視聴星域漂流記 

―― ある動画惑星の衰退史 ――



まえがき
画面上の数字――再生数、いいね、フォロワー数、インプレッション――に追いかけられ、心がすり減るような感覚を覚えたことはないでしょうか。アルゴリズムの最適化を求められるあまり、「本当に作りたかったもの」を見失ってしまう現代のクリエイターたち。
本書は、そんな私たちの姿を遠い星系の珍妙な宇宙人たちに託して描いた、ささやかなパロディSFです。
数字を追う二つの目ではなく、あなたの「三つ目の目」にこの物語が届くことを願って。




第一章 動画惑星ツベリウス
宇宙の外れ、目立たない渦状腕の片隅に、かつて「ツベリウス」と呼ばれる惑星があった。
この星の住人は奇妙な生態を持っていた。目が三つあり、そのうち左右の二つは前を見るためではなく、常に「再生数メーター」という透明な数字を見るためだけに進化していた。額の中央にある「三つ目の目」だけが、たまに動画そのものや目の前の相手を見るのに使われた。
住人たちは各々、頭の上に小さなアンテナ状の器官――通称「バズリ角」――を生やしており、これが伸びるほど、その者は星系内で尊敬された。バズリ角を伸ばすには、来る日も来る日も「素材」と呼ばれる映像を撮り、編集し、星全体に向けて発信し続けるしかない。
主人公・ノボルは、そんなツベリウスの片隅で、十年間コツコツと「岩石の観察日記」という地味な番組を発信し続けていた、しがない配信生物だった。バズリ角は控えめ。だが、彼の動画には確かな常連客――角膜に固有識別印を刻み、毎回律儀に訪れる「定住視聴者」と呼ばれる岩好きたちがいた。
ノボルの日々は静かだった。静かすぎるほどに。



第二章 降臨する者たち
ある日、空が裂けた。
文字通り、裂けたのである。ツベリウスの成層圏に巨大な光る亀裂が走り、そこから次々と「著名生命体」が降り注いできた。彼らは他の惑星ですでに膨大なバズリ角を得た存在――歌う触手族、踊る発光クラゲ、政治家だった半透明の何か――で、ツベリウスの「視聴時間資源」という、実は非常に有限な鉱物を掘り尽くすためにやってきたのだった。
視聴時間資源はツベリウスの地下深くに眠る、住人が一日に使える「注目力」の総量そのものだった。一人が誰かの動画を一分観れば一分消費され、他の誰かの取り分は消える。これは絶対量保存の法則、通称「アテンションの保存則」として、この星の物理法則の根幹をなしていた。
著名生命体たちは、この資源を我先にと掘り始めた。彼らの動画はけばけばしく、爆発と絶叫と「衝撃の結末」に満ちていた。さらには15秒で脳の報酬系を直接揺さぶる「縦長高速微粒子」を撒き散らし、住人たちの集中力をズタズタに引き裂いていった。地味な岩石観察など、あっという間に人々の三つ目の目から追いやられた。
「なぜだ」とノボルはつぶやいた。「岩は、爆発しないから悪いのか」



第三章 CM生命体の侵略
さらに悪いことに、著名生命体の後を追うようにして、「CM生命体」という半自律の寄生種族が大量発生した。
これは無害に見えて実は非常にしぶとい生物で、動画と動画の合間、あるいは動画の途中に強制的に体をねじ込み、十五秒、三十秒、時には一分以上も視聴者の注目力を吸い取って生きながらえる。彼らに好みの映像などなく、ただひたすら「洗剤」だとか「謎のスマホゲーム」だとかを繰り返し繰り返し映し出しては、住人たちの心を少しずつすり減らしていった。
駆除するには皮肉にも、毎月貴重な資源を献上して「プレミアム膜」を張るしかなかった。住人たちは「広告を見ない権利」を買うために、さらに忙しく動画を作り続けるという本末転倒の泥沼にはまっていった。
ノボルの隣人、ベテラン配信者のカラシワは、ついにバズリ角が完全に萎れて垂れ下がり、こう言った。
「もう限界だ。観たいものを観るまでに、掘っても掘っても岩ばかりのトンネルを掘らされている気分だよ」
ツベリウス中で、静かな離脱が始まった。人々は自ら三つ目の目を閉じ始めた。



第四章 漂流
ノボルは、ある晩、自分のちっぽけな配信小屋の扉を開けて外に出た。空にはまだ、著名生命体たちが降り立った亀裂が、ぼんやりと光っていた。
彼は思った。「この星に、永遠はないのかもしれない」
ツベリウスの歴史を紐解けば、かつて「ブロギウス」という文字だけで発信する住人たちの惑星があり、それも似たような形で燃え尽きたという伝説があった。その前は「ミクシィ環」という小さな衛星が、身内だけの温かい光を放っていたが、いつしか静かに公転を止めたとも言う。
栄えては廃れ、廃れては、どこか名もない場所に新しい光が灯る。それが、この宇宙の視聴生態系の摂理らしかった。
ノボルは自分の小屋の前に小さな宇宙船――使い古した「登録者リスト号」――を用意した。行き先は決めていない。ただ、次にどんな星が生まれるのか、それを静かに見届けたいと思った。



終章 それでも岩は転がる
出発の朝、ノボルの元へ、長年の常連視聴者だった小さな鉱物生命体・ケイセキが訪ねてきた。
「どこへ行くんです、ノボルさん」
「さあ。どこかにまだ、地味なものを地味に愛でられる場所があるかもしれない」
「見つかりますかね」
「わからないさ」とノボルは笑った。「でも、岩はどこの星でも転がっている。誰かがそれをじっと見つめる限り、きっとまた小さな灯りは点く」
登録者リスト号は、静かに、けれど確かにツベリウスの空を離れていった。
背後で、著名生命体たちの叫び声とCM生命体の合唱が、いつまでも響いていた。だがノボルの三つ目の目は、もうそちらを向いてはいなかった。

――了――


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あとがき
物語の中でノボルが信じたように、「数の多さではない。続くということそのものに意味がある」という思いは、私自身が日々の創作の中で大切にしている実感でもあります。
アルゴリズムの波に呑まれそうなとき、バズや数字の狂騒から一歩引き、目の前の「一個の岩」を誠実に見つめ続けること。それこそが、作品を真に輝かせる唯一の方法なのかもしれません。
もしこの小さな物語が、あなたの「三つ目の目」を少しでも温めることができたなら、とても嬉しく思います。