよかったと思った夜が何度あったかと思い返す。
 最初にあった時に傍らに居るのがクロムだったなら。完全体同士のタイマンにケチを付けられたとき、敵も味方も振り切って刺し違えてでもやれたなら。霞上響花の暴走にハイエナ紛いの行動をする前に不意打ちできた可能性はなかったか。小川真魚をリタイアさせたときに渡が来るタイミングが少しでも早ければよかったのに。全面対決でリーダーに譲らなければ……あれこそ正面から勝ったうえでイレギュラーな退場されたから無理な話か。その結果として寧子とリタの独断に付き合った際に再会を果たすのを予測できる頭だったら億万長者になれていただろう。

「安心しろ。内申を心配する必要なんてすぐになくなるからよ」
「そいつはありがたい。黒い関係はそろそろ切りたいところだったんだ」

 その他もろもろの可能性を踏まえたうえで今このときにケリをつけると覚悟を決める。弟切渡との戦いの中で心が沸き立つ瞬間がなかったと言えば嘘になる。イカれた奴とのひりつく戦いはそれこそ命とプライドを賭した盛大なギャンブル。それもこれまでの戦いとは見るからに一味違う成長を遂げた相手。イカれた自覚を持ちながらも戦うだけの願いりゆうはある。それを暴き踏みにじるために黒木場秋人はここに居るのだ。

「最後の記念だ。いいもん見せてやるよ」

 そのための力も用意した。相手が二刀の剣士というのなら、白兵戦という得意なフィールドで正面から叩き潰す。そのための純粋な力がここにある。

「クロム――処刑の時間だ」

 秋人の左腕――X-Passが鈍く光を放つ。それは弟切拓真が彼に施した特権介入。アジトで二人で籠る時間が増えていたのは、当然ながらデクスモンをバラしたことへの叱責だけではない。天城晴彦の直談判とも違う形で、お気に入りの一番槍としてXから褒章が与えられていた。
 クロムの姿が白い閃光と霧に包まれる。その内で行われるのは究極を超えた進化。巨大な昆虫そのものだったシルエットは人型のそれに近いものになりながらも頭部はあくまでクワガタとしての大顎を携える。背中の羽根は長身になった体躯を支えるに足る大きさになり、外骨格のような漆黒の装甲はあらゆるものを弾いたうえで逆に深手を負わせるだろう。霧を裂くのは人のそれに近い両腕に備わった黒い三本爪。赤い単眼を爛々と輝かせて深き森の悪魔は獲物を見下ろす。

「霧の中に沈めてやれ」

 グランディスクワガーモン――百戦錬磨の果てに希少な可能性を超えた処刑人が未来の罪人の前に立ちはだかる。




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お久しぶりです。ずるずると間明けながら書いてきたところでようやく最終決戦が始まりました。
あくまでメインのマッチアップを組んだところまでなので短めで。後はなんとか一気に書き進めたいところ……こいつ毎回同じような言い訳してんな。
では、今回はこの辺で