天の川を渡る夜
――五世代先の孫からの手紙――


まえがき
夜の静けさの中で、人は時に不思議な繋がりを感じることがあります。
この物語は、四畳半の書斎で一人パソコンに向かう初老の男と、百五十年後の未来から「夢」を介して呼びかける少女の、静かな対話の記録です。
滅びゆく地球を離れ、巨大な船に乗って漆黒の宇宙へ旅立った人類。その果てしない旅路の中で、彼らは何を思い、何を祈っていたのか。
膨大な時空と「天の川」を挟んで交わされる二人の言葉が、読者の皆様の心に小さく暖かい光を灯すことを願っています。




序章 物語を書く男
木下修一は、六十四で会社を退いてから、毎晩のように物語を書いている。
若い頃から胸の奥にしまっていた話を、誰に頼まれたわけでもないのに、夜な夜な引っ張り出しては文字にする。
書斎と呼ぶには狭すぎる四畳半の隅に、古いノートパソコンを据えている。
妻が眠った後の静けさの中で、修一はひとり、ゆっくりとキーボードを叩く。
若い頃なら、一晩で何十枚でも書けたかもしれない。
今では、一つの文章を何度も読み返し、言葉を一つ削り、また一つ足す。
それでも、書くことは嫌いではなかった。
むしろ、会社を辞めてからのほうが、物語を書く時間を大切に思うようになった。
困ったことに、修一には昔から「書きながら寝落ちする」癖がある。
物語の続きを考えているうちに瞼が重くなり、気づけば頬が机に触れている。
翌朝、画面には途中で切れた一文が残っていて、自分でも、
「昨夜は一体、どこまで書いたんだったかな」
と首を傾げる。
そんなことが、幾度もあった。
だが、この数か月、ただ寝落ちるだけでは終わらない夜が増えていた。
眠りの底に、いつも同じ場所が現れる。
光も影もない。
灰色がかった靄のような空間。
その中に、いつも同じ女性が立っているのだ。
修一は、まだ知らなかった。
その女性が、自分の遠い未来からやって来た存在であることを。
そして、その夜の出会いが、ひとつの物語を終わらせ、もうひとつの物語を始めることになることを。



第一章 夢の中の女性
夢の中の景色に、これといった特徴はない。
強いて言うなら、光も影もない、灰色がかった靄のような空間だった。
地面があるのかさえ分からない。
空もない。
遠近感もない。
ただ、どこまでも薄い灰色が広がっている。
その中に、彼女はいつも同じ姿で佇んでいた。
歳の頃は、まるで分からない。
若く見える時もあれば、どこか大人びた翳りを帯びて見える時もある。
長い黒髪。
白っぽい服。
整いすぎるほど整った顔立ちなのに、なぜか記憶の中の誰にも似ていない。
「キミは?」
最初の夜、修一はそう声をかけた。
返事はなかった。
近づこうとすれば、彼女はすっと遠ざかる。
諦めて足を止めれば、今度は向こうから静かに近づいてくる。
まるで磁石の同じ極を近づけたときのように、二人の間には一定の距離だけが存在していた。
「どこかで会ったことがあるのか?」
尋ねても、彼女は答えない。
ただ、修一を見ている。
その眼差しには、恐怖も警戒もなかった。
むしろ、長い間探し続けていたものをようやく見つけたような、不思議な懐かしさがあった。
昔の知り合いだろうか。
修一は記憶を辿った。
亡くなった初恋の人。
若い頃に思いを寄せた誰か。
学生時代の友人。
だが、どれにも当てはまらない。
それでも、夢の中で彼女に会うたび、修一はなぜか安心した。
不思議なことに、怖くはなかった。
いつしか修一は、その女性のことを深く考えなくなった。
歳を取ると、説明のつかないことは、説明のつかないままそっと棚に置いておく術を覚える。
夢など、そんなものだ。
そう思っていた。
少なくとも、彼女が初めて声を発するまでは。




第二章 おじいちゃん
その夜も、修一は書きかけの原稿の続きを考えながら、机に突っ伏していた。
時計を見ると、午前一時を少し過ぎていた。
「今日はここまでにするか」
そう呟いた記憶はある。
だが、電源を切った記憶はない。
気づけば、いつもの灰色の靄の中に立っていた。
彼女も、いつもの場所にいる。
修一は、いつものように声をかけようとした。
その瞬間だった。
彼女の唇が、かすかに動いた。
「――おじいちゃん」
修一は息を止めた。
「……え?」
掠れているようでいて、その声は驚くほどはっきり届いた。
「おじいちゃん……って、俺のことか?」
彼女は小さく頷いた。
「うん」
修一は、しばらく何も言えなかった。
やがて、苦笑した。
「俺はまだ、孫の顔も見てないんだけどな」
「知ってる」
彼女は少し笑った。
「だから、こうして会いに来たの」
「会いに……?」
「うん。あたし、おじいちゃんから見て、五世代未来の孫よ」
修一は、また言葉を失った。
五世代。
子、孫、ひ孫、玄孫、その先。
自分から数えて、五つ先の命。
「……五世代って、どのくらい先なんだ?」
「家系によるけど、だいたい百五十年くらい」
「百五十年……」
修一は乾いた笑いを漏らした。
「それじゃ、俺はとっくに死んでるな」
「もちろん」
あまりにもあっさり言うので、修一は思わず笑ってしまった。
「ずいぶん正直な子だな」
「ごめん」
「いや、いいよ」
彼女も笑った。
その笑顔を見た瞬間、修一の胸の奥で、何かが小さく揺れた。
これまで何度も夢の中で見てきた顔だった。
なのに、初めて見る顔のようにも思えた。
「君、名前は?」
「遥」
「遥?」
「うん。遠く隔たったところっていう意味で、そう名付けられたの」
「なるほど。ずいぶん遠いところから来たもんだ」
「ほんとにね」
二人の間に、初めて小さな笑いが生まれた。
修一はふと思った。
この女性は、本当に自分の子孫なのだろうか。
夢にしては、あまりにも感触が生々しい。
声の響き。
表情。
言葉の間。
どれも、自分の想像だけで作ったものとは思えなかった。
「でも、どうして今まで何も話さなかったんだ?」
「うまく繋げなかったの」
遥は少し困ったような顔をした。
「声を届けるのって、思っているよりずっと難しいのよ」
「夢を使って通信しているのか?」
「夢っていうより……遺伝子の底に残ってる、遠い記憶の折り目を手繰り寄せてるの。百五十年経っても体は送れないけれど、血の繋がった人の『眠りの浅い場所』にだけなら、言葉を落とせるから」
「つまり俺は……」
「遠い未来の受信機」
「嫌な言い方だな」
遥が笑った。
その笑い声が、修一には妙に嬉しかった。




第三章 終わった地球
何度か夢の中で会ううちに、修一は少しずつ遥に慣れていった。
遥もまた、少しずつ未来の話をするようになった。
ある夜、修一は何気なく尋ねた。
「で――そちらの時代は、平和かい?」
軽い気持ちで訊いたつもりだった。
だが、遥はすぐには答えなかった。
灰色の靄の中で、彼女の顔が少しだけ曇った。
「……おじいちゃんは、知らないと思うけれど」
「うん」
「地球は、もう終わってしまったの」
その一言が、修一の胸の奥にゆっくり沈み込んだ。
「終わった、って……どういう意味だ?」
遥は少し考えてから、静かに話し始めた。
「気候の均衡が崩れて、海が随分と姿を変えたの。食料も水も足りなくなって、国同士だけじゃなく、人同士でも争うようになった」
「戦争か?」
「戦争もあった。でも、最後はそういう派手なものじゃなかった」
遥の声は静かだった。
「少しずつ、住める場所が減っていったの」
「……」
「少しずつ、人が減っていった」
修一は何も言えなかった。
「それでも人は、百年近く踏みとどまろうとした。海上都市を作ったり、地下に住んだり、人工的な気候制御を試したり。でも、どれも長くは続かなかった」
「最後は、どうなった?」
遥は灰色の向こうを見つめるようにして言った。
「静かだったよ」
「静か?」
「うん。映画みたいな滅亡じゃないの。空が突然真っ黒になったわけでも、巨大な隕石が落ちたわけでもない」
少し間を置いて、遥は続けた。
「ただ、少しずつ、地球に残る意味がなくなっていったの」
修一は、言葉を失った。
その時、頭の中に、自分が生きている時代の風景が浮かんだ。
季節外れの豪雨。
異常な暑さ。
消えていく生き物たち。
遠い国の干ばつ。
ニュースの中で語られていた、小さな異変。
その一つ一つが、遠い未来から伸びてきた一本の線につながっていくような気がした。
「怖がらせてごめんね、おじいちゃん」
「いや……」
修一は、しばらく考えた。
「怖いというより……申し訳ない気持ちだ」
「どうして?」
「俺たちの時代が、その始まりを作ったのなら」
遥は、ゆっくり首を振った。
「誰のせいとか、そういう話じゃないよ」
「でも……」
「それに」
遥は少しだけ笑った。
「終わりは、始まりでもあったから」




第四章 クイーン・エリザベス
「今、あたしたちは大きな宇宙船に乗ってるの」
ある夜、遥はそう言った。
「宇宙船?」
「うん」
「どこへ?」
「次の星を探しに」
修一は思わず笑った。
「ずいぶん遠くまで来たもんだな」
「まだ始まったばかりよ」
遥の声には、少しだけ誇らしさが混じっていた。
船の名前を訊くと、遥は答えた。
「クイーン・エリザベス」
「クイーン・エリザベス?」
修一は目を丸くした。
「昔の大海原を航行した客船と同じ名前だ」
「そう。かつて地球の荒波を越えて人を運んだ船。その『どんな嵐でも人を守り抜く』っていう誇りを受け継ぎたくて、名前を残したんだと思う」
遥によれば、地球脱出計画は何十年も前から静かに進められていたという。
巨大な舟艇の設計思想を受け継ぎ、それを宇宙航行用に発展させた。
長期航行に耐える巨大な船体。
内部には居住区があり、人工照明の下には畑が広がっている。
水は循環され、空気も再生される。
そして、船の中心には小さな森まであるという。
「子どもの頃、あたしはそこで遊んでた」
「宇宙船の中で?」
「そう」
遥は笑った。
「窓の外は真っ暗な宇宙なのに、足元には土があって、木が生えてるの。変な感じだったよ」
「でも、羨ましいな」
「どうして?」
「俺は宇宙船の中に森を作るなんて、想像したこともない」
「おじいちゃんたちの時代は、地球そのものが森だったんでしょう?」
修一は黙った。
その言葉が、なぜか胸に刺さった。
「……そうだな」
「だから、あたしたちは地球を忘れないために、船の中に森を作ったの」
遥はそう言った。
「地球で育ったものを、少しでも未来へ持っていくために」
修一は、その言葉をしばらく考えた。
やがて尋ねた。
「どこへ向かっているんだ?」
「まだ名前のない星よ」
「名前がない?」
「正式な名前はあるけど、船の中ではみんな『新しい星』って呼んでる」
「遠いのか?」
「遠いよ」
遥は笑った。
「今ちょうど、天の川を渡ってるところ」
「天の川を……」
修一は、その言葉を口の中で繰り返した。
子どもの頃、七夕の夜に見上げた空。
小さな星々が流れる、あの淡い光の帯。
その向こうへ、遥たちは進んでいる。
「光と同じ速さで?」
「ううん。光速そのものにはなれないよ。でも、限界に近い速度で飛んでる」
「それでも、何年もかかるんだろう?」
「うん」
「怖くはないのか?」
遥は少し考えた。
「怖いよ。もちろん」
そして、少しだけ笑った。
「でも、みんな一緒だから」
「それだけ?」
「それに――」
遥は、照れたように目を伏せた。
「たまに、おじいちゃんと話せるから」
「俺と?」
「うん」
「それが、そんなに心強いのか?」
「うん」
遥は、はっきりと言った。
「随分と心強いよ」




第五章 新しい星の光
それから幾晩か、遥からの言葉は途絶えた。
修一は夜な夜な原稿に向かいながらも、いつしか彼女の続きを待つようになっていた。
書いているのは別の物語だった。
老人と、遠い町に住む少女の話。
だが、いつの間にか指先は止まってしまう。
遥は今、どこにいるのだろう。
そんなことを考えている自分に気づくたび、修一は苦笑した。
会ったこともない。
本当に存在するかどうかさえ分からない。
それなのに、もう彼女は自分の中で、確かな存在になっていた。
再び声が届いたのは、季節がひとつ変わった頃だった。
「おじいちゃん、聞こえる?」
「……ああ」
修一は、思わず笑った。
「待ってたよ」
「ほんと?」
「うん」
遥の声が、少しだけ明るくなった。
「この先にね、地球にそっくりな星が見えてきたの」
「地球に?」
「大気がある。水もある。観測データでは、地表に緑らしいものも見える」
「生き物は?」
「まだ分からない」
遥の声には、これまでになかった昂りが滲んでいた。
「みんな、久しぶりに笑ったの」
「船の中で?」
「うん。ずっと張り詰めてたから。地球を出てから、誰もが心のどこかで、本当に次の場所があるのかって思ってたんだと思う」
「それで、星が見えた」
「そう」
「よかったな」
「うん」
遥は、しばらく黙っていた。
その沈黙の向こうに、修一は見えない星を想像した。
青い星。
水のある星。
緑のある星。
百五十年という時間を越えて、遥たちがようやく見つけた新しい故郷。
「おじいちゃん」
「なんだ?」
「もしかすると――先行者がいるかもしれない」
「先行者?」
「うん。あたしたちより先に、あの星に辿り着いた誰か」
「地球人?」
「分からない」
遥の声が、少し低くなった。
「あるいは、あの星でずっと暮らしてきた誰か」
修一は黙った。
「つまり……」
「うん」
遥が答える。
「あの星には、あたしたちより先に生きているものがいるかもしれない」
「それは、地球と同じような生物かな?」
「分からない」
通信の奥で、何かの音がした。
遠くから聞こえる警告音のようにも思えた。
「遥?」
「大丈夫」
「本当に?」
「まだ何も分からないから」
そう言いながらも、遥の声には、わずかな緊張が混じっていた。
「今、観測を続けてる」
「気をつけろよ」
「うん」
その返事を最後に、また声が途切れた。
修一は、しばらく暗い画面を見つめていた。




第六章 受け入れてくれると良いね
遥の声が戻ってきたのは、それから間もなくのことだった。
いつもより落ち着いている。
だが、その落ち着きの奥に、明らかな緊張があった。
「おじいちゃん」
「ああ」
「観測班が、あの星の軌道上に、人工的な構造物らしきものを見つけたの」
修一は息を呑んだ。
「人工的?」
「うん。自然にできたものとは考えにくい形をしている。でも、まだ正体は分からない」
「壊れた残骸かもしれない?」
「そうかもしれない」
「今も動いているものかもしれない?」
「……そう」
二人の間に、長い沈黙が流れた。
「危険なものかもしれないんだな」
「かもしれない」
「戻ることは?」
遥は、静かに答えた。
「できないよ」
「……そうか」
「地球には、もう戻れない。ここまで来るのに、何世代もかかった。あたしたちには、もう後戻りする場所がないの」
その言葉を聞いて、修一は胸が苦しくなった。
故郷を失った者に、選択肢という贅沢は残されていない。
ただ前へ進むしかない。
それは、修一の知る歴史の中にも、何度も繰り返されてきた人間の姿だった。
海を渡った人々。
知らない土地へ移り住んだ人々。
故郷を捨て、新しい場所で生きようとした人々。
彼らもきっと、同じような不安を抱えていたのだろう。
「遥」
「うん」
修一は、何を言えばいいのか分からなかった。
「……受け入れてくれると良いね」
しばらく返事がなかった。
やがて、
「うん……」
と、遥が答えた。
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
まだ何かを続けようとしていたのかもしなく。
けれど、その先の言葉は届かなかった。
灰色の靄が、ゆっくりと薄くなっていく。
「遥?」
呼びかけても、返事はない。
修一は、伸ばした手を途中で止めた。
そして、そのまま目を閉じた。




終章 目覚め
目が覚めると、修一は机に突っ伏したままだった。
首の付け根が鈍く痛む。
ノートパソコンの画面には、書きかけの一文が、いつものように中途半端な形で残っている。
窓の外は、まだ薄暗かった。
修一は、しばらく動かなかった。
夢の続きを、もう一度たぐり寄せようとする。
だが、遥の顔も、灰色の靄も、少しずつ遠ざかっていく。
夢というものは、目覚めた瞬間から消えていく。
手のひらにすくった水のように。
それでも、最後の言葉だけは残っていた。
――受け入れてくれると良いね。
――うん……
修一は、胸の奥に残ったその声を、何度も思い返した。
百五十年も経てば、想像もしないことが起こるのだろう。
自分たちが当たり前だと思っているものも、未来の誰かにとっては、遠い昔の話になる。
そう考えると、不思議な気持ちになった。
かつて黒船が来た時代の人々にとって、今の世界は想像の外側にあっただろう。
空を飛ぶ飛行機。
月へ行く人間。
世界中を瞬時につなぐ通信。
小さな機械の中に収まった無数の知識。
それらを、幕末の人間が想像できだろうか。
ならば――
百五十年後の遥の世界が、今の自分に想像できないのも当然なのかもしなく。
修一は、冷めきったコーヒーに口をつけた。
苦かった。
それから、静かにキーボードへ手を戻した。
昨夜まで書いていた物語を閉じる。
新しい文書を開く。
しばらく白い画面を見つめた。
そして、一行目にこう打ち込んだ。
「昨今、パソコンに向かい物語を書きながら、ふと寝落ちてしまうことがある――」
修一は、そこで一度、手を止めた。
これは夢の記録なのだろうか。
それとも――
まだ見ぬ孫から届いた、一通の手紙なのだろうか。
どちらでもよかった。
少なくとも、あの夜々に交わした言葉を、消してしまいたくはなかった。
遥が本当に百五十年先にいるのなら。
排して、もし本当にあの星へ辿り着いたのなら。
いつか、誰かがこの文章を読むかもしれない。
自分の名前さえ知らない、遥の時代の誰かが。
あるいは、遥自身が。
そんなことは、もちろんあり得ない。
修一には分かっている。
百五十年という時間は、人間一人の人生よりはるかに長い。
けれど、物語なら、その時間を越えられる。
言葉なら、手から手へ渡っていく。
祖父から子へ。
子から孫へ。
そして、まだ生まれていない誰かへ。
修一は、もう一度キーボードを叩いた。
一文字。
また一文字。
物語を書くことしかできない自分にできる、唯一の返事だった。
やがて、空が少しずつ明るくなってきた。
窓の外に朝が近づいている。
修一は手を止めずに書き続けた。
その朝、彼はふと思った。
遥たちが天の川を渡っているのなら。
自分もまた、言葉という小さな船に乗って、同じ川を渡っているのかもしなく。
過去から未来へ。
未来から過去へ。
二度と会うことのできない人と、まだ生まれていない人の間を。
天の川を渡る夜は、もう終わろうとしていた。
けれど、物語はまだ終わらない。
朝の光が、静かに部屋を満たしていく。
修一は、未来へ向けて、一行を書き足した。
――遥へ。
――受け入れてもらえると、いいな。
そして彼は、また書き始めた。




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あとがき
この物語は、夜中に一人でキーボードに向かっているとき、「もしこの画面の向こう、あるいは夢の底が、遠い未来とつながっていたらどうだろう」という思いつきから生まれました。
150年という歳月は、個人の命にとっては絶望的なほど遠い時間ですが、人類の歴史や遺伝子、そして言葉や文章という媒体を通してみれば、ほんのひと繋がりの長さに過ぎません。
修一の手記は、果たしてただの老人の夢想だったのか、それとも時空を越えた文通だったのか。新星の「先行者」たちは彼らを暖かく迎え入れてくれたのか――その答えは、夜空の天の川を見上げる読者の皆様の想像の中に委ねたいと思います。
静かな夜のお供になれたなら幸いです。