一方通行トラベル
──オバカさんに、会いに行く──
まえがき
誰にでも、胸のいちばん柔らかい場所に仕舞い込んだまま、取り出せずにいる言葉や顔があるのではないでしょうか。
「いつか会いに行こう」「そのうち連絡してみよう」――そう思いながら積み重ねてしまう言い訳の日々は、まるで少しずつ水滴を落とす古びた蛇口のようです。時の流れはいつも一方通行で、決して巻き戻すことはできません。だからこそ私たちは、過ぎ去った季節や遠く離れた人に囚われ、踏み出せない理由ばかりを探してしまいます。
この物語は、そんな「行かなくちゃ」を抱えながら立ち止まっていた一人の男が、不思議な切符手形を手に入れることで始まる、短くて静かな再会の旅です。もしもあなたにも、いつか「オバカさんね」と笑って許してもらいたい記憶があるのなら、どうか主人公とともに、この片道切符の旅に付き合っていただければ幸いです。
第一話 蛇口の声
夜、風呂の湯船の縁に腰掛け、足先だけをお湯に浸かしながら、僕はぼんやりとテレビを眺めていた。「Youは何しに日本へ?」。二十五年前にオレゴンの高校で日本語を教えていた先生に会いに、当時のワルガキ二人が息子を連れてやって来る、という話だった。
先生に叱られる度に言われた「so stupid! オバカさんね!」という一言が、四半世紀を経てもなお、二人の胸のいちばん柔らかいところに刺さったままだったらしい。探し出した先生は、少し不自由になった体で、それでも満面の笑みでこう言った。「オバカさんね」。二人は泣きながら笑っていた。
僕はテレビの前で、お湯から足を引き上げることも忘れて、しばらく動けなかった。羨ましい、と思った。会いたい人はいくらでもいるのに、僕はまだ、誰のところへも出掛けていない。
その晩、歯を磨いていると、洗面台の蛇口がぽたり、ぽたりと妙な調子で水を垂らした。ぽたり。ぽたり。まるでモールス信号のようだった。耳を近づけると、水滴の合間から、かすれた声が漏れてきた。
「――会いたい人、いますか」
僕は歯ブラシを落とした。蛇口は何事もなかったかのように、ただの蛇口に戻っていた。寝不足だろうか。それとも、さっきの番組にあてられただけだろうか。そう自分に言い聞かせて、僕は布団に潜り込んだ。
第二話 一方通行トラベル
翌朝、玄関のポストに見覚えのない茶封筒が挟まっていた。差出人の名前はなく、代わりに小さな活字で「一方通行トラベル株式会社」とだけ印刷されている。切手も貼っていないのに、消印だけはやけに古い、四十三年前の日付が捺してあった。
封を切ると、一枚のチケットが出てきた。行き先の欄は空白。座席番号のところには「特等・後悔なし席」と書かれている。裏を返すと、几帳面な手書きの文字でこう添えてあった。
『会いたい人を、心に一人だけ思い浮かべてください。あとは弊社にお任せを。──ただし、このチケットは一方通行です。会ったら、ちゃんと帰ってきてください』
帰ってきてください、というのが妙に律儀で、僕は思わず笑ってしまった。悪戯にしては手が込んでいる。試しに、と思い、目を閉じて一番古い記憶を辿った。小学校の、あの先生の顔が浮かんだ。
目を開けると、居間のドアが消えていた。代わりにあったのは、木の匂いのする、見覚えのある引き戸だった。
第三話 黒板消しは飛んでくる
引き戸を開けると、そこは間違いなく、あの頃の教室だった。チョークの粉っぽい匂い、日に焼けたカーテン、窓際でひなたぼっこをしている埃までもが、記憶のとおりだった。
教壇には、先生が立っていた。もう何年も前に空の向こうへ越して行ったはずの先生が、当時とまったく同じ顔で、当時とまったく同じ、ちょっと呆れたような目でこちらを見ている。
「遅いですよ。四十年も、何をしていたんですか」
「いや、その、いろいろと」
「いろいろ、では説明になっていません」
言うが早いか、黒板消しが一直線に飛んできて、僕の額に見事に命中した。パシッと乾いた音が響き、白い粉が煙のように舞い上がる。痛くはなかった。ただ、懐かしさで胸がいっぱいになった。
「相変わらず手が早いですね、先生」
「あなたが相変わらず口だけ達者だからです」
先生はそう言って、くすりと笑った。花を持って毎年お墓参りに行っていたことは伝えなくても、もう知っているような顔をしていた。僕らはひとしきり、あの頃の悪戯の数々について語り合った。廊下を走って怒られたこと、宿題の答えを写して見破られたこと。話すたびに、先生は呆れたように、けれどどこか嬉しそうに、こう繰り返した。
「オバカさんですね、あなたは」
それを聞くために、四十年かかったのかもしれない。僕は深々と頭を下げた。今度は逃げるように帰らず、ちゃんと「行ってきます」と言ってから、引き戸をくぐった。
第四話 絵文字を覚えた先生
次に思い浮かべたのは、中学校の先生だった。引き戸の向こうは、今度は理科室に似た薬品の匂いのする部屋で、先生は黒板の前で、なぜか僕のスマートフォンとそっくりな端末をいじっていた。
「これは、何ですか。絵の記号ばかり出てきますが」
「先生、それ、僕のより新しい機種です」
先生は面白がって、次々と絵文字を送りつけてきた。よく分からないまま「🐢🌙🍙」と打ってくる先生に、僕は笑いをこらえながら意味を尋ねた。
「亀と月とおにぎり、それぞれ何の意味なんですか」
「さあ。あなたたちが、テストで支離滅裂な答案を書いていたのを思い出しましてね」
「それは反則です、先生」
教室中に、乾いた笑い声が響いた。先生は最後に、真面目な顔になって言った。
「毎年、花を持って来てくれているそうですね。ありがとう。でも、そろそろ、生きている人にも会いに行きなさい。私たちは、どこにも逃げませんから」
その一言は、黒板消しよりもずっと強く、胸に命中した。
第五話 太平洋を隔てて
三度目に思い浮かべたのは、海の向こう、LAにいる母だった。引き戸の先は、今度は懐かしい台所だった。醤油と、少しだけアメリカの洗剤の匂いが混ざった、あの匂い。
母はエプロン姿で振り返り、驚いた顔もせずに、こう言った。
「あら、早かったじゃない。来年って言ったのに」
「一方通行トラベルの特別便らしくて」
「怪しい会社ね」
母は笑いながら、僕の分の茶碗を出した。ここでは時差もなく、四十三年分の会話も、湯呑み一杯分くらいの軽さで交わせるらしかった。積もる話は山ほどあるはずなのに、実際にテーブルに着くと、天気の話と、近所の猫の話しかにしなかった。それでよかった。会えたということが、もう九割方の用件だったから。
「来年、本当に来るのよ。一方通行じゃなくて、ちゃんと往復のチケットで」
「うん。約束する」
母は「オバカさんね」とは言わなかった。代わりに、僕の頭を、あの頃と同じ強さでぽんと叩いた。それだけで、十分すぎるほどだった。
第六話 チケットの正体
気がつくと、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。手には、あの茶封筒。中を覗くと、チケットには「使用済み」の判が三つ、律儀に捺されている。
翌朝、ポストをもう一度確かめてみたが、一方通行トラベルからの新しい封筒は届いていなかった。かわりに、玄関マットの上に、行き先の書かれていない航空券の広告チラシが一枚、風に飛ばされて挟まっているだけだった。
なるほど、と僕は思った。あの会社の正体は、たぶん、僕自身の中にずっとあった「行かなくちゃ」という気持ちだったのだろう。ただ、それを言い訳の後ろに隠して、四十年も蛇口をぽたぽた鳴らしていただけなのだ。
僕はチラシを丁寧に折りたたんで、財布に挟んだ。次の給料日には、本物の、行き先の書いてある往復チケットを買おうと思う。
会いたい人がいるなら、その人はきっと、大切な人だ。時を、機会を、タイミングを待つ必要はない。
「so stupid! オバカさんね」と、いつかまた誰かに笑って言われるために、今日という一方通行の時間を、僕は迷わず、前へ踏み出してみることにした。
あとがき
この作品は、テレビで目にしたひとつのドキュメンタリー番組から着想を得ました。何十年もの時を隔ててなお、笑い合い、涙を流しながら再会を喜ぶ人々の姿に、私は強く胸を打たれました。アンド同時に、自分の中にも「いつか会わなければならない誰か」が残されていることに気づかされたのです。
私たちは誰もが「人生」という二度と戻れない一方通行の時間を生きています。だからこそ、想い出の中に逃げ込むのではなく、今生きているこの場所から一歩を踏み出すことの尊さを描きたいと考えました。
この物語が、あなたの心の中にいる「大切な人」へ思いを馳せるきっかけとなり、そして一歩を踏み出すための小さな背中押しとなれば、とても嬉しく思います。

