たそがれ横丁のかず坊

――自分の丈のままで――




【まえがき】

人は誰しも、人生のどこかで「背伸び」をして生きているのかもしれません。

あの人のほうが成功している。
あの家のほうが恵まれている。
自分には、何かが足りない。

そんなふうに他人と自分を比べ、届かないものに手を伸ばしては、ため息をつく。

それは若さの証でもあり、大人になってからも消えない、小さな傷のようなものなのかもしれません。

この物語の主人公・一男もまた、六十五歳になるまで、ずっと自分の「身の丈」を測りながら生きてきた男でした。

彼がふと訪れた夕暮れの町で出会うのは、過ぎ去った懐かしい時間と、かつて背伸びをしていた自分自身。

そこで一男が受け取るものは、何か特別な成功でも、失った時間を取り戻す魔法でもありません。

ただ、

「これまで歩いてきた自分の人生を、そのまま認めていい」

という、ささやかな気づきです。

もし今、あなたがご自身の歩んできた道に、少しだけ迷いや虚しさを感じているのなら。

どうかこの物語と一緒に、あたたかな黄昏の路地を歩いてみてください。

読み終えたあと、ご自身の足元がほんの少しだけ愛おしく感じられたなら、とても嬉しく思います。







六十五歳になった年の秋、田渕一男(たぶちかずお)は、久しぶりに生まれ育った町へ足を運んだ。

定年退職してから三年。

妻には先立たれ、子どもたちはそれぞれ家庭を持った。

一男の暮らしは、静かすぎるほど静かだった。

朝起きて、新聞を読み、簡単な朝食をつくる。

昼になれば近所を歩き、夕方にはひとりでテレビを見る。

何か困っているわけではない。

ただ、一日が長かった。

四十年間の勤め人生活の中で、一男はいつも何かと比べてきた。

同期の出世。

隣の家の車。

息子の友人の進学先。

若い頃から身についた癖は、仕事を辞めても簡単には抜けなかった。

人と自分を並べては、足りないところを探す。

そして、足りないものを見つけるたびに、小さくため息をつく。

そんな自分に、嫌気がさしていた。

ある朝、押し入れの奥から古いアルバムを取り出した。

そこには、まだ若かった自分と、もう会えなくなった人たちが写っていた。

写真の中の自分は、何も知らずに笑っている。

一男は、その顔をしばらく眺めていた。

そして、ふと思った。

――あの町へ、行ってみるか。

理由らしい理由はなかった。

電車に揺られながら窓の外を見る。

田んぼが広がり、やがて見覚えのある山の稜線が現れた。

子どもの頃、毎日のように仰ぎ見た山だった。

あの頃は、この狭い町から出ることばかり考えていた。

それなのに今は、吸い寄せられるように戻ってきている。

人間というのは、身勝手なものだ。

駅前に降り立つと、町はすっかり姿を変えていた。

かつての商店街にはシャッターが並び、その隙間にコンビニエンスストアやコインパーキングが入り込んでいる。

子どもの頃、毎日のように駆け抜けた道も、記憶よりずいぶん細く、短く見えた。

一男は苦笑した。

故郷というものは、思い出の中でだけ大きくなっていくのかもしれない。

あてもなく歩いているうちに、日が傾いてきた。

空は橙色から紫色へ変わり、電柱の影が長く伸びていく。

そのときだった。

ふっと、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。

練炭の匂い。

子どもの頃、借家街の路地でいつも漂っていた匂いだった。

もう何十年も嗅いでいないはずなのに、一度吸い込んだだけで、記憶の底から何もかもが引き上げられた。

湿った土の匂い。

夕飯の煮物の匂い。

自転車のブレーキのキーッという音。

遠くで鳴る豆腐屋のラッパ。

一男は、吸い寄せられるように匂いのする方へ歩いた。

細い路地をひとつ曲がる。

そして、足を止めた。



――そこには、シャッターの降りた街ではなく、あの頃の商店街があった。

八百屋の店先には夕方の買い物客が並び、魚屋のおやじが威勢のいい声を張り上げている。

駄菓子屋の前では、子どもたちが十円玉を握りしめていた。

自転車が勢いよく走り抜ける。

どこかのラジオから歌謡曲が流れている。

空気そのものが、あの頃の温かい色をしていた。

一男は立ち尽くした。

夢なのだろうか。

そう思った。

けれど、頬を撫でる夕方の風は確かに冷たかった。

八百屋の白菜の青くさい匂い。

魚屋の潮の匂い。

子どもたちの無邪気な笑い声。

夢にしては、あまりにも生々しかった。

「……かず坊?」

背後から声がした。

一男が振り返ると、割烹着姿の年配の女性がこちらを見ていた。

見覚えがある。

豆腐屋のおばさんだった。

もう三十年も前に亡くなったはずの人。

「かず坊じゃないかい」

「……おばさん」

「久しぶりだねえ。大きくなって」

一男は思わず吹き出しそうになった。

六十五歳になり、白髪の混じった自分を見て「大きくなった」と言う。

それが妙に可笑しく、そして愛おしかった。

「お母さんは元気にしてるかい?」

一男は答えようとして、言葉を詰まらせた。

母の顔が浮かんだ。

若い頃の母。

台所で割烹着を着て包丁を握る母。

夕方、買い出しの袋を提げて帰ってくる母。

「……母は、もう」

声が震えた。

「そうかい」

おばさんはそれ以上聞かず、優しくうなずいた。

そして、水槽から豆腐をすくい上げ、素早く包み始めた。

「ほら。持っていきな」

手渡されたのは、出来たての温かい絹ごし豆腐だった。

一男は両手で受け取った。

ずしりと重く、じんわりと温かさが掌に伝わってくる。

「ありがとうございます」

「何言ってんだい。昔から豆腐ひとつで礼なんか言わなかったじゃないか」

おばさんは豪快に笑った。

その笑顔を見た瞬間、一男の視界が滲んだ。

商店街を歩けば、次々に声をかけられた。

文房具屋のおじさん。

床屋のお兄さん。

駄菓子屋の店番をしていたおばさん。

みんな一男を「かず坊」と呼んだ。

誰も現在の職業を聞かなかった。

肩書も、年収も、家族のことも聞かなかった。

ただ、

「久しぶりだねえ」

と、昔と変わらない笑顔で迎えてくれた。

一男は、その言葉を浴びるたびに、胸の奥にこびりついていた冷たい塊が、少しずつ溶けていくのを感じた。



商店街の外れに、小さな公園があった。

錆びついたブランコが二つ並んでいる。

その片方に、ひとりの少年が座っていた。

後ろ姿を見ただけで、一男にはすぐに分かった。

――少年時代の自分だ。

少年はつま先で地面を弄りながら、ブランコをゆったり揺らしていた。

一男は歩み寄った。

「お前は……」

少年は振り返らないまま言った。

「また、背伸びしてきたのか」

一男は息を呑んだ。

「……覚えてるのか」

「何を?」

「いろんなことをさ」

少年は小さく鼻で笑った。

「あの子の家、金持ちだったよな。制服も綺麗でさ、革の鞄持ってた」

「そうだったな」

「俺たちはツギハギの詰襟に、ペラペラの布鞄」

少年は足先で強く砂を蹴った。

「羨ましかった。悔しかったよ」

一男は隣のブランコに静かに腰を下ろした。

ぎい、と鎖が切ない音を立てる。

「今でも、羨ましいのか?」

「羨ましいっていうか……」

少年はしばらく黙り込んだ。

「届かないって、分かってたんだよ」

「何が?」

「何もかもさ。カッコいい自分にも、豊かな暮らしにも」

その言葉は、そのまま六十五年を生きてきた一男の胸に突き刺さった。

少年は続けた。

「だから、少しでも届くように背伸びした。大人ぶって、平気なフリしてさ。……でも、そうやって背伸びしてる自分が、一番惨めで嫌だった」

一男は少年の横顔を見た。

不安に揺れる目。

何かを強く欲しているのに、傷つくのが怖くて、欲しがっていないふりをする目。

かつての自分そのものだった。

「今なら分かるよ」

一男はゆっくりと言った。

「背伸びしたって、届かないものは届かない」

少年は黙って俯いている。

「でもな」

一男は重ねた。

「届かなかったからって、そこまで歩いてきた足跡まで消えるわけじゃない。無駄なんかじゃないんだよ」

少年が、ゆっくりと顔を上げた。

「……じゃあ、なんでおじさんは、今もそんなに苦しそうな顔してるんだよ」

一男は言葉に詰まった。

答えられないまま、秋風に揺れるブランコの鎖の音を聞いていた。

しばらくして、少年は立ち上がった。

「行こう」

「どこへ?」

少年は答えず、ただ商店街のさらに奥の路地へと歩き出した。



薄暗い路地の奥に、小さなスナックがあった。

ペンキの剥げかけた看板に、ひらがなで「まりこ」と書いてある。

一男の胸が、どくんと大きく跳ねた。

店の前には、一人の女性が佇んでいた。

記憶の中の姿のまま。

若く、どこか陰があり、けれど華やかな雰囲気を纏った「まりこさん」だった。

高校生の頃、商店街の路地裏で見かけるたび、一男が憧れと羞恥心で胸を痛めた、年上の綺麗な女性。

一男が足を止めると、彼女は振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。

「あら、かずお君」

「……まりこさん」

その呼び方が胸に響いた。

あの頃、ちゃんと会話らしい会話などしたことがなかったのだ。

一男は照れくささを隠すように言った。

「随分……年をとってしまったでしょう」

まりこさんはクスクスと笑った。

「そうねえ。でも、いい男になったじゃない」

二人の間に、心地よい沈黙が落ちた。

一男は、ずっと心の奥底に封印していた想いを、静かに吐き出した。

「あの頃の僕は……あなたに釣り合うような大人になりたくて、必死でした。でも、どうせ僕なんかじゃ届かないと思って、勝手に諦めて……背を向けたんです」

「そう」

まりこさんは静かにうなずいた。

「でもね、かずお君。釣り合うとか釣り合わないとか、そんなことよりずっと前にね」

まりこさんは一男の目をまっすぐ見つめた。

「あの頃のあなたは、用もないのにこの店の前を何度も往復して、一生懸命私に挨拶してくれたでしょう?」

一男は目を見開いた。

「それだけで、私はとっても嬉しかったのよ」

「……そうだったんですか」

「ええ。若い男の子はみんな背伸びするわ。高い煙草を買ってみたり、大人びた口調を使ったりね」

「僕も……そうでした」

「でもね」

まりこさんは少し遠くの空を見つめるように言った。

「本当に素敵なのはね、背伸びして格好つけている人じゃないの。不器用でも、自分の丈のままで一生懸命生きようとしている人よ」

一男は息を呑んだ。

「かずお君は、昔からそういう素朴で真っ直ぐなところがあったわ。気づいてなかったでしょう?」

一男は参ったな、というように苦笑した。

「まったく……気づいていませんでした」

「でしょうね」

二人は顔を見合わせて笑った。

その笑顔を見ているうちに、一男の中で長年のわだかまりが、ふっと消えていくのが分かった。

届かなかった。

恋も、理想も。

けれど――

届かなかったことと、その時間が無駄だったことは、決して同じではないのだ。



気がつくと、少年の姿も、まりこさんの姿も消えていた。

一男はひとり、商店街のいちばん突き当たりまで進んだ。

そこには、古びた駄菓子屋があった。

店先の小さな縁台に、腰の曲がった老婆がひとり座っている。

「かず坊」

老婆が言った。

一男は足を止めた。

「……僕を知っているんですか?」

「知ってるともさ」

老婆はしわくちゃの顔で笑った。

「あんたが生まれた時から、ずっと見てきたよ」

「あなたは、一体……」

「まあ、お座りな」

一男は促されるまま、老婆の隣に腰を下ろした。

風が吹き抜け、遠くの商店街の喧騒が、どこか遠い世界の音のように聞こえる。

「ここはね」

老婆は静かに言った。

「たそがれの時間にだけ、境界が解ける場所なんだよ」

「たそがれ……」

「昼でもない、夜でもない。そうだろう?」

一男が空を見上げると、そこは濃い紫色と橙色が混ざり合う、不思議な色合いに染まっていた。

「生きている人も、いなくなった人も。昔の自分も、今の自分も。この時間だけは、少しだけ重なり合うのさ」

一男は静かにうなずいた。

「皆さんは……幻なんですか」

老婆は答えず、ただ一男の手を取った。

その手は小さく、けれど温かかった。

「かず坊」

「はい」

「その手で、これまで本当によく頑張ってきたねえ」

一男は自分の手を見つめた。

爪は丸く、関節は太くなり、シミの浮いた手。

四十年間、愚直に働き続けた男の手だ。

「……大した人生じゃありませんよ。成功もしなかったし、誇れるようなものも何もない」

「バカをお言い」

老婆は一男の手を、ぽんと叩いた。

その口調には、優しい温もりがあった。

「六十年以上も真面目に生きてきて、大したことないなんて言うもんじゃないよ」

老婆は、一男の顔を見た。

「昔から、ずっと自分の身の丈を誰かと比べてばかりいたねえ」

一男の胸が、ツンと痛んだ。

「あっちが上だの、こっちが下だの。あの人より遅れているだの、足りないだの。……そうやって自分を責めてばかりいた」

「否定は……できません」

「だけどね」

老婆は力強く言った。

「身の丈ってのはね、誰かと比べるもんじゃないんだよ」

「じゃあ、身の丈って、何なんですか」

老婆は笑った。

「今日まで転びながらも歩いてきた、あんたの『足の大きさ』そのものさ」

一男は老婆を見た。

「転んだこともあったろう?」

「……ありました」

「道を間違えて、遠回りしたことも?」

「何度も、ありました」

「それでも、休まず歩いてここまで来たんだ」

「……はい」

「だったらねぇ、それがあんたの『丈』だよ。立派なもんじゃないかい」

一男の目から、一筋の涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。



そのとき、商店街の明かりが一斉に揺らぎ始めた。

八百屋の裸電球。

魚屋の蛍光灯。

駄菓子屋の赤提灯。

ひとつ、またひとつと、煙のように淡く滲んでいく。

空の紫色が、急速に深い闇へと変わっていく。

遠くから声が聞こえた。

「かず坊、そろそろお帰り」

豆腐屋のおばさんの声だった。

「また来なさいね。……気が向いたときだけでいいんだから」

まりこさんの声も重なる。

一男は慌てて立ち上がった。

「もう、行かなければいけないんですか?」

「そうだよ」

老婆は優しく言った。

「また、会えますか」

老婆は答えず、ただ穏やかに微笑んだ。

「かず坊」

「はい」

「もう、そんなに無理して背伸びしなくていいんだよ」

一男の目から、溢れ出る涙が止まらなかった。

「これからは、自分の足で歩きな」

「……はい」

「自分の丈のままで、堂々とな」

一男は深く、深く頭を下げた。

感謝の言葉を述べようと顔を上げた瞬間、老婆の姿は途切れ、商店街の景色は潮が引くように消え去っていた。

……気がつくと、一男はひとり、街灯の下に立っていた。

そこは、シャッターが固く閉ざされた、現代の静かな商店街だった。

空はすっかり夜の黒に包まれ、静寂が広がっている。

遠くで幹線道路を走る車の音が、かすかに聞こえるだけだった。

一男は自分の両手を見た。

豆腐は消えていた。

けれど、掌にはあたたかな温もりの余韻が、しっかりと残っていた。

足元を見ると、古い新聞紙の切れ端が一枚、風に舞って落ちていた。

一男は屈んで、それを拾い上げた。

豆腐を包んでいた新聞紙の端切れだろうか。

街灯にかざしてみたが、日付も文字も擦れていて、もう読むことはできなかった。

一男はその紙きれを丁寧に折りたたみ、胸ポケットに収めた。

そして、ゆっくりと駅に向かって歩き出した。



それから一男は、月に一度ほど、あの町を訪れるようになった。

夕暮れ時に路地を歩いてみても、あの賑やかな「たそがれ横丁」には二度と行き当たらなかった。

けれど、それでいいと一男は思っていた。

あれは人生の折り返し地点で、たった一度だけ許された「優しいうたた寝」のようなものだったのだから。

東京の自宅に戻った一男は、少しずつ自分の暮らしを変えていった。

近所の老人会の将棋クラブに顔を出すようになった。

下手くそだと笑われても、ただ楽しそうに駒を指した。

週末に孫が遊びに来たときは、上手く描けないことを気にせず、一緒になって画用紙にクレヨンを走らせた。

ふとした瞬間、

「今さらこんなことをしても……」

という思いが頭をよぎることもある。

テレビを見ていて、同世代の成功者の姿に「自分なんて」と引け目を感じることも、ゼロにはならなかった。

けれど、そんなとき一男は、自分の靴を見るようにした。

六十五年間、泥を蹴り、坂道を登り、休まず歩き続けてきた自分の足だ。

転んだ。

迷った。

遠回りもした。

無駄な背伸びも、たくさんした。

それでも、この足でここまで歩いてきたのだ。

それでいいじゃないか。

そう自分を肯定できる日が、一日、また一日と増えていった。

ある秋の夕方。

一男は近所の散歩道を歩いていた。

西の空が、鮮やかな橙色から深い紫色へと移り変わっていく。

どこからか、秋風に乗って匂いが漂ってきた。

練炭の匂い――

いや。

どこかの家の夕飯の匂いだったのかもしれない。

一男は立ち止まり、目を閉じた。

一瞬だけ、記憶の裏側に、あの商店街が鮮やかに浮かび上がる。

八百屋の活気。

魚屋の威勢。

駄菓子屋の縁台。

ブランコの揺れる音。

「かず坊」と自分を温かく呼ぶ人々の声。

一男は空を見上げ、静かに呟いた。

「……ありがとう」

誰に向けたものか、自分でも分からなかった。

けれど、感謝の想いが胸の奥から溢れていた。

心地よい風が吹き抜け、匂いはすぐに夜の空気へと溶けて消えた。

一男は再び歩き出した。

もう、背伸びはしなかった。

誰かの歩幅と自分を比べて焦ることもなかった。

ただ、自分の足で。

自分の丈のままで。

夕暮れの道を、一歩一歩、確かな足取りで歩いていった。

その背中を、秋の風が優しく、そっと押し続けていた。

(了)



Kindle



【あとがき】

私たちは日々、無意識のうちに「他人の物差し」で自分の人生を測ってしまいがちです。

誰かの華やかな活躍を目にしたとき、自分の過ごしてきた時間が急にちっぽけで、価値のないもののように思えてしまう。

そんな瞬間は、誰にでもあるのではないでしょうか。

けれど、この物語の老婆が語ったように、私たちが今日まで歩んできた一歩一歩は、他人と比べて上下を決めるものではありません。

躓いた傷も。

迷って遠回りした時間も。

若さゆえの背伸びも。

そのすべてを含めて、「自分という人間が歩いてきた道」なのだと思います。

誰かより速くなくてもいい。

誰かより立派でなくてもいい。

自分の足で、今日まで歩いてきた。

それだけでも、十分に尊いことなのかもしれません。

主人公の一男と同じように、この物語を読んでくださった皆さまが、ご自身の歩んできた道のりを「これでよかったのだ」と、ほんの少しでも優しく認めてあげられるきっかけになれば、とても嬉しく思います。

夕暮れの空を見上げたとき、ふっと優しい気持ちになれますように。