彼岸プロトコル
まえがき
本作は、日常の身近なオカルト現象である「写真に写るオーブ(光の玉)」を、もし最新の光学技術や量子情報理論の視点から紐解いたらどうなるか、という着想から生まれたショートストーリーです。
「弔い」や「記憶」という日本的で情緒的なテーマと、ハードなSF的アプローチの融合を目指しました。レンズの向こう側に静かに漂う光の意図に、少しだけ思いを馳せながらお読みいただければ幸いです。
プロローグ うそだい、なんて
若い頃、寺の娘だった友人に言った。
「夜になるとね、墓地では火の玉が飛ぶのよ」
僕は笑った。うそだい、なんて。怪談は怪談として消費するものだと思っていたし、彼女の家の墓地が特別だとも思わなかった。子供の頃に聞いた「リンの燃焼」という科学的解説の方が、ずっとしっくりきていたのだ。
あれから三十年近く経って、僕はようやく気づく。
あれは、本当だったのだと。ただし、思っていたのとは、ずいぶん違う形で。
一章 オーブ
昨今のスマートフォンのカメラは、驚くほどよく「視える」。
埃も、水滴も、花粉も、昔のフィルムカメラでは見逃していたものを、律儀にセンサーが拾い上げる。アウトフォーカスによる前ボケや、レンズ内部の光の乱反射が生むゴースト——俗に言う「オーブ」が写真に写り込むのは、さして不思議なことではない。理屈は知っている。僕は電機メーカーで画像センサーの設計をしていた人間だから、その手の光学現象には人一倍冷静なはずだった。
けれど、昨日撮った写真だけは、様子が違った。
お彼岸の花を片付けに、実家の墓所へ行った。
その足で、亡くなった祖母の命日に合わせて、母方の墓所にも寄った。
懇意にしている寺——友人が先代の跡を継ぎ、住職となった「晋山式」に呼ばれた、あの「お寺の娘」の実家にも顔を出した。
最後に、実家の近くの氏神様に手を合わせた。
四か所。
それぞれの本堂、あるいは拝殿の前で、なんとなく手を合わせたあとにスマホを構えた。習慣のようなものだ。
そして、すべての写真に、それはいた。
一枚や二枚ではない。四か所、すべてに。しかも、光の位置も大きさも、明らかに「その場にいる何か」を撮っているとしか思えない配置だった。前ボケの埃なら、あんなふうに毎回、構図の正面に、法要の場へ合わせるように律儀に一つだけ写り込んだりはしない。
家に帰って、仏壇に線香をあげ、何気なくまたシャッターを切った。
そこにも、いた。
二章 旧友
僕はその晩、大学時代の友人、氷見(ひみ)に電話をかけた。彼女は今、量子情報理論を専門にする研究者で、以前「情報は物理的実体を離れて存在しえない」という話を、酔った勢いで熱く語っていたのを覚えている。
「オーブの写真? 送って」
氷見は淡々と言った。僕は四枚の写真を送った。彼女はしばらく黙り、それから言った。
「これ、EXIFデータも見せて。撮影位置の正確なGPS座標が知りたい」
僕は驚いた。彼女がオカルトを頭ごなしに否定しなかったからだ。むしろ逆で、彼女の声には、どこか予感めいた緊張があった。
「実は、うちの研究室で去年から追いかけてるものがあってね」
氷見は言った。
「『残留光量子相関』って呼んでるんだけど——簡単に言うと、特定の場所に、特定の情報パターンを持った光子が、統計的にありえない頻度で観測される現象。国内の寺社や古い墓地で、有意に多く報告されてる」
「それが、これだと?」
「断定はできない。でも、送ってもらった写真の光点、色温度もサイズも、うちが集めてるサンプルとそっくり。それに——」
彼女は画面の向こうでキーボードを叩く音を響かせた。
「この四か所の座標データ、うちの観測データベースの特定の地質エリアと完璧に重なってる」
三章 石に刻まれた記憶
一週間後、僕は氷見の研究室を訪ねた。地下の実験室には、古い墓石や五輪塔の破片、神社の玉垣の欠片などが並んでいた。すべて、持ち主の許可を得て一時的に借り受けた「観測協力サンプル」だという。
「見て」
氷見は、電子顕微鏡の画像をモニターに映した。石の表面、風化した部分の奥に、規則正しい格子状の構造が浮かび上がっていた。
「これは……加工痕?」
「そう。しかも、少なくとも数百年前の加工とは考えにくい精度でね。ナノスケールの格子構造が、石英や長石の結晶の隙間に埋め込まれてる。まるで——」
「まるで、記録媒体みたいに」
氷見はうなずいた。
「仮説にすぎないけど。誰かが、あるいは何かが、長い時間をかけて、こういう構造を石の中に『育てて』きたんじゃないかと思ってる。人が弔いの場所に通い続けることで生まれる、感情の振動——脳波でも、生体電位でもいい——そういうものをきっかけに、格子の中に溜め込まれた情報が、光子として一瞬だけ『再生』される」
「情報って、何の情報?」
氷見は少し言いよどんでから、モニターの隅に別のデータを表示した。それは、光点の明滅パターンを解析したグラフだった。単なるランダムノイズではない。何か、規則性を持った、まるで指紋のような個体差があった。
「解析班の一人が、悪ふざけで名付けたんだけどね」
彼女は苦笑した。
「『個人識別ゆらぎ』。要するに——この光のパターンは、一人ひとり違う」
四章 四つの場所
僕はもう一度、あの四か所を訪ねることにした。今度はただの成り行きではなく、目的を持って。氷見も同行を望んだが、彼女の機材はまだ現場に持ち出せる段階になく、代わりにスマホを何台か借り、複数アングルから撮影することにした。
実家の墓所では、光は墓石のちょうど、祖父の戒名が刻まれた場所の前に現れた。母方の墓所——祖母の墓——では、驚くほどはっきりと、二つの光点が寄り添うように浮かんでいた。氷見に見せると、彼女はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「二つ、ってことは……お祖母さんだけじゃないのかもね」
僕は言葉を失った。祖母は、若くして亡くなった妹がいたと、母から聞いたことがあった。会ったこともない、大伯母にあたる人だ。
寺では、本堂の奥、かつて彼女の晋山式で僕らが座った場所のあたりに、光が現れた。友人——住職になっている彼女に写真を見せると、驚くでも怖がるでもなく、静かに笑った。
「知ってたよ、そんなの。うちでは『いつものこと』だから」
氏神様では、拝殿の奥、御神体のある方角に、これまでで一番大きな光が写った。神職の方に聞くと、こちらも「氏子さんの写真には、たまに写るものです」とだけ、あっさり答えられた。
四か所、四通りの反応。だが共通しているのは、誰も本気で驚いていないことだった。まるで、僕だけが今さら気づいた、当たり前のことのように。
五章 プロトコル
その夜、氷見から連絡が来た。声が珍しく上ずっていた。
「解析、終わった。聞いて」
彼女は、ここ数年で集めた数百件の類似サンプルの位置情報を、日本地図の上にプロットしていた。それは、無作為な分布ではなかった。特定の地質——花崗岩質の地盤で、かつ、地下水脈が近い場所——に、驚くほど集中していた。しかも、その多くが、少なくとも数百年、場合によっては千年以上、絶え間なく人が弔いに通い続けてきた場所だった。
「これは、自然現象なんかじゃない」
氷見は言った。
「誰かが設計したシステムだと思う。人間の営みそのものを、エネルギー源にして動く、超長期の記録装置。弔いに来る人がいる限り、稼働し続ける」
「誰が、そんなものを?」
「わからない。少なくとも、記録が残ってる範囲の人類じゃないと思う」
彼女は言葉を選ぶように、続けた。
「一つだけ、確かなことがある。このシステムは、対象を選んでる。適当な光子のノイズじゃなくて、血縁や、深い関わりのあった相手の——というより、その人物を『覚えている』誰かが訪れたときにだけ、応答する」
僕は、四か所すべてで自分が撮影者だったことを思い出した。友人の寺でも、氏神様でも。もし、これが「記憶する者」への応答だとしたら——僕は、思っていた以上に多くのものを、覚えていたことになる。
六章 彼岸から
半年後。氷見たちのチームは、正式な論文発表の準備を進めている。世間はまだ、この話を知らない。
僕は今も、月命日やお彼岸のたびに、あの四か所を巡っている。今ではもう、光が写らないことの方が珍しい。
科学的な説明は、いずれ与えられるだろう。ナノ構造の起源も、エネルギー変換の仕組みも、いつか論文になり、教科書に載るかもしれない。
けれど、僕はもう、それを「解明されるべき謎」としてだけ見ることができなくなっている。
昔、彼女が言っていた暗闇を漂う「火の玉」とは、ゆらゆらと燃える怪異などではなく、この静かで健気な光の明滅のことだったのだ。
シャッターを切るたびに、そこに写るものを、僕は今、こう呼んでいる。
——返事。
墓地で笑い話にしていた光は、本当は、ずっと律儀に、僕らの訪れを待っていたのかもしれない。
うそだい、なんて笑っていた自分に、今なら言える。
本当だったよ。ただし、思っていたのとは、ずいぶん違う形で。
エピローグ
友人の寺の娘は、今では立派な住職だ。先日会ったとき、彼女はこう言った。
「昔から思ってたんだけど。あれって、消えてしまうことへの、せめてもの抵抗なんじゃないかな。忘れられたくない、っていう」
僕はうなずいた。氷見の言う「システム」という言葉より、彼女の言葉の方が、ずっと腑に落ちた。
今夜も、僕はどこかの墓地で、誰かがシャッターを切っているのを想像する。
そして、律儀に、光が応える。
うそだい、なんて。
もう、僕は笑わない。
了
あとがき
人が大切な人を思う「記憶」や「祈り」という目に見えないエネルギーが、もし物質世界に干渉する仕組みを持っていたとしたら……そんな想像からこの物語を構築しました。
科学技術がどれほど進歩しても、人が人を想い、別れを惜しむ感情の根底にあるものは変わりません。ふとした瞬間に撮れた写真の中に、もし小さな光を見つけることがあれば、それは科学的なノイズではなく、遠い誰かからの「返事」なのかもしれません。

