志賀高原を通れば
懐かしい場所を探す

夏の思い出は

ほとんどなく
冬のことばかり

全面が巨大なスキー場と化し
若い頃の僕たちは
いつもそこをと目指した

志賀高原へと入れば
1週間は出ずに
そこでスキーざんまいとなり

宿から朝1番で出れば
最終まで戻らない

そんなだから
巨大なそこも
すでに知り尽くしたコースで

緩やかなコースから
直前で立ち止まる
急斜面のコブだらけまで

そんな
仲間たちも
皆 もう65歳となり

中身は若いが
見掛けは年寄り

呑めば
あの頃 って話題で
ひと晩呑める

大抵は
上手く行った話などなく
失敗や
怪我ばかりの連続

それから
必ず
女がらみの
これまた
フラれた話ばかり

この齢にもなれば
昨日のことは覚えてなくても
あの頃のことを
鮮明に覚えているから不思議だ

もちろん
それもまた事件のことばかりで
それ以外は
みな忘れてしまった

皆
それぞれに家庭を持ち
それなりに頑張って来た

すれば
その間
自分の時間などなく
すっかり
忘れてしまった 志賀高原

それでも
定年して
時間が出来たら
また集まって
あの頃のように って
気持ちばかりが先立ってはみても

遥か遠方
そしてかなりの寒さ
白一面の景色

はい そうですか ってわけには
現実は行かないけれど
残りの持ち時間
そして
残りの体力を
おおよそに数えてみれば
そろそろ
行かねば
やらねばとも思う



一昨日
斑尾高原へと向かう山道
前日に草津へと泊まり
温泉でゆったりして

早朝から
白根を抜けて
志賀高原へと降りる
最短の道

ここ数年
白根の火山活動により
閉鎖していたけれど
それが全面開通となり
本当に大丈夫? なんて
わずかに疑いながらも
菅平まで降りるよりも
遥かに近いとそこを急ぎ足

すれば
雪はなくとも
懐かしい場所を左右に見て
ここでは
そこでは
あそこでは… と

時間と共に笑い話と化した
大事件ばかりが
懐かしくも思い出す

一昨日は ひとり旅
誰に断ることもなく
回り込む時間もある

ジャイアントという
標識を見つけ
ならば
寄らねばと
ハンドルを切った

雪のない志賀高原は
記憶の中とはだいぶ位置がズレていて
こんなに奥だったかな? と
人影なき山道を奥へと進んだ

到着すれば
目の前のそこは
さすがにジャイアント って
名の通りのゲレンデ

周囲の宿には
数台の車はあれど
人影はなく
きっとシーズンに備えての
準備中なのだろう

突風と
小雨降るそこで
下から上を見上げれば

あそこだ! と
すぐに分かる転んだ場所

そう
良い気になって
木っ端微塵

腰を痛めて
応急センターへと
担ぎ込まれた苦い思い出



あの頃 って言えば
若い連中は
またその話かい? と
笑う時代

なのに
オヤジたちは
そんな話題しか
持ち合わせていない


あまりに巨大なスキー場
リフト
ゲレンデ

そのすべてを
1日で周りきれたならば
商品が貰えると知り
朝1番から急ぎ足

でも
18ものスキー場
84ものコース
51基のゴンドラリフト
距離にすれば16キロ
となり
全コースを1日で周るのは
不可能とも言われたけれど…


どれだけ
滑った頃だろう
膝は笑い
全身の疲労感

でも
目的はひとつ

行くしかないよね って
休むことなく
滑り出す

そんな時
次の急斜面の
小さなコブに引っ掛かって

ポン! と空を舞う

そのまんま
下へと
止まることなく流れ落ち

ポールはどこ?
板はどこ?
身体はここ… なんて

担ぎ込まれた
応急センターでは

それはそれは
綺麗な女医さんがいて

なんとかしたいが
なんともならない

なんて
そんなバカな
思い出ばかり

呑めば
必ず出るその話題

お前さ
あの女医さん
なんとかなると思ったの?

ああ
転んだら
タダでは起きないからな
と これまた笑い話


それから
あの頃
携帯なんてないから
皆
無線機を持っていて

リフト待ちで
前に若い女性でもいたら
そこへと
彼女のいない奴を
ちょいと順番を企んで乗せちまう

そして
無線で
ちょいと話し掛ける

そこの彼女
隣りの男
ひとりもんで
彼女がいないんだよ

悪い男ではないから
仲良くしてやって? なんて

すれば
振り返って苦笑いするけれど
それだって
数撃ちゃ当たることもある

そんな出会いもあったなと
ふざけた仲間たちとの
志賀高原

もちろん
女性たちとのそんな
合宿みたいなこともあったけれど

モテないくんは
駆け引きに負け

スキー場なら
カッコいいんだけどねえ なんて
ことばかり…

そんなことだったよね
ご同輩


さて
山は急激に冷え込み 
渋峠では濃い霧と突風とで
日中は9℃
夜は3℃と冷え込み
志賀高原は足早に
スキー場へと変わる

若者たちは
今年もまた賑わい
それぞれが
それぞれの想いを残し

65になった頃
こうして懐かしくも
振り返るのだろう