ようこそ、は誤送信でした 3
~「公平」という名のバグ~
まえがき
「もし自分の寿命や大切な人の死期が、事前に正確にわかっていたら――」
そんなことを考えたことはないでしょうか。心の準備ができるかもしれない。やり残したことを消化できるかもしれない。一見すると、それはとても「優しく、公平なシステム」のように思えます。
前作、前々作と、主人公の田村誠一は「あの世のシステムエラー」に散々振り回されてきました。ですが、第3弾となる本作で彼が向き合うのは、プログラムの誤作動ではありません。人間が求める「効率」と「優しさ」が生み出してしまった、どこか歪んだ「正義」です。
「いつ終わるかわからないからこそ、今この瞬間を愛おしく思う」
当たり前すぎて普段は忘れてしまうそんな感情を、誠一や浩二、そして彼岸トラベルの面々とともに、少しだけ立ち止まって考えていただけたら幸いです。
それでは、大晦日の深夜、パイプオルガンの着信音から始まる少し不思議な議論の場へ、どうぞお付き合いください。
第一章 大晦日、約束通りの着信
十二月三十一日、午後十一時四十分。
田村誠一は、実家のこたつでみかんを食べながら、紅白歌合戦をぼんやり眺めていた。
(今年は呼ばれないといいけど……いや、絶対呼ばれるよな)
そんなことを考えていた矢先、スマートフォンが例のパイプオルガンを奏で始めた。
「……ほら来た」
画面には「彼岸トラベル株式会社(緊急)」の文字。誠一は諦めたようにため息をついて電話に出た。
「もしもし、田村です。今年もお世話になります」
「田村様! 三途川です。あけましてお――いえ、まだ今年でした。年末年始、誠に恐縮です」
「もう驚かないですよ。で、今年は何が起きたんですか。渡し船の渋滞ですか? それともまたシステム統合ですか?」
電話の向こうで、ミサキ課長が一瞬、言葉に詰まった。
「……いえ、実は今回は、いわゆる『事件』ではないんです」
「事件じゃない?」
「はい。今回は――田村様に、ご相談したいことがございまして」
誠一は、その言葉に妙な引っかかりを覚えた。今までの「緊急事態です!」という切羽詰まった調子とは、明らかに声のトーンが違っていた。
「相談……ですか」
「はい。できれば、直接お会いしてお話ししたいのですが」
天井に、いつもより控えめな文字が浮かんだ。
「ようこそ……(今回は静かめ)」
「演出、細かいですね」
誠一は苦笑いしながら、こたつから立ち上がった。
第二章 初めて通された「本部」の奥
いつもの菜の花畑ではなく、今回案内されたのは、彼岸トラベル本社ビルの、これまで足を踏み入れたことのないフロアだった。
エレベーターには「B99階 最適化局」というボタンがあった。
「最適化局……初めて聞く部署ですね」
「はい。普段、田村様にお願いしている『バグ対応』とは、少し毛色が異なる部署でして」
エレベーターが到着すると、そこは今までの、どこかレトロで温かみのある雰囲気とは一線を画す、無機質で近未来的なオフィスだった。壁一面に、世界中の人口動態グラフや、予測モデルらしき数式がびっしりと表示されている。
「ようこそ、最適化局へ」
出迎えたのは、隙のないスーツを着た、若い男性だった。名札には「局長 最適田 効率」とある。
「初めまして、田村様。噂はかねがね伺っております。バグ対応、いつもご苦労様です」
「あ、どうも……」
誠一は、その男の纏う雰囲気に、これまでの彼岸トラベル社の職員とは違う、どこか冷たいものを感じた。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
最適田局長は、壁のモニターに、ある資料を映し出した。
「人口動態最適化プログラム 通称:公平(フェア)プロジェクト」
「これは……?」
第三章 「公平プロジェクト」の正体
「田村様。単刀直入に申し上げます」
最適田局長は、感情の読めない声で続けた。
「現在、地球上の『生死のタイミング』は、基本的にランダムに決定されています。事故、病気、寿命――これらは、いわば『無作為』な要素によって決まる」
「それは……そういうものじゃないんですか?」
「ええ。しかし、そのランダム性ゆえに、非効率的な悲劇が数多く発生しています。例えば――若くして亡くなる方、遺された家族が心の準備をする間もなく訃報を受け取るケース、逆に、非常に長く苦しい終末期を過ごされる方」
局長はモニターを操作し、いくつかの統計データを表示した。
「もし、生死のタイミングを『完全にランダム』ではなく、ある程度『予測・調整可能』にできたらどうでしょう。例えば、余命を事前に本人と家族に正確にお伝えし、心の準備をする時間を十分に確保する。あるいは、若くして亡くなる『不条理な死』を、統計的に減らす」
誠一は、思わず言葉に詰まった。
「それは……悪いことじゃない、ような気もしますけど」
「その通りです。そして、これを実現するのが、我々最適化局が開発した予測AI『フェア』です。既に試験運用で、一定の成果を上げております」
「試験運用……?」
「はい。田村様のお祖母様のケースも、その一つです」
誠一の心臓が、大きく跳ねた。
第四章 バアちゃんの死は「偶然」だったのか
「……今、なんて言いました?」
誠一の声が、自分でも驚くほど低くなった。
最適田局長は、表情を変えずに続けた。
「田村様のお祖母様は、末期の病を患っていらっしゃいました。本来であれば、あと数週間、意識のないまま苦しい延命状態が続く可能性が高かった。そこで我々のシステムが、ご本人の意思データ――生前、『苦しまずに、家族に見守られて逝きたい』と度々口にされていた記録を基に、最も『穏やかな』タイミングを算出し、若干の調整を行いました」
「調整って……」
誠一の手が、震えていた。
「バアちゃんの死んだタイミングが、僕らの前で穏やかに息を引き取ったあの瞬間が――『調整』されたものだったって、言いたいんですか」
「結果として、ご家族全員が枕元に揃うタイミングで、穏やかに旅立たれました。ご遺族の満足度調査でも、非常に高い評価をいただいております」
「満足度調査……」
誠一は、拳を握りしめた。
「勝手に、人の死ぬタイミングを、データで決めないでください」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
その時、隅で黙って話を聞いていたミサキ課長が、初めて口を開いた。
「……最適田局長。田村様をお呼びしたのは、まさにこの点についてです」
第五章 ミサキの告白:無常は「バグ」ではなく「仕様」
ミサキ課長は、静かに、しかしはっきりとした口調で語り始めた。
「田村様。彼岸トラベル社――正確には、その源流にある『生死管理システム』は、極めて古い時代に設計されたものです。何千年も前、まだ言葉も文字も定まっていなかった頃から、少しずつ、少しずつ、手作業に近い形で作られてきました」
「はい」
「そしてその設計思想の根幹には、一つの、はっきりとした選択がありました。それは――『生と死のタイミングを、あえて予測不可能にする』ということです」
「あえて……?」
「はい。もし生死のタイミングが完全に予測可能で、調整可能であれば、人は『いつ死ぬか分かっている状態』で生きることになります。それは一見、優しさのように思えます。しかし――」
ミサキ課長は、誠一の目をまっすぐ見た。
「それは同時に、『今この瞬間を大切にする理由』を、人から奪うことでもあるんです」
誠一は、はっとした。
「無常。この言葉、田村様のお祖母様が、生前よく使われていたそうですね」
「……はい。菜の花畑の話をしてくれたのも、バアちゃんでした」
「無常とは、本来、悲しむべきものではなく、生きる意味そのものを生み出す仕組みなんです。いつ終わるか分からないからこそ、人は今日を大切にし、隣にいる人を大切にする。これは、設計時からの、明確な『仕様』です。バグではありません」
最適田局長が、初めて表情を動かした。かすかに、苛立ちのようなものが滲んでいた。
「ミサキ課長。その『仕様』とやらのせいで、どれだけの人が、準備もできないまま大切な人を失い、苦しんできたか。あなたも現場で見てきたはずだ」
「見てきました。だからこそ、簡単に『効率化すべき』とは言えないんです」
第六章 局長の主張にも、一理ある
誠一は、二人のやり取りを聞きながら、頭が混乱していくのを感じた。
(最適田局長の言ってること、完全に間違ってるとは言い切れない……)
実際、誠一自身、祖母が亡くなった時、あまりに突然で、ちゃんとお別れが言えなかった経験がある。もし事前に「あと数日です」と分かっていたら、もっとちゃんと、伝えたい言葉があったかもしれない。
「あの……最適田局長」
「なんでしょう」
「その『公平プロジェクト』、全部の死を管理下に置くつもりなんですか? 完全に、ランダム性を無くすってことですか」
「将来的には、そうなることが理想だと考えています。悲しみを、可能な限り軽減できる社会の実現です」
「でも、それって……」
誠一は、言葉を選びながら続けた。
「めちゃくちゃ極端な言い方すると、なんていうか……人生が『台本通り』になるってことですよね。いつ終わるか、大体分かってて、それに向けて準備していく人生」
「その通りです。むしろ、それの何がいけないのでしょう」
誠一は、しばらく黙り込んだ。
答えは、すぐには出てこなかった。
第七章 浩二に相談してみる
会議は一旦休憩となり、誠一は一人、廊下のベンチに座り込んでいた。
「なんか、辛気臭い顔してるな」
声をかけてきたのは、浩二だった。今回はどうやら、暇を持て余して勝手についてきていたらしい。
「浩二……お前、自分が死んだタイミング、覚えてるか」
「そりゃ覚えてるよ。バイク事故だろ。あれ、正直、めちゃくちゃ理不尽だと思ったよ最初は。なんで俺が、ってさ」
「今は、どう思ってる?」
浩二は、少し考えてから答えた。
「今はさ、あの日、事故る直前に、彼女に『今日誕生日だったよね、おめでとう』ってLINE送っといて良かったなって思ってる。もしあの日が『予定された死』だったら、なんか、逆に送らなかった気がするんだよな」
「なんでだよ」
「わかんね。でも、『いつ終わるか分からない』からこそ、なんとなく、今日中に伝えとこうって思ったんだよ、あの時。それが、たまたま最後になった」
誠一は、その言葉を、静かに噛みしめた。
「……お前、たまにいいこと言うよな」
「たまにで悪かったな」
第八章 誠一のスピーチ
休憩後、会議が再開された。
最適田局長が、最終決定を促した。
「では、田村様。あなたは今回、外部有識者として、このプロジェクトの是非についてご意見をいただく立場にあります。率直に伺いたい。『公平プロジェクト』は、進めるべきだと思いますか」
会議室の全員が、誠一に注目した。
誠一は、深呼吸をしてから、口を開いた。
「僕、専門家じゃないので、システムがどうこうって話はできません。でも――一つだけ、言わせてください」
「どうぞ」
「僕の親友は、事故で突然死にました。理不尽だったと思います。でも、そいつは死ぬ直前、たまたま彼女に『おめでとう』ってメッセージを送ってたそうです。『いつ終わるか分からない』からこそ、送った言葉だったって、そいつ自身が言ってました」
誠一は、ミサキ課長を見た。
「僕のバアちゃんも、突然死んだわけじゃなかったのかもしれません。でも、僕らは、バアちゃんが死ぬまでの毎日、『今日が最後かもしれない』って気持ちで、ちゃんと会いに行ってました。それは、僕らにとって、すごく大事な時間でした」
「……」
「『公平プロジェクト』が悪いとは言いません。準備できる死に方があってもいいと思います。でも、全部の死を『予定通り』にしちゃったら、たぶん、僕らは『今日を大事にする理由』を、ちょっとずつ、失っていくと思います」
誠一は、最適田局長に向き直った。
「効率化できないから、ダメなものだとは、僕は思いません。効率化できないから、人は頑張って、今この瞬間を大事にしようとするんじゃないですか」
会議室が、静まり返った。
第九章 結論、そして妥協案
長い沈黙のあと、最適田局長が、静かに口を開いた。
「……田村様のご意見、承りました」
局長は、モニターに表示された「公平プロジェクト」の資料を、少しだけ操作した。
「全面導入は、見送ります。無常性――ランダム性の根幹は、維持することとします」
ミサキ課長が、小さく息をついた。
「ただし」
局長が続けた。
「本人が生前、明確に『予測情報を知りたい』と意思表示していたケースに限り、限定的に『穏やかな旅立ちのための調整』を、選択制で提供することは、検討の余地があると考えます。強制ではなく、あくまで『希望者のみ』のオプションとして」
誠一は、頷いた。
「それなら……いいと思います。選べるっていうのは、大事な気がします」
閻魔田局長(本編ではこちらが正式な最高責任者らしい)が、会議の最後にこう締めくくった。
「今回の一件、単なるバグ修正とは違う、我々のシステムの根幹に関わる議論だった。田村くん、平凡な会社員という立場から、本質的な問いを投げかけてくれたこと、感謝する」
「いや、僕も、めちゃくちゃ悩みながら喋ってただけなので……」
第十章 誠一、あの世の「本当の仕組み」を知る
会議のあと、誠一はミサキ課長に連れられ、初めて「本部の一番奥」――システムの設計思想が記録された、古い書庫のような場所に案内された。
そこには、何千年分もの「改訂履歴」が、静かに積み重なっていた。
「田村様。今回、初めてお話ししましたが……このシステムは、誰か一人の意思で作られたものではないんです。何千年もかけて、無数の人々の『こうであってほしい』という願いが、少しずつ積み重なって、今の形になっています」
「無数の人々……」
「はい。だからこそ、時々、今回のように、異なる思想を持つ部署同士がぶつかることもあります。効率を重んじる声も、無常を重んじる声も、どちらも、誰かの切実な願いから生まれたものなんです」
誠一は、書庫の奥に広がる、無限に続くような棚を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……このシステムって、そもそも誰が、何のために作ったんですか」
ミサキ課長は、少しだけ困ったような顔をした。
「実は……それは、私たちも、正確には分かっていないんです」
「え」
「あまりに古すぎて、最初の設計者に関する記録が、どこにも残っていなくて。『創造主』と呼ぶ方もいますし、『最初のバグ』と呼ぶ方もいます」
誠一は、思わず苦笑いした。
「なんですかそれ。一番肝心なところ、分かってないんですね」
「お恥ずかしい話ですが」
「……でも、なんか、それはそれで、悪くないかもですね」
「と、言いますと」
「全部の答えが分かってたら、それこそ、無常じゃなくなる気がします」
ミサキ課長は、その言葉に、少しだけ目を見開いたあと、静かに微笑んだ。
「田村様は、本当に、ただの平凡な会社員なんでしょうか」
「間違いなく、平凡な会社員です。ただ、あの世で妙に頼られる、平凡な会社員です」
終章 新年、いつもの日常へ
「では田村様、そろそろお戻りいただきます」
見慣れた扉が、誠一の前に現れた。
「あの、最後に一つだけ」
「なんでしょう」
「僕がこうやって、色々口出しできるの、僕がただの『一般人』だからですよね。専門家じゃないから、逆に言えることがあるっていうか」
「その通りだと思います」
「じゃあ、これからも、僕が『専門家』にならないように、気をつけないとですね」
ミサキ課長は、小さく笑った。
「その心配は、無用かと。田村様は、これだけ関わっても、驚くほど『普通』のままでいらっしゃいますから」
「それ、褒められてます?」
「最大級の褒め言葉です」
誠一は扉をくぐった。
一月一日、午前零時すぎ。
誠一は実家のこたつで、はっと目を覚ました。テレビでは、ちょうど新年を迎えたカウントダウンの様子が流れている。
「……あけましておめでとう、か」
母親が、キッチンから顔を出した。
「誠一、こたつで寝ちゃって。おせち、そろそろ出すわよ」
「あ、うん……」
誠一は、なんとなく、いつもより丁寧に「おせち美味しそう」と言った。理由は、自分でもよく分からなかった。
ただ、今日という日が、当たり前ではないような、そんな気がしていた。
財布の中には、いつの間にか、また新しい名刺が増えていた。
「彼岸トラベル株式会社 無常保持特別顧問 田村誠一様」
裏には、こう書かれていた。
「肩書、また増えてしまい申し訳ございません。次にお呼びする時は、もう少し落ち着いた案件であることを祈っております(あまり期待しないでください)。――三途川ミサキ」
誠一は、その名刺をしばらく見つめたあと、財布にしまい、こたつのみかんに手を伸ばした。
窓の外では、初日の出には少し早い、静かな夜が続いている。
そしてこの夜のどこかで――誠一がまだ知らない、もっと大きな問い、「そもそも、このシステムを設計したのは誰なのか」という謎が、静かに、次の出番を待っていた。
― 続く(今度こそ、本当に) ―
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あとがき
本作はシリーズ3作目にして、これまでの「ドタバタバグ対応コメディ」から一歩足を踏み出し、少しだけしんみりと、けれど温かいテーマに挑戦してみました。
「効率化」や「最適化」は、現代社会を生きる私たちにとって切っても切り離せない、基本的には素晴らしいものです。けれど、人の生き死にや感情といった「理屈じゃない部分」まで完璧に最適化してしまったら、私たちは「今日を一生懸命生きる理由」を見失ってしまうのではないか――そんな問いが、この物語の原点にあります。
誠一はどこにでもいる普通の会社員です。特別な力もなければ、高尚な哲学を持っているわけでもありません。ですが、「バアちゃんと過ごした時間」や「友人と交わした最後の言葉」という、市井の生活者としての実感を提示することで、あの世の超ハイテクAIにささやかな一石を投じました。
そして物語のラストでは、この世界観の根幹に関わる「そもそも誰がこのシステムを作ったのか?」という新たな謎も顔を出しました。誠一の「無常保持特別顧問」としての受難(?)は、どうやらまだまだ続きそうです。
皆様の今日という日が、かけがえのない素晴らしい一日でありますように。
また次の「誤送信」でお会いしましょう!

