コンプレックスを明確に理解する事で人の事を多く理解出来る話 | ニートの掃き溜め

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社会不適合者のすくつ

色々な心理学流派はあれど、フロイトにせよユングにせよアドラーにせよ多くに重要視されるのがコンプレックスである。

しかしこのコンプレックスについては劣等感という言葉の割り当てのせいか、余り正しく認知されていないような気もする。

確かに劣等感というのは適切だが、どういう感情であっても本人が表層においても深層心理下に於いても強く気にかけている事柄についてと言える。

これらは劣等感というよりかは強迫観念に近いもので、強迫観念を帯びるきっかけの多くはやはり劣等感に近いものである。

例えば自分の頭が物凄く良いと自負しており、しかもそれが事実であるとしよう。

でも馬鹿に「お前頭悪いなw」と煽られた過去から「もしかしたら悪いのかもしれない」という様な不安の種が出来るだけでも一気にコンプレックスの形成を助長する。強く意識する様になるからだ。

そうやって積み重ねた人の人生それ自体がコンプレックスと言える様なもので、人生(コンプレックス)は本人のアイデンティティだ。

だからこそ恐らくはそれらに良いも悪いもなく、劣等感という訳し方は適当であっても適切ではないのかもしれない。

 

そんなコンプレックスだが、自己分析にしろ他人の精神分析にしろ、基本的には法則に基づいているので注意深く確認すればすぐにわかる。

その人の日常や論理的な繋がりが薄く、単体で発生する話題、キーワードが用いられる時、その人のコンプレックスに関わる話である可能性が非常に高い。

複合的に発生したとしても、発生元が副次的になった場合はそれらもその限りではなく、コンプレックスに関わる話である可能性が高い。無意識下で自己防衛行いコンプレックスの隠蔽を行った結果といえよう。(※これは本人が意図的に隠蔽しているもののアピールしたい論点が主題と異なる場合。例えば「友達の知人と話して楽しかった。やたらイケメン扱いされて否定するのめんどくさかったけど」という話の場合、容姿に纏わるコンプレックスを持つことが伺える)

 

要するにしたい話をしようとする。と言った法則であり、ネットミームになる様なものだと漫画銀魂の空知の「具志堅のおにぎり」が良い例で、オタクが自分の話をしたいが為に関係ない場面でもこじつけて話をしようとするキモオタ特有の典型的コミュ障行動があるが、それに属性は近い。

それらは外部の性質への執着であるが、コンプレックスというのは自分の性質への執着である。

 

心理の根幹が同じである以上、出る行動も非常に相似していて、その点についての話を関係ない場面でもこじつけてしてくる傾向にある。

但しこの中でもパターンは沢山ある。

真の意味で劣等感として自分の嫌がる話題は確かにしないが、コンプレックスに関わる話題が上がったりすると急激にそれについてにピンポイントで焦点を当てやすくなったりする訳だ。

これを利用した心理テストで「自分に会う為に身体を売った女を捨てた彼氏」「彼氏に会う為に身体を売った女」「彼氏の居場所を教える代わりに金銭を要求する男」「教える代わりに性行為を要求する男」などの登場人物から誰が一番許せないのかを答えろみたいなものがある。

これはいわゆるコンプレックスに焦点を当てたもので、許せない順番に自分が最も大切とする物、行動、居場所である。みたいな心理を洗うものだ。

そうゆう様にコンプレックスに関わる問題は執着という共通点さえあれば別の関数からも導ける為、その人の反応や言動を日頃から見てるとすぐわかるのだ。

 

無論これは逆も然りで、自分がそれについて触れたり触れられたりした時に興奮したり、不安になったり、口数が多くなったり、それについて多く話したくなる。そういう感情を抱くものについては深いコンプレックスがあると自己分析できる訳だ。

 

知識や学歴の話を多くするやつは知能にコンプレックスがある。

 

異性からのモテ方や性的な話を多くしているやつは性行為や容姿にコンプレックスを持つ

 

ワル自慢をしたり逆に悪事、マナー批難しているやつは品性にコンプレックスを持っている。

 

喧嘩自慢とかなら当然自分の強さ弱さ勇敢さ臆病さにコンプレックスを持っている。

 

本当にちょっと観察すればすぐわかることなんだけど、逆説的にその人が最も深く傷つく事を瞬時に理解できるとも言える為、道徳上は弁える必要がある。

また、これらその性質から導ける通り、一番言及する資格がない様な人間がその物事についてに一見何の脈絡もなく口出しする様な行為が透けて見えてしまう。(例えば臆病な人間が臆病な人間を馬鹿にしてしまうなど)

無論これは個々の性質であって、有能だったり徳のある人間は自分のコンプレックスに既に向き合っていたり、そう言う事を避ける習慣を既に会得しているのだが、経験上圧倒的にその数は少ない。

 

基本的に以上の基本原理に従って動いてる為、人がいわゆるブーメランを日常的に放つのはコンプレックスが深く関わっているからである。

そうしたネットミームで言うところのブーメラン的な様相を他人から多く伺うと人が嫌いになり、弁える事を控えるかもしれない。

だがそうなると人から嫌われることになるだろう。

故に中二病心を擽ぐる心理学は、学生や意識高い系、オタクは手を出しがちだが、触れるだけマイナスになる可能性が高いと俺は思う。

なんなら持ってて得する様な学問的知識としても使い所は非常に微妙なので、外国語の単語の一つでも覚えておいたほうがきっと為になるのではないだろうか。