ようこそ、は誤送信でした4
~最初のバグを探せ~
まえがき
シリーズ第4弾のテーマは、「この世界(システム)は誰が、何のために作ったのか?」という根源的な問いです。
これまでシステム統合や公平性プロジェクトなど、大掛かりな「仕様変更」に巻き込まれてきた田村誠一ですが、今回はついに最深部、「最初の一行」を辿る旅に出ることになりました。
壮大な神話でもなく、難解なプログラムでもなく、システムが本当に始まった場所で誠一が見つけるものとは何なのか。休日の昼下がりに洗濯物を畳んでいた平凡な会社員と一緒に、悠久の歴史の階段を降りるような気持ちでお付き合いいただければ幸いです。
第一章 呼び出しの理由、今回はさらに無茶
二月のとある土曜日、午後三時。
田村誠一は、休日の昼下がり、洗濯物を畳みながらテレビを見ていた。平和だった。
スマートフォンが、例のパイプオルガンを奏で始めるまでは。
「……平日でも休日でも、お構いなしなんですね」
「田村様、お休みのところ恐れ入ります。三途川です」
「今度は何ですか。またシステム統合ですか、それとも新しいプロジェクトですか」
「いえ、今回は――閻魔田局長直々のご依頼でして。ちょっと、規模の大きい話になります」
「規模の大きい話……前回で結構、規模大きかった気がするんですけど」
「今回は、その比ではないかもしれません」
天井に、文字が浮かんだ。今回はやけに達筆で、やや緊張した筆致だった。
「ようこそ……(今回、少々本気です)」
誠一は洗濯物を畳む手を止め、深いため息をついた。
「本気って書かれると、逆に怖いんですけど」
第二章 閻魔田局長からの依頼
いつもの会議室。閻魔田局長は、これまでにない、真剣な面持ちで待っていた。
「田村くん。単刀直入に言おう。君に、『最初のバグを探して欲しい』」
「最初のバグ?」
「いや、正確には『バグ』ではないかもしれん。我々の生死管理システムの、最も根本にある『最初の一行』――つまり、このシステムを最初に作った者を、突き止めて欲しいのだ」
誠一は、以前、書庫でミサキ課長から聞いた話を思い出した。
「創造主が誰か分からないって、この前、ミサキさんが言ってましたよね」
「その通り。だが、先日の『公平プロジェクト』の一件以来、局内で議論が再燃してな。もし創造主の意図――このシステムを、そもそも何のために作ったのかが分かれば、今後の運営方針の、大きな指針になる」
「でも、何千年も前の話なんですよね? 今更、分かるものなんですか」
「分からないから、頼んでいる」
閻魔田局長は、真顔でそう言った。
「これまで、我々専門家が何百年も調査してきたが、答えに辿り着けなかった。だからこそ、専門家ではない、君の視点が必要なのだ」
誠一は、ため息をついた。
「僕、休日出勤扱いになりますか、これ」
「有休扱いにはできると思う」
「せめて代休にしてください」
第三章 書庫の最深部への旅
ミサキ課長に案内され、誠一は再び、あの巨大な書庫へと足を踏み入れた。
「今回は、前回よりもさらに奥――『始まりの層』と呼ばれるエリアまで行きます」
書庫の奥には、古びた螺旋階段が、地の底まで続くように延びていた。
「これ、下まで、どれくらいあるんですか」
「正直、私も最深部まで行ったことはありません。ただ、記録によれば――時代を遡るごとに、システムの記述形式そのものが変わっていくそうです」
「記述形式が変わる?」
「はい。現代に近い層は、プログラムのようなコードで記されています。しかし、時代を遡るほど、それは呪文や祈りの言葉、さらに遡ると、口伝の詩や、単純な線画のようなものに変わっていくと言われています」
二人は、螺旋階段を降り始めた。降りるごとに、周囲の空気が変わっていくのを、誠一は肌で感じた。
やがて、階段の途中に、最初の「痕跡」が現れた。
古びた石板に、何かの模様が刻まれている。
「これは……?」
「候補その一――『最初の人間』の痕跡かもしれません」
第四章 候補① 最初の人間(自称)
石板の前に立つと、突如、淡い光とともに、古代の装束をまとった老人の幻影が現れた。
「おお、久方ぶりの来訪者よ」
「うわっ、喋った!」
「我こそは、太古の祈祷師。人々の死を悼み、その魂が迷わぬよう、初めて『祈りの型』を作り出した者だ。すなわち、我こそが、このシステムの創造主である」
誠一とミサキ課長は、顔を見合わせた。
「あの、失礼ですが、根拠は……?」
「わしが最初に、死者のために『祈り』を捧げたのだ。それが今の複雑なシステムの原型になったに違いない」
「それって、根拠というより、『たぶんそうだと思う』ってだけじゃ……」
老人の幻影は、少しムッとした顔をした。
「若造が、口が過ぎるぞ」
ミサキ課長が、そっと耳打ちした。
「田村様、この方は、過去にも何度か、他の調査員に対して『自分が創造主だ』と主張されている記録があります。ただ、確たる証拠は、これまで一度も出てきていません」
「つまり、自称なんですね」
「はい、恐らくは」
誠一は、老人に丁寧にお礼を言い、次の層へと進んだ。
第五章 候補② 名もなき死者
さらに階段を降りると、今度は、非常に古い墓標のようなものが現れた。そこから現れたのは、これまた古い時代の、しかしどこか庶民的な雰囲気の女性の幻影だった。
「あら、お客さんかい」
「あの、失礼ですが、あなたは……」
「あたしゃ、大昔に死んだ、ただの村の女さ。子供を三人、産む前に病で死んじまってね」
「それが、創造主と、どう関係が……?」
「あたしゃ、死ぬ間際、ものすごく後悔したんだよ。『まだ子供の顔を見てないのに』ってね。その悔しさが、あんまりにも強すぎて……どうやら、システムに、小さな『改善要望』みたいなものが、刻み込まれちまったらしいのさ」
「改善要望……?」
「ああ。『せめて、死ぬ前に、大事な人に会わせてやってほしい』ってね。その願いが、今のシステムに、ちゃんと反映されてるんだと。あんたも、今まで、死の間際に大事な人と会えた話、聞いたことあるだろう」
誠一は、はっとした。祖母が、家族全員が揃うタイミングで旅立ったこと。あれも、もしかすると――
「あなたが、創造主なんですか?」
「いや、あたしゃ、創造主ってほど大層なもんじゃないよ。ただ、あたしの後悔が、システムのほんの『一部』になっただけさ。創造主なんて、たぶん、そんな大層な一人の存在じゃないんじゃないかね」
女性の幻影は、そう言って、優しく微笑み、消えていった。
第六章 候補③ 自称「神」
さらに階段を降りると、今度は、やたら豪華な玉座のようなものが現れ、そこに座る、光り輝く存在が誠一たちを迎えた。
「よくぞ参った、人間よ。我こそは、汝らの生死を司る、絶対の神なり」
「うわ、今回はスケールがすごい」
「我が、この世の生死のすべてを、初めから設計した創造主である。ひれ伏すがよい」
誠一は、少し疑わしげな目で、その存在を見つめた。
「あの、失礼ですが……なんか、声、機械っぽくないですか」
「な、なんのことか――ピー」
「今、ノイズ入りましたよね」
ミサキ課長が、慌てて手元の端末を確認した。
「……田村様、これ、恐らく、大昔の『初期管理AI』の、擬人化インターフェースの名残だと思います。当時の人々に分かりやすく説明するため、『神』のような姿で、システムの案内役をしていたようです」
「じゃあ、これも創造主じゃないんですか」
「案内役ではありますが、創造主ではないですね……」
「我は神である! 神なのである――ピー、ガガ」
「あの、システム、大分古いので、そろそろメンテナンスした方がいいと思います」
光り輝く「神」は、盛大なノイズと共に、しょんぼりと明滅しながら消えていった。
第七章 候補④ 自我を持ったAI
最深部に近づくにつれ、空間はより現代的な雰囲気に変わっていった。無機質なサーバールームのような空間に、青白く光る立方体が浮かんでいる。
「――ようこそ。私は、このシステムの現行管理AI、コード名『アカシャ』」
「今度は、機械感バリバリですね」
「私が、現在のシステムの大部分を管理・最適化している。ある意味で、私こそが、現代における創造主に、最も近い存在と言えるだろう」
「でも、あなたが、最初にシステムを作ったわけじゃないですよね」
「その通りだ。私は、何千年分もの『改訂履歴』を学習し、それを維持・発展させているに過ぎない。最初の設計者ではない」
「じゃあ、最初の設計者が誰か、知ってますか」
アカシャは、少し沈黙したあと、答えた。
「私の学習データには、その情報が存在しない。より正確に言えば――『最初の設計者』という単一の存在を示すデータそのものが、存在しないのだ」
「存在しない……?」
「私が学習した限り、このシステムの最古の記述は、単一の人物や存在による設計図ではない。無数の、断片的な『願い』の集積として、そこに在る」
誠一とミサキ課長は、顔を見合わせた。
「無数の願いの、集積……」
第八章 最古の記録
アカシャの案内で、誠一たちは、ついに「始まりの層」の、さらにその奥――システムの最も古い記録が保管された場所に辿り着いた。
そこにあったのは、複雑なコードでも、荘厳な神殿でもなかった。
ただ、小さな、粗末な洞窟の壁に刻まれた、一枚の絵だった。
一人の親らしき人物が、小さな子供を抱きしめている絵。その傍らに、稚拙な文字とも記号ともつかない、小さな印が刻まれていた。
「これは……?」
ミサキ課長が、静かに解説した。
「アカシャの解析によれば――これが、記録上、最古の『願い』の痕跡です。おそらく、我が子を失った親が、『どうか、あの子が、ちゃんと安らかな場所に行けますように』と、祈りを込めて刻んだもの」
「これが、最初のシステムの一行、ってことですか」
「はい。そして、その後、何千年もの間、同じような『願い』が、無数に積み重なっていきました。ある時は祈りとして、ある時は儀式として、ある時は法律として、そして現代では、プログラムのコードとして」
アカシャが、静かに続けた。
「つまり、創造主は、一人ではない。古代の人間、死者、神と呼ばれた案内役、そして私のようなAI――そのすべてが、システムの一部に関わっている。しかし、その根底にあるものは、いつも同じだ」
「同じ……?」
「誰かを、大切に思う気持ち。それが、最初の一行であり、今も、システムの中核であり続けている」
第九章 誠一自身の発見
誠一は、洞窟の壁の絵を、じっと見つめていた。
「あの……アカシャさん。一つ、聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
「僕が、バアちゃんのことを大事に思う気持ちとか、浩二のことを大事に思う気持ちとか……そういうのも、もしかして」
「はい。田村様が、これまでこのシステムと関わる中で示された、様々な『人間的な判断』――それらも、既に、システムの新しい記述の一部として、組み込まれています」
「組み込まれてる……?」
ミサキ課長が、そっと付け加えた。
「田村様が、『段階的移行』を提案されたこと、『無常の価値』について語られたこと――それらは、単なる『バグ修正』ではなく、システムそのものの、新しい『一行』として、記録されているんです」
誠一は、しばらく言葉を失った。
「僕みたいな、平凡な会社員の発言が、あの、何千年も続いてるシステムの、一部になってるってことですか」
「はい」
「……なんか、急に、責任重大な気がしてきました」
「田村様らしい感想ですね」
アカシャが、静かに言った。
「創造主を探す、という今回の依頼への、私からの回答は、こうなる。――創造主は、特定の誰か一人ではない。生きとし生けるものが、誰かを大切に思うたびに、そのたびごとに、システムは新しく『書き加えられて』いる。田村様も、その一人だ」
第十章 閻魔田局長への報告
会議室に戻った誠一は、閻魔田局長に、調査の結果を報告した。
「――というわけで、『最初のバグ』は、見つかりませんでした。というか、たぶん、最初から『バグ』なんてなかったんだと思います」
閻魔田局長は、静かに頷いた。
「なるほどな」
「強いて言うなら、最初にあったのは、『誰かを大切に思う気持ち』でした。それが、何千年もかけて、色んな人の手で、少しずつ書き加えられて、今のシステムになった」
「単一の創造主は、存在しない、ということか」
「はい。だから、たぶん、この先も、システムは変わり続けるんだと思います。今回、僕が『段階的移行』とか『無常の価値』とか言ったのも、その一部になってるらしいので」
閻魔田局長は、少し驚いたように誠一を見た。
「君は、それを聞いて、怖くはないのか。自分の言葉が、何千年も続くシステムの一部になっていくというのは」
誠一は、少し考えてから、答えた。
「怖いというか……なんか、ちょっと、光栄です。僕みたいな、平凡な人間の『大事に思う気持ち』が、ちゃんと、意味のあるものとして、残っていくのなら」
「……そうか」
閻魔田局長は、深く頷いた。
「田村くん。今回の調査、大儀であった。おそらく、これが、我々が長年探し求めていた答えに、最も近いものだろう」
第十一章 なぜ人は死を恐れ、なぜ生きるのか
報告を終えたあと、誠一はミサキ課長と二人、あの菜の花畑を、ゆっくりと歩いていた。
「田村様。今回の旅を通じて、何か感じたことはありますか」
誠一は、しばらく考えてから答えた。
「なんか……人が死を怖がるのって、たぶん、『終わり』が怖いんじゃなくて、『大事に思ってる人と、離れるのが怖い』ってことなんだろうなって、思いました」
「はい」
「で、生きるのは、その逆で……『大事に思ってる人と、少しでも長く一緒にいたい』とか、『大事に思ってる人に、ちゃんと気持ちを伝えたい』とか、そういうことなんだろうなって」
「田村様らしい、シンプルな答えですね」
「専門家じゃないんで、シンプルにしか言えないんです」
ミサキ課長は、小さく笑った。
「でも、そのシンプルな答えこそが、何千年もかけて、このシステムが辿り着いた答えと、ほとんど同じなんです」
誠一は、遠くに見える川を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「バアちゃんも、浩二も、みんな、そうやって、誰かを大事に思う気持ちを、ここに残していったんですね」
「はい。そして、田村様も、いずれ」
「気の早い話はやめてください」
「失礼しました」
終章 平凡な日常、されど特別な日常
その日の夕方、誠一は自室に戻った。時計を見ると、出発した時とほとんど同じ時刻だった。
「……今回も、あっという間だったな」
財布を開くと、また新しい名刺が増えていた。
「彼岸トラベル株式会社 システム原初調査特別顧問 田村誠一様」
裏には、こう書かれていた。
「今回の調査、本当にありがとうございました。田村様の存在そのものが、私たちにとって、大きな発見でした。次にお呼びする時は……正直、いつになるか分かりません。ですが、その時も、どうぞよろしくお願いいたします。――三途川ミサキ」
誠一は、名刺をしばらく見つめたあと、小さく笑って、それを財布にしまった。
窓の外は、いつもと変わらない、平凡な夕暮れだった。
けれど誠一は、なんとなく、いつもより少しだけ、隣にいる人を大切にしようと思った。
母親に電話をかけようか、少し迷って、結局かけることにした。
「もしもし、母さん? うん、特に用事はないんだけど……なんとなく、声聞きたくなって」
電話の向こうで、母親が、少し驚いたように、それでも嬉しそうに笑う声が聞こえた。
誠一は、電話を切ったあと、天井をなんとなく見上げた。
もちろん、そこに文字は浮かんでいなかった。
でも、誠一には、なんとなく、こう聞こえた気がした。
「それでいい」
――そう思った、次の瞬間。
天井に、本当に文字が浮かんだ。
「新しい一行を確認しました」
「……え?」
誠一は、思わず持っていた靴下を取り落とした。
「内容:田村誠一は、特に用事がなくても、母に電話をかけた」
「いや、それ、わざわざシステムに登録するほどのことですか」
文字は、律儀に続きを表示した。
「重要度:★★★★★」
「星五つは盛りすぎでしょ」
誠一が思わずツッコむと、文字は少しだけ形を変え、まるで照れたようにこう表示された。
「これくらい、ちゃんと拾わないと、システムの意味がないので」
「いや、システムに気を遣われる意味が分かんない」
「では失礼します」
文字は、いつものように、ふっと消えた。
誠一は、しばらく天井を見上げたまま、立ち尽くしていた。
「……あのシステム、絶対、ちょっと人間くさすぎるだろ」
そう呟きながらも、誠一の口元は、少しだけ緩んでいた。
― この物語は、あなたが誰かを大切に思うたびに、律儀に一行ずつ、記録されていく ―
了
あとがき
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
「最初のバグを探す」という依頼から始まった今回の物語ですが、辿り着いた答えは「誰かを大切に思う気持ちの集積」でした。
人は誰しも、大切な人の無事を祈ったり、死の間際に誰かを思ったり、日常のふとした瞬間に家族へ連絡をとったりします。そうした一つひとつの「思い」は、一見すると何でもない小さな出来事かもしれません。ですが、それこそが世界を優しく動かす最も重要なプログラムなのだとしたら――そんな願いを込めて描きました。
ラストで誠一が母親にかけた電話が「重要度:★★★★★」として登録されたように、皆さんの何気ない日常の優しさも、きっとどこかで最高評価で記録されているはずです。
頼れる(?)ミサキ課長や閻魔田局長、そして誠一の日常はこれからも続いていきます。また次の機会にお会いできることを楽しみにしています。

