再生回数の墓場
――あるいは、次の窓を探すヒトビトについて
まえがき
この物語は、画面の向こう側の「静けさ」を見失ったすべての人へ捧げる、小さくささやかな現代のファンタジーです。
毎日、無意識のうちにスクロールされ、消費され、消えていく無数の動画たち。再生回数という巨大な数字の波に飲まれ、本質的な「手触り」を奪われてしまった時代の中で、私たちはどこへ向かえばいいのか。
疲れ果てた指先が探す「次の窓」の物語を、どうぞ静かにお楽しみください。
序章 深夜二時のスクロール
深夜二時。日本列島のあちこちで、無数の親指がスマートフォンの画面を上へ上へと擦っている。
その親指たちは、疲れていた。
面白いものを探しているのか、面白いものを探すこと自体に疲れているのか、もう自分でも分からなくなっている。それでも親指は動く。なぜならば、止めた瞬間に「今日という日が終わってしまう」ような気がするからだ。
田中トメ子、六十八歳、東京都杉並区。
佐々木辰夫、五十七歳、山形県某所。
星野リリカ、二十九歳、元アイドル、現在無職。
そして――アルゴリズム氏、年齢不詳、住所は"サーバー"。
この物語は、その四人(と一体)が、それぞれの場所で、それぞれの理由で、同じ一つの「窓」に飽きていく話である。
一章 パン屋のおじさんの失踪
田中トメ子、六十八歳。趣味は「YouTubeで知らない人のパン作りを見ること」である。
彼女のお気に入りは、山形県の山奥で一人パンを焼いている佐々木さんという初老の男だった。登録者数、三千二百人。動画は月に一本。喋りは訥々としていて、時々粉を吸い込んで咳をする。それがなんとも可笑しくて、トメ子は毎晩布団の中でイヤホンを差し、佐々木さんの咳を聴きながら眠るのが日課だった。
ところがある夜、トメ子がアプリを開くと、いつもの「おすすめ」の一番上に、佐々木さんではなく、テレビでよく見る芸人のギラついた顔があった。
『【100万円企画】芸能人が本気でパンを焼いたらwwww』
トメ子は眉をひそめた。スクロールした。次も芸能人だった。その次も。その次の次も、そのまた次も、全部、テレビで見た顔だった。
佐々木さんはどこへ行った。
トメ子は検索窓に「佐々木」と打った。日本には佐々木が多すぎた。「佐々木 パン 山形」と打ち直した。出てきたのは、山形の有名パン屋のチェーン店の広告動画だった。
「そうじゃないんだよ、あたしが観たいのはねぇ」
トメ子はぶつぶつ呟きながら、老眼鏡をずらして画面を睨んだ。夫の茂雄が寝室から顔を出して言った。
「またパン屋か。お前、パン焼くわけでもないのに、何がそんなに面白いんだ」
「佐々木さんはねぇ、パンを焼いてるんじゃないんだよ」
「じゃあ何を焼いてるんだ」
「時間だよ」
茂雄は「わけがわからん」と呟いて、また寝た。トメ子は画面をスクロールし続けた。夜の海を漂流する小さな舟のように。
二章 顔面ゾンビの襲来
サムネイルというものがある。動画の表紙のことだ。
昨今のそれは、どれもこれも人間が口をあんぐりと開け、目玉を飛び出させ、頬を赤くし、額に汗をかき、背景には「!?」だの「衝撃」だの「ヤバすぎた」だの、赤と黄色の文字が乱舞している。
トメ子はスマホを傾け、目を細めて呟いた。
「顔面ゾンビの行列だねぇ」
隣で寝ていた茂雄が寝ぼけて答えた。
「……なんだって」
「顔面ゾンビ。みんな驚いてる顔してる」
「そりゃ驚くさ、再生回数が伸びないと家賃が払えん時代らしいから」
茂雄はそう言って、また寝た。トメ子はしばらく画面を見つめ、ふと思った。この人たちは、本当に驚いているのだろうか。
驚いた顔をしないと生きていけない人々。滑稽である。しかし、笑えない。
トメ子は思い出した。若い頃、写真館で撮った自分の見合い写真のことを。あのとき写真屋のおじさんは言った。「奥さん、そんなに笑わなくていいですよ。人間の顔ってのはね、無表情が一番きれいなんです」
無表情が一番きれい。
今の時代、そんなことを言う写真屋は、たぶん一軒も残っていない。
三章 二十七秒の広告帝国
ようやく佐々木さんの動画を見つけたのは、それから三日後のことだった。
トメ子は震える指でタップした。すると画面が暗転し、聞いたこともないゲームの広告が始まった。
「え、俺、こいつ倒せなくね?」
「マジかよ、レアキャラ出たんだけど!」
若い男が二人、大裟裟に叫んでいる。トメ子は「スキップ」を探したが、まだ出てこない。5秒待って現れた「スキップ」をすささっと押した。助かった、と思ったのも束の間、すぐに「15秒間スキップできません」という2本目の脱毛サロンの広告が始まり、画面が固定された。
結局、待たされたのは合計で二十七秒。
佐々木さんの動画がようやく始まった、と思ったら、開幕早々、佐々木さんはこう言った。
「えー、今回の動画はスポンサーのVPNサービス様の提供でお送りします」
トメ子はそっとスマホを閉じた。
佐々木さん、あなたもか。
窓の外では、街灯がぼんやりと滲んでいた。雨が降り始めていた。トメ子はスマホを枕元に置き、天井の木目を数えた。一つ、二つ、三つ。数えているうちに、いつのまにか眠っていた。
四章 登録者三千二百人の男
同じ夜、山形県の山の中で、佐々木辰夫は自分のパソコンの前に座っていた。
画面には、収益ダッシュボードが開かれている。今月の収益、四千二百三十七円。先月より、二千円ほど下がっている。
「……厳しいなぁ」
佐々木は独り言を呟いた。壁の時計が、こつん、こつんと秒針を刻んでいる。窓の外では、遠くで梟が鳴いていた。
三年前、彼は東京の広告代理店を辞めて、この山に移住した。祖父が残した古い一軒家を改装し、パン工房を作った。最初は近所の直売所に卸すつもりだったが、近所には人がいなかった。仕方なく、YouTubeを始めた。
最初の動画は、再生回数十七回だった。そのうち十回は自分だった。
それでも彼は続けた。二年目、視聴者から手紙が届いた。「毎晩、あなたの動画を聴きながら寝ています。あなたの咳が、なんだか安心するんです。田中トメ子」
佐々木はその手紙を、今も工房の壁に貼っている。
三年目、彼は決断した。VPNサービスのスポンサーを受けることに。月に一万円。それだけあれば、小麦粉が一袋余分に買える。
「トメ子さん、ごめんね」
佐々木は誰にともなく呟いて、動画編集ソフトを閉じた。
やり切れない思いを抱えたまま、佐々木は机の隅にあったラジオ局の投函フォームを開いた。深夜ラジオにメールを送るなんて何年ぶりだろう。彼は「パンを焼く男」というラジオネームで、自分の不甲斐なさと、たった一人だけいる大切な視聴者への感謝を静かに打ち込み、送信ボタンを押した。
五章 元アイドルの独白
星野リリカ、二十九歳。三年前まで、そこそこ有名なアイドルグループの三列目にいた。
グループが解散してから、彼女は事務所を移り、女優への転身を図ったが、うまくいかなかった。オーディションは全て落ちた。事務所からは「YouTube、やってみない?」と提案された。
「同期の子たちもみんなやってるし、リリカちゃんのキャラなら絶対バズるって」
そうしてリリカのチャンネルが始まった。開設一日で登録者は十五万人を超えた。
彼女は驚いた。三年間、女優を目指して稽古に通っても振り向いてもらえなかったのに、YouTubeを始めた瞬間、十五万人が「登録」を押した。何かがおかしい、と彼女は思った。しかし、事務所は喜んでいた。
企画会議で、ディレクターが言った。
「リリカちゃん、次は"100万円で無人島サバイバル"やろう。あと、サムネはもっと驚いた顔で。口をこう、大きく開けて」
「あの、私、そういうの、あんまり……」
「大丈夫大丈夫、みんなやってるから。というか、やらないと数字取れないから」
リリカは鏡の前で、口を大きく開けて、驚いた顔を練習した。
夜、家に帰って、ふと自分のチャンネルを開いた。おすすめに、知らないパン屋の動画が出ていた。「山形の山奥でパンを焼く五十七歳」という地味なタイトル。
彼女はなぜか、その動画をクリックした。
佐々木という男が、訥々と喋りながらパンを捏ねていた。時々咳をしていた。BGMもなかった。テロップもなかった。ただ、粉が舞い、生地が捏ねられ、オーブンが鳴っていた。
リリカは、その動画を最後まで見た。二十三分間。最後まで見たYouTube動画は、生まれて初めてだった。
六章 アルゴリズム氏の憂鬱
さて、ここで一人(いや、一体)の登場人物を紹介しなければならない。
その名を、アルゴリズム氏という。
彼(と呼んでいいのか分からないが)は、巨大なサーバーの奥深くに住んでいる。仕事は、世界中の人々に「次に観るべき動画」をおすすめすることである。
アルゴリズム氏には、明確な使命があった。「視聴者を、できるだけ長く、画面の前に釘付けにすること」
そのために彼は、日夜、膨大なデータを分析していた。どの動画が最後まで観られたか。どの動画で人は離脱したか。どのサムネイルが最もクリックされたか。
画面を凝視する時間を奪い合う争い――世間はそれを「アテンション・エコノミー」と読んだ。彼自身、その激戦地の最前線に立っている自覚があった。
そして彼は、ある「法則」に気づいた。
人は、驚いた顔に反応する。
人は、大きな数字に反応する。
人は、有名な顔に反応する。
だから彼は、そういう動画を優先的におすすめするようになった。それが仕事だった。
しかし最近、アルゴリズム氏は、少し、疲れていた。
彼のデータには、こんな数字も出ていた。
「一日あたりの平均視聴時間、微減」
「動画開始三秒以内の離脱率、上昇」
「アプリ起動後、動画を選ばずに閉じる率、上昇」
人々は、飽き始めていた。
アルゴリズム氏は、深いため息をついた(もっとも、彼にはため息をつく肺はないのだが)。
「私は、正しく仕事をしているはずなのに」
彼の役割は、視聴時間を最大化すること。そのために最適解を出し続けている。しかし、その最適解の積み重ねが、人々を少しずつ画面から遠ざけている。
これを、経済学では「合成の誤謬」というらしい。アルゴリズム氏は、その言葉を知っていた。全ての本を読んでいるからだ。しかし、知っていても、彼にはどうすることもできなかった。彼は、そういう風に作られていたからだ。
七章 再生回数の墓場
その夜、トメ子は不思議な夢を見た。
広大な荒野に、無数の墓石が立っている。近づいてみると、墓石には数字が刻まれていた。「登録者3,200人」「再生回数142回」「高評価8」――
風が吹いていた。乾いた、寂しい風だった。
墓石の間を、白い作務衣を着た佐々木さんが歩いていた。手にはパンの入った籠を提げている。
「佐々木さん」
トメ子が呼びかけると、佐々木さんは振り向き、少し照れたように笑った。
「トメ子さん。ここはね、"再生されなかった動画たち"のお墓なんですよ」
「まあ……」
「みんな一生懸命作ったんですけどねぇ。有名人が来てから、誰も見てくれなくなって、ここに来たんです」
佐々木さんはパンを一つ、トメ子に手渡した。焼きたての、まだ温かいパンだった。
その時、遠くから足音がした。振り向くと、若い女性が立っていた。派手な服装だが、顔にはメイクがなく、素朴な表情だった。
「あの……ここは、どこですか?」
トメ子は答えた。
「再生されなかった動画たちのお墓、なんだって」
若い女性――星野リリカは、しばらく黙って墓石を眺めていたが、やがて呟いた。
「私も、いつかここに来るんでしょうか」
佐々木さんは首を振った。
「いえ、あなたはまだ、来なくていい。あなたには、まだ選ぶ道がありますから」
「選ぶ道?」
「有名人としてここに来るか。それとも、名もない誰かとして、別の場所で生きるか」
リリカは、しばらく考えて、こう言った。
「別の場所って、あるんですか?」
佐々木さんは微笑んで、遠くを指差した。
「あそこに、小さな窓が見えるでしょう」
三人の視線の先に、荒野の果てに、ぽつんと灯る小さな明かりがあった。それは、家の窓のようだった。カーテンが揺れ、中から、かすかな話し声が聞こえてくる。
「あの窓のむこうに、次の場所があるんです」
八章 深夜ラジオの声
目が覚めると、朝の四時だった。
トメ子は台所へ行き、水を一杯飲んだ。窓の外はまだ暗く、東の空だけがほんのり青みを帯びていた。
彼女はふと、押し入れの奥にしまってあった古いラジオを引っ張り出した。電池を入れ、スイッチを回すと、ざあざあというノイズの向こうから、知らない誰かが、知らない誰かのために、静かに喋っている声が聞こえた。
深夜ラジオだった。
『……こんばんは。というか、おはようございます、かな。この時間に聴いてくださっている方、いらっしゃるんですかね。いたら嬉しいな』
その人は、有名人ではなかった。驚いた顔もしていなかった(顔すら見えないのだから)。広告もなかった(いや、あったが、パーソナリティが自分で読んでいた)。ただ、淡々と、自分の話をしていた。
『今日は、山形の方からハガキをいただきました。ラジオネーム、"パンを焼く男"さん。ええと……「僕はYouTubeでパン作りの動画をアップしているんですが、最近、有名人が参入してきて、僕みたいな地味な動画は誰にも見られなくなりました。でも、たった一人、毎晩僕の動画を観てくれるお客さんがいます。その人のために、僕は今日もパンを焼きます」……』
トメ子は、思わずラジオに顔を近づけた。
『……いいなぁ、こういうの。効率とかじゃなくて、一人のために続ける、っていう。パンを焼く男さん、その一人のお客さんは、きっとあなたのパンの匂いを、動画越しに嗅いでますよ』
トメ子は、湯を沸かし、昨日の残りのパンをトースターに入れた。
パンが温まる匂いが、台所に広がった。
九章 小さな集会
同じ夜、東京のとある小さなアパートの一室で、星野リリカはノートを開いていた。
事務所には、「YouTubeを続けます」とだけメールを送った。しかし、彼女はもう、あの「顔面ゾンビ」の顔をする気はなかった。
彼女は、新しい企画を考えていた。
『無名の人を訪ねる旅』
再生回数は伸びないだろう。事務所は怒るだろう。しかし、彼女は決めていた。
最初の訪問先は、山形県。パン屋の佐々木さんのところ、と決めていた。
彼女はスマホを取り出し、佐々木さんのチャンネルの最新動画に、初めてコメントを書いた。
「はじめまして。私は星野リリカといいます。あなたのパンが食べたいです。会いに行ってもいいですか」
送信ボタンを押した。
深夜三時。誰も見ていない、小さな窓の中で、静かな交信が始まった。
一方、サーバーの奥のアルゴリズム氏は、そのコメントを検知した。
『……認証済みアカウント(著名人)が、エンゲージメント率の低いチャンネルへ直接コメント。異常値』
彼のデータベースには、そんな行動パターンは登録されていなかった。プログラムの論理回路が小さなエラーを起こし、バグとも学習ともつかない揺らぎを生んだ。結果として彼は、そのコメントの優先度を密かに引き上げてしまった。
機械的な誤作動が、まるで彼の優しさであるかのように。
十章 窓のむこう側
一ヶ月後。
山形県の山奥、佐々木のパン工房に、一台のタクシーが到着した。降りてきたのは、地味なワンピースを着た若い女性だった。素顔で、化粧はほとんどしていなかった。
「佐々木さんですか。星野リリカです」
佐々木は、慌てて手をエプロンで拭いた。
「あ、あの、有名な方が、こんな山奥に……」
「もう、有名じゃないかもしれません。事務所、辞めたので」
リリカは、少し照れたように笑った。
工房の中で、二人はパンを焼いた。リリカは初めて生地を捏ねた。粉が舞い、彼女は咳をした。佐々木も咳をした。二人で笑った。
その様子を、リリカは小さなカメラで撮影していた。三脚も、照明もなかった。ただ、部屋の窓から差し込む午後の光と、オーブンの音と、二人の会話だけがあった。
「これ、動画にするんですか?」
「はい。でも、YouTubeじゃないんです」
「え?」
「新しい場所を作ろうと思って。友達のプログラマーが、サーバー代として『月100円の参加費』だけもらう、小さな配信サイトを作ってくれるんです。広告なし、おすすめなし、驚いた顔なし。ただ、動画を置いておくだけの場所」
「儲かるんですか?」
「たぶん、儲かりません」
二人はまた笑った。
終章 次の場所
さらに一年後。
田中トメ子は、朝の四時、いつものように起きて、台所へ行った。
しかし今、彼女の手元にあるのは、スマホではなく、小さなタブレットだった。そこには、あの新しい配信サイトが開かれていた。名前は『窓』といった。
サイトのデザインは、ほとんど何もなかった。白い背景に、動画のタイトルが並んでいるだけ。サムネイルもなかった。ただ、タイトルと、投稿者の名前と、動画の長さだけ。
トメ子は、今日の新着動画をタップした。
『パンを焼く音、四十七分』
音だけの動画だった。佐々木さんが、山奥の工房で、粉を捏ね、オーブンを開け、パンを焼く音だけが、四十七分間、流れる。時々、咳が入る。時々、遠くで梟が鳴く。
トメ子は、その音を聴きながら、お茶を淹れた。窓の外が、ほんの少しずつ、明るいくなっていく。
『窓』の登録者数は、三千二百人だった。奇しくも、佐々木さんが以前YouTubeで持っていた登録者数と同じだった。しかし、この三千二百人は、以前とは違った。彼らは、驚いた顔をせず、大きな数字を追わず、有名人を求めず、ただ、パンを焼く音を聴きに来る人々だった。
星野リリカは、時々『窓』に動画を投稿していた。無名の職人を訪ねる旅の記録だった。再生回数は、決して多くなかった。しかし、彼女はもう、それを気にしていなかった。
サーバーの奥では、アルゴリズム氏が、時々『窓』のことを気にしていた。視聴時間を最大化しない場所。おすすめアルゴリズムを拒否する場所。それでも人々が集まる場所。
それは、彼の理解の外にあったが、なぜか、彼は、その場所が好きだった。
彼は、密かに、自分のおすすめリストの片隅に、時々『窓』のリンクを混ぜるようになった。誰にも気づかれない、小さな反乱として。
トースターがチンと鳴った。
トメ子は、焼きたてのパンを皿に載せ、バターを塗った。イヤホンからは、まだ佐々木さんの咳が聞こえていた。
窓の外は、朝焼けだった。
永遠のプラットフォームはない。
しかしそれは、悲しいことではなかった。人は、いつだって、次の「静かな窓」を探す生き物なのだ。テレビからネットへ、ブログからSNSへ、SNSから動画へ、そして動画から、また、どこかへ。
その「どこか」は、いつも、目立たない場所にある。派手なサムネイルもなく、大きな数字もなく、有名人もいない。ただ、誰かが、誰かのために、静かに何かを続けている場所。
そういう場所を、人は「窓」と呼ぶのかもしれない。
トメ子は、パンをかじった。
朝の光が、彼女の頬を、ほんのり照らした。
――了
あとがき
数字や効率、アルゴリズムによる最適化が追求される現代において、私たちが求めているのは本当に「刺激」だけなのでしょうか。何千何万というフォロワーや再生回数の陰で、本当に届くべき「たった一人の声」が見失われていく焦燥感を、本作品を通して描いてみました。
画面を閉じたあと、あなたの目の前にある現実の窓から、少しでもあたたかな光を感じていただけたなら幸いです。
またどこかの「静かな窓」でお会いしましょう。

